ハーモニー (ハヤカワ文庫JA) [Kindle]

著者 :
  • 早川書房
4.01
  • (69)
  • (69)
  • (41)
  • (10)
  • (2)
本棚登録 : 680
レビュー : 69
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (384ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • <社会学的側面>
    小説だが、社会学の教科書としても使えそう。
    例えば酒を禁止している「生府ヴァイガメント」は世界に26しかないという。それでも生命主義の人々が飲酒を悪と見なすのは、「常識」「空気」に縛られているから。

    <社会の在処>
    確かに人類は誤った選択を数多くしてきた。
    その選択のために多くの人が死に、もしかすると現実でも、この小説では2019年に起きたという「大災禍ザ・メイルストロム」が起きるかもしれない。数か月後に起きるんだってよ、怖~い(時の流れの早さが)。
    だからといって、人間を人間たらしめている(と我々が思い込んでいる)意識を人間から取り去ってしまったら、それらが成す社会は、果たして我々が望む社会だろうか。
    自由意志に基づいた人間の構成物たる社会こそが、我々が社会の発見以降追い求めてきたものではないか、と私は思う。

    <意識のない「人間」>
    物語は、WatchMeをインストールしていた人間すべてが意識/意志を失い、世界に真のハーモニーがもたらされて幕を閉じる。
    しかし、その設定上、おそらく主人公トァンがバグダッドの門の外で見たような、WatchMeに頼らず生きている人たちは、意識を持った人間として生存しているのだろう。
    そのような人たちから見て、意識を剥奪された生命主義圏の人はどう映るのだろう。
    ミァハの出自である、チェチェン付近の「意識を持たない」民族、彼らが研究対象となるまで完璧な社会生活を送っていたということは、ハーモニー・プログラム発動後の人々を、何ら違和感なく受け入れることができるだろうか。

    また、選択の必要がないという状態は、想像することができない。
    我々は常に選択にさらされている。
    偶然見つけたかわいい服を買うか買わないか、試着するかしないか。
    また、現在私が直面しているところでいうと、夜食を食べるか食べないか。
    自明に行動するとなれば、きっと手持ちの資金が潤沢で、新しい服が必要な人であれば、試着をしてみて、自分に合うサイズの服を買うだろう。
    しかし、金がないなら試着をすることもしないだろう、買わないのだからその必要がない。
    いずれにせよ、夜食は健康に悪いので、食べることはないのだろうが。

    こう考えてみると、報酬系に拠らない、意識のない人間というのは実につまらない。
    散財してしまった時の、いい服を手にした喜びと、「あぁ、またやってしまった」という小さな後悔を、夜食を食べるということの背徳的な楽しさを知らない。
    もしかすると、感情すらプログラムされているということだったから、例えば赤ちゃんを授かったら嬉しいと思い、親が老衰で亡くなったら悲しいと感じるのかもしれない。
    しかし、文中にあったように、それらは現実の我々からすれば、ロボットが感情のまねごとをしているようなもので、到底受け入れられるものではない。

    だが、意識がない人間の生き方を否定することも、不可能である。
    というのは、生命が地球に誕生して以降、あらゆる生命は子孫を残すことを第一に考えてきた。
    アメーバは分裂して、「自分」を増やしていく。植物は花を咲かせ、雌雄の出会いを待っている。雄のカブトムシは互いに争い、雌と交尾する権利を求めている。……
    であるならば、意識を持たない人間が、その自明な在り方に基づいて、他者と出会い、交際して結婚し、子どもを何人か(きっと人口水準置換率の2.06人)もうけるならば、それは生命として大変立派で、且つ当然の営みをこなすことになる。
    人間が意識をなくし、然して生殖をするようなプログラムを施されているならば、それは合理的に生命としての責務を果たす生命体なのではないか。
    むしろ、(彼らに意志がないと仮定するが、)人間が意識を失った状態で存続していくことを否定するならば、アメーバは一体なんなのか。彼らの生を否定することになる。

    人間は、意識という構造物の中で、数多くの過ちを犯してきた。
    意識がなくなり、皆が人類の健康な繁栄のために自明に行動できるのならば、それはきっと、幸せと呼んでもいいもの、のはずだ。
    しかし、意識をもつ「わたし」は、間違いなく意識の喪失を恐れており、「わたし」の思念にどうしようもなく依存している。
    否定できないはずのものを、否定したがっている。
    こういう不合理な感情のもとに、不合理な選択をしてしまうのが、現実に意識をもつとされる人類なのであって、それこそが、現代社会で珍重される「個性」なのだろう。

    <外注される生>
    私が豚を食べるためには、豚は育てられ、殺され、処理され、出荷され、スーパーかどこかに陳列されなければならない。
    しかし、この各過程の多くは現在別々の人によっておこなわれており(社会的な作用ですこと)、私は豚が死ぬ瞬間に上げる声など知らないままで、豚を食べることができる。
    これを自身の免疫系にまで拡大したのが今作のメインのひとつ、医療の外注である。
    メディモルに体内から監視される人々は、風邪も頭痛も知らないという。

