「大発見」の思考法 iPS細胞 vs. 素粒子 (文春新書) [Kindle]

  • 文藝春秋
3.90
  • (3)
  • (4)
  • (2)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 61
感想 : 5
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (208ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 物理学と生物学とで分野が異なるが、科学の歴史にその名を残した益川敏英博士と山中伸弥博士がその大発見を成し遂げるためにどのような考え方をし、どのような点に重きを置いて過ごされているかを垣間見ることができる。
    本書を読まれた方はこう感じるだろう。「益川博士はいわゆる天才肌の人間だ」。「この人がノーベル賞に値する結果を残すのも納得できる」。では大発見は天性の才能を持った人にしかできないのか、と疑問を投げかけられた時に「そうではない。君にも可能だ。」という勇気をくれるのが山中博士の経験だ。山中博士は医学部に入学するくらいなので、勉強はすごく出来ることは間違いない。しかしその人生が失敗無しで順風満帆だったかというと実はそうではなく、医師として挫折をし、大学職員への公募審査も何度も落ちている。鬱病のようなときもあったと言う。それでもノーベル賞を受賞する研究成果を出し、今も第一線で活躍されている。そうであればあなたに、大発見が出来ないと決めつけることはできないはずだ。
    これからも続いていく研究活動を更に発展させるための考え方のヒントが欲しい。新しいビジネスプランをつくるきっかけになれば。本書を手にとる方々の立場は様々だろう。両博士は対談の中で沢山の人生哲学を話してくれているが、読者の誰にでも当てはまる金言として次の言葉を紹介したい。
    「Vision and Hard work」(明確なビジョンをもちそれに向かって一生懸命に努力すること)

    要点1:「Vision and Hard work」(明確なビジョンをもちそれに向かって一生懸命に努力すること)。よく言われることだが実践するのは難しい。
    要点2:「諦める」ということが最も重要な作業だった。物理現象の説明を必死に考え、どうしてもダメだと諦めたとき、条件の縛りから開放されて自由な発想ができるようになった。諦めることが「コロンブスの卵」のきっかけとなった。
    要点3:一見無駄なものに豊かな芽は隠されている。無駄を省いて全てを合理性で突き詰めた生き方をしているといつかは壁にぶつかるのではないか。

    【必読ポイント!】考えぬくことから生まれた大発見
    普通からの逸脱が大発見のきっかけとなった
    物質の構成因子となっている「クォーク」が従来予想の4つであるという仮説から6つあると予想した「小林・益川理論」。従来は不可能とされていた細胞の若返りを実現させたiPS細胞作成方法の開発。物理学と生物学で異なる研究を行い、ノーベル賞を受賞された益川博士と山中博士がそれぞれの課題解決のエピソードについて話し合うことから本書は始まる。「細胞って言葉は聞いたことあるけどiPSって何だ?」、「クォークって言われても全くわからないのだけれど」。そう思われた方もご心配なく。本書は科学の解説本ではないので、用語の詳細を知らないからといって「大発見の思考法」のエッセンスが理解出来ないことはないだろう。冒頭の第一章では両博士が取り組まれた課題のポイントを絞り、何を解決したのかが平易にかかれている。では、まずは気になる2つの研究が進展したきっかけについて見てみよう。
    1964年に発見された「CP対称性の破れ」と呼ばれる現象がある。この現象がどうして起こるのか、を解明するためのキーワードがクォークだ。あるクォークには対となるもう一つのクォークが存在すること、そして既に3種のクォークが発見されていたことから益川博士がその研究を始めた1970年当時、氏を含む多くの物理学者は「クォークは4種類ある」と考えていたという。そこで、益川博士は4種のクォークでCP対称性の破れを説明しようとする。しかしどうしてもそれが出来ない。ついには「4種のクォークではうまく説明できません」という論文を書こうとまで考えたその時、「4種のクォークで説明しようとするからダメなんだ。6種だったらどうなる?」と着想する。考えぬいた末に答えに辿り着けなかったからこそ、「クォークは4種類」という常識・前提条件の枠からはみ出る思考に辿り着いたのである。
    続けて次に山中博士のiPS細胞の話に移る。私たちヒトの体は、「細胞」が60兆個ほど集まってできているが、元々はたった1つの受精卵という細胞が分裂を繰り返して増えたものだ。受精卵は筋肉の細胞、皮膚の細胞、というように体中のあらゆる細胞に変化出来る性質(多能性)をもつ。一方で、例えば、皮膚の細胞になってしまった細胞は再び受精卵に戻ることはできない、といったように一度運命を決められた細胞は多能性を失ってしまうことが知られていた。通常では起こらない細胞の多能性の回復、それを可能にしたのが、山中博士が開発したiPS細胞作成方法の発見である。詳細は別所に譲るが、カギは「組合せ」だ。山中博士は研究の途中段階で多能性の回復に必要そうな24個の遺伝子を突き止めた。しかしその24個の遺伝子のうち、いくつの遺伝子の組合せが必要かは、わからない。1個かもしれないし10個かもしれない。「(考えられる)組合せごとにまともに実験を繰り返しとったら、こっちの寿命が終わってしまうで」と言うほどの膨大な量の実験が必要だった。しかしそれが教え子の言葉で一変する。「24個の中から遺伝子を一つずつ減らしてみたらどうですか?」。順当にやれば何千万回も繰り返す必要があるかもしれない実験が、たった24回に減った瞬間だ。それは一人の研究者が数年もあれば可能な現実的な数字だった。
    どんなに簡単なことでも、それを最初に成し遂げるのは難しいという意味で使われるコロンブスの卵という言葉がある。益川博士、山中博士もご自身の研究がまさしくそれだったと語る。確かに2つのエピソードを読むと「言われれば簡単なことだ」と感じるだろう。しかし、実際に問題に直面し必死に考えている当事者だった場合、問題解決のきっかけとなった発想ができたかどうかは疑問だ。クォークは4個であるという常識からの脱却や、スタンダードな実験手法とは異なる別の実験を模索することは多くの場合極めて困難だろう。しかし両氏は成し遂げた。それは問題に対して真摯に取り組み、出てきた実験結果に感動し、楽しむことが可能にしたのではないかと後続の章を読み進めて感じることとなる。

