河童 [Kindle]

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  • 2012年9月27日発売
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感想・レビュー・書評

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  • 読了。

    様々な風刺や批判が含まれているとのことだったが、私の読解力の限界ではツッコミ所満載なファンタジーと化してしまった。

    悪い遺伝を経つために、優良な遺伝子と、不良な遺伝子の掛け合わせを奨励している。これは優生学のような考えであるが、行為自体は全く逆である。

    河童世界の屠殺法により、共食いが行われ食用と化した河童の件は、読んでいて口の中に酸っぱい汁に満たされた。猟奇的な犯行等ではなく、国として行われている行為であることが、何よりもグロテスク。

    過去の河童カワウソ戦争から時を経て、河童はいつも戦争の相手として、カワウソを仮想の敵としている。また、カワウソは、河童に負けない軍備を備えている。
    なんじゃそら、と思いながら妙にリアルな部分が奇妙である。

    頭の中に世界観を作り出すには、少々ボリュームが足りなかったが、主人公が人間界へ戻って感じた、人間への感情はどこか納得。
    割り切れないのが人間であり、精神病として扱われ、病院に閉じ込められている主人公は、果たして妄想に駆られる病人であったのか否か。
    新たな思想はこういった妄想にも似た、体験から生まれて来たことに違いはないだろう。

  • 芥川の短編を、久しぶりに読んでみました。

    精神科の病院に入院している青年が語る、ひょんなことから飛び込んでしまった河童の世界。
    深刻なことと可笑しがることが人間世界とは真逆の、まさに価値観が逆転した河童の社会は、語り部である青年が驚愕しながら紹介しているように、読者たる私たちにとっても、違和感満載です。
    それなのに、家族の形、男女間の悲喜こもごも、生きるということ、芸術、哲学、宗教感など、あらゆる場面で河童なりの理屈や捉え方があり、そこに芥川の痛烈な人間社会への風刺、批判がこめられているようで、私は、おかしい、滑稽だ、他人事だ、と単純には断じられない気分で河童の世界を覗くことになるわけです。
    今、自分が居る場所は果たして正しいのか?幸せなのか?と、考えさせられる、不思議な小説でした。

    この小説の中で、特に印象的だと感じたのは、河童は、母親からこの世に生まれてくるとき、「お前はこの世界へ生れて来るかどうか、よく考へた上で返事をしろ。」と言われ、生まれることを意思表示した者だけが誕生するということ。
    それと、パロディー風のように見える、「哲学者マッグ」の著作『阿呆の言葉』の中の教訓めいた言葉の数々。それまで読み進めてきた河童の社会の違和感がふっと消え、背筋が伸びるような、そんな気持ちになりました。

    この「河童」が発表されたのは1927年。芥川が自死したのと同年とのこと。芥川は、死ぬことをひたすら考えながら、生きるということの意味を考え続けていたのかしら、そんな風に思いながら読み終えました。

  • この小説を読んでいる時、ずっと不思議な感覚に襲われていた。恐らくこの‘不思議‘の正体は自分の持つ価値観への疑いだと思う。この小説の中では河童の世界と人間の世界との対比が多く書かれている。それはまるで人間の世界の常識が根本から否定されているようで、読み終えた後、自分の持つ価値観とは何か、果たしてそれが正しいことであるか1度考え直してみたくなった。また芥川龍之介がこの小説を書いた時、社会はニヒリズムが蔓延していたという。彼はその時代の人々が絶対的価値観の喪失をしていく現状を河童と人間との対比で描いたのではないかと思った。
    また二重構造で描かれているのが読者の想像の余地があり楽しかった。

  • 【ネタバレ】
    ◆「いえ、余り憂鬱ですから、逆さまに世の中を眺めて見たのです。けれどもやはり同じことですね」◆或精神病院の患者・第二十三号が語る河童の世界。「灰色の河童」を追いかけて穴に落ちた「僕」は、人間社会と価値観を異にする河童の国に迷い込む。しかしメビウスの輪のようにそこはいつしか人間社会のポンチ画。芥川は河童たちに幾多に乱れ分裂れる己の心を仮託したのか。詩人トックは「生活教」(「飯を食ったり、酒を飲んだり、交合を行ったり」するism)を持たず、「緑色の猿」を目撃した後、自殺してしまう。緑色の猿とは果たして人間か。
    ◆「出て行け! この悪党めが! 貴様も莫迦な、嫉妬深い、図々しい猥褻な、うぬ惚れきった、残酷な、虫の善い動物なんだろう。出て行け! この悪党めが!」ーーこのナイフのような言葉は自分の心にも向けられていたのだろう。◆昭和2年2月11日の文章。◆2014年河童忌に読了。

