外科室 [Kindle]

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  • 2012年9月27日発売
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  • まるで日本画の伝統的な掛け軸に見出すような「余白の美」を味わう作品。

    ツテでとある美しい伯爵夫人の外科手術を見学することになった画家。
    医療関係者や夫人の親族など大勢の人々が見守る中、いよいよ手術を行うという段になって、夫人は麻酔を頑なに拒否する。
    曰く、「私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快らんでもいい」と。
    紆余曲折の末、結果的に夫人の頼みを聞き入れた外科医は麻酔なしで手術を行うけれど…。

    「あなたは、あなたは、私を知りますまい!」
    「忘れません」
    大勢がいる空間で誰もが目を背ける壮絶な手術の最中、まるでお互いしか存在しないように意味深な視線と言葉を交わす夫人と医師。
    医師とは旧知の中であった画家は、あまりに異様な二人のその姿に、九年前に出逢った些細な出来事を思い出すけれど…。

    互いに一途すぎたと思しき二人が辿った九年間は描かれない。
    描かれるのは、九年前のあまりに小さな始まりと、その悲惨な結末のみ。

    何があったのか。
    はたまた、何もなかったのか。
    どうしてあれほどまでに一途になれたものなのか。
    画家は…いつのまにか画家の思考に自らのそれを重ねた読者は、知り得なかった、そして、今後も知ることのないその空白に想いを馳せてしまう。

    泉鏡花の魅力は、展開ではなく、徹底的に選び抜かれた美しい言葉と巧みな構造にあると思っていたけれど、それだけでなかったことに気がつけたのが、今回の一番の収穫かもしれない。

    谷崎潤一郎は随想『純粋に「日本的」な「鏡花世界」』の中で『「鏡花世界」と称するものゝ中には、しばしば異常な物や事柄が扱はれてゐるにも拘はらず、そこには何等病的な感じがない。それは時として神秘で、怪奇で、縹渺としてはゐるけれども、本質に於いて、明るく、花やかで、優美で、天真爛漫でさへある。さうして頗る偉とすべきは、而もその世界が純粋に「日本的」であると云ふ一事である』と述べているけれど、まさに、日本の美が一つの形になっている。

    しばしば「空白の美」、「余白の美」と言われる、「描かないがゆえにかえって感じる奥行きと想像の美」という美が。

  • 小石川植物園に行ってみた。
    門を入ればいきなり、憧憬を揺さぶるような登り坂。イメージと違う戸惑い。それは更新されて急激に再醸成される。眠りに落ちる恍惚に似ていた。
    僕は、この小説が好きなのだ。

    例えば女が男を罵る時、死んでくれないのかという脅迫の気配がある。

    心はいつも、死に捉えられた自分という存在が何であるか、どのように在るべきかを追い求めている。大なり、小なり。
    一方で、生死よりも重要な安息の存在、人に憧れ、日常のあらゆる景色の中に溶け込ませようともしている。
    女の主体は、関係の中にあるのだと思う。男もまた、そういう女と共にある時は、関係の中に自我を融解できる。
    主体を必要としないことの安息。それは恍惚と呼んでもいい。
    ただし執着も影のように寄り添い、心を締め付ける。その切実さは時として美しくもある。想い出になった後に、だけど。

    譫言によって秘密が露見してしまうことを口にしてまで恐れる臆病さ、それと同時に、麻酔も使わず胸を切り開かれる痛みがあるからこそ「あなただから」と言える恍惚への執着。

    女は男と根本的に異なる身体、血流を含んだ切実なふくよかさ、柔らかな甘い匂い、そして冷酷なしなやかさを持っている。
    その生々しい脅迫の気配に巻き込まれる、窒息の恐怖。

    男は身体も心も、硬く不自由だ。鏡花を読む時、剛性は無力だと思う。いつもただ、逃げられないことに踠くためのものでしかないような気がする。

  • 手術を前に麻酔薬(睡眠薬)を拒む貴婦人と執刀する外科医。詳しく語られることはない、貴婦人が命を賭しても守りたかった秘密と9年前の出来事。ほんのり妖しさが香る作風がたまらない泉鏡花の作品でもとりわけ好きな作品。

  • 秘密を守るために麻酔を断り死んでいく夫人。すぐに後を追う医師。9年前憧れを持って眺めたあの日の出会い。二人の間に何があったのかは誰も知らない。文体といい夫人や高嶺の佇まいといい正に華族といった厳かなほどの気品がある。

  • あらすじにしてみると呆気ないとさえいえるくらいのお話。その短さ、儚さの陰で鮮烈になるものが、この作品を際立たせていると思う。
    乾いた静謐な舞台に思いつめた迫力が満ち満ちて、やがて凄絶な施術の中で秘密の愛を交わす男女。謎めきつつも明らかなやりとりに万感の想いを見て、振り返ってみればモノクロの画の中で、血の赤とメスの銀と肌の白さばかりが浮かび上がってくる気がする。
    語り口もとてもよかった。文語体のほどよい硬さで地に足をつけつつ、香る夢と耽美をその目線のままに見せてくれている感じ。それでいて仰ぎ見ている気分にもなれたかも。心地よく美しかった。

  • 忘れませんの一言がとっさに出てくる。こういう返しができる人間になりたい。

  • 外科室

  • 画師目線で描写されていくのが美しい。
    一枚の絵の完成を追うように読み進める。
    鮮烈な紅白がモノクロに浮かぶようだ。

  • 一目惚れしていた男女の話。外科室で胸を掻き切って死んだ女と、翌日に自殺した男。分かりやすくて好き!

  • 生涯で数分間程度しか顔を合わせていないはずの男女が、お互いの命をかけてまで守った愛のお話。

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著者プロフィール

泉鏡花(いずみ きょうか)
1873年11月4日 - 1939年9月7日)
石川県金沢市生まれの小説家。本名は「泉鏡太郎」。明治後期から昭和初期にかけて活躍。尾崎紅葉『二人比丘尼 色懺悔』を読んで文学を志し、上京し本人に入門、尾崎家で書生生活を始める。師弟の絆は終生切れることがなかった。
1893年、京都日出新聞に真土事件を素材とした処女作「冠弥左衛門」を連載。以降、『夜行巡査』、『外科室』、『照葉狂言』、『高野聖』、『婦系図』、『歌行燈』などの作品を残す。1939年に癌性肺腫瘍のため逝去、雑司が谷霊園に眠る。その後1973年に「泉鏡花文学賞」が制定され、1999年金沢に「泉鏡花記念館」が開館。

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