博士の愛した数式(新潮文庫) [Kindle]

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  • 80分しか覚えてられない記憶障害の博士
    家政婦さんと1日のはじまりは毎回リセットされて靴のサイズをリピートされるところから始まります。

    私の母も認知症なので実感伝わってきました。施設に会いに行くと恒例なんですが「どちら様ですか」から始まる挨拶、身内だと解ってくれるまで丁寧に話す必要があるけど、すぐに忘れて振り出しに戻る状態。最近は全然だめで終始他人扱いです。悲しいけどあわせて会話するしかないんですよね。

    さておき、博士は数字については細かく分解して素数を見つけ出すことが大好きみたいでいろんな関係性見つけてはときめいてる子供みたいなところがいいです。

    私もドライブしてるとき、車の4桁ナンバーに山の標高みつけるとうれしくなることがあります。「3776」は富士山だ「2999」は剱岳「8848」おっエベレストだとか、その数字をみると関連付られた山の記憶が溢れてきたりして1人ニヤニヤしたりです。

    80分の記憶容量でも博士がルートと呼んでいる家政婦さんの子供といる時は楽しそう、1975年以降の記憶は更新されず忘れさられるのに80分を大切に共有する3人の姿と全盛期の江夏の背番号28番がとても輝いて見えました。

  • こんなに優しく思いやりにあふれた物語があるなんて。
    読み終わってしばらく胸がジーンとします。

    「私の記憶は80分しかもたない」
    家政婦さんが派遣されたのは、顧客カードに9つの星マークのある客だった。先方からクレームを受けて家政婦が交代すると、星マークのスタンプが押される。
    博士は手強い相手だということだ。
    家政婦さんが指定された家に着くと、いきなり博士に尋ねられる。
    「君の靴のサイズはいくつかね」

    名前を訊ねるわけでもなく、挨拶もするでもない。
    博士が会話するのに一番大切なものは数字だった。


    ————-


    博士は子供が大好きだった。
    家政婦さんには10歳になる男の子がいる。
    博士は彼を見て、帽子を取って頭を撫でた。平らな頭を撫で回す。
    「君はルート( √ )だよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」

    博士は息子をルートと名付けた。
    ルートは博士の80分の記憶のことを理解して、話を合わせることもできたし、会うたびに頭を撫で回されるのにも笑顔だった。

    家政婦さんはルートが博士に可愛がられているのを見ると嬉しくなる。

    2人は博士が大好きで、大切な友達だった。


    ———————-


    数学は難しくてとっつきにくいけど、この本を読むとイメージが変わると感想で見たことがあります。

    たしかに、数字の大の友達である博士から教わると、数学もきっと楽しいと思えるようになるんだろうなと思いました。

    最後に、印象に残った会話を。

    「君の誕生日は、いつかね」

    「二月二十日です。220です。284と友愛の契りを結んだ、220です。」

    博士が記憶を失っても、220と(博士の腕時計に刻まれた数字)284の友愛数は決して忘れることはなかった。

  • 切なかったですね。
    博士が家政婦と出会ったことで、人間に戻っていくさまというか成長を感じた。
    一見すると無機質に感じる数学が、博士と母子を繋いでいることが不思議な感覚。
    母子の懐の深さが成立させた関係かなと思う。
    80分しか記憶に残らない後ろめたさから、2人に迷惑をかけまいとの博士の気遣いであったり、切なさを感じる描写は辛い気持ちになったが、数学やルートに対する博士の愛、博士を優しく見守る2人の愛、多くの愛を感じることが出来る作品だ。

  • 山際淳司の『スローカーブをもう一度』のようなスポーツ小説であり、数学の参考書のようでもありながら、愛の物語でした。数学が苦手の私としては、脳みそが汗だくになる場面(難しくて理解不能)がありましたが、著者の表現力の素晴らしさで感動しました。先が気になってグイグイ引き込まれました。他者を理解する、許容するおおらかさが必要だと教えてくれました。

  • 観てはいないのだが2005年に映画化されたことが記憶にあり、興味本位で原作を読み始めた。
    事故により記憶が80分しか持たなくなった数学者の老博士と、世話をするために派遣されだ家政婦とその息子の物語。
    その設定の奇抜さに反して物語は淡々と進行してゆく。途中で博士から数学的な謎が投げ掛けられ、3人の人間関係に関わってくるのだが、何を示唆しているのか理解が追いつかず戸惑ってしまった。
    全体としては心がほっこりする作品だった。

