外科室 [Kindle]

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  • 2012年9月27日発売
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感想・レビュー・書評

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  • おびのりさんのレビューで気になり、読みたいリストにしばらくそのまま。やっと読了。
    手術場面から始まり、伯爵夫人の女性は外科手術に必要な麻酔をかたくなに拒む。秘めた思いをうっかり口にしてしまうのではということらしい。執刀医である高峰医師とのただならぬ仲であることは多くを語らずも伝わり、緊張を帯びた描写に惹きこまれる。語り手の画家がなぜ術場に同席できるのか多少疑問が残るが、儚い美しさが濃縮された時間。二人の出会ったという小石川植物園に行ってみたい。

    • おびのりさん
      ちょっと、面白くて、切なくて、色っぽいような、短編なのに読ませる感じでしょ。
      ちょっと、面白くて、切なくて、色っぽいような、短編なのに読ませる感じでしょ。
      2023/07/16
    • ☆ベルガモット☆さん
      おびのりさん、コメントありがとうございます!
      切ない色っぽさで、心の中にぽっと熱情が湧くような不思議な物語でした。
      短編とは思えないドラ...
      おびのりさん、コメントありがとうございます!
      切ない色っぽさで、心の中にぽっと熱情が湧くような不思議な物語でした。
      短編とは思えないドラマがありました♡
      これからも本棚参考にいたしまーす
      2023/07/17
  • まるで日本画の伝統的な掛け軸に見出すような「余白の美」を味わう作品。

    ツテでとある美しい伯爵夫人の外科手術を見学することになった画家。
    医療関係者や夫人の親族など大勢の人々が見守る中、いよいよ手術を行うという段になって、夫人は麻酔を頑なに拒否する。
    曰く、「私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快らんでもいい」と。
    紆余曲折の末、結果的に夫人の頼みを聞き入れた外科医は麻酔なしで手術を行うけれど…。

    「あなたは、あなたは、私を知りますまい!」
    「忘れません」
    大勢がいる空間で誰もが目を背ける壮絶な手術の最中、まるでお互いしか存在しないように意味深な視線と言葉を交わす夫人と医師。
    医師とは旧知の中であった画家は、あまりに異様な二人のその姿に、九年前に出逢った些細な出来事を思い出すけれど…。

    互いに一途すぎたと思しき二人が辿った九年間は描かれない。
    描かれるのは、九年前のあまりに小さな始まりと、その悲惨な結末のみ。

    何があったのか。
    はたまた、何もなかったのか。
    どうしてあれほどまでに一途になれたものなのか。
    画家は…いつのまにか画家の思考に自らのそれを重ねた読者は、知り得なかった、そして、今後も知ることのないその空白に想いを馳せてしまう。

    泉鏡花の魅力は、展開ではなく、徹底的に選び抜かれた美しい言葉と巧みな構造にあると思っていたけれど、それだけでなかったことに気がつけたのが、今回の一番の収穫かもしれない。

    谷崎潤一郎は随想『純粋に「日本的」な「鏡花世界」』の中で『「鏡花世界」と称するものゝ中には、しばしば異常な物や事柄が扱はれてゐるにも拘はらず、そこには何等病的な感じがない。それは時として神秘で、怪奇で、縹渺としてはゐるけれども、本質に於いて、明るく、花やかで、優美で、天真爛漫でさへある。さうして頗る偉とすべきは、而もその世界が純粋に「日本的」であると云ふ一事である』と述べているけれど、まさに、日本の美が一つの形になっている。

    しばしば「空白の美」、「余白の美」と言われる、「描かないがゆえにかえって感じる奥行きと想像の美」という美が。

  • 1895年泉鏡花 出世作

    上 で、手術室の場景が描かれる。美しいであろう伯爵夫人が、手術にあたり、麻酔を頑なに拒む。遂に、麻酔をせず、執刀が始まる。彼女は、昏睡の中での、うわ言を恐れていたのだ。
    医師のメスを、自らの胸に突き、最期に秘密を囁く。医師も彼女を追う様に死す。

    下 で、夫人と医師が若かりし頃、すれ違い、互いに、その一瞬で惹かれあっていた過去が描かれる。
    ちょっと唐突な流れで、戸惑った。

    米澤氏の『儚い羊たちの祝宴』の「身内に不幸がありまして」の作中に出てきて、寄り道読書。
    今回は、“うわ言”がポイントでしょうか。

    外科室という題名でも、空想が膨らむ。手術台の上の伯爵夫人が、きっぱりと美しい。気丈な彼女の儚い想い。当時としては、サディスティックな表現部分もあり、記憶に残る。

  • 小石川植物園に行ってみた。
    門を入ればいきなり、憧憬を揺さぶるような登り坂。イメージと違う戸惑い。それは更新されて急激に再醸成される。眠りに落ちる恍惚に似ていた。
    僕は、この小説が好きなのだ。