    感動により突き動かされる研究者
    得られた結果を面白がり感動できる感性をもつことが大切
    研究には失敗がつきものだ。自然現象は私たちが想像するよりもはるかに奥深く、いくら考えて仮説を立てたところで、1割的中すれば良い方だという。長い時間かけて行なった実験の結果が自分の予想と違えば多くの研究者は落胆するだろう。では両氏はどのようにして研究のモチベーションを維持しているのだろうか。
    科学を勉強する原動力は何ですか?その問いに益川博士は「憧れである」と回答する。自分の知らない世界を知りたい、と感受性を刺激されることがモチベーションになるという。「研究生活で一番感受性が刺激されたときは、iPS細胞ができた瞬間だったんでしょう?」との益川博士の質問に、山中博士はこう返す。「確かに感動したが、ある程度予想はしていたことなので安堵の方が大きかった」。実は、本当に「面白い!」と感動したのは2度で、大学院で行なっていた犬の血圧調整に関する研究と、研究留学時のマウスの動脈硬化の研究をしていた時だった。全く内容の違う2つの研究にもかかわらず、感動が起きた場面は共通する。予想とは全く異なる結果が得られた瞬間だ。「面白い!」大学院生時代にそう感じることができたからこそ、医者として医療現場に戻るのではなく研究活動にはまり込むことが出来たし、留学時の研究テーマが結果的に癌の研究へと変化し、そしてiPS細胞の研究につながった。
    予想通りではないところに、とても面白いことが潜んでいるのが科学だ。実験の結果が予想通りだったらそれは多くの研究者が辿りつくことが可能な「並」の結果であるとも言える。その予想外の結果に対して「何なのだろう」と興味・関心をかき立てられるところから新しい研究が始まるのだから、ビックリできる感受性は大切にしたいものである。

