AKIRA 〈DTS sound edition〉 [DVD]

監督 : 大友克洋 
出演 : 岩田光央  佐々木望  小山茉美 
  • ジェネオン・ユニバーサル (2011年10月17日発売)
4.14
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レビュー : 52
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988102010768

感想・レビュー・書評

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  • 第三次世界大戦後、荒廃したネオ東京を舞台に、新しい人類の進化を統治に利用しようとする軍部の極秘研究に、不良少年のカネダとテツオがたまたま巻き込まれてしまう物語。

    本作を数十年ぶりに観たが、その完成度やメッセージの多層性と深耕度合い、驚異的な映像美など、とにかく度肝を抜かれた。映画評を言葉で記録するという行為(つまりこのブログ)自体が無粋と自認していたものの、ここ数年で最もそれを強く感じてしまった作品。

    本作の劇場公開が1988年ということを鑑みると、アニメーションに限らず、後の映画製作全体与えた影響は計り知れない。例えば本編ではたった数秒たらずのカナダのバイクシーンでさえ、そのオマージュをYouTubeで検索すると、わんさか出てくる。本作に影響を受けたと公言する世界的映画監督はゴマンといて、さながら音楽界のビートルズ、バスケット界のマイケル・ジョーダンのような存在である。

    言葉で感想を書き連ねることが無粋であり、加えて、もはや論評し尽くされた名作である点を承知で敢えてひとつ、本作で興味深かった点を記録しておくとすれば、正義と科学が結びついた業の果てしなさ、であろう。

    人類の歴史はそのまま暴力の歴史と言って良いくらい、地球上には争いが満ちている。時代を経るごとにその数自体は減っているが、なくなることはない。暴力といえど、そこにはそれぞれに守るべき正義があって、正義の名のもとに暴力は正当化される。科学は良きにせよ悪しきにせよ、正義の庇護のもとで暴力を増大させる方法を編み出し発展し、それによって正義がまた肥大化するという永久機関のような、戦争のメカニズムたる共犯関係が生まれる。AKIRAとは、そうした暴力と科学の業の名前であり、本作はその業を終わらせる、また別な観念の現出を描いた作品である。

  • AKIRAは僕達のアトムだ。
    僕には とてつもない力があると思った。

    猿だった人間がロケットを翔ばすパワーって
    何処から来るんだろう。
    いろんな発明や発見って スゴいパワーだ。
    アメーバだった頃から秘めていたのだろうか。
    その前は?もっとその前は?
    このパワーは みんな秘めている。
    それはビッグバン。
    みんなビッグバンの力を秘めて今ここにいる。

    突然 その力に目覚めたとき、
    例えなんの準備ができていなくても、
    力の使い方を選択させられる。

    使い方を間違ったとしても
    使いこなせなかったとしても
    それは もう 始まっている。
    ビッグバンのずっと前から 始まっている・・・。

    AKIRAを初めて観たのは小学生。
    友達に借りた。音楽テープも聴いた。
    作品の中で地元の春木屋がエライことになっていた。
    金田の赤いジャケット 赤いバイク に憧れた。
    芸能山城組の音楽に血湧き肉躍らせた。
    あれから 三十余年。
    今は2019年。AKIRAの舞台設定と同じ年になった。
    奇しくも来年は 東京オリンピック。
    1988年7月16日 東京は壊滅しなかったし、
    自分は金田にも鉄雄にもならなかった。
    ましてやアキラにも。
    黄色いダウンを着て 黄色いバイクには乗ったけど
    大佐より年長のおじさんになった。

    でも今でもAKIRAを観てワクワクする。
    働いて結婚して子供に出逢えたけど、
    まだまだ何かできる気がしてくる。

    他力本願じゃ何にもならない。
    自分で行動するんだ。
    そんなことも学んだ気がする。

  • ■テツオが正しい道を歩んでいたら悲劇的な物語にはならなかったのだろうか?

    ■金田たちは学生で、暴走族で、不良である。デモ隊にも軍にも、宗教にも属さない「自由な」若者たちである。仲間のテツオが、子供の姿のまま年老いていく能力者の子どもたちの一人に接触したことをきっかけに、AKIRAの力(超能力)に目覚めてしまう。テツオは金田にコンプレックスを持っていた。歪んだ精神は力を暴走させ、街を破壊してしまう。最終的には能力者の子どもたちがアキラを呼びだし、暴走したテツオを飲み込んで消失する。

    ■(仮説)テツオが力を目覚めさせたあと、力を正しい方向に活用していたらこのように悲劇的な結末を迎えることはなかったのではないか?

