デルス・ウザーラ (完全期間限定生産) [DVD]

監督 : 黒澤明 
出演 : ユーリー・サローミン  マキシム・ムンズク 
  • オデッサ・エンタテインメント
4.03
  • (14)
  • (10)
  • (6)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 58
レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4982509320840

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 2013年で最も感動した映画である。長年、絶版となっていた黒澤明の映画がようやくDVD化した。
    ロシアの探検家と先住民ナナイの猟師デルスとの旅と友情を描いた作品だ。当初、部下のロシア人達はデルスの「未開な」アニミズムやしきたりを馬鹿にするのだが、シベリアの大自然を前では都市のルールなど何の意味も持たず、デルスの心が染み入るようであった。黒澤がこだわり抜いたオールシベリアロケで、シベリアの厳しい風雪や落ち葉を踏む音、そしてデルスの「カピタン」という呼びかけが耳に余韻として残る。何よりも衝撃を受けたのはその結末である。思わず涙がこぼれたが、そのあっさりとしたラストシーンに黒澤らしさを噛みしめた。

  • ヤマザキマリさんのエッセイを読んでいて、息子さんの名前の由来になった「デルス」を見たいとわざわざ買いました。

    黒沢明の映画をちゃんと見たのは初めてに思いますが、こんなに淡々とおおげさじゃなく描けるとは、そしてロシア語の映画を撮っていたとは驚き。

    最後は大げさに脚色することもできたと思うのに淡々と終わっていてこれぞ、巨匠の技!さすがと思った。

  • 猟師、デルスウザーラは山でしか生きることのできない運命を持つ男であった。
    作品内でこれから辿る運命を悲劇的と形容するが、それはもはや運命なのであって、その運命を辿ることが純粋に美しく、山で生きる者の本物の死なのであろう。

    隊長は、一時山で生きることができなくなった(銃で標的を射る際に欠かすことのできない視力の喪失、さらに殺害者を殺すまで追い求める虎の影)デルスウザーラを保護するために、街へと連れて行くが、やはり山での生活が慣れているために、まともに生活できない。息苦しく、当人にとって習慣的な普通の行いが、街では犯罪として扱われること。
    行き場を失ったデルスウザーラは、他殺されるも死ぬまでそう時間はかからなかったと思う。
    また、隊長がデルスのために与えた銃が原因でデルスが死ぬのも相当皮肉的だ。
    デルスの運命は最新式の銃をも受けつけない。

    たしかに悲劇的な結末だが、美しい運命であった。
    もちろん、ロシアの原風景もひどく美しくあった。

  • 素晴らしいの一言に尽きる。


    ●最後の方に、老衰のデルスを思い隊長が自宅へ招く。
    しかし、デルスに街の生活は息苦しい。
    規則、規則、規則。
    そして、デルスはまいってしまう。
    この、デルスが街に住み始め、
    そこの暮らしになじめず苦しんでいる様子は、
    難民や外国人移住者のそれと重なる。

    ●デルスはゴルド人である。
    空想の民族かと思っていたら、実在する少数民族であった。
    昔はゴルド族と言われ、現在は「ナナイ族」と呼ばれている。
    映画の舞台はシベリアと中国・東北地方の国境地帯であり、
    ゴルド人もまたそこを中心に生きている。
    中には韓国で芸能人として活躍する人もいるそうだ。

  • 狩猟の民・デルスとロシア帝国調査隊隊長の友情を示す映画。
    1902年~1910年だから日露戦争前後の話となる。
    隊長(アルセーニエフ)とデルスは互いに命の助け合いを通じて深い信頼関係を築いた。
    そこには一見、先住民と帝国主義国家の対立は感じられない。(しかし、キャピタンの行為そのものが帝国主義国家の反映ではあるのだが)

    ロシア帝国調査隊の道案内をすることになったデルスは、ある時、山の神である虎を撃ったことから、いずれ自分に山の神から仕返しが来ると思うようになる。
    それを理解する同士アルセーニエフは、ハバロフスクの家で、デルスの老後を看ることになる。

