それでもボクはやってない スタンダード・エディション

監督 : 周防正行 
出演 : 加瀬亮  瀬戸朝香  山本耕史  もたいまさこ  役所広司 
  • 東宝
3.75
  • (217)
  • (482)
  • (371)
  • (46)
  • (10)
本棚登録 : 1875
感想 : 372
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4988104043627

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 日本の裁判とはどういうものか。
    裁判までの経過とはどうなっているのか。
    留置所での日常とは一体どんなものか。
    弁護士、検事、裁判官など法をつかさどる者達の裏事情とはなにか?

    被告人、被害者のどちらかを強く肯定した描き方ではなく、あくまでもカメラは第三者的な立ち位置で物語を映し出す。

    この作品を観るほとんどの人は、裁判に関しては素人ということを前提に、あらゆる専門的な見解をとても自然に噛み砕いて劇中で説明してくれるので、抵抗なく観ていられる。

    登場する人物たちも裁判というものに当たり前に四苦八苦し、戸惑いを見せてくれるので、今まで一切日本の裁判になど興味がなかった人でも十分に移入できる。

    コミカルな要素も盛り込まれた作品ではあるものの、やはりシリアスな面が強調された真面目な作品であるという印象。
    日本の裁判のあり方にザックリと切り込んで、受け手に対しさりげなく問題を投げかけるスタンスは見事。

    こちらとしては主人公が冤罪であることを前提に観ているから、それを取り巻く全ての事象に怒りや苛立ちを感じ、主人公に同情してしまいがちだけれど…。

    でも実際なら、「こいつ絶対ウソついてる」、「被害者が可哀そう」、「有罪で当たり前」という一方的な独断と偏見で被告人をみてしまうと思う。

    たとえ、そこに「なにもやってない」という事実が存在したとしても、それを証明し明らかにするのは、あくまでも法廷の場でしかない。

    ある意味、これは恐ろしい映画かもしれない。
    無実と無罪の違い、正と悪の定義や常識が乱され不明瞭になる。

    「一番大事なのは、自らが自分自身を信じること」なんてよく言うけれど、どんなに自分の身の潔白を訴え、自分の無実を強く信じていても、法のしがらみに巻き込まれたら最後・・・・そこから脱出できない限りは、それは一転して悪となり有罪となる。

    訴えても、信じても・・・その正義や真実が通用するとは限らない現実。
    理不尽さとずさんさを感じずにはいられない、日本の裁判のあり方。

    かといって、どうしたらいいんだろう?
    人間は、きっと人間にしか裁けない。
    人情で裁くことは決して有効的ではないし、並びたてられた証拠や証言も時に非常に不確かなものになる。
    まして、裁判官の保身や出世のために人一人の人生を安易に判決されるのはたまったもんじゃない。

    2009年から施行された裁判員制度。
    誰もが、「人を裁く立場」になるかもしれない状況の中で、この作品は観ておいた方がいいかもしれない

  • 日本映画専門Chで視聴。
    周防監督、相変わらず細部に凝って作り込んでる。
     加瀬亮の逮捕から裁判に至る過程での感情変化と、判決を受けてからの表情、モノローグが素晴らしい。

     そして法曹界。今でこそ日本でも裁判員制度が導入されて、「裁判官に向かって陳述する」という定型的な形は少しずつ変わってきているが、司法試験合格者のヒエラルキーとして、裁判官>検事>弁護士というピラミッドは確実にあると某友人から聞いたことがある。「市民派弁護士」という言葉はあれど「市民派裁判官、市民派検事」ってないね。
     小日向文世の冷徹な裁判官は秀逸。刑事や検事が作り上げた「調書という物語」には、必然的に権力が加えられているのだ。そういう意味で示談を勧めた接見弁護人の田中哲司の苦悩が、とてもよかった。
    「内部にいるものしか知り得ない情報」をいかに市民に伝えるか、しかも突然降って湧いた当事者たる市民に対して。これは相当なジレンマだろう。医療界も似たようなものだ。病気の専門家としての医師の立場の物言いと患者のニーズは、どうしてもズレる。

     もう1つ。ほとんどが示談になる痴漢事件に対しては弁護士も裁判を戦う経験に乏しい。「弁護士の中の専門性」。これも平時には弁護士なんて必要としない庶民にとっては見えにくいものだ。医師もそう。健康な時には必要でない医師も、相当な専門性の中に生きており、「弁護士に任せれば間違いない、医師に任せれば間違いない」ということでは全くないのだ。

