裁判百年史ものがたり (文春文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 刑事事件を中心に、日本の裁判史に残る判例とその過程を紹介していて面白い。いわゆる「事件」が解かれるのは警察の取調室ではなく、結果的に法廷というのがわかるし、三権分立が実際はなかなか危うい制度なのだというのも感じられる。

    「松川事件」、「チャタレイ夫人の恋人」、「翼賛選挙」等、司法と当時の情勢の均衡を描いたドラマチックな章が多々ある中、やはり最も輝いているのは、冒頭の「大津事件」だと思う。ロシアの皇太子が日本観光中にサーベルで切りつけられるという一大事に、あくまで立法国家として障害罪のみを適用した時の裁判官の判断は立派としか言いようがない。ニコライ皇子が比較的軽症、かつ日本に好意的で、その後後遺症なく過ごした等、運に助けられた部分があったとは思うものの、ここで司法が日和っては、やはり野蛮国としての誹りを免れなかったと思われる。

    とはいえ「大逆事件」等、当時の行政の圧力に司法が歪められてしまった例も提示されるし、同じような例が今後も起こり得ないとは言えない。本書にはないけれど、「らい病」のような、法律そのものが間違っていた例もあるし…。「昭和の陪審制度」で無罪を主張した里子やりの男性の、「もっと生きた証拠で裁判してもらいたい」という言葉通り、なるべく合理的に、万人が納得して円満調停が迎えられるよう、これからの裁判史に期待したい。

  • 日本の裁判史の中で節目となった案件を12件紹介している本。
    法律の専門家ではなく、ミステリー小説家の方が書いているので、事件の経緯の部分は小説を読んでいるかのよう。それでいて、その案件がなぜ当時注目を集めたのか、その後の裁判や司法をどのように変えたのかがしっかり説明されていて勉強にもなった。
    最後の被害者権利のために奮闘した岡村弁護士の話が印象的だった。自分は恩恵を預かれないが、これから犯罪被害者とその家族になってしまう人たちのために奮闘する姿には胸を打たれた。

  • ロースクール生にはぜひぜひ読んでもらいたい1冊。
    判例百選の有名どころの判例が取り上げられていて、「事案の概要」だけじゃ掴みえなかった背後関係がよくわかる。死刑の基準となった「永山基準」は有名でも、そもそも永山って人、何やったの? なんてほとんどのロースクール生は知らないだろう。それを物語形式で描いてくれていて、なるほどな、と感慨深い気持ちにさせてくれる。また、わいせつ概念で有名どころの「チャタレイ判決」でも、そもそも実際に本を読んだ人っていないだろう。どんな表現が「わいせつ」なのか、知らない人が大半だ。それを、実際に裁判で争われた部分をすべて紹介してくれている。「え、そんなことでわいせつなの?」とビニ本どころかAV動画で氾濫している現代の感覚じゃ信じられないくらいに、ほんの数十年前はうぶだったんだ、と思わせるような、実に文学的な表現をやり玉に挙げて争われたんだってことが分かる。
    それ以外にも、近代日本史に必ず出てくる「大津事件」の背景や、戦後最大のミステリーといわれた「松川事件」の流れが活き活きと描かれていて、おもしろい。
    時代が下って現代に近づくと、離婚裁判の動向など、社会の変化に合わせて判例基準も変わってくるんだという、その転機となった判例が紹介されていて、これまた興味深い。
    ともあれ、法曹を目指す人ばかりでなく、一人でも多くの日本人がぜひ一度は手に取って読んでいただきたい一冊だと思った。

  • 何かで紹介されていたか自分で見つけたのか忘れたが、電子書籍を購入し、コツコツ読んでいた。
    明治から平成までの100年間の、時代を変えた裁判の歴史である。
    ある判決が出るとそれが基準になり、後々の判決はそれを踏襲することが多い。いわゆる判例である。
    しかし、その一つの判決も裁判官の意見が割れ、論争になることがある。
    また、裁判官の判断も、単に法律を当てはめるだけではない。その時代に合わせて、また個別的な事例に合わせて判断が異なる。
    ゆえに裁判官の間で、意見が割れるのである。
    最も印象に残ったのは、尊属殺の件である。
    明治の封建的な社会の名残で、尊属殺いわゆる親殺しには重い刑が課されていた。
    しかし、時代は人間一人ひとりを見る価値観に変わっていた。
    その中で、尊属殺の法律は違憲であるという判決が出る。裁判所は、ある法律が憲法に違反しているという判決も出すのだ。
    その後、尊属殺の法律は変わっていく。
    一つの判決が時代を変えることがある。
    また、判決には総合的な思考力、判断力が求められる。
    裁判官はよほど賢くないと勤まらない。

  • とてもよかった。日本の裁判の歴史に残る、あるいは歴史を変えた12の事件。ニコライ事件から帝銀事件、永山事件などなど、夏樹静子さんの文章も読みやすい。八海事件などは知らなかったけど、二転三転どころか本当にややこしい。驚いたのは、戦時中に、翼賛選挙に無効の判決を出した裁判官がいたこと。「1票の格差は違憲だが選挙は有効」とか言ってる昨今の裁判官に聞かせたいね。こういう本を教科書にして高校生とかに現代社会の授業をやってみたいとも思う。

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著者プロフィール

一九三八(昭和一三)年東京都生まれ。慶応大学在学中に長編『すれ違った死』が江戸川乱歩賞候補に選ばれる。七〇年『天使が消えていく』が再び同賞の候補になり、単行本化され作家デビューを果たす。七三年『蒸発』で日本推理作家協会賞、八九年に仏訳『第三の女』でフランス犯罪小説大賞、二〇〇七年日本ミステリー文学大賞を受賞。主な著書に『Wの悲劇』『』や「検事 霞夕子」シリーズなどがある。二〇一六年没。

「2018年 『77便に何が起きたか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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