静かなる決闘 [DVD]

監督 : 黒澤明 
出演 : 三船敏郎  三條美紀  志村喬  植村謙二郎  山口勇 
  • 角川エンタテインメント
3.80
  • (12)
  • (7)
  • (13)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 65
感想 : 18
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4988111285201

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 開幕、藤崎恭二(三船敏郎)が手術。野戦病院。指のメス傷から梅毒(スピロヘータ)感染。
    戦後帰国、許嫁の松本美佐緒(三條美紀)、父で産婦人科医の藤崎孝之輔(志村喬)、看護婦の峯岸るい(千石規子)。
    19分、アルバムで関係性を明示するが、「生きものの記録」と同じく、映画内にアルバムが出てくるとぐっとくる。
    ところで三船と志村が父子という設定は初めてではないか?
    個人的お気に入りである千石が、ダンサー崩れ→男に捨てられ自殺未遂→堕ろしたいのに止められて妊娠中の、看護婦見習い。という絶妙な役どころ。蓮っ葉という演技路線であろう、若干呂律が怪しい喋り方が、いい。
    彼女が、三船が梅毒の薬を注射するところを目撃してしまう。秘密を知ることに。
    許嫁を(俺は梅毒と打ち明けずに)遠ざける。
    ……言えばいいのに!! とつい思ってしまうが、乱れたセックスという偏見や忌避感があったんだろう。後のエイズにも通じる、身体的病と社会的病。穢れの感覚。病の需要の歴史の一側面。(イケメンが病み衰える頽廃美は、沢田研二やデヴィッド・ボウイへの連なりを期待させたが、そこまでではなかった。「酔いどれ天使」の結核のほうが強烈だった)
    このへんで、「青い山脈」がおそらくラジオから流れているが、あー時代だな。
    またこのへんで、何との「決闘」? と考えていた。病との?

    で、37分。三船と千石の会話を父志村が聞いてしまう。
    相談を受けた父と息子が横に座って、タバコの火を付け合おうとしてわちゃわちゃして、ふと、笑う。
    ここはなんだか自然だったというかアドリブっぽいというか、素の感じが出ていて、もし演出なら巧み。
    このバックで、赤ちゃん用のオモチャの音楽が流れている。抒情性、リリシズム、対位法。
    ここで三船が言うのは、根治はするだろうが、5年10年待たせて彼女の青春を浪費さすのが忍びない、と。
    な、なるほど……それくらいなら単純に打ち明けて一緒に待てばいいのにと思わなくもないが、価値観が違う時代なんだろうな。

    47分で季節が過ぎ。6年!(?ほんとか?)
    長いスパンの話なのか、とちょっと驚く。
    その間に千石は出産を経て、成長している。
    許嫁とは婚約を解消しながらも、手伝いには来ている。(好きと思い続ける三條美紀、ちょっと劇に都合の良い女、と思わなくもない。)
    ドラマが動くのは、梅毒を保菌していた男中田進(植村謙二郎)に、再会することで。
    千石、あたしなら呪い殺してやると。このへんの倫理が「決闘」のニュアンスなのかと気づき始める。
    またこのへんで感じていたのは、室内の撮影が多いが、どしゃ降りの雨も多い。降り篭められている。
    室内の壁がくすんでいて、「カリガリ博士」を思わせるくらいだ。
    気持ちを表す舞台ということか。
    67分、結婚式が明日と三條が言いにくるが、この雨は気持ちをモロに。

    75分あたりの、三船と千石のやりとり。確かワンカット。
    三船も泣き、千石も泣いて、「私、先生を愛しているのかもしれないわ」。俺得シーン。
    さらに、千石が植村をビンタし罵る。ベストアクト。俺得シーン。(倫理観なく病を振り撒く無教養との「決闘」。)
    「酔いどれ天使」で存在感において三船が志村を食うが、本作で千石は三條を食う。
    千石、舞台で5年ほど活動したあと1947年に映画デビューするが、「醉いどれ天使」1948、「野良犬」1949、「静かなる決闘」1949、「醜聞」1950、「白痴」1951と、黒澤三船黄金時代の名脇役。