    ◆学生時代から久しぶりの再読だったけれど、こんなに「不思議の国のアリス」や「星の王子様(大人の理屈)」に似通っているところがあるとは当時は気がつかなかった。この世界の中で一番の不可思議は結局、人間社会なのかしら。

    ◆追記: 芥川自死半年前の文章という先入観もあると思うが、芥川自身、内にある河童世界が正気か狂気か錯乱し、読者に判断(救い)を求めている文章のように感じた。

  • 芥川の晩年の作品。
    苦しさの中、執筆したようで自殺の動機が窺える。

    主人公が山登りの途中、河童に出会い追いかけているうちに、穴に落ちてしまい河童の国へと入り込んでしまう。
    その河童の国で、「特別保護住民」として受け入れられ、河童達と生活をする。
    読み始めは、アニメ化したら面白いファンタジーなものかと思いきや、シュールで残忍。

    その暗い部分は、芥川の自己嫌悪のようで、間も無く この世から断ち切る覚悟が行間から嗅ぎ取れるようだ。

  • 芥川龍之介が或る精神病院の患者(第23号)に語らせた<ユ-トピア(河童社会)>の世界です。穂高岳登山途中の梓川沿いの岩陰で河童と出くわしたのが発端でした。追跡の最中に深い闇の中に転げ落ちてしまい、気が付けば河童の医者の家で介抱されていました。「特別保護住民」として迎えられ、哲学者や詩人、音楽家たちとの交流をとおして、気高い河童文化に驚かされるのでした・・・。人間社会での軋轢や不合理な世界を河童社会になぞらえ風刺した、芥川晩年の心理に迫る傑作です。

  • 芥川龍之介が抱えていた諸問題や苦悩のバックボーンを解説した記事を合わせて読んだお陰か小説というより死に向かっていった彼の半生を表された資料としての方がしっくりとくる読み心地。故に自殺を遂げた河童の骸の側で悲しみに暮れる雌の河童を気遣い、何も知らずに笑う子どもをあやし、唯一そこで涙する描写は何とも言えない。親の姿だ。

    掴んだと思った矢先に蜃気楼の如く消え失せ、また、廻る。また、見つけたと思えば、それは嘲笑うように翻り消え失せ、握り潰される。瑣末な期待と裏切りの連続。だから、逃げたんだよね、河童の国に。
    でも、其処にも居場所は見つからなかった。満たされることのない渇き、埋まることない穴、拭っても拭っても付いて回る影への恐怖、ぼんやりとした不安は安らぎを求め、死に向かった。どうしょうもないのか…どうしょうもない。逃れられないのか。無理なのか?無理なんだよ…決まってんだよ…そうか、ダメなのか……

    「我々の特色は我々自身の意識を超越するのを常としている。」
    「幸福は苦痛を伴い、平和は倦怠を伴うとすればー?」
    「物質的欲望を滅することは必ずしも平和をもたらさない。我々は平和を得るためには精神的欲望を滅じなければならぬ」

  • 河童の世界では胎児に生まれてきたいかどうかを尋ねるという所が面白いですね。全体を通して感じるものがありますね。

  • ガリバー旅行記的な河童の国の話。読んだあと、モヤっと感が残ります。

  • 河童の世界は、ある程度我々人間を投影した姿であり、例えば下層の河童は無能で社会的に無用な存在であるため食べ物にされる、というのは冷酷だが、実はこうした発想というのは長い歴史の中で社会が捨てきれない思想であることは明白。河童におけるこの潔さを「清潔」と評価しており、上辺の道徳・倫理に塗れた社会に辟易としてるんじゃないかと勝手に想像するね。昭和2年つーと、そうした世の中になろうかという雰囲気もあったかもしれんし。

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