ラスト・コンサート1988 モーツァルト&ブラームス

アーティスト : ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 カラヤン(ヘルベルト・フォン) 
  • UNIVERSAL CLASSICS(P)(M)
4.09
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Amazon.co.jp ・音楽 / ISBN・EAN: 4988005512888

感想・レビュー・書評

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  •  「カラヤン/ラスト・コンサート1988」と銘打たれているとおり、カラヤンの最後の来日となった1988年5月のコンサートのライブです。しかも公演最終日(5月5日)の、一回限り・継ぎはぎなしの録音です。クラシック音楽界で一世を風靡したヘルベルト・フォン・カラヤンは、この演奏の約1年後に亡くなっています。

     カラヤンの全盛期、彼はまさに「帝王」であり、クラシック音楽界に絶大な影響力を及ぼしていました。でも、晩年にはベルリン・フィルとの関係が微妙になるなど、ちょっと権威に衰えが目立ちましたね。この辺り、晩年になるにつれて神格化されていった他の指揮者 ── 例えばギュンター・ヴァントみたいな ── とはちょっと違います。おそらく、カラヤンは早くに神格化されすぎたのでしょう。

     この演奏が録音されたのは今から30年も前のことで、それからクラシック音楽の世界も大きく変わりました。カラヤンの死後、アンチ・カラヤンの態度をとることが「クラシック音楽通」みたいな風潮があったと思います。天敵の宇野功芳さんも、ことあるごとにカラヤンの悪口を書いておられました。その宇野さんも数年前に亡くなられてしまいました。来年(2019年)はカラヤン没後30周年です。平成の時代も終わり、カラヤンに対する評価は、今後も様々に変わって行くでしょう。

     いずれにしてもこのCDを聴くと、やはりカラヤンには独自の美学があって、それが一つの世界を創り、ひとつの時代を築いていたことを実感します。好き嫌いは人によって分かれるだろうけれど、それをまるで良し悪しのように論じてはいけないのだと思います。

    【モーツァルト・交響曲第39番】
     これはオーケストラの能力をフルに発揮させた現代的な名演だと思います。重みがあって、モーツァルトというよりもまるでベートヴェンの音楽みたいです。昨今、古楽器・ピリオド奏法が溢れる中で、この演奏は一時代前のものという感じがして、懐かしいのと同時に妙に新鮮です(「現代的な一時代前の演奏」というのは、形容矛盾ですが)。

    【ブラームス・交響曲第1番】
     カラヤンの演奏は劇的です。冒頭のティンパニーからして異様な緊迫感があります。第四楽章のホルンに続いて有名な主題がゆっくりと始まり徐々にテンポを上げて大きく盛り上がるあたり、カラヤンにはお手のものです。
     そして何よりドキリとさせられるのは、コーダの本当の最後の最後、五つの音をこれでもかといわんばかりにしっかり区切りながら念を押すようにして曲を締めくくっているところです。これら五つの音が鳴り終わった瞬間、カラヤンの日本での演奏の全てが終わったのですから。
     交響曲第1番はブラームスの代表作だけれど、あまりブラームスらしくない曲だと私は思います。私にとってブラームスらしい曲とは、ヴァイオリンソナタ第1番、ヴァイオリン協奏曲、交響曲第4番などの、メランコリックでノスタルジック、地味だけど深みがあって、じんわり心に沁みる曲です。こういった曲よりもむしろ、雄大・劇的・豪華な交響曲第1番がカラヤンにはぴったりだと思います。

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