    無駄の中にこそ宝があるかもしれない
    少し立ち止まって寄り道をしてみるのも良い経験である
    一つのことだけに集中して取組み分野の頂点を目指すのか、様々なことを経験することで自身の知識・技術の幅を広げるのはどちらがいいのか。それは多くの研究者や社会人の頭を悩ませる問題だろう。しかし、ノーベル賞を受賞された両氏に共通するのは後者の経験だ。
    「浮気症」とご自身を評する益川博士。大学に入学してからは経験するものの全てが楽しく、新しいものに出会うたびに「この分野に進もう」と目指す進路が変わっていたという。また、研究の過程で疑問に思うことがあっても、すぐに指導教員に話を聞きに行くことはしなかったそうだ。先生に聞けば、答えはすぐに得られるのはわかっていたが、そうはせずに友人と意見交換し、派生する議論を楽しんでいた。そのフラフラとした行動は研究者になってからも変わることはなく、新しい興味の対象を見つけては、異なる分野の研究者たちと共同研究をされていた。このフラフラ癖という面では山中博士も負けていない。大学時代には下宿先を1年毎に変え、スポーツ活動については高校まで8年間柔道を続けていたが、大学時代はラグビー、現在はマラソン、と変遷している。もともと医師として社会に貢献することを考えて病院勤めをしていたが、挫折して基礎研究を志すようになる。研究テーマについても犬の血圧の調整の仕組みから、マウスの動脈硬化、癌の研究、iPS細胞の研究と多種多様だ。すごく遠回りしているように見えるが、その遠回りがなかったら今の自分はないんじゃないかと思っている、と山中博士は言う。
    今の日本の社会はたった一度競争から遅れてしまったら、もうトップには追いつくことができない、といったように失敗や挫折を許容しない雰囲気がある。しかし、1つのことにずっと取り組むことも美徳ではある、と前置きをしつつも両氏は自身の体験からフラフラ推進派だ。先に記したように、自然はヒトが想像する以外の答えを出すことが大半である。無駄だからと思うだけで、とあらゆる余分をそぎ落として合理化して進めるとその周辺に散りばめられている面白い発見の種を見落としてしまうのではないか、と警鐘を鳴らす。きちんとした検証の結果として、方向性の間違いに気づいたのであれば、それを認め方向修正をしたら良いだけである。想定外の大発見を求めて寄り道をするのも悪くない選択だ。

    成功を手繰りよせる姿勢とは
    当たり前に言われる目標が大事。でもそれを意識することは案外難しい
    研究者として成功するために必要なこととは何なのだろうか。その答えの一つとしてVision & Hard Work「明確なビジョンを持ち、それに向かって一生懸命努力すること」という言葉が登場する。なんだそんなことか、当たり前のことじゃないか。と思う読者は少なくないだろう。しかし、そこに落とし穴がある。
    日本人は概して勤勉であり、夜遅くまで実験や論文書きをしている人が多い。そういう生活を続けていると「自分はすごく頑張っている」と思い込み、満足してしまいがちだ。そして、ふと気が付くと何のために頑張っているのか分からなくなっている、ということが珍しくない。ビジョンを具現化するための研究であったものが、いつのまにか実験結果を出すことや頑張ることが目的になってしまうのだ。ではどのような点を意識して研究を続けていけばよいのだろうか。益川博士は若い人たちに次のように伝える。「自分が面白いと思えることを真正面からやってください。ただしその時は、目標は高く持ち、行動は着実なところから」。加えて、一番ダメなのは、目標を設定してもそれを意識せずに、完遂しないことだという。設定した目標が正しいのか、それとも間違っているのか、わからなくなってしまうためである。「自分の目標がこれだ、と設定したら、それを常に意識し、自分がその目標に少しずつでも近づいているのかチェックしなければいけないし、また、そもそもその目標が正しいものなのかも、常に検証していかなければならない」。
    Vision & Hard Workが大事だ。しっかりとした目標を持って着実にそこへ近づいていこう。それは、言われれば誰もが納得する大事なことだ。では何故、そんな自明であることを改めて言うのだろうか。それは、先の2つの大事な思考・行動が出来ていない研究者が多いからなのだろう。裏を返せば、その当たり前を実践し継続することで大発見に出会える可能性が高まるに違いない。

  • ふむ

  • ◆読んだ目的
    考え続けるための思考法を知りたい

    ◆ひと言でまとめると
    どうやって自分の脳をびっくりさせるか

    ◆どういう事か?
    ①じっとしててもなにも生まれない。フラフラと色んな事に興味を持って動いてみる。
    ②そこで自分なりの「問い」をたてる
    ③予想通りにいかないから面白い=びっくり
    →「考えるとは感動すること」

  • ノーベル賞受賞の山中先生と増川先生の対談形式の本。

    --
    無駄を省いて全てを合理性で突き詰めた生き方をしていると、いつか壁にぶつかるんじゃないか
    最良の組織と最良の哲学があれば凡人でもいい仕事ができる。
    いちばんダメなのは、目的を設定してもそれを意識することなしにちょこまか動くこと
    Vision & HardWork

全5件中 1 - 5件を表示

著者プロフィール

山中伸弥 1962年、大阪市生まれ。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大学院医学研究科修了(博士)。米国グラッドストーン研究所博士研究員、京都大学再生医科学研究所教授などを経て、2010年4月から京都大学iPS細胞研究所所長。2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞。2020年4月から公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団の理事長を兼務。

「2021年 『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山中伸弥の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×