NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2014年 09月号 [雑誌]

制作 : ナショナル ジオグラフィック 
  • 日経ナショナルジオグラフィック社
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  • Amazon.co.jp ・雑誌 (146ページ)
  • / ISBN・EAN: 4910068470942

感想・レビュー・書評

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  • シリーズ 90億人の食 食べ物と人類の進化

    旧石器時代の食事「パレオダイエット」が健康に良いと、米国で話題だ。だが、狩猟採集民の暮らしから見えてきたのは、太古の食生活の意外な姿だった。

    文=アン・ギボンズ/写真=マチュー・パレイ

     2050年には世界の人口が今より20億人増え、必要な食料もその分だけ多くなる。今後数十年間に人々が何を食べるかは、地球環境に大きな影響を及ぼす重要な問題だ。
     発展途上国では肉と乳製品の消費が伸びている。だが単純に言えば、誰もが肉と乳製品を中心とした食生活を送るようになると、穀物や果物、野菜を主に食べる場合よりも、地球の資源を多く消費することになる。
    旧石器時代の食生活を送れば健康になれるのか

     およそ1万年前まで、人類は狩猟と採集、漁労で食料を得ていた。農耕が始まって耕作地が広がるにつれ、狩猟採集民が使える土地は狭まり、今ではアマゾンの森林やアフリカの草原地帯、東南アジアの離島、北極圏の永久凍土地帯などに残るだけとなった。狩猟採集民が消滅する前に、太古の食習慣と生活様式を知る手がかりをできるだけ集めておこうと、人類学者たちは精力的に調査を進めている。

     ボリビアのチマネ族や北極圏のイヌイット、タンザニアのハッザ族といった狩猟採集民を調査してわかったのは、彼らが昔から高血圧や動脈硬化、循環器系の病気になりにくかったという事実だ。現代人の食事は、太古の人類が進化の過程で食べていたものとはかなり違っていると、多くの学者が考えている。

     人類はおよそ260万年前から農耕が始まる1万年前まで、野生の動植物を食べながら進化してきた。農作物を中心とした食生活に人体が適応するには、1万年では短過ぎるのではないか――。米国では今、そんな考え方をもった人たちが、旧石器時代の食事に注目し、「パレオダイエット」や「原始人食」と呼ばれる食事法を実践している。

     旧石器時代の食習慣は「人類の遺伝的な特質に合った唯一の理想的な食習慣だ」と、米コロラド州立大学のローレン・コーデインはその著書『The Paleo Diet(パレオダイエット)』で述べている。コーデインは世界各地に残る狩猟採集民の食習慣を調べ、彼らの73%が摂取カロリーの半分以上を肉からとっていると結論づけて、旧石器時代の食習慣にならった独自の食事法を提唱している。
     その内容は脂肪分の少ない肉と魚をたっぷり食べ、人類が調理と農耕を始めた後に食べるようになった乳製品や豆類、穀物は避けるというものだ。狩猟採集時代のような食生活を送れば、心臓病や高血圧、糖尿病、がん、そして、にきびに至るまで、現代人を悩ます“文明病”を予防できるとコーデインらは主張する。

     なかなか魅力的な説だが、すべての人間が肉中心の食事に適応してきたと言いきれるだろうか。化石を調べる古人類学者も、現代の狩猟採集民を研究する人類学者も、ヒトの進化と食習慣の関係はもっと複雑だったと考えている。

    ※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2014年9月号でどうぞ。
    編集者から

     狩猟採集民はそれほど頻繁に肉を食べているわけではない、というのが意外でした。タンザニアのハッザ族は狩りの成功率が5割ほどしかなく、摂取カロリーの7割を植物から得ているとのこと。狩りの苦労は、本文冒頭のチマネ族のエピソードからもひしひしと感じられますが、2009年12月号の「ハッザ族」や2012年2月号の「最後の洞窟の民」でも詳しくレポートしています。この二つは、私がこれまでに担当した中でも、読者の皆さんにお勧めしたい大好きな特集ですので、本特集と併せて読んでみていただけると嬉しいです。
     来月のシリーズ「90億人の食」では、バイオテクノロジーを使った品種改良について考えます。(編集T.F)

    暴君ネロ 明かされる真実

    ローマの都に火を放ち、妻や実の母親も殺害したとされる皇帝ネロ。「暴君」として知られる男は、実は時代の先覚者だったのか。その真の姿を追う。

    文=ロバート・ドレイパー
    写真=リチャード・バーンズ、アレックス・マヨーリ

     史料が伝えるところによれば、ネロは最初の妻オクタウィアの殺害を命じ、身ごもっていた2番目の妻ポッパエアを足で蹴って死なせ、母親であるアグリッピナも暗殺したという。さらにネロは、紀元64年に起きたローマの大火を首謀しておきながらキリスト教徒にその罪をなすりつけ、彼らを斬首やはりつけの刑に処したと伝えられている。
    残虐非道な「暴君」説はどこまで本当か

