2011年6月号の目次
人類最古の聖地
トルコ南部のギョベックリ・テペ遺跡で、狩猟採集民が築いたとみられる1万1600年前の神殿跡が見つかった。この発見は、農耕が始まってから宗教が生まれたという定説を覆すことになるか。
文=チャールズ・C・マン 写真=ビンセント・J・ミュージ
いつから人類は祈るようになったのだろうか?
これまでは、人類が農耕を始め、都市を築き、文字や芸術を生んだ後に、宗教は生まれたとされてきた。しかし、トルコ南東部に位置するギョベックリ・テペ遺跡の調査が進むと、文明が生まれる前から、人類は祈りを捧げていた可能性が出てきたのだ。
その手掛かりとなるのが、遺跡にそびえる何本もの石柱だ。恐ろしい猛獣などの浅浮き彫りが施され、円形に配置されたこうした柱は神殿の一部だったと考えられている。発掘調査に当たるドイツとトルコの共同チームは、この遺跡が1万1600年ほど前に狩猟採集民によって建設されたと推測している。人類最古の神殿だ。
人々はここで何を祈ったのだろう。そして、祈りがもたらしたものとは何だったのか?
最新の調査結果をもとに、1万1600年前の人々の心の中をのぞいてみる。
編集者から
1万1600年前といえば、日本では縄文時代。そんな大昔に、現在のトルコ南部に暮らしていた狩猟採集民が、最大で重さ5トン以上もある石灰岩をいくつも切り出して運び、神殿を築いたというのだから驚きです。
こんな重労働をしてまで、なぜ神殿を築かなければならなかったのか。彼らは、神殿にどんな力があると信じていたのか。誰が神殿を設計し、その建設を取り仕切ったのか。作業員たちは、どうやって意思疎通を図っていたのか……。建設風景の復元イラスト(本誌42~43ページ)を見ていると、いろんな疑問がわいてきます。(編集T.F)
幼き花嫁たち
イエメンやインドでは、法律で禁じられているものの、10歳にも満たない少女たちが結婚させられている。低年齢で出産し、教育の機会を奪われる彼女たちを取り巻く現実とは?
文=シンシア・ゴーニー 写真=ステファニー・シンクレア
イエメンやインド、ネパールなどでは、10歳にも満たない幼き少女たちが花嫁となり、子供を産み育てる現実がある。多くの場合、年少者との結婚は違法とされているものの、地方の共同体では現在も行われている。
インド・ラージャスターン州で行われた、5歳の幼女と10歳の少年の結婚式に立ち会い、イエメンの首都で10歳の時に虐待的な夫と離婚した少女から話を聞いた。
幼き少女たちが結婚するのはなぜか? 伝統の陰に隠された児童婚の現実に迫る。
編集者から
この特集に登場するイエメンの少女ノジュオドは、世界最年少で離婚裁判に勝訴した後、ライス元国務長官や女優のニコール・キッドマンらと共に、米国の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008」に選出されています。また、2009年には「世界女性賞」(代表・ゴルバチョフ元ソ連最高指導者)の「希望賞」が授与されたとのこと。理不尽な慣習に一石を投じることの大変さ・重大さが分かりますね。よくよく考えると、恋愛結婚が主流になったのは日本でも最近のこと。「私たちは殿方に選ばれるのではなく、私たちが殿方を選ぶのです」という名ゼリフを残したある少女マンガは、大正時代が舞台でした。近い将来、イエメンでも、そんな自立した女の子が当たり前にいる環境になるといいですね。(編集H.O)
参考資料:『わたしはノジュオド、10歳で離婚』
ノジュオド・アリ/デルフィヌ・ミユイ著 河出書房新社
本編に出てくるノジュオドの本。生い立ちから離婚を勝ち取るまでの実話が綴られており、2009年にフランスで発表されるとたちまちベストセラーになりました。実際には、共著となっているジャーナリストのミユイが書いていますが、自伝の形をとり、ノジュオドの視点に立って、わかりやすい言葉で記されています。印税はすべてノジュオドに譲られ、弁護士になりたいという彼女の夢を実現させるために役立っているとのことです。
ナミビアの大自然
環境保護を憲法に盛り込むアフリカ南西部のナミビア。太古の姿を残す“とっておきの”大自然を訪ねた。
文=アレクサンドラ・フラー 写真=フランス・ランティング
アフリカ南西部に位置するナミビア。1990年に南アフリカから独立する際、自然環境の保護を憲法に盛り込んだ。ナミビアでは現在、国土の4割ほどが国立公園や自然保護区として管理されている。