  • 小川洋子のとんでもない意欲作!
    数学の神秘×野球(阪神タイガース)愛という突飛な掛け算。数学には自然の摂理が、野球には人生の記憶が詰まっている。どちらもロマンチックな題材だ。それでいてシングルマザー、母子家庭育ちの男の子、アルツハイマーを思わせる記憶の続かない年老いた男性。社会的なテーマが登場人物たちそれぞれに盛り込められている。この社会的に弱い立場の人物たちが何を手にしていくのかと設定を決めたあとの作者もワクワクして執筆したと思う。
    こんなにも奇抜で収拾のつかなそうな設定から優しい気持ちを読感したのはなんなんだろう?
    しかもテーマがいろいろ浮かんでつかめない。
    無いことを0(ゼロ)と表現する数字、数学の妙。存在するものと無いこと(ゼロ)が等しくなる数式を博士は好きだった。矛盾と奇跡を表現したその数式がやっぱりテーマだったのかな...
    あらためていい小説

  • 小学生の息子と母子二人で暮らす私が、家政婦紹介組合から新たに派遣された先は、過去の交通事故による後遺症で前向性健忘となり80分しか記憶がもたない、数学専門の元大学教師である64歳の博士の住む家でした。新たな派遣先をこれまでに九人の家政婦たちが辞めていた事実を知ったうえ、博士の保護者である義姉からは母屋である義姉宅との行き来を禁じられます。普段の派遣先との違いから戸惑う私が、衣服のいたるところにメモを貼り付けた異様な風体の博士から初対面で問われたのは、名前ではなく靴のサイズでした。

    博士によって「ルート」と名づけられた私の息子が、子どもの存在を慈しむ博士の勧めによって学校帰りに博士宅を訪れるようになり、物語は三人の交流を主軸としつつ展開します。そして本作を彩る重要な素材として、博士によって母子に伝えられ次第に私を惹きつけるに至る「数学の世界の不思議な魅力」と、熱心な阪神ファンであるルートが作品内において進行形で応援する、亀山・新庄フィーバーの熱気にも押されて優勝争いを演じた「1992年の阪神タイガースのペナントレース」の二つが挙げられます。小説作品でありながらも巻末には数学と、博士にとっては事故前の記憶として常に現役である江夏豊に関する参考文献が並んでいます。作品内に流れる時間についても、基本的には1992年の野球シーズンの開幕から終了までを区切りとしています。

    読書の動機として、一度は試してみたかった著者の作品のなかから、代表作のひとつでベストセラー作品でもあり、SNS上でも常に多くの読了コメントを目にした本作を選びました。読後感としては事前の情報にたがわぬ優しい味付けであり、作中に散りばめられたいくつかの謎についても抑制的に語られています。過度に感動を煽るような描写は控えられた作風は静謐な印象を残すとともに、いくつかの要素を無理なく織り上げた均整の取れた佳作です。読書に穏やかなひとときを求める読み手に訴求する本作は、未読の方であれば、ミニシアター系映画館で定期的に上映される波乱の少ない静かな感動作と同軸上にあるとイメージして頂いて差し支えないかと思います。

    読書中、久々に球場へ足を運びたくなりました。

  • 再読です。
    愛に溢れる物語です。記憶が数時間しかもたない博士と子どもの日常がなんとも尊い時間で、きっとこの時間はその時を永遠に生き続ける時間なのだと思います。博士の愛した数式こそ、彼の生きていく価値観で大切にしたいものやしてきたもの、その全てなのだと思いました。

    博士の愛した数式というのは、オイラーの公式でした。それはとても美しいとされており、博士の数学に対する美しい式であり、博士の褒め言葉である「静か」でもあります。
    博士は、正解を得た時に感じるのは喜びや解放ではなく「静か」なことで、とても美しいことだと表現していました。
    ルート君(息子)が走るドタバタする音も「静かだ」と話していて、博士にとって「静か」というのは
    「安心」だとかそういう意味にも捉えられるように思います。
    それを考えると、この結末は血は繋がっていないけど、友や家族の愛、
    家政婦とその息子に対する愛だと思います。
    題名の『博士の愛した数式』は『博士の愛した友(家族)』
    ということにもなると思うと、最後にじわっと涙がでてきました。

    日常の些細な幸せの積み重ねが、とっても大切だと思わされる温かくて深い物語でした。

  • 面白くて、一気に読み切った。
    数学、大好き。素数、素晴らしい。
    欲を言えば、博士の過去をもっと深掘りして欲しい。

  • 80分しか記憶が持たない数学者。
    そこにで働く家政婦、その息子の物語。

    病を持ちながらも数学への情熱と子供への愛を忘れない博士は変わり者だが、強い人だと思う。
    物語全体に優しく、そして博士の言う静かな時間が流れているように感じた。

    数式の意味は明かされていないが、そこもまた良い余韻を与えているように思う。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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