吾輩は猫である [Kindle]

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  • 2012年9月27日発売
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感想・レビュー・書評

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  • 朝散歩と朗読。斜に構える吾輩、一気に場面設定に入り込む。家なしになった吾輩、どうにかして飼猫になる。主人は英語教師。この本はとにかくリズミカルで軽快な内容だった。例として、主人が下手くそな絵を描くが、美学生に勧められて風景、自然、動物などを書くことを伝えられ、吾輩を描く。その場で身動きせずモデルになったが主人公の絵が下手すぎ。しかも尿意が増したので移動したら「馬鹿野郎!」とののしられる。美学生の勧めは嘘だったからさらに一興。夏目漱石の処女作ということで、ユーモアや猫の視点という独特の世界観に魅了された。⑤

  • たいへん面白かった。ただ「面白い」だけで済ますには勿体ない、なかなか侮れない、明治の「知識」「蘊蓄」がこれでもかと詰め込まれて、思いのほか難解でもあり、読了にけっこう時間を費やした。(「知識の衒い」めいた「いやらしさ」も感じたが。)
    「逸民」たちの言いたい放題、自称美学者の法螺話、漱石のワルノリ、教職を自虐的に貶しまくり等、「こころ」があまり面白くなかったところ、「漱石さん、なかなかやるモンだ!」みたいな。

    青空文庫より全11章を改めてダウンロードし、精読しつつ、素通りできない箇所を抜きだそうと考えていたが、何もせぬまま今に至っている。
    ふと、「いづれ精読致すであらう」とだけ書きたくなり、寝転びながらスマホを弄ってる次第。

    「猫」以外にも、あんまり面白すぎて感想文を保留にした、または実に粗末な感想のみに留めてしまったモノがいくつかあります。
    元々「書く」のは好きだったハズだったが、年かのう。

  • もうかれこれ数年読み終えていませんし、読み終える気配がありません。そもそもどこまで読んだかすら覚えていません。

  • 非常に苦痛であった。ちっとも面白くない。しかも長編小説。時間を返せ。。。。夏目漱石は好きな作家であり大抵の作品は読んでいる。『こころ』なんぞ四年に一回は読み直しているかもしれない。そう俺は夏目派だ。本当に夏目三久はかわいい。あれだけショートカットが似合う夏目さんは、夏目三久さんと高校の同級生である野球部の棗君ぐらいだろう。棗君、関東みどり葉会よろしく。夏目最高、夏目万歳、もうテレビで見られないわけだな。非常に残念だ。

    ただこの『吾輩は猫である』ではどうも読む気が無かった。小学生向けの落語なんだろうと、それもオチの無い落語だろうと、勝手に想像していた。
    結果はどうだ。さすがにこの文体だと口語体とは言え小学生には難しいが、落語だ、オチの無い、いや、最後に猫ちゃんは水甕にオチて死んだけどな。おっと、落語を否定している訳ではない。理解してくれ。

    じゃ、何故読んだのか。。。。日経新聞の連載小説『ミチクサ先生』に触発されたのだ。ミチクサ先生、そう夏目漱石先生の話である。そこに『吾輩は猫である』の誕生秘話が出て来たわけだ。これはおっとり刀でいざダウンロードするさ。しないわけにはいかんやろ。なあ、棗君。棗君頭いいもんな。今度みんなで飲もうや。

    歴史的小説なのも分かる。そういう点では一度読むべきであろう。ただ、『小説を読む』なら、比較にならない程面白いものが数限りなくある。ああ、比較するのもおかしいか、ミチクサ先生申し訳ない。俺にはそういう知識が無いのだ。

    読後感はどうだったか、俺は小一時間考えた。そう、夏休みの宿題を終えた感じだろうか、読み終えたうれしさもあった、達成感もあった、これを読んだことを自慢していいと思った、ただもう一度言う、面白いものではない。ニャン(=^・^=)

  • 名前は知っている、でも読んだことがない。そういうものだったので、試しに読んでみようと思って読んでみた。まず一番最初に思ったのが「想像してたのより長いな」ということだった。あっさり終わる短いお話かと思っていたが、そんなことはない。中身は大抵むつかしい言葉で簡単なことをむつかしく言葉遊びしていたり、揚げ足をとっていたりしている。とはいえ終始退屈というものではなく、ほほーと思う例えや切り返しも、くすりと笑ってしまう表現もあって、面白いなと思う場所も多かった。この面白さは猫の視点、しかもこのふてぶてしい猫の視点でなければ描き出せないものであろうと思われるところも多く、そういう意味では無二の作品であろうと思う。快くないところもある。なんだよと吐き捨てたくなるものもあるし、イライラするものもある。色んな感情を引き起こさせられる点では、本当に良く日常を描き出されたものだと思う。我々の生活って傍から見たらこんなもんか、となんだかアホらしく思えさえするが、同時に少しだけ愛おしい。

  • 結構な長編。
    苦沙弥先生の飼い猫から見た日常だが、面白いところと、そうでもないところが。
    やっぱり、猫が中心の部分が面白い。
    餅を食べようとしたり、鼠を捕まえようとしたり。

