カインの末裔 [Kindle]

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  • 2012年9月27日発売
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感想・レビュー・書評

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  • あらすじ:広岡仁右衛門とその妻が赤ん坊を連れて農場に小作人として働きに来るも、仁右衛門の暴力ぶりと支払いの滞り、そしてその生活ぶりから農場を追われて出ていくまでの話。仁右衛門は体が大きく横暴で、自分の気にくわないことがあれば、女だろうと子供だろうと殴り、周囲を怯えさせている。彼は妻を殴ることにも抵抗がない。入った金は飲酒や賭博に使う。だが一応、農場の労働力として働きはしていた。

    夏の暑い日、仁右衛門夫妻の連れていた赤ん坊が赤痢に罹ってしまう。その際、笠井という地主が赤ん坊が治るようにと祈りを捧げていたが、赤ん坊は結局亡くなってしまった。仁右衛門は、自分の赤ん坊を救ってくれなかった笠井を恨んで、「自分の子供を殺したのは笠井だ」と触れ回った。

    そんな時、農場で競馬が執り行われる。この競馬で優勝すれば多額の金がもらえるとのことで、仁右衛門も自らの馬で出場することにした。競技の最中、笠井の娘が乱入してきてそれを避けたことで、仁右衛門の馬は負傷して走れなくなってしまう。仁右衛門はこの馬を売って金にしようとしたが、走れなくなった馬は「金を食う機械だ」と言われ、誰も引き取ってはくれなかった。

    一方で、農場では笠井の娘が何者かによって辱しめを受けたという話が持ち上がり、犯人の捜索が行われた。皆は口々に、笠井に自分の子供を殺されたと触れ回っていたことを理由に、仁右衛門がやった、と言い始めた。仁右衛門はそれまでにも佐藤という小作人の妻と不倫関係にあったことから、仁右衛門ならやりかねない、という噂に上るまでになっていたのだった。

    笠井の娘の姦婬事件の話題が広まり、いよいよ仁右衛門は農場を去ることに決めた。農場を去る前、仁右衛門は負傷した馬を自らの手で殺める。そして妻を引き連れて、農場を後にするのだった。


    有島武郎の代表作にして出世作。ということでどんな作品なのかと読んでみたらこのあらすじにみる通り、すごく狂暴で泥臭い話だった。これが本当に『一房の葡萄』を書いた有島武郎の作品なのかと思うくらいギャップがあった。と同時に、発表当時の大正6年、こうした深刻な話が売れていたことを思えば出世作となったというのも頷ける。生易しい話よりもこういう「人生は深刻なんだよ...」みたいな流れに作者も乗った形だろうか。

    どちらかというとこの作品は人生の艱難を描いているという点でも自然主義っぽさはあるが、モデルは有島農場で働いていた人物らしい。雇う立場と雇われる立場にあった作者と本作のモデルだが、いずれにも生きる苦しみがあるのだということには変わりないようで、有島本人が生きる苦しみについて述べている文もあるとか。(「自己を描出したに外ならない『カインの末裔』に詳しいらしい)

    タイトルの『カインの末裔』の「カイン」は、キリスト教旧約聖書創世記に出てくる「カインとアベル」の兄・カイン。貢ぎ物を求めた神に対して、弟・アベルは、自分の大事にしていた羊を提供した一方で、カインは神への供物を"何を選んだら自分が困らないか"を基準に選んだため、神はアベルの品を選んだ。これに腹を立てたカインはアベルを殺してしまい、神に一生不毛の大地をさ迷い続けるよう、呪いを掛けられる、という話が元ネタだ。

    言われてみれば確かにこのカインの末裔なら、広岡仁右衛門のように横暴で、不作の大地を新天地求めて歩き続ける、そんな姿がタイトルからして暗示されてるようにも思う。しかも最後が現農場を後にするところで終わるのだから「上手いなあ」と思うのである。(本当にそういう意図で書かれたのかはわからぬが、少なくともタイトルの連想と仁右衛門との行動をみれば誰でもそう想像するのではないだろうか...)

    それにしても広岡仁右衛門は絵に描いたような救いようのない人物像だが、それでも我が子を愛する心はあり、事故で負傷した馬を殺める部分などで可哀想だと思っているところなど、要所要所で人間味を感じさせてくる。そこがまた、最後に事実ではないかもしれない噂によって農場を追われる仁右衛門の姿に哀愁を増幅する一因にもなっており、完全な悪い奴を作るのではなくそういう部分を残してるのがさすがの文学作品といったところか。

  • この作品を読むと、主人公仁右衛門の持つ荒々しさを
    作者がどうしてここまで知りえたかが気になってくる。
    想像だとしても、ここまで描けるものなのだろうか。
    もしかすると作者は自身の中に
    仁右衛門を持っていたのではないだろうか。
    決して大人しく飼いならすことの出来ぬ
    野生のオスの激情と怒りといったものを。

  • 久し振りに出会った、「明治プロレタリアートの激烈生活描きました」系作品。舞台は北海道と期間限定小作農。毎回出てくるのは結構なクソ野郎なのだが、なんだかどことなく好意を持ってしまう。

  • 聖書で最初の殺人者となったカイン。その末裔ともいうべき荒くれ者を描いた作品。
    タイトルがピッタリの作品でした。
    こんなやつが村にいたら確かに村八分になるよなぁと思いつつも、荒くれ者の主人公に少し同情する面もある。
    カインもこの主人公も、生きるのが下手くそなだけかもしれない。
    もっと知恵があれば、したたかに生きられたのに。
    そんなことも思った作品でした。

  •  これは結構キツいです。仁右衛門(にんえもん)の粗暴な振舞いの数々に嫌悪感が生じるのはもとより、そんな彼が主人公ですからね。なおさらキツい。

     縁者の川森の伝手で、妻子を連れて北海道西部・K村の松川農場に小作人としてやって来た広岡仁右衛門。荒くれ者の仁右衛門は、暴力、女遊び、博打と粗暴な振舞いを繰り返し…。
     アダムとイブの長子で、人類初の農耕者の「カイン」。弟アベルを殺した殺人者でもあるカインの、末裔ともいうべき仁右衛門。暴虐を繰り返す仁右衛門の行く末は…。

     気に入らないことがあると暴力に訴え、拳で分からせる。そんな奴、周りにいるだけでも堪らないです。そんな荒くれの視点で描かれているため、読み進めるのがしんどいのですが、一方で、異様な迫力あるのも事実。また、言動には現れないまでも、攻撃的な感情が芽生えることが自分にもあるあるのでは?と考えると、あながち仁右衛門のことを他人事とばかりも言っていられないような気になります。
     村の人たちから恐れられ、煙たがられる仁右衛門。やがて仁右衛門は村から立退きを迫られますが、村民たちのしたたかさとか、手に負えない異端者を排除することのうすら寒さも感じます。

  • 読後、再び題名を見てみる。 よく内容にマッチしているのだと感じた。 「カインの末裔」という題名はまったく絶妙です。 深みのある詩の言葉のように響きをもって、 極寒の中を終局する 作品の後味に添えられました。

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