姑獲鳥の夏(1)【電子百鬼夜行】 [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 何度も読んでいるが、やっぱり面白い。
    この世界観が、良いのだ。。

  • 謎が謎をよぶ上巻でした。
    何年かぶりに再読しようと電子書籍版を買いました。
    本当に長い。これで上巻なのかと思ってしまうがそれだけ丁寧に書かれていてネタも細かく調べられているし面白い。
    キャラも濃い。
    ライトノベルと言われる理由がわかる。
    しかし軽い読み物とは思えない!
    重厚!
    綿密!
    これが癖になる!
    読みやすいとは言えないけど読んで欲しいとは言えます!

  • うぶめのなつ、と発音するんですね。

    「やっぱり姑獲鳥の夏から読むのが良いのでは」
    友人に勧められて、初・京極夏彦さんです。ちょっと嬉しいものです。初上陸、という気分(笑)。

    京極さんの処女作だそうですね。1994年の発表。20年前の小説なんですけどね。こういう内容の本は、古びないですねえ。

    ずっと気にはなっていたのですが。何せ、
    ●本屋さんで見ると、とにかく分厚くて尻込み。
    ●本屋さんで見る限り、怪談っぽくて尻込み。
    正直、怖いものは苦手なのです…。

    なんだけど、「怖そうなもの」でも、大丈夫なのかも。と思うようになったのは、実は恥ずかしながら水木しげるさんを読んでからで。
    「河童の三平」とかは良いのですが、どうにも「妖怪」なぞというのが、怖そうで逃げてたんですが。
    読んでみると、水木しげるさんのマンガは、大丈夫。むしろ、カワイイとすら思う。
    そして、ファンタジーでSFで怪奇譚で、示唆と皮肉と風刺とを痛烈にたたきつけながらも、どうにもトボケた、肩の力の抜け具合。実に豊かな世界です。

    と、思っている頃に、京極さんも読んでもいいなあ、と。
    お友達の勧めもありまして。
    読んでみると。成程。
    ●とにかく文章と語り口が、簡潔でサラっと読み易い。
    ●水木さんと同じく、とにかく趣味領域なんだけど、非常に確固とした、ダンコとした世界観があって、安心して船に乗れる気分。
    ●趣味だけではなくて。博学、博覧強記なディティール性みたいなものが、豊かな小説になっている。
    というのが、上巻を読んでの感想です。
    面白い。

    ###########
    昭和27年だか28年だかが、舞台です。もうそれだけで、ある種の好奇心、歴史風俗的マニアック性が無いと、まともには成立しないと思います。
    語り部は、関口という名の30前後の既婚男性。売れない三文文士、という設定。
    その友人の、変人にして名探偵風の古本屋主人「京極堂」。
    同じく友人の、変人して、これまた名探偵風の、探偵さん「榎木津」。
    なんとなく、この三人が、「探偵側」にいます。
    前半、かなり延々と、京極堂さんと関口さんの会話。
    びっくりするのは、序盤読んでても、昭和20年代という設定がちょっと判らない。
    そして、妖怪や幽霊、超常現象などをどう解釈するのか、脳とは理性とは記憶とは、みたいな。
    詳しくは無いですが、フロイトでユングで懐疑主義のような議論が、コレデモカと続きます。
    その内に、語り部関口氏が、週刊誌のライターみたいなことをやっている、という線と、
    友人の榎木津さんが、探偵業をやっていてヨロズ相談を受ける、という線と、
    両方から、「雑司ヶ谷あたりの、医者の密室失踪事件」というのが転がり込んでくる。
    そこには、「妊娠20か月目だけど生まれない女」というのも絡んでくる。
    後半は榎木津さんが出て、京極堂さんはあまり出てこない。
    そして語り部・関口氏が元うつ病の人で、世間に対して「俺は異常なのかコンプレックス」があることが前面に。
    その上、事件の関係の女性が妙に妖しく美しく、怪しい。でも惹かれていく関口さん。
    と、言うあたりで上巻が終わります。
    どうなるどうなる。
    ###########

    怪奇だし、趣味的だし、個性的なんです。
    前半部の、京極堂のアリアのような独奏独走の議論場面。
    あやし怪しげ、おどろな世界観。
    とっても個性的なんですが、同時に王道でもあるんですね。

    京極堂さんと榎木津さんに名探偵役が二分割されていますが、オマージュか?っていうくらい、構造は「シャーロック・ホームズ・シリーズ」そのものです。
    語り部の関口さんが、ワトソン君。
    そして、昭和20年代の時代設定、戦争という大きな謎の時代の置き方、それに伴う喪失感や哀感、名家のおどろな事件、という構造は、100%、横溝正史の「金田一耕助シリーズ」。

    そして、何より感じるのが、怪奇なもの、おどろなもの、人知以上で異常な世界観への親近感?みたいな感性。
    そして、言葉が難しいですが…そこに、深刻に意味論的に価値観的になりすぎない。ある種の軽さっていうか…。
    「宗教」みたいな絶対的な物語には、「政治」と同じように、黙ってそっと背を向けている感じ。
    そのへんが、「水木しげるさんだ!」って思いました。

    で…そう思って検索してみると。
    京極夏彦さんって…水木フリークなんですね。
    と、言うか、当代ナンバーワンの、水木ファンというか…。全集の監修までやってらっしゃる(笑)。
    なるほどなあ、それは分かるし、なんていうか、好印象です(笑)。