  • 「実際に起きたこと」というのは、まぎれもなくひとつしかないのだけれど、それは常に明らかで、それはいつも「正しい道」であり、それが必ず「事実」と見なされ、人はその道しか選択できないのだと思っていた。人はいいひととわるいひとが分けられるように思っていた。でも、これも誰もが知っているように、必ずしもそうなるわけではない。

    医師としての仕事を始めてから、そのことを全身で感じるようになって、だからこそものすごく悩んでいる。患者さんのことをまっすぐに考える精神を持っているつもりでありながら、自分の力の限界に臆病になって、突き進めないことがある。病気を治す方法は一つしかないのかと思っていたけれど、本当に目指すべきゴールというのは、患者さんそれぞれに違っていて、そもそもゴールがはっきり汲み取れることばかりではないし、必ずしもその方法は一つでなく、そこには「選択する」という行為が生まれる。小児科で働く私は、親御さん自身の気持ちや訴えることのできないこどもたち自身の気持ちも考えなくてはいけない。そういういろんなことを考えて、結局動けなくなってしまうことだってある。職場の人間関係のなかでも、普段は信用している先生でも、この先生はどうしてこの部分はこういう考え方なんだろう、と賛成しきれない部分について複雑な思いになることがある。正しいことがひとつではないこともあるし、正しい・・・というか理想とされることがあっても、必ずしもそれを選択できる訳ではない。私たちは立場は違えど、いつもそういう場面にいるのだと思う。
     
     
    この主人公が本当にやったかどうかは分からないけれど、仮に本当にやっていないのだとしたら、実際に起きたことをただ言えばいいというものではなく、証明しなくてはいけないということがとても皮肉なことだと思った。そして本当の犯人は全くこの映画に出てきていないかもしれないという悔しさがある。弁護士だって守らなくちゃ行けないということだけは決まっていて、でも最初は「本当にこの人がやっていないのか」という疑いの目から始まらなくてはいけない。本当にこの人が真っ当な顔をして嘘をついているのであれば、だまされていることになる。人を信じるということの本質を考えざるを得ない立場だ。心理合戦だ。そして法律もただ答えがのっているわけではなくて、それをどう解釈するか、ということが、これまでの判例を通じて決まって行くものだという。それをどううまく解釈するか、ということは法律家として、時にへりくつをこねるようで、実際は心が傷つくこともあるのではないかと思う。
    裁判官も同じ。まっぴらな嘘をついているかもしれない人間を裁くことの難しさ。精神のぶれや気持ちの引っ張られ方は当然あるわけで、それを差し引く努力は計り知れない。

    でも本当の本当は、世の中そんなに性善説ではいかないのかもしれないけれど、「真実」を話してもらうための人間関係作りであり、信頼感であり、諭しであるのではないかと思う。そういう心が介在する部分があるのではないかと思う。その意味でプロの仕事であり、「人」の仕事だと思う。法律家として優秀なのは、信頼関係を築き、人間の良心を引き出し、真実を明らかにした上で、その上で妥当な刑罰を選択することもしくは有罪無罪を判断すること、なのではないかと思う。


    本来有罪なのに無罪を訴える人、そのひずみが出てくる何か根源があるんだろうと、そう考えることで、私たちはその人たちを拒否しないですむ。そしてその人がいつか真実を語ってくれるのではないか、そのためにできることがあるのではないか、そう考えていたいというのが、私の願いだ。 人間にはそこまでの心があるのだろうか。あってほしい。

    http://www.1101.com/suo/index.html

    監督:周防正行
    金子徹平:加瀬亮
    荒川正義:役所広司
    須藤莉子:瀬戸朝香
    金子豊子:もたいまさこ

  • 痴漢の容疑をかけられた青年を描いた社会派サスペンス。公開当時、この作品がきっかけとなり、痴漢被害者よりも容疑者となってしまった人権こそ守るべきという世論になった気がするが、確かにその通りだ。突然、見に覚えのない痴漢の容疑がかけられたとき、一般人は身を守る術がない。

    実生活からの隔離、家族の心労、多額の保釈金、証拠を明らかにしない検察、裁判官の人事異動。法知識のない普通の民間人である主人公に次々と降りかかる悪条件。これだけの苦労を強いられた彼に「それでもボクはやってない」と叫ぶ力は残っているのか。そして、運命の判決を迎える。

    作中で何度も語られるのは日本の裁判における有罪率99%。この数字があればこそ、裁判所、検察、そして弁護士にとっても「有罪」で当然または、仕方がないという流れになってしまう。日本の裁判は「99%」のシナリオに沿って展開される儀式なのだ。

