それをお金で買いますか 市場主義の限界 [Kindle]

制作 : 鬼澤 忍 
  • 早川書房
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感想・レビュー・書評

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  • 市場至上主義と倫理について。いつになく豊富(過ぎて飽きることも)な例示が彼の国のいつもながらの過剰なはしゃっぎっぷりが悪寒を誘うほど。善や正義のサンデルの価値や意識は既刊のものより主張が強く感じられた。

  • 「正義の話をしよう」の経済学版。したがって、本書では、何をお金で買うと問題か?について、道徳的、哲学的に考えます。良く、人に迷惑かけなければ良いというような論評がありますが、それに従い、女をお金で買えば、売春罪成立です。売春が罪にならない国は少数派なので、「人に迷惑かけない」クライテリアは、「何をお金で買うと問題か?」の答えになりません。と、まあ、こんなことをいろいろと考えます。

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  • 正義の話に引き続き

  • よくある古びた視点で、もういい加減ハードについて考えるのはやめて、ソフトをまともに機能させることを考えようよ、ということを思い起こさせるうんざり感いっぱいの本。

    著者の考察は殆どないが沢山の事例を整理し紹介しており、各々が考察していくための材料という意味では有益である。

    だが(最初に書いたハードとソフト云々の繰り返しになるが)、私はこれはお金で買う何かとか市場原理云々というよりは人間の性質の問題であると考える。
    そして目を向けるべきはお金の使い方ではなくお金を得ようとする行為の方であると考える。

    この問題にとてもよく似たケースの本質と解決方法についてのプロの回答を私は聞いたことがある。

    Q:うちの子供5歳の相談です。ところ構わず自慰をします。叱っても反省する様子がなく最近は隠れてやるようになりました。どうすれば良いでしょう?

    A:親子間のコミュニケーションはいかがですか?
    人は他者の認識をすることで自分の存在を認識します。自分の存在を認識できないと人は身体的な刺激や快感を得ることを自己存在の確認方法とし、それに没頭してしまいます。
    更にこの状態で叱ると、理由が分からないためにこの世界は自分がコントロールできるものではなくただ理不尽であるということが学習されます。すると何かに疑問を持ったり立ち向かったりすることができなくなり、ひいては陰に籠ってますます没頭することとなります。
    まずは親御さんという他者との関係を結ぶことで万能感を持たせ、自分の外に広がる豊かな世界に興味を持つように持っていってあげましょう。そうすれば自然な状態に治まります。

    ここから見て取れるのは、快感の追求は一見それ自体を求めるという正常な行為に見えるが、度を越した様子が観察されると、それは自己の認識、すなわち世界の認識に失敗した肉容器が自己と世界を取り戻すための手段としての点でのウェートが大きくなっているサインとして考えられる、ということである。

    これは世界中の賢者やマスターと呼ばれる存在が欲を持たないとして描かれることと無関係ではないだろう。真偽はともかくこれで世界と強固に接続しているのだということが表現できるのである。
    そしてまた言うまでもなくこれは金持ちでも貧乏人でも勝者でも敗者でも、人間である限りは等しく持つ性質である。
    故に、私たちが肉容器の「己と世界を求めるという願い」を叶えようとしない限り、終わらないものである。

    したがって、たくさん稼げば良いとか、通貨や経済システム、政治形態でもって解決に届こうとする動きがあるが、根本が解決されないとただ対象が変わるだけなのである。
    その具体例がこの本で観察されている病理、すなわち

    「本当に欲しいものが手に入らない金持ち達が薄汚いお金の使い方に頼ってまでも自分探しをするしかなくなり、その要求に貧乏人が応えるというスパイラル」

    である。

    つまり今私たちは世界との接続を絶たれた状態にあるということである。
    私たちが目を向けるべきは経済や市場の原理云々ではなく、個人に起こっている問題に気づき、それを解決すべく、自分という肉容器に構い存在を取り戻させることだろう。

    再読記録がいつものように機能しないのでここから下、再読記録。

    いつも思うが私たちはもう少し自分達を信頼してみたらどうだろうか。
    私たちがこれを市場原理云々として語らなくてはならないこと自体が、自らを何の意志もない肉容器であることを物語っているのであるが、この考え方がスタンダードである必要はない。
    そういう意味ではこの本も私たちを貶めるのに一役買っているとも言え、この流れはどうなのかと思う。

  • 市場は物の価値を変えないという主張に対し、市場が道徳をいかにして締め出すかを検証する。例えば血液の売買市場は貧しい人のみが血液を売るため公正でなく、国民の相互扶助の精神を腐敗させる。日本では多くの道徳がまだ締め出されていないのを実感。

  •  ボクは市場に多くを委ねることが自由だと盲信していた。この本を読んであらためて気付く。ただ市場に対して単に嫌悪感を持っているわけではない。その特性を知り個々人がより善く生きるために何をなすべきかを常に問い続けることが重要だと思う。
     アメリカでは想像していた以上にあらゆるものに市場性が持ち込まれていると知った。そしてそれは道徳や<善>を損ねているのではないか、人々の幸せに本当に貢献しているのだろうか、そんな問に考えさせられる。(ただ、<善>も一部のエリートの持ち物ではないとは少し言っておきたい。それは市場がなければ手に入らないかもしれない)
     ところで、多量の広告は本当に市場性に貢献しているのだろうか。市場とは人々の適切な"選択"に委ねられているはずだが、広告はその選択能力をスポイルしている思えてならない。
     適切な市場の領域とはどこまでなのか、それを市場が決めることは出来ない。
     最近の市場は短期的な物サービスの交換に特化してるように感じる。それだけではない善き生のための市場を創造できると信じたい。

  • 市場の原理と道徳観・倫理観を問う一作。
    例えば、保育園で親が定時までに迎えに来ないことが多いので、定時後預かりを有償にしたら、かえって遅刻する親が増えた。市場的・経済学的には、対価を払ってでもサービスを受けたい顧客が存在するので、全く問題ないが、子供の気持を考えるとどうか、などなど。

    Money can't buy me loveという通り、世の中には金で買えないものが多いはずだが、どんどん減っているのが現実。アメリカでは学校の校長室まで命名権の対象となっているそうな。

    大好きなマスターカードのコマーシャルを思い出した。
    花束:$50、リムジン:$120、マンハッタンのレストラン:$200、休暇を取って家族全員で長女の15歳を祝うこと:Priceless。お金で買えないものがある。それ以外はMasterCardで。

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