    かわいそうだと思った。

    私が生きていることを実感した瞬間のひとつに、ひどいウイルス性胃腸炎にかかったときが挙げられる。
    そのとき私が催していた嘔吐感は凄まじく、しばらく何も食べていなかった。
    その結果、そこそこな栄養失調状態だったのだろうか。病院で点滴を受けたら、それまで平熱だったのにみるみる熱が上がり、活動をやめていた腸が必要以上に動き出した。
    病状だけ見ると点滴の結果体調は見事に悪化したのだが、その実私の身体は、有害な菌を殺したり出したりしようとする元気を取り戻していた。

    また、リストカットをする人たちがいる。
    私はしたことはないが、気持ちはわからないでもない。
    献血をしたときのことだが、針が腕に差し込まれただけで、針には吸引作用なんてないのに、血が管の中に勢いよく出ていったのをよく覚えている。
    あ、私って生きているんだ、と、自分の生を初めて視覚的に体験したのである。
    リスカがそれに近い感覚でおこなわれるものなら、私はそれにすがる気持ちを知っている。

    そうして生を実感するツールを奪われた人たちが、自殺するのは、最後に残された、自分の生を経験するための手段だったのだろう。
    だから私は、生命主義の中で自殺した人に心から同情するし、風邪も頭痛も知らない人を、生を知ることのない人だと見なしてしまうのだと思う。


    <その他>
    ときどき挟まるマークアップ言語は拡現オーグ(拡張現実のことだろうね)を、読み手も実装して見ているような気になれて、おもしろい仕組みだったと思う。


    長々と書くのはいつもの癖だけど、今回はあらすじほぼなしで自分の感想を書きまくるっていう珍しいパターンでした。
    普段まともな感想なんて抱けない人種なのに……よほど印象的だった模様。
    虐殺器官も是非読んでみたくなりました。

  • 近未来の世界観は面白くワクワクした。主人公の友達やら人が死にまくるし、死に方の詳細が書いてありグロいのが苦手な私は辛かった。読後感もさわやかな気持ちになるわけでなく、モヤモヤするしあまり良くなかった。難しい慣れない表現が多く読み進めるのに苦労した、、。

  • [登録忘れ]

  • 色々考えさせられた。辛くなる描写あり。デストピア。
    筆者は病気で若くして亡くなっています。
    もっと色々読みたかった。

  • 虐殺器官が面白かったので読破
    SFだがその下地がものすごくしっかりしており
    、本当にこんな未来があるのかもと思ってしまう一冊。
    理系心もくすぐられる書き方。
    映画のマトリックスを思い出した、プログラミングの母(=預言者)は個々に選択肢を与えた。
    伊藤計劃さんにはもっと沢山書いて頂きたかった。

  • 21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会━医療分子の発達で病気はほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する“ユートピア”━ を築きあげていた。
    そんな社会に倦んだ3人の少女、御冷ミァハ・零下堂キアン・霧慧トァン は餓死することを選択した。
    しかし成功したのはミァハのみ。
    それから13年。死ねなかった少女・トァンは世界を襲う大混乱の陰に、ただひとり死んだはずの少女・ミァハの影を見る━━
    『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。


    『屍者の帝国』より、かなり読みやすかったです-
    ?のかわりに……が使われているのには慣れが必要だったけど。

    しかしまた感想を書く、言葉にするのが難しい…

    無い物ねだり

    思い遣りと優しさでできた社会だけど、寛容さがなくていきぐるしい。

    新しくなにかを生み出す造り出す力がなくなってしまうんだろうな-
    それをとりたててつまらないと感じることもないのか-
    ただ生きて死ぬ、システムのための部品、って感じ。と思いました。

    WatchMeってどこまで効くんだろう?
    体内に入れた後の病気治療なら先天性のものには効かないのか。
    親に入ってるならそもそも先天性の病なんかを持つ子供は生まれないのかな。

    気持ち悪い社会とも思うけど、考えなくてよいって楽だろうな-
    でもそれって生きてるって言えるの?
    という思いがループするのです。

  • 読みにくい。名前に馴染みも持てなかった。

  • 最近は規制、自主規制がますます厳しくなって、映画、小説、テレビなどがつまらなくなった。 なんでもかんでもクレームをつける人たちに読んでほしい。表現の幅は広い方がいいに決まってる。
    映画「ラリーフリント」と共におすすめしたい。

  • 高校時代に読んだ。伊藤計劃が全て書ききったという点では遺作にあたるんだろうか。屍者の帝国は伊藤計劃が書いた部分までしか読んでない。虐殺器官と比べるとどう結末づけるか分からない話だった。今改めて考えると物語後の人々は経済学的合理性に従って生きるようになったと言えるんじゃないか? 効率的な資源配分が可能そうだ。ただし経済学的に合理的なら殺人もするのだろう。それにしても本作の文章には何か鬼気迫るものを感じる。先入観は多々あれど命を燃やし尽くす寸前の人間が最期まで振り絞って書いた作品という認識はこの作品を僕の中で特別なものにしている。

  • 1ページ目の冒頭に何が書かれているのか、分かる人が読むことで伝わる書籍。
    独特の表現は、職業プログラマーである私にはとても読みやすかったです。
    ただ、内容はとても濃い。
    1周読んだだけでは全体の半分も把握できていないような気がします。
    時間があれば、もう1周読みたい。

全69件中 21 - 30件を表示

著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)のその他の作品

伊藤計劃の作品

ツイートする