  • なかなか考えさせられることの多い映画だった。

    とりあえず夫には電車に乗ったら手は上へ上げとけ!!
    とアドバイス。
    痴漢する奴は憎むよ。
    でも冤罪で苦しむ人もいるとわかればもうちょっと
    裁判なんとかならんの?と思ったり。 

    しかしどうなんだろう、多分冤罪だと思って見てるけど、
    この映画ではどちらともとれる感じでもあるんだよね。
    そこらへんも妙にリアルで痴漢冤罪の裁判がいかに
    難しいかってことはよくわかったな。

  • \ 男性諸氏はご注意あれ! /




    公開当時、劇場観賞。

    加瀬さんのキャラが本作内容に絶妙で、実に名演技を見せて下さっていた。

    当日の満員電車の車内をリアルに再現し、痴漢に至る状況を検分するシーンは見入ってしまった。

    誰がなんと言おうとも、誰になんと言われようとも、《それでも僕はやってないと言ったら、断じてやってないのだ!!》

    分かる分かる、その怒り、気持ち、土足で容赦なく踏みにじられる、人間性の全否定。

    これは明日、今日にでも、誰に降りかかっても不思議ではない事象。因って他人事とは思えないものがある。

    痴漢行為ではないにしろ、各種の犯罪に於いて冤罪の危険は常にある。
    日本の警察も腐敗しだしているような部分を、近年個人的に感じている次第であるだけに、本作は笑って済ませたくない力作。

    本田さんの、「(拘留されていても→)入ってても、出られる時には一日一万で換算してくれて、(云々…)」の際の台詞まわしが私のド壺にハマってしまいーーー

    地味だが、重い内容を随所にはらんでいる逸品。

  • ・「面白い」映画ではないけど、痴漢冤罪という、自分や家族の身に今日にでも降りかかりうる災難を疑似体験できてしまうという意味で、見過ごせない映画だった(とか言いつつ片付けしながら片手間で見たので細かいところは覚えていない)。
    ・母親役は渡辺えり子かと思ったらもたいまさこ。確かにもたいまさこと加瀬亮って親子に見える。
    ・笑わせ場面はほとんどないと言ってよいのだが、竹中直人演じる大家さんが、加瀬亮の部屋の家宅捜索に立ち会ったときの会話が、苦笑いを誘った。「いや~僕もちょっとおかしいと思ってたんですよねえ!」「おかしいとは?」「あ、いや…ただ、なんとなく…」「ただ、なんとなく?」「その、仕事してないの、かな、とか…」「(無言で作業に戻る」

  • 犯罪被害者の家族の主張、要求を考慮するようになった司法や世論の流れのなかで、犯罪加害者家族の保護という新たな視点を提供した作品。
    家族の一人が犯罪を犯したことで、その家族がどんな苦難にさらされるかをうまく描いている。マスコミや野次馬、インターネットによる壮絶な誹謗、中傷。現代社会においては、必ずしも罪があるとはいえない善良な家族でさえ、家族が犯罪を犯した瞬間から犯罪者同然のレッテルを貼られる社会の現状。
    この映画で描かれている全てを鵜呑みにすべきとは思わないが、新しい気づきを与えた作品として評価できるでしょう。必見です!

  • 最後まで暗い映画。弁護士は事案を抱えすぎだし、検察官と裁判長はそれぞれのプライドがあるし…と、映画の通り、裁判所は有罪か無罪かをとりあえず決めるだけの場に過ぎないのかもしれない。

  • 見たのは2度目なのだけど、怒りというか諦めというか悲しさというか、正義という観念がこれほど脆く機械的であったことに絶望するしかないかもしれない。
    法廷という一種の聖域であるはずの場所が、労働というくくりによってただの職場と化し、誰よりも平等でなくてはならないはずの裁判官が判決を下すことさえも仕事としてしまっている。
    証拠もなく、目撃証言も極めて曖昧、被害者の証言さえもはっきりしないところが多々ある、これで起訴しようと思った検察も相当だし、実際起訴出来てしまうことそのものが問題だと思う。普段見るアメリカの法廷映画などの内容と比べると、あまりにもずさん過ぎる。
    この映画を見ただけで、日本の裁判がみんなそうだなんてもちろん思わない。裁判員裁判も始まっている。加害者がいれば被害者がいる。その代弁として検察と弁護人がいる。そこで追い求められるのは、被害者だけじゃない、加害者のその後の人生でもある。被告人が国によって被害者になってしまうことだけは避けなくてはならない。
    人が人を裁く意味を改めて考えさせられた。

