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感想・レビュー・書評
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男の心臓をえぐり出し油煎りにして食べると肝が太くなるそうだ。
自分もいつか食べられてしまうのではないかと、家族やまわりの人達を疑い始める“わたし”。
彼等は“わたし”を食いたいのだと思い詰める。
食べたいのなら手っ取り早く殺せばいいものを、罪祟りになると恐れているから、いっその事“わたし”に自害を迫る。
中国の人食文化のしきたりを断切るよう、“アニキ”に訴えるも狂人扱いされる始末。
きっと妹が亡くなったのは“アニキ”が密かに、人肉を食事の中に混ぜてわたしどもに食べさせたのではないのか??
魯迅は中国人の慣習に疑問視している。
代々続く人食文化を無くし、改心させるにはどうしたらいいのか?
結びの文に、「人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。救えよ救え。子供… …。」とある。
望みは未来へ託す。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
主人公の友人の弟が、精神病を患った時に書いた2冊の日記を読ませてもらうという物語。病気だった本人はすでに治癒しており、現在は健全な生活をしているというが、日記の内容が凄絶でとても興味深かったというお話。冒頭部分にこの説明があるだけで、本文の8割はこの日記の内容についてだった。
日記には、中国で古くからあった「食人文化」について書いてあり、自分の住んでいる村や周りの人間がみんな食人を行ってきた歴史があり「親が病気になったら、子供は肉を切り裂いて、よく煮て食べてもらってこそ一人前」と教えていた時期もある。自分ももしかしたら食べたかもしれない……という妄想?に取り憑かれ、周りの人間が全て異常者に見えて、自分もいつ食べられるかわからないという恐怖に苛まれる。
正直、作者が「食人文化」を何に例えていたのかはわからなかったけど、疑う余地もなかった日常が、実は欺瞞や嘘に満ちていて、全てが狂った世の中で、自分も正常なのかどうかわからなくなるということでいいのかな。
作品では病気だった本人は快癒したとのことだったけど、日記は破綻したところで終わってるから、正直、本人がどうやって妄想?に折り合いをつけて、こっちの世界に戻ってきたのか知りたい。
この作品は、精神分裂病の患者の様子が克明に記されているといわれてるけれど、いわゆる現代の「陰謀論」に支配された人も多少は当てはまるような気がする。(水に毒入れられてる、空から毒まかれてる、化学調味料、電磁波……などなど)
情報操作や権力者にコントロールされた世界に気づいて……立ち向かうなら「マトリックス」の世界みたいになっただろうけど、そこまでは描かれていない作品で少し中途半端な印象でした。 -
人が人を食うということを只ひたすらに信じているのは狂人を思わせるところもあるが、その他の論理内容は至って冷静である。思い込みは、しかし、恐ろしくもある。狂人にとって他者理解が歪んでいるようにも思える。皆が自分の敵になってくる。あらゆる他人の仕草が自分の人食い信念を裏付けていく。この病理をどうしたら治療できるかというと、困難極まりない。自分はあくまでも正常であると思っているのだから。自分が異常な部分を持っているとしたら、どこだろうかと考える力も時に必要であるかもしれない。
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人が人を食べるということがそう遠くにない時代と背景を思うと、どこまでが狂人の戯言でどこからが伝統文化への告発なのかが分からず、気味の悪さがあります。読んでから色々調べたくなるところも含めて、いい小説だと思います。
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冷静な狂人の狂気。
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魯迅 「狂人日記」ページ数少なかったので読んだ。「人食」という習慣が昔から中国にあったのは「三国志」なんかで何回か出てきてたからなんとなく認知してたけど「進撃の巨人」見てから脅迫的なリアリティを植え付けられトラウマである。
近代化の波に乗り切れないことを憂えた魯迅が、中国人の心の処方箋として作成した文学作品。
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魯迅の作品






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