    デルスは暖炉の火を眺めながら暮らしながらも、道路で寝られないことに怒る。
    川へ水を汲みに行けば良いのだと、家人が水を買うことに怒る。
    家人が暖房の薪を買うことに怒る。そして、公園の木を切り警察につかまる。
    そして、デルスは街では暮らせないと家を自ら出ることになり・・・

    映画の中で時折見られる北海道アイヌと同系列らしき人々や衣装が出てくる。仮にロシアが北海道を占領した場合どうなっていたかも感じられる。あるいはロシア人と日本人を対比して見ることを促しているのかもしれない。

    デルスには深い魂やスピリチュアルを感じずにおれず、その心はきっと・本当は万人に分かっているのだ。

    いろんな評価はできようが、黒澤氏だからできる深い映画だと感じた。

  • 世界の黒澤明が、アカデミー賞外国語作品賞を獲得したヒューマンドラマ。文明人と森に住む狩人との交流を描いた秀逸な作品でした。

  • 友情、生き方、生きることの辛さ、楽しさ。

  • 黒澤明監督、1975年、ソビエト連邦。

    辺境の少数民族の猟師デルス・ウザーラと、地勢図作成のための踏査隊長(軍人として描かれる?)、男二人の友情譚。

    デルスが老齢のため目に不自由を来し、隊長の家に寄宿することになる。だが自然の中で暮らしてきた彼は、結局文明の中では生きられない。デルスが持つ生存の知恵とその限界を描く。

    登場シーンでなぜそうも簡単に信じる?とか、デルスが、目の不安にかられたとはいえ、そうも容易に森を棄てる?など、突っ込みどころが多く、全体に舌足らずな印象を受ける。約1時間ずつ前後編に分かれているが(映画は141分)、できれば4時間くらいかけて描きたい内容なのかも。

    ちょうど「ゴールデンカムイ」を読んでいるところなので、同時代の銃や装備などが興味深かった。

  • のどかな森に始まり吹雪の雪山、強風吹きすさぶ平野、暑い密林、山中の川、かと思うとロシア建築のきれいな家の中、と舞台が色々変わることもあり、退屈に感じるようなところはなかった。強風の平野で夜を越す蔵をつくるために、藁みたいな草を延々と狩り続ける数分のシーンとか、川の急流からデルスを救うために木を切ったり紐を作ったりするシーンとか、ドキュメントっぽく見えるところもあり、とてもおもしろかった。

    観終わって思ったのは、これはのちの『乱』や『まあだだよ』でもそう見えたのと同様、監督自身の身の上や心境を反映した作品だったのではないかなと。
    デルスの台詞にこんなのがあった。
    「わしの銃は撃てば必ず当たった。でももう当たらない。
     猟ができずにどうやって森で生きていけばいい?」
    黒澤明にとってこの作品が『どですかでん』の興行的失敗の後の作品であることや、その前後にも幾つかの企画が軌道に乗らなかったことなどを考えると、この台詞には切実なものがあるように思えてならない。
    アルセーニエフの宅の暖炉の前で、じっとしているデルスの丸まった寂しそうな背中がそのままジーっと映されただけの数秒の沈黙のシーンにも、なんとも言えない監督の思いが窺えたような。そしてその延長でラストシーンのことを考えると、あの最後は監督の自戒なのか、理想なのか、などと考えてしまう。
    アルセーニエフとデルスの関係を、三船敏郎と監督に置き換えてみるとまた様々に興味深い。最後に渡した「最新式の銃」はなんなのか。デルスはなぜそれを使わなかったか。

    本来、アルセーニエフの役を三船、デルスを志村喬、とするつもりでいたという。黒澤復活を謳うならそれがベストキャストだったろう。構想通りの日本版が観てみたかったな。これはこれで良かったけれど。

  •  カピターンと言いながらちょこまか動くデルス可愛い。
     原作もおすすめです。

全14件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

(くろさわ あきら 1910−1998年)
日本を代表する映画監督。1943年『姿三四郎』で監督デビュー。生涯30本におよぶ名作を監督した。『七人の侍』(1954年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞)など海外の映画祭での受賞が多く、映画監督として初めて文化勲章、国民栄誉賞を受賞し、1990年には米アカデミー名誉賞が贈られた。

「2012年 『黒澤明脚本集『七人の侍』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

外部サイトの商品情報・レビュー

ツイートする