    で、窓外の柵に振る雨、積もる雪、雪解け、で時間を表現。
    人生は終わらない。生きる限り続く。
    淡々と、黙々と、医者を続ける彼に、聖者(ひじり)という見立てをする。
    自分より不幸な人間のそばで、幸せを取り戻そうとしているだけでですよ、と父志村が言うが、ここに高らかに騒がず職業倫理に忠実であることへの賞賛(「静かなる決闘」)……ヒューマニズム礼賛を感じるし、それに共感できるのは、映画の力だろう。
    手術シーンで終幕。
    アルベール・カミュ「ペスト」からの影響、(若干ひねった形で)手塚治虫「ブラックジャック」への影響、を思う。

    「僕は梅毒さ。しかし、それは僕の罪でもなければ、僕の欲望も知ったことではないんだ。僕の欲望は何も知らないんだ。今だに新鮮なんだ。そいつが時々喚くんだよ。ところがその欲望を徹底的に叩きのめしてしまおうとする、道徳的な良心ってヤツがのさばってるんだ。そいつを跳ね飛ばして、この欲望の中に溺れちゃ、なぜいけないんだ。その方が人間として正直なんじゃないのか。ただ我慢してる僕はただ滑稽なだけだ…」
    この台詞、というか喋り方の過剰な感じから、大江健三郎を思い出した。
    ポストモダン世代からすると、50年前の戦前戦後世代(2世代上、祖父母世代)は、ちょっと熱量が別人種のように思えるな。

  • 梅毒と性を扱った異色の黒澤映画として有名。個人的には昔の「くさい」演技はちと苦手です、、、、サルバルサンがあまり効かないなあ、という印象をイメージさせました。

  • 病、貧困、闘う対象が幾つも出てくるのに、一番の敵が性欲なのね。確かにそこを強調する創作物はなかなかないだろうけど…。

  • -

  • 志村&三船が親子という設定に驚いた。

  • グロいのが苦手なので、冒頭の手術シーンは見れなかった(例えモノクロで血も黒に見えるとしても!)けれど、それが終わると、感染症を抱えた男の葛藤が主なので興味深く見れた。あの、結婚を約束していた女性とのスレ違いが切ない…。シリアスな男性には、あの陽気なダンサー看護婦で中和されて幸せになってほしい。あの二人の間にあるのは愛だと思う。フィクションの世界だけど羨ましいな~。

  • 黒澤明監督 1949年

    黒澤監督の問題意識の多さにというか、
    好奇心の多さに驚くばかりである。
    梅毒というテーマを取り上げながら
    医者のありようについて深く追求していく。
    のちの『赤ひげ』に結実していく。
    がんは、『生きる』のテーマとなった。

    1944年 戦争中 軍医として活躍していた
    藤崎恭二(三船敏郎)は、ひどい梅毒患者の手術中に
    自分の指の傷から感染してしまった。
    その当時、梅毒の効果的な治療方法はなかった。

    戦争から戻り 恭二には 婚約者(三条美紀)がいたが
    自分が梅毒患者であることを告白できない。
    サルバルサンを打つが、効き目がない。
    婚約者を避け 結婚をすることをあきらめる。

    恭二の梅毒にかかっていることを
    病院の看護婦見習いが最初にしり、そして
    病院を経営している 父親(志村喬)も知ることになる。

    戦争中のひどい梅毒患者は 中田といい 
    ある事件を通して 中田に再会する。
    中田は 梅毒が完治していないにもかかわらず
    結婚し 奥さんは妊娠していた。
    そのことを恭二は知り 診査を受けるように
    中田に言うが・・・

