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Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4988135707840
感想・レビュー・書評
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昨日のWorld War Zをまた観ているのか!?と錯覚してしまうところ多々あり。大きな違いは主人公が一人っきりで荒廃したニューヨークに住んでいること。野生化(?)した人間を何とか元に戻そうと研究を重ねるのが主人公なんだが、誰もいなくなって雑草はびこるニューヨークの景色が一番心に残ったかも。
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感染すると人でさえも猛獣になっちゃう伝染病…
そんなウイルスができる日が
いつか来てしまうのでしょうか><
治療法がなければ死を待つか
これ以上の感染を防ぐために逃げるしかない
今まで難病に対してワクチンを作ってきた名医師の偉業を
改めて感じさせられました。
人って弱い。
弱いけど強い。
Will Smithの演技とすばらしい演出で
私が彼のような、もしくはその現場をリアルで見ているような
とにかく感情移入させられてしまいます!
テーマが重いからすっごいつらいです(笑)
アクションシーンはニガテだけど、
興味深いテーマと上記の演出で私も観ていられました!
ですが、私みたいにうっかり夜中に一人で見ると
本気で寝れないです…; -
別エンディング版の方が公開されてればこんなに叩かれずに済んだのにねえ……。全体的な作りはそんなに悪くない。
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(全力でネタばれしています)
別エンディングが存在するらしいですね。
見ていて、藤子F不二雄の『流血鬼』を思い出した。ネットで調べてみたところ、『流血鬼』はこの作品のオマージュだということで。
ちなみに『流血鬼』は昔チラッとだけ通った習い事の教室にあったのを偶然見かけたので読んだだけ。
見ながら『流血鬼』のタイプの結末にはならないでくれ、とそればかり願っていた。どんな形であれ、『流血鬼』の結末にはならなくてよかった。あの結末はないだろう、と今でも思っている。
別エンディングも『流血鬼』じゃなくてよかった。というか、普通にハリウッド。ハリウッドにしては結末以外の部分がよかったので評価を一引きあげます。
以下、『流血鬼』を交えた感想。
別々に存在する集団がわかりあうのはとても難しいことで、例えば白人と黒人がわかりあうには、平等になるにはどうしたらいいのか。作中で主人公が娘に付けた名前の由来として挙げた男性歌手は黒人運動をしていたらしいですが(うろ覚えなので表現を間違っているかもしれない)『別々の人種がわかりあうにはどうしたらいいか』ということを主人公も考えていて、そしてその運動に誠心誠意を傾けていたその男性歌手を好きだった、という描写が出てきます。そこに目を向ければ、『流血鬼』のように、皮膚の色を白から黒にしたから当然、「白人万歳!」やめて「黒人万歳!」という思考回路になるんですよっていう結末というかメッセージなんてありえないし、胸糞悪い(好きな人ごめん)。安易すぎる。ドラ○もんもそうですが、なんだってあのストーリーは敵と味方を完全に分けて敵=完全な悪という図式で展開するくせに、仲間には恐ろしく甘っちょろいんでしょうか。くれよん○ちゃんの方が好きです。
テレビで放映されたバージョンでは、結局両者は敵対したままで、勝ち残ったのは昼日中でも生きられる人間。主人公が最後の決断をする直前、神の声が聞こえてきたのがいかにも西洋らしくて癒されました。愛犬を失ったところとか、ものすごく泣いてしまって、以後涙なしでは見られなくなった。でも、愛犬の首を主人公が自ら折った』カ所は偶然にも別のことをしていたので見ておらず、それを見ていたらまた印象が変わったのかなあとも思う。だって最初私は、愛犬はその場に残して感染犬として生かしていくのかなあ、と思ったから。
冒頭、ライオン親子から食べ物を奪えなかった主人公。自分だって肉を食べたいだろうに、彼にはどうやら他のグループの幸せを奪えない心が存在するらしい。
主人公が犬やらマネキンやら相手にかなり『痛い』会話をしている部分、脳内で想像して作り上げた人間としかコミュニケーションできない次世代の人間という印象がありました。これが何十年も前に作られた話だというのだからすごい。そして、家に住みついた猫と幽霊が友達な青年が主人公の話「しあわせは子猫の形(著者:乙一)」が脳裏に浮かびあがる。乙一作品の中で一番好きな話です。