    ■①まず、テツオのコンプレックスが本作の重要な鍵であることは間違いない。人間の負の感情は絶大な力を持つ。自らを外に出し、力を開放することになんの躊躇もなく実行できるのはこのコンプレックスによるからだ。ちなみに助けようとする金田が度々テツオに接触を試みるが、このコンプレックスのせいで逆効果になることが多かった。
    ②人は誰もが潜在的に、現在では解き明かすことのできないような長大な力を持っている、と能力者の子どもは言う。力自体はみんなが持っているものなので、発露するための鍵は能力者の少年との接触(きっかけ)と、自らのコンプレックス(鍵)である。
    ③道を間違うと、力の使い方を間違うとただの暴力であるが、では上記①と②をふまえての「正しい道」というものに進んだ場合、街を崩壊させ、テツオ自身を消失させるようなエンディングに至らなかった可能性であるけれど、たしかにその可能性は考えられる。しかしながらこの場合の「正しい道」というのがなんなのか、それがひどく主観的な議論に陥ることは明白である。仮に彼が軍に従い、強大なエネルギーを戦争に投下させることになったら。それはそれでディストピアの景色であることは間違いないのである。
    最終的には人間のエゴに収束するため、やはり悲劇的なエンディングは避けられないのではないか。

    ■では、テツオが完全に力を制御し、金田たちの元に帰ってきたとする。そうすればすべて元通り、ということになるだろうか。しかしながら彼らが戻る日常も決してユートピアではない。急速に復興が進んだせいで社会不安が恒常的に存在し、デモが溢れ、軍が不穏分子を弾圧している。テロが起これば街は封鎖され、社会活動は停滞する。さらに、彼らが戻るのはそのさらに下層の、職業訓練校(?)なのだ。人々は終末を望んでいるし、現世に嫌気が差している。社会が倦んでいるのだ。「自由な」彼らは、いつまでも「自由」ではいられない。いつかは誰かが張り詰めた風船を割る役を担うだろう。テツオがやらなくたって、誰かが次のアキラになっていたはずである。

    ■エンドロールの直前「ぼくは、テツオ」と視聴者にテツオの声が響く。劇中でテツオの頭にアキラの声が響いたように。それはあたかも、誰もが潜在的に秘めている能力に、次に目覚めるのが君なのだと、我々に呼びかけているようにも感じられる。次のアキラ、次のテツオは私たちのなかの誰かなのかもしれない。

  • 何回も観てしまう。
    子供の頃、正月の深夜放送で観た衝撃が忘れられない。
    家族が寝たあと、一人でみてたなんとも言えないドキドキ感。未だに見ると30年前を思い出す。

  • 久々の観賞。
    濃密な世界観。圧倒的な背景、引き込まれるストーリー、躍動する登場人物。
    文章では説明が出来ない、すごい映画。

  • 何回も観てまうよな。

  • ずっと前から見たかった作品なのだが、昔部分できに三田だけで全部を見たことがなかった。以前から興味があったのは、監督よりも音楽のほうで、この映画の音楽を担当する前から、芸能山城組のファンだったのである。何かでこの映画の事前記事を読んだときに、「音楽が山城組っていうのがちょっとね」なんて書いてあって、公開もされる前に何だ!とカットしたのを覚えている。

    全編を見てみると、さすがに評価の高い作品だけ合って、最初から最後まで息をのむような「すごさ」を感じた。物語はわりあいスピーディーに進んでいて、おそらく長い原作をさっぱりとまとめたのだろうと思うのだけど、音楽も含めて上演時間あたりの情報量がものすごい。くらくらするような気持ちで全身で受け止めていた。

    正直、こういう世界というのは(「世界観」ではなく)あまり好みではなく、無意味に死んでいく人々の姿を見ると胸が痛む方である。だから、すごいなと思いながら、とっても楽しいとは思えなかった。ただ、こういう作品がずいぶん前に作られてしたってことにびっくりするし、その才能に敬意を払う。いい作品だった。

    肝心の音楽は、やっぱり好きだった。芸能山城組の大きな特徴である声はすばらしいし、あの独特の感覚が不思議に映像にマッチするの快感だった。特に印象的だったのは、ちょっとした効果音というか単音の響き。どきっとする快感がある。

  • 公開当時映画館に観に行った。
    まだ高校生だった。

    面白かったと感じた記憶があるが、思っていたものとは少し違った違和感もあった。

    それから32年ぶりに観た。

    ストーリーはすっかり忘れてしまっていたが、なんと舞台は2019年。まさに現代!
    SFサイキックアクションなストーリーでまるで色褪せてなく、面白かった。
    映像も32年前のアニメ映画とは思えないクオリティ。
    そして、今になって知ったのは、原作(漫画版)は映画とは随分異なっているということ。

    32年も放ったらかしにしてたなんて!
    今度は原作を読みたい。

  • ストーリー
    舞台は2019年、第三次世界大戦から復興したネオ東京。ハイテクと繁栄を極めるメガロポリスの裏側で、最高機密・アキラをめぐって、アーミーとゲリラが激しい戦いを繰り広げていた。健康優良不良少年・金田とその仲間・鉄雄は、その戦いに巻き込まれていく…。

  • わたしには少しレベルが高かった。
    誰もがアキラのように、高等生物に昇華されるというのか、そしててつおは第二のアキラになった?わからん。全くわからん。何回か見ないといけないけど、何回見てもわからない気もする

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著者プロフィール

漫画家・映画監督。宮城県出身。
1973年『漫画アクション』にてデビュー。代表作に『童夢』『AKIRA』など。
1988年、自ら制作したアニメーション映画『AKIRA』は日本国外でも高い評価を受け、海外における日本アニメムーブメント(ジャパニメーション)のさきがけとなった。
2013年、日本政府より紫綬褒章。2014年、フランス政府より芸術文化勲章オフィシェ。2015年、第42回アングレーム国際漫画祭・最優秀賞(フランス)。

「2017年 『TRIBUTE TO OTOMO』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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