大西洋沿岸では、北端のクネネ川から南端のオレンジ川にいたる海岸線がほぼ隙間なく公園が連なり、ナミブ砂漠とナウクラフト山脈を擁する変化に富んだ地形と多様な生き物が見られる。乾燥地帯には、ヘビやトカゲなどのほか、ジャッカルなどの哺乳類もいる。海岸線では、ペンギンを見ることもできるし、点在する湿地は鳥たちの楽園だ。
フランス・ランティングの鮮やかで不思議な写真で、変化に富んだナミビアの大自然を訪ねる。
写真家フランス・ランティングの紹介ページはこちら
編集者から
本誌でおなじみの写真家フランス・ランティングが撮影した絶景を、じっくり堪能してください。それだけで満足、という方もいるかもしれませんが、時間があれば、ぜひ本文もお目通しください。冒頭に登場するサファリガイド、ルドルフ・ナイバブさんの苗字「ナイバブ」を読むとき、心の中で「ナ」の前に舌を打ち鳴らしてみれば、アフリカ南西部を旅する雰囲気が少しは出るかもしれません。そう思って、あえて注釈を付けました。
ちなみに、特集に登場するシュペルゲビート国立公園のダイヤモンド採掘場では、16世紀に難破したポルトガルの貿易船が見つかっています。その難破船に何が積まれていたのか? 詳しくは、2009年10月号の「ある難破船の数奇な運命」をご覧ください。(編集T.F)
環境大国を目指す中国
急速な経済成長を続ける中国は、再生可能エネルギーの導入において世界の先頭を走っている。
文=ビル・マッキベン 写真=グレッグ・ジラード
世界第2位の経済大国に躍り出た中国は、温暖化ガスを世界で最も多く排出していると同時に、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーに最も多くの資金を投入している国だ。
地球環境の将来は、世界経済をけん引するこの国に大きく左右されることになるだろう。ある研究所の推定では、2030年までに中国の発電量は、2005年当時の3.7倍に達するという。そのうち、再生可能エネルギー由来のものは5分の1程度しかなく、7割が石炭を燃やす火力発電で、石炭使用量は現在の2倍に増える。経済成長を続けるためには、石炭の利用は避けられないのだ。
“地球にやさしい”国を目指す中国。その実現は可能なのか?
編集者から
中国と環境問題。この二つの言葉からまず連想したのは、水や空気の汚染でした。2008年5月号「黄河崩壊」の写真が強烈に記憶に残っていたからです。
ところが、今回紹介するのは、“環境にやさしい中国”という、この国の意外な一面。中国は今や、再生可能エネルギーの導入でも世界をリードしているのです。ただ、現在のペースでは、急激な地球温暖化を防ぐのは難しいようです。
成長を止めるつもりのない中国と温暖化の問題をどう解決すべきか。特集の最後で一つの答えを提示しています。(編集M.N)
秘密の原材料 レアアース
ハイテク機器の製造に不可欠なレアアース。その生産を中国だけに任せていて、大丈夫なのか?
文=ティム・フォルジャー
ランタン、サマリウム、ガドリニウム……スマートフォンからハイブリッド車まで、多くのハイテク製品に欠かすことができないレアアース(希土類元素)。日本では、2010年9月に起きた尖閣諸島中国漁船衝突事件で一躍注目された。
世界中で1年間に消費されるレアアースは15万トンほど。約9900万トンあるとされる埋蔵量を考えると、資源枯渇はあまり危惧されていないが、供給体制に問題がある。現在、世界市場の97%を占めるのが中国産なのだ。
産業の各分野で必要とされる重要な原材料を、一つの国に頼っている現実に多くの国が危惧を抱き始めた。注目を集めるレアアースの素顔と、それを巡る世界の動きを追った。
編集者から
昨年秋に中国が日本向けの輸出を差し止めたことで一躍注目されたレアアース。世界の供給量のほとんどが中国産ですが、違法業者によって採掘されたものも出回っているそうです。2008年の統計では、中国からの総輸出量の3分の1近い2万トンがこうした「闇レアアース」だったというから、驚きです。この貴重な原材料の生産を中国だけに任せておけないと、米国などでは、生産を再開する鉱業会社が出始めています。レアアースの需要は伸び続けているので、その安全で安定した確保が大きな課題になりそうです。(編集S.O)