舞姫 [Kindle]

  • 2012年9月27日発売
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感想・レビュー・書評

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  • とある青年の懺悔の物語。
    16歳で教科書で読んだ時は「ひどい男だ」程度の感想だったのに、30歳を過ぎて読むと、主人公豊太郎の優柔不断と自己嫌悪、それを他者に責任転嫁する赤裸々な弱さ、それでも選んだ道が身に染みてわかりすぎて、胸に迫ってきて、まあ、つらかったこと。

    明治21年。5年のドイツ滞在を終え、帰国の途上にいる青年・太田豊太郎。次の停泊地はいよいよ母国日本という、最後の異国の地サイゴンの港に停泊した夜。彼はドイツ出国以来一度も書けなかった真っ白な日記帳に、自分の鬱々とした胸の内を書き記す。それは彼の受動的な弱い心がもたらしたこれまでの人生と罪を告白する物で…。

    自らの自発的な意思は何一つ示せず、幼き日は母に、長じてからは所属組織に従い、軌道の上で、生きた辞典や法律(現代的に言えば「機械」)になるところだった人生。
    ドイツ留学中に、なんの因果か、舞姫をしていた下層の美少女エリスを助けたことにより、結果的に、ある不幸と不名誉を得る。
    とはいえそれは同時に、生まれて始めて軌道を外れたゆえの束の間の自由と、ささやかな幸せを彼にもたらす。
    けれどそれも長くは続かない。

    親友・相沢の登場によって、心の底に封じこめたはずの思いを蘇らせた豊太郎は、自分より強い周囲の思惑に利用されながら、生来の優柔不断さも相まって自発的な行動をとらなかった。それは彼よりもっと弱い身近な存在に大きな不幸をもたらす。そして、彼はというと…。

    豊太郎の行動は決して褒められたものではないけれど。
    長く社会に出て会社勤めをしていると、上司の命令や友人の言葉はとりあえず否定はしないで返事をする、その後でどうすべきか、自分に有利なことは何かを考えて、動いたり動かなかったりする…ぐらいのことは、私にとっても日常茶飯事で。

    そして時代は、服従と家と立身出世こそ美徳とする江戸の規範を強く残した明治中期で。
    私も豊太郎の立場だったら、きっとこれ以外の選択肢はなかった気がします。むしろ、悩んだだけ、豊太郎は人間的で優しいとさえ思う。

    彼の友人・相沢などは、悩むことすらしない。そんなのは自分の人生にカケラの利益ももたらさないことがわかっているから。だからこそ、自分に有利な駒として、友人の豊太郎も上司も利用し、弱い誰かを不幸にしても、平然とのし上がっていける。
    そして、悩める豊太郎にも、「相沢的な心」があり、それが勝ったからこそ、この結末に辿り着く。豊太郎が本当に憎んでいるのは、きっと、相沢本人ではなくて、「相沢的な自分」。「相沢」は一つの象徴であり、責任転嫁による慰めでしかない。

    改めて読むと、10代の頃には思いもしなかった感情と同調が溢れてきてしかたがない作品でした。汚れた心が痛い…。

    きっと、鴎外と同世代の明治の知識人は、名誉を重んじる世相の中で、彼らと同じ立場にいる人の弱さやずるさをここまで赤裸々に描いたことに強いショックと共感を得たのだと、なんだか妙に納得した作品でした。

    • ウェルネス船長さん
      私が読み取りきれなかった部分を全て俯瞰的に言語化されてて尊敬します。読書家の方の感想を読むのは読書と同じくらいの面白い。
      私が読み取りきれなかった部分を全て俯瞰的に言語化されてて尊敬します。読書家の方の感想を読むのは読書と同じくらいの面白い。
      2023/12/13
    • hotaruさん
      ウェルネス船長さん
      こんばんは。こんな取り留めのない長文に対してそうおっしゃっていただけると、あの時読んで様々思ったことを頑張って整理して見...
      ウェルネス船長さん
      こんばんは。こんな取り留めのない長文に対してそうおっしゃっていただけると、あの時読んで様々思ったことを頑張って整理して見てよかったなと思います。ありがとうございます。
      2024/01/05
  • 「ネタバレ」的な話が、少し含まれていますので、これから「舞姫」を読もうと思われている方は、この感想は、読まれない方が良いと思います。

