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感想・レビュー・書評
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淡島寒月(1859-1926)は作家・画家・古物蒐集家。
淡島家は、軽焼屋で非常に繁盛した。「病が軽く済む」と疱瘡(天然痘)見舞いに好まれたという。故に大層裕福で、画家である父、椿岳は160人もの愛妾を持ったというから並ではない。
寒月は趣味人としてさまざまなものに興味を持ったようだが、これも豊かな財があったればこそだったのだろう。玩具や江戸文化の資料を多く収集していたが、残念なことに1923年の関東大震災による火災で、すべて焼失したという。
本稿は活動写真に関する雑感(初出は1917年12月「趣味之友」第24号)。
当時は日本でも撮影はされていたが、寒月はもっぱら外国のものを好んでみていたらしい。
「帝国館」や「電気館」といった、浅草にあった洋画専門の映画館にほぼ欠かさず見に行っていたそうだ。当時はまだサイレント映画だったはずだが弁士については特に触れられていない。
古典ものなら伊太利のナポリやフローレンスを背景に撮ったものがよい、現代ものならアメリカだというのが当時の定評だったという。だが、寒月自身はカウボーイものなどはどれも筋が似たり寄ったりでつまらないと思っていたようだ。
彼が好んだのは人間ドラマだったようで、1つ長めに紹介されている映画は「空蝉」(原題は「ウイザウト・エ・ソール」、おそらくWithout a soul)というもの。主演はクララ・キンベル・ヤング(Clara Kimball Young)。サイレント時代の人気女優で160を超える映画に出演している。
ヤング演じるローラの父である博士は死者を生き返らせる研究に成功する。ローラは心優しい娘だったが、ある時、自動車事故で亡くなってしまう。これを悲しんだ博士は自分の発明でローラを生き返らせるが、しかし、身体は生き返ったものの、心は以前とは打って変わってとげとげしく、世の中に害毒を流すだけだった。さて彼女と博士はその後どうなるか、といった話である。
娘の蘇生には電気が使われているようで、幾分、「フランケンシュタイン」も思い出させる。物質的進歩が精神的な幸福には必ずしもつながらないというプロットは、近現代の悲劇として観客に訴えかけるものがあったのかもしれない。
この他、舞台装置に関して、また映写機についても触れている。
短文だが、どこか映画発展期の動きを感じさせて興味深い。詳細をみるコメント0件をすべて表示