青いパパイヤの香り ニューマスター版 [DVD]

監督 : トラン・アン・ユン 
出演 : トラン・ヌー・イェン・ケー  リュ・マン・サン  グエン・アン・ホア 
  • キュービカル・エンタテインメント
3.55
  • (37)
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  • (10)
  • (4)
本棚登録 : 366
感想 : 66
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  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988102341534

感想・レビュー・書評

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  • 個人的にベトナムが大好きで。
    パッケージを見た瞬間から、あらすじを見た時から好みだなと分かった。

    レトロな時代背景と、湿度。
    こげ茶色の調度品と植物の鮮やかな緑がとってもノスタルジックでときめく。
    これが全てフランスで撮影されたなんて驚く。

    主人公はお金持ちの家の、使用人。現代ではあまり想像できないけれど、この時代は普通だったのかな。
    ほとんど家の中のできごとだけれど、文化や生活様式にすごく惹かれる。
    こんな良い奥様がいるなら、救われるなぁ。
    むしろ奥様の方がずっと悩まされているようだった。

    主人公、個人的には子役の子の方が素朴で好きだったな。
    まさか良いなと思っていた人と一緒になれるなんて。婚約破棄までして、身分が下の女性と結婚してくれるものだろうか・・・。

    最後の詩の朗読まで、しっとりとして、アジアの匂いがした。

    20230916

  • B。
    20年前に見ていればよかったなと思う。

  • 音楽が不穏に聞こえてしまって、これから何か起こるんじゃないかと余計な神経使ってしまった。どういう心情の音楽なんだろう…?
    匂いと温度が漂ってきそうな映像がとても綺麗。

  • 昔ケーブルテレビでやっててずっと見たくて、あれから10年も経ってやっと見た
    いつか迷い込みたいと思っていた、夢で見たいと思っていた世界をやっと見つけた
    緑と光の美しさと真夏の暑さと、窓の外からこっそり誰かの日常を覗いてるようなカメラワーク

    光が燈っているあの部屋にはどんなひとがどんな生活を送ってるんだろうって思うあの気持ち
    深夜に目が覚めたら母親が見ていたふれあい街歩きで見たあのもうどこか分からない外国の街
    耳をすませばでしずくが電車で行った坂の上の図書館がある街

    いろんなノスタルジーを思い出した

    私はいつかここに帰りたいんだといつも思っていた
    帰れない、架空の世界であることは分かってるけど、いつかここに帰って、二度と戻ってきたくない、あの街をやっと見つけた

    今のベトナムにももうこの名残は残ってないのかな
    音楽がなんか不穏で、不穏な話なのかとおもっちゃった
    なんかもやもや後味の悪いのはなんでだろう

  • 2020/3/29
    不思議な映画。

  • 1951年サイゴン。7歳の使用人ムイは雇い主の亡き娘が生きていたら同い年で大切にされ、10年後の次の雇い主はパリの音楽院卒業の作曲家で一日ピアノが流れるお家。雇い主に恵まれていました。せりふが少ない分、画面を観ていて雨の音、虫の声、油炒めの音、食器の音、ピアノの音に反応します。あと蒸し暑さが伝わるぺたりと顔に張り付く髪の毛とかに。

  • ベトナムの生活風景は新鮮で興味深い。
    ただ、ストーリーや人物描写などはあまり理解できなかった。演出を含め、ベトナムの独特のセンスなのだろうか。

  • ストーリーではなく観て味わう映画。監督は男性のようで、そうだろうなと思った。
    男性は情けなくどうしようもなく、女性は美しく、という女性への神秘性やこうあってほしいという監督の願望がもろに溢れ返っている映画でございました。好きな子いじめたり虫で遊んだり夜遊びしたりするどうしようもない男たち・・・挙げ句の果てには使用人に手を出して婚約者を逆上させるとか、なさけないったらありゃしない。でも、そんな男のどうしようもないところに惹かれる女もどうしようもないんですよね・・・。
    ムイが10歳と思えないほど分をわきまえていて、それでいて所作のひとつひとつが美しくて、成長すると強かな計算高い悪女になっていって恐ろしい。でもそんな女の魔性に惹かれていくのも、また男なんですね・・・。
    どうしようもなく惹かれる、美しい映画ってこういうのを言うのかな。

  • すべてセットの、基本的に屋内の設定でとられているのに、生活のリアリティーや、自然(朝、昼、夜の光と影、水の生命感)を感じられる演出に痺れた。
    セットで撮られてことで部屋から部屋への長回し1ショットができるようになっていて、登場人物がシームレスにつながり、物語に奥行がでている。また手や足、虫や植物などのクローズアップのショットが挟まれることで、長短、遠近のリズムが生まれている。
    舞台をみているようでありつつ、実在感が高い。

    使用人としての、主人と一定の距離のある立場で、使用人家族を客観的に見つつ、ご主人様たちに信頼され、疑似家族として親密な関係になっていく。前半の婦人との信頼関係、婦人の家の中の息苦しさと亡き娘への愛情の絆の再生。その別れ。
    小さな、静かなショットの重ね合わせで、映画の短い時間に、人生の長い流れの交差を表現していると感じた。

  • トラン・アン・ユン監督作品
    「青いパパイヤの香り」
    トラン・ヌー・イエン・ケー


    サイゴンの奉公先で働く少女。
    奉公先の家庭内には色々と問題があるのかもしれないけれど、女主人にも優しくされているし、先輩女中が色々と教えてくれている。
    波瀾万丈の某おしんとは大違い。
    無言でてきぱきと働く姿は、とても気持ちがいい。
    それも嫌味な感じではなく、さっさっさとこなす感じ。

    パパイヤを摘み取った後に流れる白い樹液に何を感じているのだろう。
    身を切った中の種を微笑みながら触る姿。
    時折触れる小さな生き物をどんな目で見ているのだろう。

    窓の外から見ているような映像は、とても美しく、窓の絵柄、光、人物の動く様、アジアの匂いを感じさせる空気、少し古い映画でも、美しいものは美しい。
    特に今うちの外で秋の虫が鳴き始め、映像と共鳴している様でさらに美しさを強く感じられた。
    映画って、見る場所とか環境とか、その時の心境とかがとても大事だし、それらが強く作用する。

    美しい映像の中には、食べ物が映る場面もあり、それがとても美味しそうだった。
    吉本ばななの小説でも、食べ物が美味しそうに書かれるが、それに似ていると思った。
    だって、ばななは「ポテトパン」という単語だけでも美味しそうに感じさせる語力があるのだもの。ずるい。
    映像だから目で見るし、わかりやすいけれど、それにしたって食事が美味しそうに見える映画って意外と見ない。

    男が寝込み襲うみたいな部屋の入り方はちょっと違うし、台無し!と少し思ったけれど、大きくなったお腹をさすりながら、詩を朗読する女性の姿はとてもいい終わり方。


    #青いパパイヤの香り
    #L'odeurDeLaPapayeVerte
    #トランアンユン #TrầnAnhHùng
    #トランヌーイエンケー
    #TrầnNữYênKhê
    #映画

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