逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー 552) [Kindle]

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  •  文明というものの意義は、このように人の体験の核心に喰い入って、その生の意味をあかしするような景観を構築するところにある。欧米人たちが言うように、なるほど日本は自然的条件に恵まれていたにちがいない。だが彼らが讚美した日本の自然美は、あくまでひとつの文明の所産だったのだ。
     たとえば松林は照葉樹林を破壊したあとの二次林であり、萩は原生林ではなくそういう二次林にともなう植物である。欧米人が讚美したいわゆる日本的景観は、深山幽谷のそれを除いて、日本人の自然との交互作用、つまりはその暮らしのありかたが形成したものだ。 ましてや景観の一部としての屋根舟や帆掛け舟、船頭の鉢巻、清らかな川原、そして茅 葺屋根やその上に咲くいちはつに至ってはいうまでもない。つまり日本的な自然美というものは、 地形的な景観としてもひとつの文明の産物であるのみならず、自然が四季の景物として意識のなかで馴致されたという意味でも、文明が構築したコスモスだったのである。
     そして徳川後期の日本人は、そのコスモスのなかで生の充溢を味わい、宇宙的な時の 循環を個人の生のうちに内部化した。そして、自然に対して意識を開き、万物との照応を自覚することによって生れた生の充溢は、社会の次元においても、人びとのあいだにつよい親和と共感の感情を育てたのである。そしてその親和と共感は、たんに人間どうしの間にとどまるものではなかった。それは生きとし生けるものに対して拡張されたのである。

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