  • Shall we ダンス?やシコふんじゃった。の方が好きですが、こんな真面目な映画を作った周防監督に敬意を表し☆5つ。

  • 痴漢冤罪と言う、難しいテーマですね。
    この映画はやってない人が主役で進むのでやってないのに
    可哀想って目線で話が進むけど、痴漢された側から見たら
    疑わしいんだろうなと思う。

    でも加瀬亮主演作品を初めて見たけど演技派だね!
    他の作品も見たくなりました♪

    最後・・え?マジで?ってスッキリしなかったのがね。
    なんかモヤモヤするよね。裁判官の性格ってのも重要って。
    弁護士もそうだし当たりハズレで人生変わるのが怖い。

  • 面白い!!!
    映画ってどこか退屈しながら見てるってとこがあるが、たまに胸ぐらを掴まれて一気に持っていかれることがあって、そうした一本でした。

    脚本が相当練りこまれていて、会話の一つ一つが鋭く迫ってくる。登場人物のキャラ付の演出が念入りでリアルさを出すために周到に演出されている。特段アクションも特撮もないのだが脚本、演出という本筋でこれだけの力を持つのかと思う。

    社会派の映画ということになるが、正義を声高に主張するというわけではなく娯楽性を失わない。ドラマチックに仕立てたりもしない。

    途中家族が傍聴席に知り合いをたくさん連れてきて、そのことに主人公が不快感を持つというシーンがあるが、そこで主人公が感謝、感動して観客の感情移入を狙う演出もあるのだろうが、そういう場面で主人公を突き放す。監督の立ち位置の中立性で知的なものを感じる。

    これだけシンプルなスタイルにしても大丈夫という計算は取材等の準備の入念さにあるのだろう。ホンモノならケレンを加えて無くても感動させられるわけだ。

    身近なテーマを豊富な情報量をもって深く描いていくあたり師匠の伊丹十三を連想するがこれでもって伊丹十三を越えた 。

  • 2007年公開。『Shall we ダンス?』以来10年ぶりの周防正行監督の復帰作。通勤電車で痴漢に間違われた主人公の司法との闘いを描いた問題作でもあります。日本の裁判制度の矛盾と現実をここまでリアルに描いた作品はなかったのでかなり衝撃を受けました。監督自らがリサーチしたという徹底したリアリズムで日本の裁判制度の流れを忠実に分かりやすく見せてくれます。無実と分かっていても無罪にはならないという矛盾。人が人を裁くということはどういうことなのかを深く考えさせられます。2009年から裁判員制度がスタートし、今度は裁く立場になる自分たち。心して観て欲しい作品です。

  • 電車の中で痴漢と言われ、自白&和解を拒否したところ、逮捕され裁判にまでなってしまった青年とその周囲の戦いを描く物語。

    これは怖い。本当に怖い。
    痴漢は確かに卑劣で許しがたい犯罪だけど、首都圏の満員電車では誰が本当の犯人かなんて分かりづらいしいつでも冤罪を着せられる可能性はある。そうなったとき、自らの潔白を信じて訴えた結果がこんな逮捕劇と裁判沙汰だったら・・・。

    この映画の凄いところは、「結局この主人公は本当は痴漢行為をしたのか、してないのか」を実は映画中では何も描いていないこと。正直に認めると、私は最後まで「でも本当はこの青年が痴漢したのかもしれないし」という思いを消せなかった。
    自己正当化かもしれないけれど、こういう風に疑うことも間違ってはいないと思う。でも、この思い込みだけで誰かの人生をメチャクチャにしてしまうのは絶対に間違っている。人を裁くって本当に難しくて、勇気が必要で、そして過ちを犯してしまったら怖ろしく罪深い行為だね。人を裁くことは神にしかできないって、宗教じみた言葉ではあるけど真理だわ。
    あぁ、私、裁判官なんて職業にならなくて本当に良かった。・・・と思ってたんだけど、裁判員制度って・・・ヤメテクダサイ・・・。