    関川夏央の「東と西」を読んでいる際に、割と唐突に森鴎外と舞姫の話が出てきた。「東と西」は、横光利一のヨーロッパ滞在と、それを題材にした横光の小説である「旅愁」が中心のテーマ。その「東と西」の中には、ヨーロッパ滞在の経験を持つ作家が何人か出てくるが、森鴎外は、その内の1人。
    「舞姫」を、最初に読んだのは、高校生の頃だったと思う。かなり、残酷というか、衝撃を受けた記憶があり、再読してみた。
    結末は、記憶に残っていた通りの内容だったけれども、主人公が、こんなに(ある意味で)、だらしない男だったとは、記憶になかった。
    関川夏央の本にも出てくるが、この小説のモデルになるような女性が実際にいたということのようだ。森鴎外を追いかけて、ドイツから単身来日し、1か月くらい滞在していたとのこと。森鴎外の実弟と義弟が説得して、ドイツに帰国させたという。ただ、彼女は、小説の設定とは、かなり異なる状況の女性であったようだ。
    それは置いておいて。
    言葉づかいが、現代文とは大きく違っており、注釈がないと読みこなせない小説であるが、高校生の頃に受けた衝撃的なラストは、読み返しても、なかなか衝撃的だった。

  • ドイツへ留学したエリート官僚の太田豊太郎と貧しい踊り子エリスの悲しい恋物語。
    文体は「雅文体」(~ぬ。~けり。等)で書かれている。
    この雅文体づかいの効果なのだろうか、異国にて心細い豊太郎の心情が表現され、境遇の違う二人の、ぎこちなく初々しい恋心が目に浮かぶ。
    そして、その恋の先には、どうしようもない別離が待ち受けているのだと感づかずにはいられなくなるのだ。

    母親やまわりの期待にそえるよう生きていかねばならない豊太郎の決断は、やはり致し方ないのだろう。
    豊太郎の子を身籠ったエリスの痛々しい姿に遣り切れない気持ちになる。
    切ないけれども優雅なエキゾチズムに浸れる作品だ。

  • アメリカに留学したときや、アフリカにインターンしたときの頃を思い浮かべた。この本と現代語訳のホームページを交互に見ながら読んだ。

    歴史の教科書に載ってる『舞姫』がこんな内容だったとは。

    留学マジックってあると思う。

  • 船内で書いた回想録というのがいい。あれこれ思いに耽るにはとっておきのシチュエーションだし、船旅は時間の流れとか異国との距離感とか、そういうのを何となく想像させられる。

    内省的で、かつとても映像的。文章を追っていると、いつのまにか浮かび上がる絵面を追っている自分がいました。たぶん一息に読める長さというのもちょうどいい。

    行きと帰りではまるで変わってしまったことを実感する主人公。いかんともしがたい余韻も含め面白い作品。

  • 鴎外先生の本を読むのは初めてじゃないけれど‥‥こんなに文章が古かったかしら?阿部一族も高瀬舟も、もう少し読みやすかった気がする。
    話の筋はおおよそ掴めるけれど、これは最早古典!古文や英文を読んでいるようで漠然としている。現代文のようには心に落ちては来ない。

  • 高校生のとき現代文で読んで、主人公は最低だなと思ったものだけれど、30年近く経って読み返してみたら、最低というよりどうしようもない男だった。帰国しても周囲の圧力に反応するだけの豊太郎の人生が思い浮かばれてぐんにゃり。それにしても鴎外はこちらが最低だと思う行動を正確に主人公に取らせていて、確信犯なのだが意図が見えない。エリスが無垢すぎなのと、発狂という口封じを使うのは枚数に限りがあったから? 秀才ボンクラが現場から逃げ出す結末に、これでかたがついたと思うなよ、という気持ちになったのだった。

  • 電子辞書を買ったら、文章を読みつつ音声でも聞ける名作文学シリーズがたまたま入っていたので『舞姫』を久しぶりに聞いて(読んで)みた。
    声で聴く文語体はとても味わい深い。

    ベネディクトの『菊と刀』を読んだ直後にこれを読み、まさにかの本で言及されている日本人独特の意識「義理」が働いていると強く意識した。

    恋人との恋愛成就よりも、親や恩師への義理を果たすことこそ立派な生きざまとされている。

    妻のために動くのは義理を果たしていないと非難され、母のために動くのは問題なく義理を返している、というわけだ。
    つい明治までは当たり前にそうだったということだ。

