名人伝 [Kindle]

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  • 2012年9月27日発売
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感想・レビュー・書評

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  • 中島敦の短編。
    弓の名人を目指す男が厳しい修行を重ね、大家に学び、ついに真の名人に到達するまで、なのだが。
    漢語を駆使した流麗壮大な文体なのだが、書いている内容は何だかすっ呆けている。笑っていいのか感嘆すべきなのか、何だか煙に巻かれるような話である。

    趙の邯鄲の都に住む紀昌という男が弓の名人になろうと志を立てる。
    紀昌はまず、飛衛という名人の弟子になろうとする。ところが、飛衛は、弓を教わる前に、瞬きをしない練習をせよという。紀昌は妻が機織りをする下に潜り込んで、妻に嫌がられながら、行ったり来たりする牽挺を見つけ続ける。ついには、牽挺が睫毛に触れても瞬きをしないようになる。
    ・・・いや、そんなことできるかい!?

    喜び勇んで師の飛衛のところに行くと、飛衛はいやまだまだ、今度は視る練習をせよ、小さいものが大きく見えるまで鍛錬するのだ、という。そこで虱を髪の毛で結んでつるし、これを見つめ続ける。見つめること3年、ついには虱が馬ほどに見える。これを射てみると、見事虱の心臓を貫き、つるしてある髪も切れぬままであった。
    ・・・絶対やな、ほんまやな!?

    ここに至って飛衛も紀昌を認め、奥義の伝授を行う。めきめきと力をつけ、百本の矢を連写すれば、百本が1つに連なるほどとなった。
    あるとき、妻と諍いをした紀昌。妻を諫めようと目に向けて射た。矢は妻の睫毛3本を射抜いたが、妻はまったくこれに気付かず、なおも紀昌を罵り続けていた。
    ・・・大概にせぇよ。

    さて、飛衛から学ぶべきはすべて学んだ紀昌。
    次なる師としたのは、甘蠅老師であった。勇んで技を見せる紀昌だが、老師は笑って、「それは所詮、射之射。好漢いまだ不射之射を知らぬと見える」という。何だい、そりゃ、とむっとする紀昌。その紀昌に老師が見せた技がすごい。
    ・・・うぅむ、ここまで来ると何だか唸るしかない。

    老師の元で修行を積んだ紀昌は、元の師の飛衛すら感嘆するほどの境地に立っていた。
    しかし、外見は何のことはない、「木偶のごとく愚者のごとき容貌」である。
    老いた紀昌は弓を手に取ることもなく、しかしながら、やはり厳然と弓の名人であり続けたのである。
    最晩年、ある人の元を訪れた紀昌はそこで1つの道具を見る。はてな、これは確かに見たことがあるようだが、何というもので何に使うものだったかな・・・? 紀昌に尋ねられたその家の人は驚いた。
    ・・・察しのよい方なら、これが何だかもうおわかりだろう。
    不射之射、ここに極まれり。

    禅語に「忘筌」という言葉がある。筌は魚を捕るための道具で、大事なものだが、それに固執していてはならぬ、あくまでも大切なのは目的である。それと同様、悟りを開くにも手段は必要だが、手段に捕らわれてはならず、悟りを得ることを第一義とせねばならない、といったような意味と思われる。
    何となく、この話を読んでいてこれを思い出したのだが、さて、本当に同じことを言っているのか、もう一段突き抜けているのか、何だかよくわからぬのが凡人の悲しさなのかもしれない(^^;)。

  • ブログをこちらに書きましたので、宜しければお読みください。

    http://sommelierofbooks.com/fiction_nonfiction/masterofbow/

    『山月記』という作品を世に残しながらも
    気管支喘息という病気により、
    33歳という若さで亡くなった
    昭和初期の人気作家『中島敦』。
     
    そんな早世の人気作家『中島敦』の短編
     
    『名人伝』。
     
    果たして中島敦の描いた弓の名人とは何だったのか?
     
    ぜひ読んでみてください。

  • 弓の道を究め、「名人」の行き着いた先は……。技がどうこう言っているうちは下の下と言うことでしょうか。カーズの「考えるのをやめた」はここから来ているのではないかと思ったくらいです。何度読んでも新たな発見がありますね。曖昧さや迷いがまったくない文章には「名人」を感じさせます。

  • ・美食家の斉の桓公が己のいまだ味わったことのない珍味を求めた時、厨宰の易牙は己が息子を蒸焼にしてこれをすすめた
    ・それは所詮射之射というもの、好漢いまだ不射之射を知らぬと見える

  • 「超越の棋士 羽生善治との対話」に羽生さんが読んで、云々みたいなくだりがあったので、その文をより深く理解するために読んで見た。
    で、読み終わってみて、さすが中島敦と思った。

  • 今日(2018/9/29)の新聞で今年中日ドラゴンズを引退する岩瀬投手の好きな物語として紹介されていた。弓を扱う主人公が修行を積みながら名人になるお話。最期には弓のことを忘れる。読後に心に不思議な広がりを感じました。

  • ほとんど漫画。

  • 『林修の「今読みたい」日本文学講座』所収

  • 全ての事柄に当てはまる古典名作。
    落ちが良いよね。

  • 内容を何となく知っていたからか、難解な言葉遣いでもストーリーを追うことに苦労はなかった。その道を極めた結果、その存在すら忘れるというのは権威に対する批判なのか。

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著者プロフィール

中島敦

一九〇九年(明治四二)、東京・四谷に生まれる。三〇年、東京大学国文学科入学。三三年に卒業し、横浜高等女学校に国語科教師として就職。職の傍ら執筆活動に取り組み、「中央公論」の公募に応じた『虎狩』(一九三四)で作家としての地位を確立。四一年七月、パラオ南洋庁国語編修書記として赴任。持病の喘息と闘いつつ『山月記』『文字禍』『光と風と夢』等の傑作を書き上げる。四二年(昭和十七)、職を辞して作家生活に入ろうとしたが、喘息が重篤となり、同年十二月に夭折。

「2019年 『南洋通信 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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