如何に読書すべきか [Kindle]

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  • 2012年9月14日発売
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感想・レビュー・書評

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  • 三木清がいう
    本を読む習慣をつける ということには、賛成する。
    読書とは、技術であるという言葉にも賛成したい。
    個人にあった読書の技術を身につけることが大切だ
    という。そうだろうね。

    しかし、三木清のいう『しなければならぬ』という言葉の
    文脈が、あまり好きではない。もっと、気楽に本は読めばいい。
    ピューリタンのような読書法だ。
    それに、なぜか、楽しそうではない。

    濫読、博読、多読、そして、一冊の本を繰り返し読む。
    緩やかに読むことを進めている。写本のやり方まで、述べる。
    古典に立ち向かうこと。
    原書で読むこと。など、本格的読書のような気もする

    思索ー批評ー批判的ー発見 という読書でなければ、
    ならないという。
    ふーむ。疲れるなぁ。

  • ○自分の気質に適した読書法を自分で発明することに成功しない者は、永く、楽しく、また有益に読書することはできない。
    ○老人の教訓を忠実に守るに止まるような青年は、進歩的な、独創的なところの乏しい青年である。
    ○努力する限りひとはあやまつ。
    ○読書家とは多読家の別名である。
    ○読書家とは一般的教養のために読書する人のことである。単に自分の専門に関してのみ○読書する人は読書家とはいわれぬ。
    ○善い本は必ずしも読み易い本ではない。
    ○古典を読むことによってひとは書物の良否に対する鑑識眼を養うことができるのである。
    ○古典を読むことが大切である如く、ひとはまたつねに原典を読むように心掛けねばならぬ。
    ○原典を読むことが必要であるように、できるだけ原書を読むようにすることが好い。
    ○一般的教養に欠くことのできぬもの、専門書にしても基礎的なものはなるべく自分で所有するようにするが好い。
    ○正しく読むためには緩やかに読まねばならぬ。決して急いではならない。その本から学ぶためにも、その本を批評するためにも、その本を楽しむためにも、緩やかに読むことが大切である。
    ○自分の身につけようとする書物は緩やかに、どこまでも緩やかに、そして初めから終りまで読まなければならぬ。
    ○緩やかに読むということは本質的には繰り返して読むということである。

  • 自分自身の読書法を、身につけることが必要とのこと。
    私に読書法なるものがあるのかどうか…。

    考え方が古めかしいなぁと読み始めの印象。
    しかし、「緩やかに読む」という説明には納得いく。
    昔の人は写本して、緩やかに読み、吟味した。
    噛み砕いて発見して、自分のものにしたのだろう。
    受動的でなく発見的に読む。
    いつも、早く早く読んでしまおうとすることを、今一度やめてみるのもいいかもしれない。

  • 古典を読まない真の読書家はいないし、
    古典についての教養を持たない真の読書家もいない。

    古典は多面的だ。
    個人的には、一面的な人間は面白くないと感じる。

    古典だけしか読まない方が良いのかというとそうではない。

    著者三木清の言葉で言えば、
    アカデミズムに対してジャーナリズムがあるように、古典本と新刊本にはそれぞれに価値がある。新刊本を読むことは冒険である。


    だが、新刊本だけを漁っていたらいいということでは全くもってない。


    人は良いものを読むことで、
    良いものと悪いものを見分ける目を養うことができるのであり、その逆ではない。

    新刊本というのは古典と違い、まだ価値が定まっていないのだ。


    だが、読書体験を古典から始める人は少数だろう。

    やはり、ある程度新刊本を読んで冒険に出たのであれば、
    古典にチャレンジし真の体力を身につけながら
    その培った体力でまた新たな冒険に出かける。

    さすれば、その体力に比例して今までの冒険を超越した大冒険になること間違いなしだ。

  • 【由来】


    【期待したもの】

    ※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。

    【要約】


    【ノート】


    【目次】

  • 先日読んだショーペンハウアーの「読書について」よりも、自分にとってしっくりとして腑に落ちる内容だった。

    「老人の教訓を忠実に守るに止まるような青年は、進歩的な、独創的なところのない乏しい青年である。」
    この一文にはハッとさせられた。
    読書とは、本に書いてある内容を咀嚼して、自分で考えることが大事だということだろう。

    未だに自分自身の読書法を発見出来ずにいる。
    先ずは濫読から脱却しなければならないだろう。

  • 噛み砕くように丁寧に論じている。一読しただけでは勿体ないので、おりに触れて読み返そうと思う。三木清の「読書」は、自分の読書とは違うもっと高度な次元の読書生活を指していることは当然としても、やはり自分の読書に引き寄せて考えたい。 学生時代に言われた、本棚がその人を表すという言葉は本書にもある。教養(古典) の為の本と、エンターテイメントとしての本は、分けて読みたい。重なるものもあると思うが、読んで見なければわからない。書評は参考。しかし、よい本を選ぶには必要。良書に出会うよう自分のテーマを持って読みたい。

  • 三木清「以下に読書すべきか」読了。
    定期的に読め。善い本を読め。買って読め。正しく読め。そして何より批判的に読め(以下引用「読書は思索のためのものでなければならず、むしろ読書そのものに思索が結び付かなくてはならない」)、と。その通りだ。

  • 示唆に富み、時々読み返して自分の読書生活の指針にしたくなるような一冊。

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著者プロフィール

1897年、兵庫県生まれ。京都帝国大学哲学科卒。ドイツ留学を経て法政大学教授等を務めるが、1930年に法政大学を辞してからはジャーナリズムで活躍。1945年3月に検挙・拘留され、敗戦40日後の9月に獄死。享年48歳。著作は『三木清全集』全二十巻(岩波書店)にまとめられているほか、『人生論ノート』(新潮文庫)、『読書と人生』(講談社文芸文庫)などは文庫化されている。

「2017年 『三木清遺稿「親鸞」 死と伝統について』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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