いるのかいないのかもわからない生存者へ無線で「あなたは一人じゃない」と主人公たびたびが訴えかけているのは、主人公自身が自分が一人だと思っているからなのでしょう。だから、自暴自棄になって感染者の群れに突っ込んでいって死にかけたとき、助けてくれた女性が息子を伴っていたのを見て動揺しただろうし、また女性が神に告げられて知っている「人間のコロニー」の存在も否定する。神なんていない。そういう考えもあるかもしれませんが(一神教圏でこの主張とはなんだか考えてしまう)、もしかしたらコロニーの存在への恐怖みたいなものもあったのかも、と思う。ベーコンを食べられたのも、やっぱり嫌だったのかなあ。主人公がセリフを覚えるほど何度も見たアニメのなかにも「一人」というフレーズが出てきた。あそこは記憶力がよかったら丸暗記したかった。
ちなみに、小野不由美の『屍鬼』もこんな感じのストーリーですね。文庫バージョンでは、結局両者ともわかりあうことなく、そして互いをせん滅しあうこともなく、ただ夜を生きるものは夜の世界へ、ヒルを生きるものは昼の世界へ戻って行くという結末。私はこれは結構納得できる落とし方だと思っています。さて、マンガ版ではどうなることやら。
以下、別エンディングの内容をネットで調べた上での感想。
主人公が「ダークシーカーには知性がない」と言っていたのに、みていると知性が合ないというには賢すぎるし、集団の中にはリーダーが存在するし、そこだけものすごく違和感があって最後は流していた涙が消えてあぜんとするほどだったのですが、別エンディングの内容を調べて納得しました。主人公が感染者をただの「モルモット」としかとらえていなかった、というのが問題で、だから彼の感染者のレポートと、現実の感染者の間にズレがあった。彼がもし感染者も一個の生き物だと気づいていれば、ワクチンを作るための研究はしていなかったでしょう。知らず知らずのうちに見ている私が主人公目線になっていた、ということにも気付かされました。ところで、『私は神話』というタイトルには『少年よ神話になれ』というフレーズがかぶさります。本エンディングを感染者視点で見ると、「歴史ってこんな風にして歪むんだ」「歴史は強者が作るんだ」ということがひしひしと伝わるというか。とんだ伝説もあったものだ、という。
総括して、ともかくこの作品は個人的な『好き』の傾向にベストマッチです。ベストマッチすげて何やら長々と書いてしまいました。後私が映画を見るときはいつも脳内で紙媒体の作品を索引しているということがよくわかる結果でもあるという。私のホームグランドが紙媒体だということがよくわかります。私のことなんかどうでもいいですね。
ストーリーとしては普通の英雄ものです。
別エンディングバージョンだったら高得点だったろうなあ。
主人公は完全な免疫能力を持っていて、どう頑張っても感染者にはなれない。だから、感染者と完全に分かりあうことはできない。相互理解の難しさを感じることのできる話になっていたと思うのだけど。この作品をいいな、と思った割には感想もまとまらずダラダラしているのは、本エンディングでは途中で主題がどこかに消えて行ってしまったからだと思いたい。
突っ込みどころ。
人類が滅亡して長いのにインフラがしっかり完備されていた点。主人公が軍人で研究者だし、何らかの手を打っているのだろう、と思うことにします。
生存者が一千万人、という部分には特別引っかかりませんでした。むしろ、主人公だけパーフェクトな免疫保持者ということのほうが物理的に不自然に近く、一千万人は完全な免疫保持者だが彼らは生き残るすべを持たず感染者に捕食されたという流れを支持します。 -
地球最後の男 が原案とのことですが、近所のTSUTAY●で確か別の映画のリメイクになっていたんですが。。。(タイトル思い出せずw)
そのリメイクの基があまりにひどい映画だったので、こちらも期待しなかったのが功を奏したのか、なかなか面白く観られました。
それにしてもゾンビ系のメイクってどうしていつも皆同じような感じなんでしょうかねぇ。 -
犬の演技が素晴らしい。
登場人物少ないな。 -
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なるほど、低評価なのか分かった。原作の改悪なんだ・・・。
この物語のキーはタイトルにあります。「I am」が重要。ヒーローが自分をレジェンド(伝説)だと言うことなんてあります?大体は文脈的に自虐的な使い方になると思います。
多少ネタバレになりますが、ウィル・スミスはヒーローではないレジェンドなのです。最初も途中もずっと。大厄災をしぶとく生き残って、未来を作るためとはいえ何度も何度も実験に失敗し続ける彼を、視点を180°変えて見てみると、物語も180°ひっくり返ります。
それ故の原作のラストなのですが、そこはハリウッド映画、こういうエンディングでなければ許されなかったんでしょうね・・・。 -
公開直後に観た覚えがある。NYの街をどうやって撮ったのか?とか、電力はどうしてるのか?とか疑問もありながら面白かった。1時間半というコンパクトさも良し。
