ルルドの泉で [DVD]

監督 : ジェシカ・ハウスナー 
出演 : シルヴィー・テステュー  レア・セドゥ  ブリュノ・トデスキーニ  レーヴェンソン 
  • 角川書店 (2012年8月2日発売)
3.51
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レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4540179200208

感想・レビュー・書評

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  • 静粛な巡礼の雰囲気… と思いきや、何この中味のささくれだった感じ、、、このギャップすごいな、ある意味リアルな信仰の場面か。

  • ルルドの水が奇跡を起こすみたいに謳ってるのに、
    案内員達は水を勧められても飲まないところに引っかかりを覚えた。
    終始、騙されてるんじゃない? って雰囲気が漂ってる。
    そんな中、車椅子のヒロインが立てるようになるんだけど、周囲の嫉妬やなんやで、奇跡を素直に喜べない内容だった。

    介護のお姉ちゃんの態度の悪さが、実際にありそうで嫌だったなぁ。

  • 多発性硬化症により、首から下が麻痺している主人公が、ルルドの泉に行き、症状が回復するという話。

    果たしてそれは神の奇跡なのか。

    この映画のテーマは以下である。
    ・キリスト教(世俗化)に対する問題提起
     また、絶望に対する、救いとは何なのか?キリスト教は何を提供できるのか?
    ・人間らしさ。人の嫉妬心、人間関係の複雑さ、業の深さ、無邪気さ。人と人の距離感、想いのすれ違い。
    ・介助とは何か?

    人間ドラマを、言葉の説明を省き最小限の発言で、表現しつつ、上記テーマを浮かび上がらせる。
    私はひたすら感嘆した。

    2回連続して観たが、それぞれの場面が無駄なく続いている。冗長なシーンがなく、必要不可欠なシーンの連続である。また、登場人物のキャラクターが立体的に表現されている。それぞれの人物の性格、感じていることが、台詞ではなく、表情や目線、しぐさで表されていて、画面の端にいる人物も起こっていることにどのように感じているかを細かく表現している。
    シナリオの精巧さと、演出(その人物へなりきること)の確からしさ。緻密な職人技的な構成。

    それぞれの人物がみな重荷をかかえており、虚無的でありながらも、必死に人生を生きている。宗教(この映画であればカトリック)が当然その重荷に対する救いになるはずだが、ルルドの泉の「奇跡」という胡散臭さが単純な救いにならない矛盾を描いている。

    介助者と介助されるものについて、介助者の「役に立ちたい」という思いはある意味利己的で、介助される側が重荷に感じるところ、また介助される側は、不自由さにより、介助者の考えに沿わざるを得ない部分があるなど。それぞれの思惑のギャップ、距離感が描かれていた。深い関係であるはずだが、意識が通じなく、愛憎半ばするところのリアルさ。

     キリストの教え「それぞれの人生がある。苦難を受け入れる」ということと「誰にも平等におきない奇跡におよる回復」はある意味全く逆のことを表している。

    障害を持ち、生きることの重荷に対し、救いとは何なのか?

    映画を通して、人間のダメなところ、俗物的な部分へ辛辣な容赦ない表現をしつつ、ダメでありながら、善いところもあるというような人間の二面性を表現している。

    私が一番気になった登場人物は、主人公と同室の老女だった。目つき、表情、たたずまいだけで、なぜここまで存在を表現できるのか。
    私は主人公のお母さんと思ってみていたが、ネットで他の方の感想などを見る限り、同室の女性でしかないような表現が多く、そうであれば、より一層この女性にたいするミステリアスさが増し、興味が湧く。

    記念写真をとるときの、「チーズ」という発声により顔がゆがむが、それは笑顔なのか?笑顔に似ているが全く違う歪んだ表情なだけなのか。「奇跡」が本当の回復なのか、一時的に症状が軽減しているだけなのか?という問題と二重写しになっているのだと思う。

    ラストのシーンのすごさ。
    長い時間の中、主人公の目線の移り変わり、途中の一瞬の笑顔とその後の表情の持つ意味。
    希望に対して無理してがんばろうとしている中、希望がなくなった時にその希望の火が消え、体の力が抜けてしまう。背後でかかるカラオケ音楽「フェリシタ(幸運)」というフレーズ。

  • ルルドの泉が非常にシステマチックに運営されていることに驚いた。レア・セドゥ目当てでこの映画を観て、その点を窺い知れたのは大変良かった。見所はレア・セドゥが花よ蝶よとばかりに得意満面で歌い踊るラストシーンかな。歌も踊りも上手くないくせにドヤ顔全開で、レアのファンながらなんかムカつく。終盤の何ともいえない皮肉な流れがここに極まって、モヤモヤとした感じが残る醒めた終わり方。色々と考えさせられる…。

  • サスペンスフルドラマ?なんかよくわからないジャンルでした。改めて勉強したといえば「ルルド」

    ルルドは、フランスとスペインの国境になっているピレネー山脈のふもと、フランスの南西部のオート=ピレネー県の人口15000人ほどの小さな町。聖母マリアの出現と「ルルドの泉」で知られ、カトリック教会の巡礼地ともなっている。

    日本にも何カ所かにマッサビエルの洞窟と寸分違わないものが作られているそうです。

    「ルルドの泉で」
    https://www.youtube.com/watch?v=C2-7u52X75s

    下半身まひの美しい主人公に奇跡が起こり、泉の水の温浴?と洞窟の壁を触ると奇跡的に回復する。オーストリア、フランス、ドイツの合作だがどこかフランス色が強い。とにかく人間のドロドロ感が嫌になる。奇跡の話だというのにまるで美しくない!奇跡とは美しくあるべきだと思っている僕にとっては途中で飽きがきていた。

