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- / ISBN・EAN: 4988135870278
感想・レビュー・書評
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2011年2月19日、日本公開。
クリント・イーストウッド監督、マット・デイモン出演にひかれて、
絶対に映画館に観に行こうと計画していたら起こった3.11東日本大震災。
それを受けて、「この映画は津波のシーンがあるため上映を中止します。」と全国で一斉に上映が中止されました。
個人的に、上映中止って過剰な反応なんじゃないかなと思っていましたが、今回DVDでこの映画を観て納得しました。
冒頭、フランス人ジャーナリストの女性が津波にのまれ臨死体験をする場面がありますが、その津波のシーンがとてもリアルで生々しい。
あの時期にこの津波の映像を映画館で観るのはさすがに衝撃的すぎるなと思いました。
しかし、製作する方たちはとてもこだわってあの場面を作成したようだったので、映画館のスクリーンで観たかったなぁとも思います。
内容的には可もなく不可もなく。
欲を言えば、3人のその後がもっと見たかったです。
わたくし的に、マット・デイモンのかっこよさが十分に発揮されていなくて不完全燃焼な部分もあります。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
オープニングの津波のシーンは圧巻だった。
だが、それ以降は「死後の世界」をテーマにした群像劇がだらだらと続く。
これが面白ければ全然問題無いのだが、なんというか、本当にただだらだらと続くだけでまったく物語が前に向かって動いている感じがしない。
霊能力者のジョージが料理教室に通い、知り合った女性に目隠しで食べ物を食べさせるという謎のエピソード。双子の少年の母親である薬物中毒のおばさんが調査員とすったもんだするエピソード。ニュースキャスターのマリーが番組から降ろされて復帰するだのしないだの、本を書くだの書かないだのを話しあうエピソードなどが展開したりするのだが、いまいち散発的で一体これがどこに繋がるのかさっぱりわからないまま鑑賞させられる。
紆余曲折ありつつも、最終的には運命の渦に引き寄せられるようにして上記した主人公三人が出会うのだが、それだけを描くにしては不必要なシーンが多くて「今までの話って必要だったか?」と思ってしまうような意図のよくわからない場面が多かった。
本作は監督イーストウッド・製作総指揮スピルバーグという、大御所の中でもかなり明快なストーリーを作るタイプの、プロ中のプロ達が組んだチームなのだから、この不鮮明さはあえてとしか思えないのだが……。謎だ。
本当はそもそも製作者が表面上のストーリーとは別のことを言わんとしていて、観客(つまり僕)がそれを受け取れていないのでは?と疑ってしまうような、ちぐはぐで不可解な展開が多かった。
わざとなのかなんなのかわからないが、物語の構成自体にいびつなものを感じる映画だった。 -
イギリス、フランス、アメリカで巻き起こる、
全く別々の「死」をめぐる3つのストーリーが、
ある奇妙な接点をもって徐々に交錯していく物語。
オープニングがショッキングな津波のシーンなのだが、
不運なことに公開が311と重なってしまったため、上映中止となった作品。
「死」をテーマとすることで、逆説的に「生」を描く。
齢80のイーストウッドが撮った作品らしく、霊的なものが主題になっている。
難しい作品。
少なくとも鑑賞者を選ぶ作品であることは確かだと思う。
本作でも触れられているように、誰にでも訪れる「死」という真実について
洞察を深めたことのある人ならきっと、
理屈・不文律・情緒・感情といった領域を超えた霊的といった表現世界に
大なり小なり共感できるのだと思うけど、
多くの場合、単に「死」は喪失と悲嘆の対象ではあるが、
洞察の対象とはなかなかなり得ない。
よって、この前提を踏まないと、
本作は中途半端に観えたり、盛り上がりに欠く作品に思えるし、
ざっと見る限り、そういった感想が多いように思う。
人文科学でも自然科学でも芸術でも、一般生活においても、
およそあらゆるものは必ず霊的なものに通ずる側面を持つ。
学術でいえば霊的なものは、「あったほうが説明が付く」場合が多いし、
一般生活でいえば、「あったほうが救われる」からだ。
特に唐突な死に、霊的なものは、いつも遺族に助けを与えてくれる。
ただ、ここでの「唐突」というのは、生きている人間側の解釈である。
死は誰にとっても日常であり、必然である。
擬人的に、死から言わせれもらえれば、
そのことを忘れていたのは、その人の責任だし、
唐突などと言われる覚えはたぶんない、と言うはずである。
つまるところ、死は今を生きている人間の解釈に委ねられるのである。
解釈者がいかに生きているか、目の前の死にどう輪郭を与えるかが、
死にまつわるテーマの重要な鍵となる。
ジョージを通して語られる死者の言葉は、
生きる人間の解釈を助ける言葉ばかりだ。
特に最後の双子の兄が語りかける「帽子を脱げ。それは僕のだ」は、
一見、冷たいように見えて、最高に温かい死者からの贈り物だ。
まったくの奇遇だと思うが、本作で描かれている彼岸の光景が
「ツリー・オブ・ライフ」のそれと、どこか似ている点も興味深かった。 -
マットデイモンが好きで観ました!
この作品は、主人公はマットデイモンでなくても良いのでは?
死後の世界を扱うと、どうしても全体的に暗く落ち着いたトーンの映画になってしまうけれど、死後ってそういう世界なんだろうか?
もっと穏やかで温かい死後の世界もあると思うけどな。
マットデイモンとキャスターの恋が上手くいくといいなーと、心から思えて、救いのある落ち着いた気持ちで観終わることができました。
今は自分が20代だから星2つの評価だけれど、もっと歳を重ねて死を身近に感じるようになってから観たら、また新たな視点で観ることができ、違う評価になりそうな映画です。 -
東日本大震災が起きる少し前に劇場公開されていたが、現実に起きた津波を想起させるとして震災後に公開を中止したらしい。そういえばこんな映画の予告を見たような記憶はある。映画が始まる前に冒頭で津波の映像があるというエクスキューズがある(もちろん震災後の後付け)。作り物と分かっていても、現実の津波を連想せずにはいられない。とても痛ましい映像だ。東南アジアで津波に襲われたフランス人ジャーナリストのマリーは九死に一生を得る。臨死体験以降テレビの仕事がうまくいかず、執筆活動を始める。薬物中毒の母親を児童保護機関からかばう健気な双子の兄弟ジェイソンとマーカスは、事故で兄を失ってしまい殻に閉じこもる。死者と語ることのできる霊能者ジョージは自分の能力に嫌気がさし、工場で地道に働き生計を立てる。3つのドラマが重なり合って、あの世とは何か、愛する人に先立たれた苦悩、そして生きる意味を問いかける。知っている俳優はマット・デイモンしかいないが、彼がまた深みのある演技で物語に重厚さを与えている。監督のクリント・イーストウッドが人生の終盤で死とヒアアフター(そのあとの世界)を優しい眼差しで描いた感動作。イーストウッドの映画にしては後味がいい
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津波で死の淵を彷徨ったジャーナリスト、事故で失った双子の兄を「死後の世界」に探し求めるまだ幼い子供、そして、死後の世界と交信できるが、そこに意味を見いだせずに普通に暮らそうとする元霊媒師。それぞれの体験、想いが三人をつなぎ合わせる・・・。死後の世界をきっかけに出会った三人が進む道は「現在」。観終わった後に残るのは、怖さよりもなぜか安心感。生きている限り、死は必ず訪れる。だからこそ今を生きる。【WOWOW】
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テーマは興味深かったけど、
なんだか微妙だった。