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Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4988111285256
感想・レビュー・書評
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黒澤さんの『乱』。久しぶりに観た。
たまに黒澤明の映画を一本も観たことないという人がいて驚く。理由を考えてみると、ひとつはたぶん普通に、若い方などは「世代じゃない」ということ。もうひとつは、メディアや世間が黒澤さんのことをあまりにも「世界的な巨匠」と持ち上げすぎているから、それで食わず嫌いになってるんじゃないか、とか。
私にとっての黒澤明は、たしかに巨匠ではあるけれども、もうちょっと近い存在だったと思う。だから黒澤さんとかクロさんと呼んでいる。中学生の頃、『七人の侍』や『椿三十郎』を私がなぜ観たかというと、ひとつは親父が好きだったから。
もうひとつの理由はウルトラセブンで、有名な『超兵器R1号』、ギエロン星獣にセブンがアイスラッガー逆手持ちでトドメを刺すけど、同じ東宝系なので『椿三十郎』の影響が……と、ものの本に書いてあったのですよ。子供だった私は「へーそうなのかー」と『椿三十郎』を観てみたらぶったまげた。
なので、私の中ではウルトラセブンやゴジラと、同じ東宝の黒澤明や岡本喜八というのは常に同列で、そう受け止めています。映画なんてものはもっと軽い気持ちで観たら良いんだと思うよ。
ところでついにBSのセブンが『史上最大の侵略』まで来てしまった……前編のパンドン戦のアイスラッガーの殺陣と演出は何回見てもすごい。中の人の上西弘次さんは久世竜の弟子、殺陣師で七曜会から三船プロに在籍してたから、まさに黒澤作品とセブンの関連性。ウルトラマンの八つ裂き光輪は飛び道具だけど、セブンのアイスラッガーはたまに手で持つところが最大の違い。逆手持ちと言えば『椿三十郎』か『座頭市』だ。
セブンの話はこれぐらいにして、『乱』。世間一般の見方として、黒澤作品は「三船敏郎が出なくなり、カラーになってから面白くなくなった」、これは大体正しいと思う。以前、黒澤作品を時期で分けて考えてみたけど、本木荘二郎がプロデュースしてた50年代までが絶頂期で、芸術性と娯楽性、アートとエンタメが融合してた。60年代はどちらかというと娯楽性が強いと思う。そう考えると、黒澤作品の歩みはそのまま日本映画の黄金期と斜陽化、80年代中盤からのつまらなさと重なる。
1970年の『どですかでん』以降の黒澤作品は、アート映画。『乱』は『影武者』よりも好きで、以前はもっと面白く観れたと思うけど、今回は5分に1回眠気が襲って来た。
以前『七人の侍』がなぜ面白いかを分析したら、ひとつの理由としては「テンポの緩急」じゃないかという結論に達した。『乱』はテンポがゆっくりしていて、ここぞという良いシーンと私のタイミングが全く合わない。年を取った監督がダメになるのはよくあることで、市川崑も晩年の作品はひどかったし、岡本喜八も『イーストミーツウエスト』の時に硬膜下血腫になり、あとで見たらテンポがおかしかったと編集をやり直している。
お話はとても好きです。元は『リア王』。でも元々は三本の矢の話から発想して、リア王と合体させたらしい。戦争ばっかりしてる人間どもが!!というラストは、今観ると心に響く。
黒澤さんの『蜘蛛巣城』や『乱』を観てなければ、シェイクスピアなんかには全く興味がなかったかもしれない。
たまたま、オーウェルの書いたトルストイとリア王についての評論を読んだばかり。そのことも書こうと思ったが大変になるのでやめた。黒澤さんがリア王に自分を重ねている作品です。
仲代さんが素晴らしいのはもちろんだけれど……仲代さんが重用されたのは、黒澤さんの意のままに動いてくれる俳優が、他にあまりにもいなかったからかもと思う。
MVPはやはりピーターと、我らが原田美枝子。ピーターで印象に残ってるのはやはり『薔薇の葬列』『獄門島』『乱』。この映画のピーターは最高にかわいい。原田美枝子サンは怖くて良いし、黒澤作品でこのような重要な役を演じられる肝の太さはほんとにすごいと思う。
この映画は俳優のアップが極端に少ない……宮崎美子と野村萬斎に至っては、顔がほとんど映らなかったような。
先に書いたテンポの件も含めて、ほとんど絵画のように見える。元々画家だった黒澤さんはイメージボードと脳内の絵画を再現したかったんだと思う。それと、仲代さんの演技をはじめ、シェイクスピアの舞台に寄っている。絵画であって舞台演劇だから、「映画としての面白さ」には欠けていると思う。
他に、以前も書いたけどスターウォーズの新三部作や、『もののけ姫』などに影響を与えてるんじゃなかろうか。加藤武さんの声の代役を、星一徹やメガトロン様の加藤精三さんがしてるシーンは、かなりわかりやすい(全シーンではないと思うけど、どうなんだろ)。