    しかも歩けるようになった主人公が真っ先に……男かよ~しかも手短にいた……なんとなく嫌な設定でしたww

  • 公式サイト:http://lourdes-izumi.com/

     フランス南西部ピレネー山脈の麓にある小さな町ルルド。1858年に聖母マリアが少女ベルナデッタの前に現れ、言われるままに洞窟の土をすくうと泉が流れだし、その泉の水で失明した石切り工の目を洗ったところ視力を回復した。

     「マリア出現の地」「奇跡の水が湧き出る泉」として有名になったルルドには、年間600万人もの人々が奇蹟を求めて巡礼に訪れる。このルルドをロケーション撮影し、奇蹟を求める人々、奇蹟的な出来事を目の当たりにした人々の心模様が見澄ますように描かれていく。

     クリスティーヌ(シルヴィー・テステュー)は、多発性硬化症のため手足を自力では動かせず、長年車いす生活を送っている。心の寂しさから解放される旅行は、ボランティアの介護が充実している聖地にしか行かれない。聖地ルルドも、見方によってはシステマチックに流れていくツアー地。ホテルの広いレストランに、時間になると食事に集まってくる巡礼者とボランティアたち。その日の巡礼コース、ピクニックなどのスケジュールが説明されたあとは、いくつもの聖堂が建ち、ルルドの泉がある洞窟など聖域を巡り、癒しのための祈りとミサに与かる日々。

     クリスティーヌと同室のハートゥル夫人は、介助をおろそかにされてきたクリスティーヌの世話をしながら独り暮らしの孤独な思いが癒されていく。息子の車いすを押して何度もルルドを訪れ、熱心に祈り求める母子。さまざまな思いを抱きながら、巡礼ツアーの終わりが近づいたある日、クリスティーヌは、ルルドの泉につながる洞窟の入り口で、少し身体に変化を感じた。そして眠りについた深夜、不思議な声に目覚め、自力でベッドから起き上がることが出来た。

     長年歩くこともできなかったクリスティーヌが、一行とともにピクニックに同行できるようになった。なぜ信仰深い母子ではなく、クリスティーヌに奇蹟が起こったのか。司教にそのような質問を向ける婦人たち。羨望の眼差しを感じながら、同様の疑念を抱いていたクリスティーヌだが、やがて「奇蹟を受けた者としてふさわしくありたい」と願うようになっていくのだが。
     神のひとり子イエスが、世に現れた“奇蹟”と神の愛を想うクリスマス・イヴを前に公開される。奇蹟について、じっくり思いをめぐらしてみたい。

  • 聖母マリアが出現した地、奇蹟の水がわき出る泉とされ
    世界最大の巡礼地になっているルルドの泉。
    その巡礼ツアーに参加した
    不治の病で車椅子生活を余儀なくされるクリスティーヌに
    起きた奇蹟と人間模様。

    へえールルドってこんなところかーと
    巡礼地ツアーのドキュメントを見てる感じ
    宗教とかわからないけど観光がてら
    壮大な巡礼地は拝んでみたいなと思った。

    主人公の介護人の女の子の
    手抜きする感じとか
    うわ いそうだな。こーゆーやつて感じだし
    人の噂話ぺちゃぺちゃしてるおばちゃんとか
    奇蹟は認定されるもので
    戻らなければいいねっみたいな冷ややかな反応とか
    なんかモヤモヤしますなって感じだった。
    そしてモヤモヤしたまま終わった…(;´Д` u

  • ここでいうところの「奇跡」って、ようはパンドラの箱の「希望」のことかな、と思った。
    希望があるために人間は永遠に苦痛を味合わなければならないという、災厄のひとつとしての希望。

    ある日突然マリアさまの力で難病が治るというのは「迷信」であって宗教ではないのだろうな。
    肉体や境遇の不幸から物理的に救われても、それは一時的なもの。
    本当に癒しとは現状を受け入れ、日々を敬虔に過ごすこと。「魂の救済」こそがホンモノ…なのだけど、抽象的すぎて簡単に理解できるものでもない。
    だから人は目に見える奇跡を望む。
    というより、「奇跡」という判りやすく強烈な光=希望がないと不幸に耐えることができない。
    だから人は「奇跡」を求めずにはいられない。

    キリスト教とか他の宗教もそういうの知っていて、あえて「奇跡」を利用してきたんだとは思うけど…。
    うーん、いざ自分が主人公のように全身麻痺とかになったとき、はたしてどうなんだろう、と考えてしまった。
    頭じゃ割り切れないたぐいのことだよなぁ。

  • 2013/09/23

    サガンに出ている主演女優のシルヴィー・テステューにやられた。

    Lourdes is so popular pilgrimage spot that a lot of faithful, disabled people visit there. There was a woman living with multiple sclerosis who seemed to be overcome with ennui. She was not able to move even below the neck, but an miracle cured her while the journey. Though some people were surprised at the incident at first and celebrated her recovery, another envied her and doubted why she was chosen.

  • 非常に卑怯な作品。それっぽいだけ。要はありのままを受け入れろ、って事なんだろうけど、眈々と意味付のない事実だけ連ねて後は解釈してくださいって、こんなん誰が作っても一緒。色のない映画なので、色々と解釈できるが、別に解釈自体は作品ではないのだから、本作自体に価値がある事にはならない。それに深みのない台詞が致命的で、解釈自体も安っぽい、当たり前のものにしか帰結しない。

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