    例えば女が男を罵る時、死んでくれないのかという脅迫の気配がある。

    心はいつも、死に捉えられた自分という存在が何であるか、どのように在るべきかを追い求めている。大なり、小なり。
    一方で、生死よりも重要な安息の存在、人に憧れ、日常のあらゆる景色の中に溶け込ませようともしている。
    女の主体は、関係の中にあるのだと思う。男もまた、そういう女と共にある時は、関係の中に自我を融解できる。
    主体を必要としないことの安息。それは恍惚と呼んでもいい。
    ただし執着も影のように寄り添い、心を締め付ける。その切実さは時として美しくもある。想い出になった後に、だけど。

    譫言によって秘密が露見してしまうことを口にしてまで恐れる臆病さ、それと同時に、麻酔も使わず胸を切り開かれる痛みがあるからこそ「あなただから」と言える恍惚への執着。

    女は男と根本的に異なる身体、血流を含んだ切実なふくよかさ、柔らかな甘い匂い、そして冷酷なしなやかさを持っている。
    その生々しい脅迫の気配に巻き込まれる、窒息の恐怖。

    男は身体も心も、硬く不自由だ。鏡花を読む時、剛性は無力だと思う。いつもただ、逃げられないことに踠くためのものでしかないような気がする。

  • 麗しく清く気高き貴船伯爵夫人の外科手術を、高峰医学博士が執刀することになり、画師である私(語り手)は、医師の了解を得て手術室への立入りを許されました。赤十字の看護婦が、伯爵夫人に術前の麻酔薬を服用するよう促します。伯爵夫人は「眠り薬はうわ言をいうと申します。手術ができないようなら、治らなくても構いません。殺されようと痛いとは言わない、動きはしません」。高峰は「遅れると取返しがつかない、メスを!」。麻酔なしで胸部を切開する高峰の右腕に手を添えた伯爵夫人は、笑みをたたえながら・・・。泉鏡花の妖艶な短編です。

  • 手術を前に麻酔薬(睡眠薬)を拒む貴婦人と執刀する外科医。詳しく語られることはない、貴婦人が命を賭しても守りたかった秘密と9年前の出来事。ほんのり妖しさが香る作風がたまらない泉鏡花の作品でもとりわけ好きな作品。

  • 秘密を守るために麻酔を断り死んでいく夫人。すぐに後を追う医師。9年前憧れを持って眺めたあの日の出会い。二人の間に何があったのかは誰も知らない。文体といい夫人や高嶺の佇まいといい正に華族といった厳かなほどの気品がある。

  • 切なくて好きなんだけど、麻酔なしで手術するシーン、想像して悶絶する。

  • あらすじにしてみると呆気ないとさえいえるくらいのお話。その短さ、儚さの陰で鮮烈になるものが、この作品を際立たせていると思う。
    乾いた静謐な舞台に思いつめた迫力が満ち満ちて、やがて凄絶な施術の中で秘密の愛を交わす男女。謎めきつつも明らかなやりとりに万感の想いを見て、振り返ってみればモノクロの画の中で、血の赤とメスの銀と肌の白さばかりが浮かび上がってくる気がする。
    語り口もとてもよかった。文語体のほどよい硬さで地に足をつけつつ、香る夢と耽美をその目線のままに見せてくれている感じ。それでいて仰ぎ見ている気分にもなれたかも。心地よく美しかった。

  • 画師目線で描写されていくのが美しい。
    一枚の絵の完成を追うように読み進める。
    鮮烈な紅白がモノクロに浮かぶようだ。

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著者プロフィール

1873(明治6)年〜1939(昭和14)年)、小説家。石川県金沢市下新町出身。
15歳のとき、尾崎紅葉『二人比丘尼色懺悔』に衝撃を受け、17歳で師事。
1893年、京都日出新聞にてデビュー作『冠弥左衛門』を連載。
1894年、父が逝去したことで経済的援助がなくなり、文筆一本で生計を立てる決意をし、『予備兵』『義血侠血』などを執筆。1895年に『夜行巡査』と『外科室』を発表。
脚気を患いながらも精力的に執筆を続け、小説『高野聖』(1900年)、『草迷宮』(1908年)、『由縁の女』(1919年)や戯曲『夜叉ヶ池』(1913年)、『天守物語』(1917年)など、数々の名作を残す。1939年9月、癌性肺腫瘍のため逝去。

「2023年 『処方秘箋  泉 鏡花 幻妖美譚傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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