    父親は言う
    『幸福だったら、俗物になっていたかもしれない。』

    梅毒という十字架を背負いながら 
    苦しみ続ける 恭二役を 三船敏郎が熱演する。
    三船敏郎はその境遇に対して 激しく涙を流す場面もある。

    医者 は 生と死に立ち向かう・・・
    そこから 生きる姿が写しだされることになる。
    恭二は 自らの体内にある病気と 
    壮絶で静かに決闘をするのである。

    エイズ という問題も 深く取りあげるべきテーマ
    となるだろう・・・

  • 鑑賞する前までは黒澤明監督、静かなる決闘なんてタイトルを聞くと剣豪が戦う活劇を想像していましたが戦う相手が梅毒とは驚きました。若く美男子の三船敏郎氏がスピロヘータという言葉を言う度に噴出しそうになるのは私だけでしょうか。シリアスであればあるほど可笑しさがこみ上げてくる。しかしドラマは真面目に進行していきます。性病って怖いですね。私には遠い話ですが気をつけたいものです。決闘は避けるべし。

  • 黒澤の古い作品には「ちょっと・・」と思うものもありますが、これは「まぁまぁ」観られる。
    ストーリー展開にも無理がない。
    作品名が有名でない理由もわかる気がする。
    要するに、この作品はすべての人に受け入れられないだろうということ。
    黒澤の初期作品は「問題作」ではありますが「暗く」もあります。
    観ていて楽しいものではない。
    脚本は稚拙なものではなく、ちょんと理由がしっかりあり、その理由も飲み込めるものです。
    どこも悪いところはないのですが・・・・・。

  • 三船敏郎の、感情を抑えた演技から一転クライマックスの一場面で一気にあふれ出すところにリアルさを感じた。映画全体を通じて、看護師の人と恋仲にならないところがいいと思った。なったら、萎えるw

    7人の侍に比べての三船さんの演技が非常にシリアスでギャップがあり、こちらもとても良かった。

    最後の志村喬の「シアワセだったなら、案外俗物になっていたかもしれません」という言葉が、印象に残った。

    題材は梅毒であるが、まるで今の時代のエイズ問題を見ているよう。

    かといって社会派の映画というよりは、たまたま題材が梅毒という病気であっただけで、描いているものはやはりいろいろな人間の心情であると感じた。

  • 黒澤明監督の異色の名作。
    主人公の父役、志田喬の最後の台詞がとても印象的で
    『あいつはただ自分より不幸な人のそばにいて、希望を見出そうとしているだけですよ。あいつが不幸でなかったら、案外俗物になっていたかもしれませんな。』
    主人公の生きざまを客観視し、冷静な批評を口にしつつも、そんな息子を誇っているように、尊敬しているようにもみえた。

  • 2008年12月25日観賞。

    三船敏郎の声が渋すぎる。いい声だ。
    中田はひどいやつだなあ。
    あと看護婦役の女優さんがすごくいい。

    元婚約者にキスをしようとして、ハッとして止めるところはとても悲しい。
    たしかキスでも感染する可能性があるんだっけ。
    当時は梅毒ってどんな病気だったんだろ。今は抗生物質で治るよね。

    「梅毒=性病」への偏見が今よりもひどいなあ。
    当時は治療に何年もかかる病気だったのね。

    医療の見地から解説してるサイトがあったのでメモン。
    http://www.iryokagaku.co.jp/frame/09-webik/09-webik-0304/screen01.html

全12件中 1 - 12件を表示

著者プロフィール

(くろさわ あきら 1910−1998年)
日本を代表する映画監督。1943年『姿三四郎』で監督デビュー。生涯30本におよぶ名作を監督した。『七人の侍』(1954年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞)など海外の映画祭での受賞が多く、映画監督として初めて文化勲章、国民栄誉賞を受賞し、1990年には米アカデミー名誉賞が贈られた。

「2012年 『黒澤明脚本集『七人の侍』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×