     だが死者は自らの生涯を書き残すことはできない。最初にネロの伝記を書いたスエトニウスとタキトゥスは、ともに元老院とのつながりが強く、ネロの治世を批判的に記した。ローマの元老院が、政治的理由からネロの名声をおとしめようとしたのはまず間違いない。

     近代になると、ネロは悪役として映画に登場するようになる。やがてローマ大火の際、炎上する都を眺めながらバイオリンを奏でるネロのイメージも定着していく。悪魔のようなネロ像は、時代を経ても薄れるどころか強まるばかりだった。驚くほど複雑な人間性の持ち主だった支配者は、ただの野蛮な暴君に仕立て上げられてしまったのだ。
    紀元64年の大火を描いたユベール・ロベール「ローマの火災」1770~90年頃、アンドレ・マルロー美術館蔵(Photograph by ERICH LESSING,ART RESOURCE)

     考古学を専門とするジャーナリスト、マリサ・ラニエリ・パネッタはこう語る。
    「現代人はネロを非道な人間だと非難しますが、キリスト教を公認したコンスタンティヌス大帝のやったことはどうでしょう。彼は自分の長男と2番目の妻、義父を殺害しています。コンスタンティヌスは聖人で、ネロは悪人だったなどとは言えません」

     ネロの評価を見直そうとするこうした動きに、誰もが賛同しているわけではない。

     ローマの著名な考古学者アンドレア・カランディーニは語る。「ローマの大火がなかったら、ネロは広大なドムス・アウレア(黄金宮殿)を建てられたでしょうか? 大火の首謀者であったかどうかはともかく、ネロがこの大火を利用したのは間違いありません」

     だがラニエリ・パネッタはこう反論する。
    「最も辛辣にネロを非難しているタキトゥスですら、ローマの大火が放火によるものか偶然によるものかは明らかでないと記しています。実際、ほとんどのローマ皇帝が、その治世の間に大火に見舞われているのです」

     しかも出火当時、ネロはローマにいなかった。出身地であるアンティウム(現在のアンツィオ)にいたネロは、火災の発生後、急いでローマに引き返したのである。

    ※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2014年9月号でどうぞ。
    編集者から

     古代ローマと浴場といえば、漫画『テルマエ・ロマエ』の世界ですね。作品の舞台はネロより少し後の時代ですが、編集中に「浴場」という言葉が出てくるたび、ヤマザキマリさんの絵が目に浮かびました。
    「ネロの築いた浴場に勝るものがあろうか?」と、詩人マルティアリスが詠ったように、ネロは時代の最先端を行く建築物を残しました。暴君や悪人といったネロのイメージはどうして定着したのか。本当のネロはどんな素顔をもっていたのか。ぜひこの記事で新たなネロ像を確かめてください。(編集M.N)

    アメリカが未来へ残す原生の自然

    制定から50年を迎えた米国の原生自然法。生まれたままの大自然を、後世に守り伝えるという目的は、達せられたのだろうか。

    文=エリザベス・コルバート/写真=マイケル・メルフォード

     原生自然法は1964年9月3日、当時のリンドン・ジョンソン米大統領の署名により成立した。米国が誇る手つかずの自然景観を保護し、後世に伝えることがその目的だ。

     この法律が誕生した背景には、1930年代の世界大恐慌時代に米国政府が打ち出した、ニューディール政策と呼ばれる一連の経済政策があった。公共事業による雇用創出がさかんに行われ、国立公園や国有林での仕事に就いた人々も数万人に及んだ。トレイルや待避小屋、観光用の舗装道路などが次々に整備された結果、国立公園の利用者数は何百万人も増えた。
    過剰な開発への懸念が生んだ保護制度

     その成功は一方で、多くの自然保護論者を不安に陥れた。雄大な自然景観の将来を案じたアルド・レオポルドらのグループは、国立公園や国有林の過剰な開発を防ごうと「ウィルダネス協会」を設立。当時の道路建設ブームを痛烈に批判する声明を出した。

     レオポルドはそれ以前、米国林野局の職員としてニューメキシコ州で働いていた1924年に、一つの成果を上げていた。上司を説得し、ヒラ国有林内の約30万ヘクタールを道路の建設できない原生地として指定させたのだ。次の課題は、連邦議会の合意を取りつけ、全国規模でこの取り組みを行うことだった。

     原生自然法は、60回を超す草案の書き直しを経て、ついに議会を通過した。この法律により、国有地に「原生自然地域(ウィルダネス・エリア)」という新たなカテゴリーが生まれたのだ。
     指定する権限は連邦議会だけに与えられ、指定地域内では樹木の伐採や鉱山開発などの営利事業はできなくなる。1964年の法制化とともに、全米に54カ所の原生自然地域が誕生した。