    最後の独白で、相澤謙吉への恨みの気持ちをひと言述べるところは、息苦しい旧日本社会の成約に縛られた明治日本男児の悲哀というほかはない。

    文豪にこんなことを言うのも何だが、鴎外が『舞姫』を書いた根源的な動機は、白人女性と恋愛するという『男の願望』を書きたかっただけなんじゃないかという気もする。

    現実には、豊太郎とエリスのようなカップルが成立する確率は少ない。
    明治時代は特にそうだったろうが、グローバル化が進んだ現代もそうなりがちだ。
    街なかで、白人男性と日本人女性のカップルはよく見かけるのに、その逆はあまりいなくないだろうか。
    また欧米人のパートナーとの外国ぐらしや子育てをメディアで発信する人は、ほとんど女性ではないだろうか。

    じっさいに日本国内での欧米人との国際結婚の統計を見ると、彼我の差は八倍くらいあるそうだ。
    日本人男性が海外でもてないわけではない。単純な国際結婚の総数なら、日本男性のほうが日本女性の二倍以上も多い。
    違いは、中国やフィリピンなどアジア圏の女性が多数を占めることだ。

    たまにアジア人女性と結婚した男性のブログ等を見かけたりするが、彼らの発信はとてもささやかで、ただのんびり自分たちの日常を描いていることが多い。
    くらべて、欧米人のパートナーとの外国ぐらしや子育てをメディアで発信する女性たちの文章は、一様に幸せそうだ。
    一見何気なく毎日の暮らしを記しているようで、記事を読むであろう読者(おもに女性)に対して誇示したい、何らかのなまな意識を行間にひそませることに余念がない。

    正直いって『舞姫』を書いた鴎外自身の動機は、上記の欧米男性と結ばれた現代女性たちが記事を発信するものと、そう違わないのではないか。
    鴎外自身がドイツ留学をしてじっさいに現地女性と関係があったとも云われるが、それは明治時代の男児にとってはおそらく奇跡に近いことだったのだから。

    エリスが下層階級の踊り子とはいえ、白人女性と相思相愛になることなど、そもそも海外旅行の機会さえない明治の日本男児にとっては別世界のロマンスだったと思う。
    あなたのような黒い瞳の子が産まれてくるのが楽しみ、とまでエリスに言わせて、鴎外自身も当時の男性読者も、さぞかし悦楽にひたれただろう。

    当時、目鼻立ちや髪の色や骨格のちがう外国人を見慣れていなかった日本人が、外国人の異性に魅力を感じることはなかったという話も聞くが、それには懐疑的だ。

    じっさいに人が発言したことを基にしているのなら、それはあてにならない。
    義理と恥の意識に縛られた明治の人間が、心で感じた異性への印象を、真実を正直に語るだろうか。

    しかも破局後、傷は女性であるエリスのほうがより重たい。
    豊太郎は愛する女を狂わせ捨てたという心の傷はあるものの、社会的にはみごとに栄達の道を歩んでいく。

    この、現地妻は潔く切れば男の体面が傷つかないという結末も、旅の恥はかきすてという鴎外の『男のロマン』を感じる。

  • あっさり書いてますが、現在なら炎上必至とでも申しましょうか。他人の恋愛ごとなのでとやかく言う必要ないんですがけれども。
    小説としては物足りなさすぎ、正直言って。あらすじですか?という感じで。うーん、こんなものなのかな?

  •  仮名遣いも言葉遣いも古文と現代文の中間のようで難しく高校生の時は現代国語の教科書で少しばかり読んで諦めた作品だが,今一度読んでみようと思った。高校生の頃よりは読めるが,英語の本を読んでいるのと同じ程度の理解で読み進む感じだった。物語の筋はわかるが分からない部分は気にせず読み飛ばす感じ。
     物語はただひたすら非常に救い難い。

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著者プロフィール

森鷗外(1862~1922)
小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医。本名は森林太郎。明治中期から大正期にかけて活躍し、近代日本文学において、夏目漱石とともに双璧を成す。代表作は『舞姫』『雁』『阿部一族』など。『高瀬舟』は今も教科書で親しまれている後期の傑作で、そのテーマ性は現在に通じている。『最後の一句』『山椒大夫』も歴史に取材しながら、近代小説の相貌を持つ。

「2022年 『大活字本 高瀬舟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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