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2007年
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すっごい久しぶりに、ジャパンプレミア行って来ました。
今回はウィルスミス主演の「アイアムレジェンド」。
いつも普通の試写会にすら行けてない俺ですが、プレミアはひさびさだったなー、GOAL以来。
レッドカーペットにセレブな人たちと出演者、豪華な演出と舞台挨拶と。
たまにはいいもんですね。
でっかいファーストリムジンで登場したウィルスミスは、すげぇハイテンションでみんなにサインして回ってて、写真もめっちゃ撮られてて、デジカメ渡されて自分も入って撮ってみたり、サービス精神旺盛というか単純にこういうのが好きなんだろな、と思いました。
ウィルスミス以外の出演者がいなかったのが残念だったけど、、まぁ世界でたった一人の生き残りっていうウィルスミスの映画なんでそこはしょーがないかなと。
脚本家や監督もおもしろそうな人たちでした。
ウィル「俺の言ってること全部通訳してんのか?」
通訳「してますよ。」
ウィル「ドゥドゥッドゥチドゥッドゥ♪・・・・←おもむろにヒューマンビートボックス」
通訳「・・・^^; 拍手~☆」
ウィル「ほら訳してみてよ。笑」
通訳「訳したってば。」
みたいな一幕もあったり、人懐っこい人だなぁと。
「トロイ」んときのブラッドピットの男らしいかっこよさも、「キングコング」んときのエイドリアン・ブロディのスマートなかっこよさも「すげぇなこの人たち」って思ったけど、ウィルスミスのこういうとこもやっぱ懐の深さというか、「みんなに楽しんでもらえる為ならなんでもやってやんぜぃ☆」的な思いが伝わってきて、こういう人もかっこいーなって思いました。
で、肝心の映画の方ですが、めちゃ怖かった~。
部屋に1人の状況だけなら何年も体験してるし、残念ながらもう慣れた。
でも、部屋を出れば、自分はいろんな人と関わって生きてるって改めて思いました。
親や兄弟、仕事仲間、お客さん、友達、いろんな店の店員さん、、、。
誰一人いなかったら、ずいぶん寂しい世界だね。
話しかけても、誰も反応してくれない。おもしろい出来事があっても、誰にも話せない。
自分が生きる為の食事を無言で取って、寝て。いつか、喋ることを忘れていく。
何か起きても誰も助けを呼べない。いないんだもん。
医者が助けてくれるわけじゃなく、仲間にも助けを求められず。。
その、誰もいないはずの世界で、真っ暗な夜自分の関与しないとこで物音がしたら、きっとめちゃめちゃドキドキする。音の原因は何?敵?味方?
闇と孤独。そんな状況で、俺はきっと生きれない。
人と人とのつながりの中で生きられることってありがたいなと思いました。
一番に大事にすべきは、そこな気がします。
でも、この映画大事なことを考えさせてはくれるけどほんっと怖いから、あんま気軽に観ない方がいいと思います。^^; -
ウィルスミスらしい、、、
家族愛、人間愛、人類の愚かさと英知。。。
希望。
最後は、○○○っとするお話。
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ウィル・スミスが科学者(それもかなり天才的な)という設定には、いかにも無理があるけれども、ミスキャストのわりには、そこそこのデキ。可もなく不可もなし。
ただ、原作が1954年に発表されたSF小説と聞いてびっくりした。有名な作品らしい。
この頃の作品で有名なものは一応読んでいるか、すくなくともタイトルぐらいは知っているはずだが、これは全然知らなかった。
Wikipediaによると、日本語翻訳は、
原題
I Am Legend
翻訳
1958年 田中小実昌=訳 「吸血鬼」(ハヤカワSFシリーズ)
1971年 田中小実昌=訳 「地球最後の男(人類SOS)」(ハヤカワ・ノヴェルズ)
1977年 田中小実昌=訳 「地球最後の男」(ハヤカワ文庫)
2007年 尾之上浩治=訳 「アイ・アム・レジェンド」(ハヤカワ文庫)
田中小実昌とはまた懐かしい名前。
でも「吸血鬼」というタイトルでは、面白いSFとは思えなくて見逃したんだろうな。
1971年の『地球最後の男〈人類SOS〉』は、映画化(2度目)にあわせて再刊されたものらしい。
そのときの映画のタイトルが、『地球最後の男オメガマン』。なんのこっちゃ。
今回は三度目の映画化。それにあわせ、タイトルを変え、新訳で出版されたようだ。
三度も映画化されるぐらいだから、原作は面白いのだろうと思うけれども、映画を観てネタバレになったあとでは、読もうという人はいないかもしれない。 -
予想されたストーリーであったが、楽しめた。ボブマーリーの歌との結びつきも良い。アニメ版も同梱されており視聴したが結構おどろおどろしい描き方であった。
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