    夏目作品は、ある程度大人になってから読んだ方が面白いと思う。
    『猫』もその一つ。

  • 猫を語り手とし、飼い主の苦沙弥(くしゃみ)と周りの人間を猫視点で観察し、語っていく。
    文明開化の明治の東京で、西洋文化が日本に入り、流行ってる。
    主題は、「個人主義」や「自由主義」などの新しい価値観が入って、今後の日本はどうなっていくだろうというような、社会に疑問を呈するもの。
    <雑記>
    猫が非常に博識で、人間を独特の視点で語るのがおもしろい。
    作中、世界の偉人や事件を引用することが多いが、さっぱり分からない。(夏目漱石は賢いんだなあ)
    作中の会話で、よく横やりが入りそこが笑いどころなのだろうと思うのだが、わからないことが多い。
    トチメンボーを食べてみたい。

  • 猫が世の中について語る。主人の胃が弱い教師は漱石そのものだが、猫もまた若き漱石の仮の姿か。「主人は早晩胃病で死ぬ。秋の木の葉は大概落ち尽くした。死ぬのが万物の定業。生きていてもあんまり役に立たないなら、早く死ぬ丈が賢いのかも知れない。諸先生の説に従えば人間の運命は自殺に帰するそうだ。油断をすると猫もそんな窮屈な世に生まれなくてはならなくなる。恐るべきことだ。何だかくさくさして来た。三平君のビールでも飲んでちと景気をつけてやろう。どうせいつ死ぬか知れぬ命だ。何でも命のあるうちにしておく事だ。」

  • [十一以降]

     読了。というか、最後まで読んだのは初めてだったのだけど。こんなエンディングだったのかー! 知らんかったよ! 驚いて呆然としてしまった。いやはや。いやはや。いやはやいやはや!
     直前までの登場人物たちのかけあいを、行き過ぎたジョークを面白がってすぐに大喜利になる Twitter のようだとか思いながら、ニンゲンいつになっても変わらないものだなというかそのとおりになってるよ、とか、つっこみを入れながら読んでいたのだけど、まさかそれがこんなラストに繋がるとは! 世のなかの儚きことよ……

    --

    [六-十]

     時代背景のせいだろうと思うのだけれども、コメディのつもりで書かれていると思われるところが、読んでいてつっかえることが多い。そして、これそのとおりのことが現在にも続けて起こっていたりするので、人の学ばないことよと、少しくため息が出たりする。そして、最近の若い者は云々とかいうくだりが、現在のそれとほとんど変わらないどころか、余程酷かったりもするので、その言葉から始まるあれこれは、たぶんほとんどが思い込みで、もうまったく気にすることはないのだろうと思ったりする。

     語り手は猫なのだけれども、その辺をうろついているだけの猫であれば知りえないようなこともしたり顔で語っていたりするので、漱石そのものが語り手であると考えてよさそうな気もする。そして、その内容が割とシビアというか、文句だらけというか、いやいやさすがにそれはどうでしょうとつっこみたい気持ちでいっぱいになったりすることもあるような代物で、そう言えば本作が漱石の最初の長編作品だったかと思い出し、さすがの漱石にも若書きの頃があったのかしらんと思ったりする。

     実在する固有名詞がばんばん出てくる。当時の新聞読みの人たちには心当たりのあるエピソードばかりだったのか。日露戦争とかがこの小説の傍らで平気で起こっていたのだということが透けて見えて、どういう立ち位置で、どういう気持ちで、その時代を過ごしていたのだろうと思うけれども、冷戦時代を特に何とも思わずにスパイ小説などを読みながら過ごしていた自身の過去を思えば、漱石たちにとっては、日常会話でちょっと口にされたりする、やはり通常のことであったのかと思ったりもする。

    --

    [五まで]

     相変わらず漱石をちょびっとずつ読んでいる。驚いたことに、『吾輩は猫である』は、どうやら今まできちんと読んだことがなかったらしい。かの有名すぎる書き出しのあとは、びっくりするほど全然覚えていない。どうやら『坊っちゃん』と取り違えていた部分があるらしい。自分、いい加減すぎる……

     そして、とても驚くべきことに、めちゃくちゃ面白い。今まで読んだ漱石のなかで、いちばんコミカルでユーモラスだ。登場人物たちがみな生き生きとおかしく、何より語り手の猫がよい。

     というか、猫がヒトのように語るという形式は、『綿の国星』よりも、『じゃりン子チエ』よりも、ずっと昔、漱石が確立していた伝統的なものだったのかと、あらためて驚く。一方的にヒトの言葉を解し、届かぬつっこみを入れまくり、たまに猫らしくがんばってみようとしたら大失敗したりと、本当に、まさにチビ猫と小鉄を足して 2 で割ったようなキャラなのだ。「吾輩」の語りにつられて、脳内で 2 匹のイメージがぐるぐる動く。

     夫妻の会話は掛け合い漫才のように小気味よくテンポよく、読んでいてとても楽しい。そして鼠取りの場面の躍動感の溢れること。当時の家屋の様子などが目に見えてくるようであり、さらににおいすら感じさせられる。漱石の筆の見事さを堪能した。

     自分勝手に考えていたのよりもずっと長編なので、まだまだ読み切れない。楽しんで読む。

  • 漱石一家がモデル、とくれば文学的にクールな印象かとなんとなく思ってたけれど予想外にドタバタのホームドラマ、と言ってもいいかもしれない内容だった。
    登場人物たちが(我輩を含む)曲者ばかりで口も悪いし回りくどいし激しいし理屈っぽい。でもそれが面白かった。
    寒月君が寺田寅彦さんがモデルとは!それと何度も禅語「電光影裏春風に斬る」が出てきてここ最近の私の読書に連なっていたのが私的に感嘆。ラストはどう締め括るのかと思っていたら潔い終わりかた。
    夏目漱石やっぱり好きだわ~

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著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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