果てなき路 (DVD)

監督 : モンテ・ヘルマン 
出演 : シャニン・ソサモン  タイ・ルニャン  クリフ・デ・ヤング  ウェイロン・ペイン  ドミニク・スウェイン 
  • キングレコード (2012年7月17日発売)
3.50
  • (1)
  • (4)
  • (2)
  • (0)
  • (1)
  • 本棚登録 :15
  • レビュー :1
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988003812447

果てなき路 (DVD)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 映画、映画内映画、映画内映画の元になった事件の3層構造で話は進むが、その層が入り組んでいて、しかも、3層の核となる女優がすべての当事者であるため、鑑賞後はキツネにつままれたような感覚になる。シナリオ構成と巧みな編集によってなせる技。2回見ないとよく分からない。

     映画は次のように始まる。DVDをケースから出してパソコンにセットする(毛深いのでたぶんの男の)手を示すカットと、金髪の女性のバストショットとがつなげられる。この二つのショットの関係は、ここまでではよくわからない。よくわからないままカットがいくつか重ねられ、男の手がパソコンの向きを変えるカットに続いて、女性の顔にパソコンのモニターのものであると思われる微かな光がすっと射すカットがあって、ようやくこの2種類のカットの空間的な関係が分かる。
     
     男が女にパソコンの画面を見せようとするというだけの仕草(ここではまだ男の顔は映らない)が、これだけ遠回りでもったいぶったやり方で示されることによって、冒頭からあるたくらみの気配が、ゆったりと漂うことになる。

     画面を覗き込む女性のカットがあって、それにつづいて、カメラはパソコンの画面にゆっくりズームアップしてゆく。そしてカメラのフレームとパソコン画面のフレームがぴったりと重なる。ベッドの上でマニキュアを塗っているらしい別の女性をやや引いた位置から捉えるカットだ。フレームが一致しても、ここではカメラと対象との距離感によって、この映像が「パソコンのディスプレイ上に表示されていて金髪女性によって見られている映像である」ことの匂いがまだ残されている。
     
     しかし、次にカメラが女性にふっと近づき、ベッドの上の女性が自分の顔にドライヤーの風を当てているカット(すごくいいカット)に変わると、「ディスプレイ上の映像」という感覚がすっと消えて、その映像が直接提示されているように感じる。この呼吸が素晴らしい。
     
    実際、このあとにあからさまに混乱が仕掛けられる。このドライヤーのカットにつづいて、室内から窓を捉えたカット(車が庭に入ってくるのが見える)につづくのだが、つながりからすれば通常は「この窓」はベッドの上の女性がいる部屋の窓であるように観客は受け取る。しかし、その後しばらく経ってからやっと「おやっ」と変であることに気づく。この窓のカットは、全然別の場所(別の建物)、そして別の時間に属する窓なのだ。

    この時に何が起こるのかと言えば、それまでは普通に連続していると思われていた「ベッドの上でマニキュアを塗り、それをドライヤーが乾かす女」の場面が、この映画の時系列のどこに位置するのかが分からなくなるのだ。場面が位置を失う。この場面は、これより前の場面とも、これより後の場面とも、どんな関係があるのか分からないやりかたでここに置かれている(それなりに映画が進行してようやく、「この部屋」がどこなのか分かる。しかし、この時が「いつ」なのかははっきりしない)。しかし、カットの繋がりは一見自然だから、その不連続性をリアルタイムでは見逃してしまっていて、後から、そういえばあの場面は何だったのだろうか、と、遅れて気づくことになる。

    全篇そんな感じで、自然に繋がっていると思っていたところが後から怪しくなり、繋がっていないと思っていたところが実は繋がっているらしいと気づいたりもする。しかしそれらの不連続性や連続性は、観ているその時にリアルタイムに気づくというより、後から、あれっと思って気づくようになっているのだ。あからさまに怪しい、あからさまに混乱しているというのではなく、その時はそれなりに納得していたり理解していると思っていたことが、後から怪しくなり、不安になり、流れが見失われることになる。

     話のつじつまが分かってしまえば、これはとんでもない話なのだった。ある事件を映画化しようとして女優を探している監督が見つけたのが、まさに、その事件を偽装することによって(自殺を偽装して)世間から行方をくらましている、その役のモデルとなった当の人物本人であるということだ。
     
     しかも、オリジナルであるはずのその女が既に、死んだ娘の影武者(?)として黒幕的な人物から雇われた代役でもあった。本人であると同時にあらかじめ偽物でもあるのだ。つまりこの女は、現実の事件として、そしてさらにそれを映画化したものの主演女優として、2度、ヴェルマという(他人の)役を演じることになる。

     ただ、この映画の混乱はそこにだけあるのではない。実は二重化は主演の女優だけに起きているのではない。事件に絡んでいるあと2人の人物(タッシェンと警察官)もまた同一人物である。映画内映画としてのフィクションの部分と、映画内現実としての事件の部分とが、同じ俳優によって演じられている。映画のなかで「映画俳優」としてタッシェンを演じている俳優と、映画のなかでの「実在人物」としてタッシェンを演じている俳優が「同じ人物」なのだ。

    これは映画をつくる話で、映画を撮るという行為と、映画によって語られる物語と、その物語がそもそもモデルとした実際の事件という三つの層が錯綜する。それだけでなく、そのような三つの層を語るための媒体もまた映画であるという二重性もある。「この映画」の実際のスタッフの多くが、映画内で作られている映画のスタッフとして映りこんでいるし、そしてラストでは、物語内には存在しないはずの「現実にこの映画を撮影する人たち」の様子が登場人物である監督のカメラに撮影されてしまう。

    【ストーリー】
    将来を有望視されているアメリカ人の若き映画監督ミッチェル・ヘイヴン(タイ・ルニャン)は、映画『ROAD TO NOWHERE』の製作に取り掛かる。これは、かつてノースカロライナで起こった事件をもとにしていた。映画の核でもある謎の女ヴェルマ役の女優を探すミッチェルは、オーディション映像の中からぴったりの女優を見つけ出す。ミッチェルは、その女優ローレル・グラハム(シャニン・ソサモン)に会うためにローマに向かう。ローマでローレルに会ったミッチェルは、彼女をヴェルマそのものだと確信し、2人は1日で恋に落ちる。やがて撮影に入った2人の恋は、本物の愛に代わっていく。しかしローレルの経歴は、ヴェルマ同様、暗く不可解なものだった。一方、事件の真相を追っていた保険調査員ブルーノ・ブラザートン(ウェイロン・ペイン)は、何かに気づき始める。ある晩、撮影スタッフが滞在しているホテルで銃声が鳴る。
    「断絶」のモンテ・ヘルマン監督が21年ぶりに手掛けた長編映画。実際の事件をもとにした映画を製作していた監督と女優の恋と、事件の真相を描くミステリー。出演は、「ワン・ミス・コール」のシャニン・ソサモン、「レイプキラー」のタイ・ルニャン、「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」のウェイロン・ペイン。

全1件中 1 - 1件を表示

外部サイトの商品情報・レビュー

ツイートする