     ジョンソン大統領は法案に署名した後、こう述べたという。「後世の人々に軽蔑でなく、感謝とともに記憶されたければ、人間が手をつけた後の世界だけでなく、原初のままの世界を垣間見る余地を残しておかねばならない」

     それから50年の間に、公式に指定された原生自然地域の数は増え続け、現在では750カ所を超す。その総面積は米国の国土のおよそ5%を占め、カリフォルニア州の面積を上回る。
     そして現在、約30カ所の候補地が議会での承認を待っている。その承認こそは、原生自然法の制定50周年を祝う、何よりのプレゼントとなるはずだ。

    ※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2014年9月号でどうぞ。
    編集者から

     原生の自然を意味する「ウィルダネス」という言葉の響きには、米国の人々が大自然に抱く憧れやロマン、畏敬の念とともに、「そんな雄大な自然を擁する国、アメリカ」への誇りも、どことなく感じられる気がします。そのベースにあるのが、制定から50年を迎える原生自然法だったんですね。
     連日30℃を超す猛暑の時期に編集作業を進めていましたが、岩だらけの渓谷、静かな森、雪化粧した山々、湖畔の砂丘など、ページをめくると次々に現れる多彩な景観に、しばし心洗われる思いでした。(編集H.I)

    タイ 引き裂かれる王国

    長びく政治的混乱と、繰り返されるクーデター。「ほほ笑みの国」と呼ばれたタイで、人々はなぜ憎しみ合うのか。その背景に迫る。

    文=セス・マイダンス/写真=ジェームズ・ナクトウェイ

     欲に目がくらめば、社会をまとめてきた伝統のたががゆるむ。30年ほど前、タイの古い秩序が揺らぎ始めたのはそのせいだった。
     1980年代に始まった経済成長で生活は急激に豊かになり、国民1人当たりの所得はわずか1世代で3倍にふくらんだ。首都バンコクは摩天楼がそびえる大都会となり、仏教寺院を押しのける勢いでショッピングモールが建設されている。地方の人々は職を求めて大都市に集まり、伝統的な家族の形は崩壊した。
    大々的に展開される「反民主化」運動

     タイの人口は6700万人で、その約1割がバンコクに集中している。数百万人の出稼ぎ労働者も入れれば、その数はさらに増える。いまや地方の農村でも道路が舗装され、電気が通り、オートバイやテレビが当たり前のようにある。収入が急増した村人たちは、専門用語で「農村部中間層」と呼ばれるようになった。

     だが、生活水準の向上は、同時に大きな貧富の差を生み、人々の間では不満が蓄積している。そうしたなか、貧しい側の人々が野心的な政治家の後押しを受け、これまで手が届かなかった富と権力の分け前を要求。社会構造に歴史的な変革が生じつつある。これに対し、今まで国の中枢を握ってきた勢力は、王室、官僚、裁判所、軍部が中心になって結託し、公私にわたって人々を支配してきた階層社会の秩序を守ろうと激しく抵抗している。

     タイの政治における最大勢力は台頭する庶民層だ。
     2001年以来、総選挙があるたびに彼らが支持する政党が勝利を収めてきた。だが結局は、クーデターや裁判所が下す政治色の強い判決で政権の座を追われてしまう。次第に寛容の心を失い、敵意をあらわにする人々。笑顔と穏やかな言葉遣いで、直接的な対立を回避するタイの文化が崩れ始めた。

     2014年初頭に起きたデモ「バンコク封鎖」も、庶民層が支持するインラック・チナワット政権の打倒をうたったものだ。交差点を封鎖し、ホイッスルを吹き鳴らす数万人規模のデモ隊で首都はまひした。これほど大々的に展開される「反民主化」運動は壮観ともいえる。総選挙を2月2日に控え、デモ隊は立候補の届け出や投票箱の配送を阻止。さらに当日は投票所の封鎖という実力行使に出て、投票しようとバリケードを突破する人々と衝突した。投票所の閉鎖が相次いだため、憲法裁判所は選挙無効の判決を下した。タイは一触即発の状態に陥った。

     さらに裁判所は、職権を乱用したとしてインラック首相を失職に追い込み、そこに軍事クーデターが追い打ちをかける。軍の動向をめぐっては、数カ月前からさまざまな噂が乱れ飛んでいた。タイは民主国家とはいえ、立憲君主制に移行した1932年以来、未遂も含めて約20回もクーデターを繰り返してきた国なのだ。

    ※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2014年9月号でどうぞ。
    編集者から

     国内分裂の図式は「庶民vs富裕層」ながら、庶民のヒーローであるはずのタクシン元首相がリッチだったり、国王の存在がからんできたりと、なかなか一筋縄ではいきません。インラック首相を見て、美人で若くていいな~と思ってしまった方、ここで一つお勉強をしておきましょう!(編集H.O)

