M A Y A

アーティスト : M.I.A. 
  • ホステス (2010年7月6日発売)
4.09
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・音楽
  • / ISBN・EAN: 4582214506012

感想・レビュー・書評

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  • 斬新なユーモアと音楽で大国に喧嘩を売る真のレベルミュージック。破壊力抜群のサンプリング・クイーン!

  • 彼女の創る音楽は彼女の思想とは切り離せないが、
    ここでは別物する。
    あえて歌詞を読み込むことはしなかった。

    ビートの強烈さと複雑さ。
    身体を揺さぶられる。
    そこからは数々の音楽から成り立つ快楽に満ちている。
    (しかし、彼女は怒っている訳だが)
    "Born Free"という曲ではサンプリングとしてsuicideの"Ghost Rider"という曲が使われている。
    元ネタを知っている自分としてはにやにやしてしまうのだ。
    suicideを使うというところがツボだ。

  • クラッシュの「サンディニスタ」を思い出した。売れ線ねらいのシングルカット曲は余計。

  • 2010年レベルミュージックの最高峰。ごちゃ混ぜ加減が相変わらずステキ。

  • 3rdです。キテマス。

  • ジャケだけでもう★5。
    私は彼女を支持します。

  • 僕はツイッターで、フォローしている音楽評論家さんに「聴く前に分かること、知れることは、耳を曇らすだけ」という指摘をされた。そしてやり取りをしていくうちに、「知識、情報は捨てるためにある。音楽に没入する時には理性的判断は停止する。そこで感じて、そこから考えることが、本当の意味で、音楽と向き合うこと。知識、情報なしに音楽を聞けない人は実は聞いてない」と指摘をされた。確かに頷けるのだけど、情報が溢れる現代において、知識・情報なしの状態で、偶然的に音楽に触れるというのは難しい。僕も理想は「まっさらな遭遇」だけど、現実はそうはいかないのではないか。「情報に触れている」という前提で聴く音楽に対して、純粋に向き合える方法は、むしろとことん情報を得ることだと僕は思う。『マヤ』は、リリース前から情報に晒されていた。ロメイン・ガブラスによる“ボーン・フリー”のミュージック・ヴィデオを筆頭に、M.I.A.に関するディプロの発言を悪意的に引用したニューヨークタイムズのリン・ハーシュバーグによる記事など、話題には事欠かなかった。さらには『アルラー』や『カラ』から連なるM.I.A.の個人史すらも、情報として成立している。そして最新作『マヤ』において、M.I.A.は、今までの以上に自分自身をさらけ出している。母親として親になった影響もあるのだろうか、母性的な感覚や、M.I.A.にとっては身近なことに関する歌詞も増えている。


    タラ・ハントによる著書『ツイッターノミクス』によると、オンライン上で相手の信頼を勝ち取るには、自分のことをオープンにすることが必要らしい。それはそうかも知れないが、自分を晒すというのは、同時に批判的な、場合によっては、暴力的で排除的な批判に遭遇するだろう。実際M.I.A.は、リスクを犯してかなり踏み込んだ意見や主張を述べるし、こうした行為が「傲慢だ」「自分が正しいと思うなよ」みたいな批判も受けたりするんだろうけど、僕は、M.I.A.の行動はすごく誠実だと思う。人々がコミュニティに入るために、当たり障りのない振る舞いをするなか、M.I.A.はあくまでリスクを犯す。何故なのか? それは、M.I.A.は知っているからではないだろうか。「リスクなきコミュニケーションは欺瞞でしかない」ということを。確かに、リスクを犯さずに、批判的な意見をかわすこともできる。しかし、そうした批判的な意見や声にこそ、この世界の真実が、またはその一端が隠されている。だからM.I.A.は、リスクを犯すのではないか? 真実をあぶり出すために。


    『マヤ』に統一感はない。ラガにハード・ギター、ダブ・ステップにバラード、ディスコなど、はっきり言って滅茶苦茶である。しかし、こうした統一感や整合性を欠いた「勢い」が、M.I.A.の最も魅力的で、最大の武器であることは間違いない。そして、その「勢い」が、世界を巻き込み、賛同や批判、さらには沈黙という行為も世界からM.I.A.に寄せられた。つまり、賛同するにしろ批判するにしろ、「M.I.A.」という存在が、それぞれの考察や意見の動機になってしまった時点で、M.I.A.の思うつぼなのである。こうしてM.I.A.は、自らに寄ってきた人々の耳を縦横無尽に動き回る。そしてM.I.A.は、「マータンギ・マヤ・アルルピラガーサム」をばら蒔いていく。結果、世界はM.I.A.を無視できなくなる。いや、もしかしたら、既に無視できなくなっているのかも知れない。だとしたら、最早世界は、M.I.A.の射程圏内だ。


    M.I.A.のことを、「使い古されたスキャンダリズムの戦法を使う野蛮人」と批判する輩はいるのだろうか? しかし、ポップスターというのは、基本的に野蛮だ。どこまでも自分の本能的直感と、その直感から導き出される「絶対的な正しさ」。この「絶対的な正しさ」を掲げて、大衆を味方につけていく。こうした行動には、批判されるリスクがつきものだ。しかし、これらのリスクを引き受けたうえで、自分が「正しくない」と思えるものに、勇敢に立ち向かっていく。その姿がカッコいいから、僕はポップスターが好きだ。そして、こうしたポップスター像は、M.I.A.はもちろんレディ・ガガやマドンナにも共通するものだ。しかし、装飾すらも「自分自身」とするレディ・ガガやマドンナと違い、M.I.A.は「マータンギ・マヤ・アルルピラガーサム」を見せている。何度も言うようだけど、これがM.I.A.の誠実なところである。そして、この誠実さが、今の世界に必要なのも事実だと思う。



    真実を知らなければならない。何故なら、真実を知るということは、世界を知ることとイコールだからである。世界にとって真実を知られるのは、不都合なことだろう。だからこそ、真実を求める者に対して世界は冷たいのだ。しかし、M.I.Aは真実を求めていくだろう。M.I.A.にとっての「絶対的な正しさ」を信じて。

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