    と、いう訳で、大変に今のところ面白い。
    詳しくはまた下巻読了後ですが、一つ自分に備忘しておくと。
    文章が読み易い、ということですね。
    最近だと村上春樹さんもそう思ったんですけど、とにかく、平易とか安易とか幼稚とか、そういう意味じゃなくて、「読み易い」ということ。
    これ、実は大変に素晴らしい、技術的な問題だなあ、と思います。
    なんていうか、ニンゲンへの興味みたいな、いちばん読み易いところにグッと持って行く。
    映像的、写生的、説明的な風景描写、人物描写を、登場人物の体験というドキドキ感を超えてまでは、絶対にしない。
    無駄に長い文章を作らない。主語述語の混乱がない。くどくどと主張しない。
    ある価値観に、溢れこぼれるように過剰に寄り添わない。価値論的哲学を、書き手側が生なコトバでは押し付けない。
    対話形式、一人称という、読み易い感情表現を、すごく思い切ってガンガン展開していく。
    時代や社会背景について、物語を超えて語らない。人物たちの行動の行く先、という興味の範疇を超えて、演説にならない。
    更に言うと、過剰な思い入れやセンチメンタリズムにならない。ハードボイルドなミステリー、という肌触りがあります。
    ハードボイルドと言っても、「感傷や情緒に流れる語り口、あるいは物語の運び、では、全く無い」という意味で言っておりまして。
    ハードボイルドだからと言って、「不器用ですからって呟く男が独りで殴られながら巨悪と闘って、あんみつは食べずに強い酒を飲みながら、女にもてるのに最後は独りで去っていく」みたいな物語だ、という意味ではありません。

    …というような印象なんですが。
    そういう評が説得力があるかどうかは、疑問符にしても。
    結果として、とってもサクサク読み進めます。
    これ、素晴らしい。売れるはずだなあ、と思ってしまいます。
    ほんと、中盤から先。特に、「事件、そして探偵もの」という構造がむくむくと湧き起ってからは、実に早く読める。止まりません。

    なんでかなあ、と考えると。
    物知り、オタク、マニア、ではあるんですけど。
    「近代日本文学的な意味での、文学文章の技巧的芸術派」みたいな衒学的な、過剰にブンガク的な「節回し」が、一切ないんですね。

    これ、個人的には、語ると面白いテーマなんです。
    「近代日本文学的な意味での」、という言葉は、僕としては、夏目漱石さんや泉鏡花さん、太宰治さんあたりを例外としています。
    その三人さんとかは、むしろ、同時代的には異端なまでに、読み易いか、或いは、近世読み物的過ぎるんだろうな、と好意的に思っています。
    志賀直哉さんとか…梶井基次郎さんとか…自然主義系のものとか…短編至上主義的な感じというか…を、意識している感じです。
    まあつまりなんというか。
    「文章、文学のプロだもんね。俗じゃないもんね」
    的な。文壇的な職業意識とプライドみたいなもの。助詞や接続詞や文末の文字使いにこだわるぜ、みたいな。

    そういうのが、京極夏彦さんの文章には、素敵な意味で皆無なんですね。
    多分、そういう「定型的枠組み」が、「ブンガクとはこういうものである的なフレーム」が、無いんじゃないかなあ、と。
    例えが難しいですが、織田信長的っていうか…。機能であり合理性であり。因習とか伝統とか、儀式性とかじゃないんだ、みたいな。

    なんだけど、だからと言って、
    「これぁ…さすがに、ライトノベルってやつ?いくらなんでも噛みごたえが無さすぎる…」
    という、アマチュア的な、ちゃんと出汁を取ってない味噌汁のような、そういうお子様向けの安物薄味の文章でも、全く無いんですね。

    なんていうか…ほんとに、
    「多趣味で異常に強靭な、芸術というよりも実際的な美術職業者」
    のような…(京極さんがそうだったそうですね)。

    具体的な博学さと好奇心。
    何より、読み倒してきた尋常じゃない読書量に支えられた、書き言葉としての品位。
    コトバの歯ごたえがあるんですね。素敵です。

    なんだけど、そこに文章的なカッコつけというか。衒学性というか。芸術ぶった湿った意識がゼロで。
    すっかりカラリと、五月の空の吹き流し。
    実に読み易い。

    この文体というか語り口。
    これがナルホド、京極夏彦さんの小説の屋台骨なのか…と、思いつつあります。

    あと、やっぱり…。
    「つまりは、水木しげるワールドが金田一耕助とシャーロック・ホームズなのか?」
    という感じも、ヒシヒシと受けつつ。

    でも、そういう分析事項は、「面白いかどうか」の次に来ることなんで。
    究極どうでもいいんですけどね。

    ここまで、「姑獲鳥の夏」、面白いのです。

  • 感想はラストまで読んでから

  • 京極夏彦さんの本は大体が厚いから電子書籍になるのは嬉しいです。
    前半は風呂敷を広げるシーンが多く、京極堂とも会話は飽きませんでしたが、起伏というものは特にありません。後半になるにつれ、奇怪なシーンが多くなり、釘付けになりました。

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著者プロフィール

京極 夏彦(きょうごく なつひこ)
1963年、北海道小樽市生まれ。小説家としてだけでなく、世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員(肝煎)など妖怪研究家であり、他にも装幀家、アートディレクター、俳優など様々な顔を持つ。
広告代理店を経てデザイン会社を設立。1994年、そこで暇つぶしに書いた『姑獲鳥の夏』を講談社に送ったところ極めて評価を受け、同年、即出版・デビューに至る。瞬く間に執筆依頼が殺到する人気作家に上り詰めた。
1996年に『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、1997年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞、2002年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、2004年『後巷説百物語』で第130回直木三十五賞、2011年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞など、数多くの受賞歴がある。
代表作に「百鬼夜行シリーズ」「巷説百物語シリーズ」「豆腐小僧シリーズ」など。

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