次は『影武者』を放映するそう。あれに勝新が出ていたらなあ!!歴史が変わっていただろうに。 -
もうちょっと削ってもいいんじゃないかなぁ、という印象。場面場面で見ると素晴らしい所も多いが、その繋ぎが少しダルい。
ピーター…只のオネェじゃなかったのね。
黒沢映画、なんか合わんな。 -
血で血を洗うお家騒動の物語
目だけぎらぎらさせて老いぼれ狂っていく仲代達矢の大殿
大殿に最後まで付き添い、おもしろおかしく謡い踊り、素直に泣き怒るピーターの狂言師
印象深いキャラクター作りはさすがです
ワダエミの色彩豊かな衣装がキレイでした
能などの伝統芸能にならって、色や柄の雰囲気でキャラクターを表現していて、とても解りやすかったです
三の城が丸焼けになっていくシーンは唖然でした
飛び交う火の矢 燃え盛る炎 一切の失敗、演技の中断は許されない一発撮りですよね
命がけの緊迫感は迫力ありすぎでした! -
(1985 日本/フランス)
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色彩の使い方がシーンを印象強くしている。
血の色が実際より異常に鮮やかで朱色に近い(そして水のようにさらさら)。この作品はかなり血をたくさん使っており、ばしゃばしゃ飛び散る。こういう表現がいいかはわからないが、気持ちいいくらい飛び散る。バシャッ。
黒澤監督は特撮技術は好まなかったらしいが、この映画では使っている。三の城が燃えるシーンはミニチュアなんだとか。全然気付かなかった。赤々と燃える城と顔面蒼白の大殿の対比はかなり印象的。でも、毛利元就の「三本の矢」の逸話なんかを(安易に?)入れてしまう感じが嫌だった。
衝撃的だったのはやっぱり最後の首を切られるシーン。その他色鮮やかな衣装など、モノクロを上手く撮れる監督は色彩感覚がかなり豊かだという実証になっている。
今回は、ショットとアングルを気にして見てみたけど非常に勉強になる。まだまだ何故そのショットでアングルだったのかなどわからないことがたくさんあるが。
黒澤明の作品の中ではかなり好きな方。
<あらすじ>
国時代を生き抜き、3つの城を抱える領土を維持した一文字秀虎。ある日突然、秀虎は家督を嫡男に譲り、自身は隠遁する決意を客人たちの前で告げた。彼は3本の矢を手に取り、「1本の矢は折れるが、3本束ねると折れぬ」と言いながら、息子たちにお互い助け合いながら一文字家を繁栄させるよう説いた。しかし、父親思いの三男・三郎は、70歳になる父親に対峙し、「父上は馬鹿だ。耄碌したのか。息子達が助け合うなどとは考え難く、血で血を洗う事態になるだろう。」と父親の甘さを戒め、3本の矢を力ずくでへし折ってみせた。
客人たちの前で愚弄されたと感じた秀虎は、三郎とその重臣である平山丹後をその場で追放した。客人の一人である別の国の主・藤巻は三郎を気に入り、三郎を婿として迎え入れることを思案した。一方、秀虎の残る2人の息子にかける期待は、思いのほか早く裏切られる。
太郎の正室である楓の方は、親兄弟を舅・秀虎に殺された恨みを抱いており、太郎を巧みに動かして秀虎を亡き者にしようと画策する。隠居した身とはいえ忠実な家来を抱え、城の中で未だに影響力を持つ父親に対し、太郎は、今後は自分が領主なのだから、一切の事は自分に従うようにと迫る。太郎の強硬な姿勢に立腹した秀虎は、家来を連れて次郎の元に赴くが、次郎は「家来抜きであれば秀虎を迎え入れる」とそっけなく告げる。家来を見捨てることなど出来ない秀虎は、家来達と野をさまよう事態に陥ってしまう。
<概要>
架空の戦国武将・一文字秀虎を主人公にその晩年と3人の息子との確執、兄弟同士の擾乱を描く。物語の骨格はウィリアム・シェイクスピアの悲劇『リア王』であり、毛利元就の「三本の矢」の逸話なども取り入れられている。 -
仲代達也ああああ
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リア王のパロディ?っぽいやつです!
戦国版のリア王。秀虎のやつれっぷりが見るに耐えない感じです。
七人の侍と違ってカラーだったんですが、血糊使いすぎててちょっと嫌。かなり嫌。 -
個人的に
黒澤映画の中では
これが一番好きです
城落のシーンの迫力は
あらゆる映画の迫力を凌駕している★
燃える火の中で
仲代達矢演じる大殿様の
顔面蒼白な顔が
あまりにも
印象に残っている
そしてこの世の無常さを
こんなにも美しく演出するその才能に
脱帽
できれば影武者を見てから見て欲しい★
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黒澤映画は大学に入ってから観たんですが、これはすごかった。
日本が世界に誇れる映画。
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