    [原始の海2]はるかなる南ライン諸島

    「原始の海プロジェクト」第2弾は、南ライン諸島へ。太平洋の真ん中に広がる健やかなサンゴの海を守ろうと、キリバス政府も動き始めた。

    文=ケネディ・ウォーン/写真=ブライアン・スケリー

     地球上にわずかに残された「原始に近い状態の海」を探査し、その保全を助けることを目指す、ナショナル ジオグラフィック協会の「プリスティーン・シー(原始の海)プロジェクト」。海洋生態学者のエンリック・サラが率いるチームは、太平洋の南ライン諸島を訪れた。

     南ライン諸島は、カロリン島(通称ミレニアム島)、フリント島、ボストーク島、モールデン島、スターバック島という五つの小さな無人島から成る列島で、ハワイ諸島の南方2400~3400キロに位置する。漁業や観光で環境が脅かされる太平洋にあって、この一帯の海には、今も手つかずの自然が残っている。

     南ライン諸島周辺の海域では「食物連鎖の逆ピラミッド」とも言うべき現象が見られる。すなわち食物連鎖の最上位の捕食動物が、最大の生物量を占めているのだ。その割合は、モールデン島では実に7割を超えていた。
    「ここは恐怖の海だね。どこを見ても、襲っているか襲われているかのどちらかしかない」と、ベテラン水中写真家のブライアン・スケリーは言う。
    写真家を狙うサメたちの“ポジション争い”

     ある日の夕暮れ時、海に潜ったスケリーをオグロメジロザメが取り囲んだ。
    「60頭はいたと思う。三方をサンゴに囲まれた場所で写真を撮ろうとしていると、1頭がすぐ近くまで寄って来た。サメは普通、追い払えばいったんは姿を消すものなのに、ここのサメはすぐに戻って来るんだ。その1頭の後ろには5頭、その後ろにはさらに10頭……まるでレース中の競走馬のようにポジション争いをしているのが見えた。36年も潜っていれば、捕食動物に肝を冷やした経験はそれなりにあるけど、自分の体が標的にされていると実感したのは初めてだった」

     今は豊富にいる捕食動物だが、一瞬にして激減する可能性もある。たとえばフカヒレを目当てに大型船がやって来れば、ものの2、3カ月でサンゴ礁からサメの姿は消えるだろう。最上位の捕食動物がいなくなれば、中位の捕食動物が数を増やし、草食動物の数が激減する。そうなればサンゴは藻類に圧倒されてしまうだろう。

    ※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2014年9月号でどうぞ。
    編集者から

     8月号「フランツ・ヨーゼフ諸島 極北の大自然」に続く、「プリスティーン・シー(原始の海)プロジェクト」第2弾。今回は常夏の南ライン諸島を取り上げました。「原始の海」と訳していますが、プロジェクト名の「プリスティーン」には「手つかずの~」というニュアンスがあります。人間の手が及んでいない海はすごいですね。エルニーニョ現象などによって海水温の上昇に見舞われると、サンゴは白化したり病気になって弱ったりするものですが、この海のサンゴはそんななかでも完璧な健康状態を保っているのだとか。その秘密は何なのか。原始の海は、生態系のあり方を考える上で、多くのヒントを与えてくれます。写真家ブライアン・スケリーによる美しい水中写真を鑑賞するだけでも楽しめますが、環境問題に関心のある人にもぜひ一読していただきたい特集です。(編集N.O)

  • 「暴君ネロ 語られぬ真実」
    とかく悪者として描かれがちなローマ帝国第5第皇帝ネロ。
    確かに残酷ではあったが、単なる悪人ではなかったと、
    納得できるような記事が面白かったです。

    ネロと同時代の詩人マルティアリスは
    「ネロに勝る悪人がいようか?」と書きながらも、同時に
    「ネロの築いた浴場に勝るものがあろうか?」と続けている。

    確かに二人の妻を殺し、実の母親を殺害したネロの
    極悪非道ぶりだけが目につくけれど、
    治世の初期には善政をしき、栄華と繁栄をきわめた事も
    忘れてはいけない事。それが後のローマに繋がるのだから。

    「タイ 引き裂かれる王国」も興味深い。
    ほほえみの国タイで長引くクーデター。
    その原因、現状が今回の記事でよく分かりました。
    プミポン国王が亡くなったら、この国はどうなってしまうのか…

  • 本テーマよりも「食」シリーズの軍隊の食事記事が地味に面白かった。

  • タイには民主主義がありません。自分たちで戦って勝ち取るしかないんです。

    ネロは民衆につかづきたいと願っていた。しかし民衆の友ではなく、民衆の神になりたかった。

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