ディス・イズ・ハプニング

アーティスト : LCDサウンドシステム 
  • EMIミュージックジャパン (2010年5月11日発売)
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レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・音楽
  • / ISBN・EAN: 4988006879423

感想・レビュー・書評

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  • カッコよくいえば、見事に予定調和の裏をかいている。 より普遍的な趨勢すうせいを象徴しているようにも思える 会社の経済的事情が介在していたことは事実だが そんな気分と無茶苦茶シンクロする 枕として述べてみた DFLレーベルを主宰 クッキーシーンでも 言葉の定義や起源 いつまでも新鮮に聴き続けられる 201004伊藤英嗣

  • 3rdにして最後のアルバムだそうです。

  • 僕にとってのパンクはラプチャーであり、ディスコ・パンクである。そのディスコ・パンクのオリジネイターでありイノヴェイターであるLCDサウンドシステムことジェームズ・マーフィー。彼とティム・ゴールドワージーによるレーベル『DFA』は、間違いなくゼロ年代の音楽史に偉大な足跡を残した。


    そして、そのDFAをやりつつジェームズはLCDサウンドシステムを始めたわけだけど、ジェームズは僕の前に颯爽と現れて、瞬く間に僕を虜にした。"ルージング・マイ・エッジ"というレコードが、僕とLCDの出会いなんだけど、僕の中で全てが「カチッ!カチッ!」と歯車が噛み合っていった。ヒューマン・リーグにカン、ジョイ・ディヴィジョンなど、様々なバンドと音楽史の偉大な現場を見たと延々と歌っていく名曲。僕は文脈ではなく、本当に散漫な音楽の聴き方をしていて、デリック・メイを聴いたら次はマニックスみたいに、自分の感性に従って聴いていく(笑)。だから、人よりも音楽の知識がなかったり繋がりがバラバラだったりするんだけど、"ルージング・マイ・エッジ"を聴いたときに「僕のことだ!」と勝手に思った。



    と同時に、これはゼロ年代の音楽に対するリスナーの態度、そして少し未来を予言している気がした。ロックの美学、文脈と歴史性、すべてを更新・破壊するようなパワーを感じた。しかも、既存の音楽に唾を吐く謂わば反抗ではなく愛によって、これらを実現した。そりゃあもう爽快なんてもんじゃなく、なんとも言えない快楽的なものを、僕は感じてしまった。それがいけないことなのかはどうでもよくて、更新・破壊されていくこと自体に、僕は僕にとってのパンクを見た。


    そして『ディス・イズ・ハプニング』である。ジャケットを見てもらえばわかるように、世間でも言われているデヴィッド・ボウイ『ロジャー』みたいな素子が荒いジェームズ・マーフィーの踊る姿。初めてこのジャケを見たときは「パーソナルなアルバムになるのかなあ」と思ったけど、やはりそうだった。最後のアルバムだからという愛憎的な哀しみと喜び、それに何とも言えない焦燥感と熱狂。そして最高のものを作りあげようとする情熱。このアルバムには、ある種の感情のカオスが渦巻いているのだけど、ボートラを除く最後の"ホーム"を聴き終えたとき、不思議と「前向きな終演」を感じた。



    そして僕も「ありがとう。僕も新たな旅に出るよ。また会おう」と思えた。決して「さようなら」ではなかったように思う。それは"ホーム"の最後が「おやすみなさい」で終わるから、「おやすみ」ということは「おはよう」という目覚めと再開があるからなのか?



    そこはよくわからないのだけど、僕はこの「おやすみなさい」に淋しさと次に対する期待を持ってしまう。それは、LCDとしてではなく、ジェームズ・マーフィーという男に対する期待。たぶんジェームズにとって、LCDサウンドシステムという装置は足枷になりつつあったのかも知れないし(アルバム楽曲の歌詞にも、それらしいものが窺い知れる)、だからこそ、ジェームズ・マーフィーは全力でLCDサウンドシステムを終わらせようとしたのだ。LCDサウンドシステムでは出来ない新たな表現をするために。パーティーは終わる。しかしジェームズは終わらない。



    パーティーが終われば、またどこかでパーティーが始まる。そして、その「どこか」にはジェームズ・マーフィーが絶対にいる。そんな素晴らしい希望を、僕はこの『ディス・イズ・ハプニング』に感じる。僕はそんな希望を胸に、しばらくこのアルバムと遊ぶだろう。

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