    真っ向から社会問題を取り扱ってるのに、そう感じさせないこの面白さ。傑作。

  • 嫁さんがレンタルしていた『それでもボクはやってない』を観ました。

    痴漢冤罪って、怖いですねぇ。
     毎日、満員電車で通勤しているので、、、
    痴漢と勘違いされるのって、他人事に思えません。

    これが裁判の現実なんでしょうか。
    うーーーん、司法が信じられなくなりそうですね。

    -----story-------------
    フリーターの「金子徹平」は、会社の面接に向かうため通勤ラッシュの電車に乗っていた。
    そして、乗換えの駅でホームに降り立った彼は女子中学生から痴漢行為を問いただされる。
    そのまま駅員によって駅事務所へ連れて行かれた「徹平」は、やがて警察へと引き渡される。
    警察署、そして検察庁での取り調べでも「徹平」は一貫して“何もやっていない”と訴え続けるが、そんな主張をまともに聞いてくれる者はいなかった。
    そして、「徹平」は具体的な証拠もないまま、ついに起訴され、法廷で全面的に争うことになるのだが…。
    -----------------------

    判決後、主人公が問いかける、
    「僕はようやく気づいた。 裁判とは真実を求める場所ではなかったんだ」
    という言葉が、あまりにも重い。

    -----------------------------------------------------------
    監督: 周防正行
    製作: 亀山千広
    プロデューサー: 関口大輔
              佐々木芳野
              堀川慎太郎
    エグゼクティブプロデューサー: 桝井省志
    企画: 清水賢治
         島谷能成
         小形雄二
    脚本: 周防正行
    撮影: 栢野直樹
    美術: 部谷京子
    編集: 菊池純一
    音楽: 周防義和
    照明: 長田達也
    整音: 米山靖
        郡弘道
    装飾: 鈴村高正
    録音: 阿部茂
    助監督: 片島章三

    出演:
     加瀬亮 金子徹平
     瀬戸朝香 須藤莉子
     山本耕史 斉藤達雄
     もたいまさこ 金子豊子
     田中哲司 浜田明
     光石研 佐田満
     尾美としのり 新崎孝三
     大森南朋 山田好二
     鈴木蘭々 土井陽子
     唯野未歩子 市村美津子
     柳生みゆ 古川俊子
     野間口徹 小倉繁
     山本浩司 北尾哲
     正名僕蔵 大森光明
     益岡徹 田村精一郎
     北見敏之 宮本孝
     田山涼成 和田精二
     矢島健一
     大谷亮介
     菅原大吉
     石井洋祐 平山敬三
     大和田伸也 広安敏夫
     田口浩正 月田一郎
     徳井優 西村青児
     清水美砂 佐田清子
     本田博太郎 三井秀男
     竹中直人 青木富夫
     小日向文世 室山省吾
     高橋長英 板谷得治
     役所広司 荒川正義



  • とてもリアルな作品だと聞き観ることに。


    まず、警察の態度や勾留中の扱いがひどすぎで驚いた。
    次に、法廷での言動の全てが裁判官の心証形成の材料となる緊張感を感じた。
    そして、小日向さんが演じる裁判官は検察寄りに見えたが、あそこまで分かりやすく偏った裁判官が実際にもいるのか気になった。そういう人にあたったらどんな証拠も意味をなさないというのはつらすぎる…。

  • 日本の司法のありかたを考えさせられる。
    親や友人の協力、弁護士の理解、目撃者の出現、これ以上ないほど被告の好条件で臨んでも有罪になるなら、この裁判に意味はあったのだろうか?

    有罪にするのが当たり前という裁判の恐ろしさを感じた。

  • すごく良い映画なんだけど、胸くそ悪いシーンが多すぎてしんどかった。最後の主人公の「控訴します」という声が力強かったのが救い。
    痴漢は憎むべき犯罪ということや、女性の権利が守られるべきだということと、被害者の主張を鵜呑みにして良いかどうかということは別問題。
    人間の脳というのは完璧ではないのだから、悪意がなくたって記憶違いは起こるし、感情が認知に影響する。証言を求められた際のちょっとした言葉の違いで証言の内容が変わってしまったりする。
    だからこそ物的証拠や客観的検証が重要になってくるし、推定無罪の原則が守られるべき。なのに、痴漢事件については特にこういうことが通用しないシステムになっている気がする。
    何より、警察や検察が被疑者を「落とす」という言葉を使ったり、検察官や裁判官の評価の基準が処理件数の多さであったりする限り、公正な司法(言い方が合ってるかわからないけど)の実現は難しいんじゃないのかと感じた。

    映画としては、小日向さんに変わる前の裁判官役の方、失礼ながら普段情けない役ばかり演じてる印象があるんだけど、あんなに理知的で冷静な演技もできるんだ!とびっくり(笑)この方の裁判シーンは、観ていてとても面白かった。

  • 裁判も結局は裁く人間によって真実とは違う結果になると言うことがよく分かる作品。

全325件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

映画監督

「2013年 『法と心理学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×