高い城の男 [Kindle]

  • 早川書房
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感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦の勝敗が逆転した世界の代名詞として使われることもある作品であるが、その設定自体は本作以前から存在するようで。だとすると本書の独創性はどこにあるのか。

    確かに物語の中で登場人物たちがさらにその逆の世界(つまりは正史)を描いた小説を読み耽るという二重構造にフックはあったのだが、その設定が十全に活かされていたとは思えず。

    そもそも本書は『結末のある物語』とは言い難く、あくまでそういう世界に生きる人達の一場面の切り取りでしかない。しかも状況をコントロールする側でなく、翻弄される側の人たちが『如何に困らされているか』を示すのみで爽快感はない。
    さらには延々と続く人種差別思想描写には辟易するし、全ての判断を卜占に頼りすぎで感情移入するのも難しい。

    本作が自分に合わなかったのは、時代性によるものだろうか。別の著作も試してみたい。

  • 最初退屈だったんたけど1/4くらいから面白くなってきて一気に半分まできた。登場人物紹介はどうしてもエンジンかかりにくい面がある。キャラが動き出してからがいい。次の行動を敢えて書かず、終わったあとから話が始まるのがいい。ポールとチルダンがエドフランクの製品に関して会話をするシーンの展開と結末。ガツンと殴られた気分。物の価値とは何かとか、戦争の勝敗による影響、人種の括りなど、濃厚に凝縮されていて痺れた。社会的立場なしに会話はできない。一歩踏み出したチルダンの内言に手汗吹き出た。
    田上がチルダンから買った、アメリカ工芸品から何かを見出そうと四苦八苦するシーンに何ページも費やされ、あらゆる角度から田上の苦悩が描かれる。何も見いだせず途方に暮れた後、日常へと戻る展開と、何の迷いもなく高い城の男の元へ向かうジュリアナと、キャラが選択した結果がどうこうというよりもその瞬間の感情やディテールに読み応えがある。銃撃戦やユダヤ人の逮捕などドラマ性もありながら重点を置いているのはそこから派生した内省だったり迷いと選択にあるところが面白い。目に見えぬ史実性、本物と偽物の概念など独特な指摘も面白い。
    田上とスイス人に扮装したドイツ人のキャラが良かった。ジュリアナとジョーの買い物からホテルでのシーンの展開も。前半と後半では主要キャラがまるで別人のように変化しているのが面白い。成長ではなく変化。 なんとも総括できない小説だった。考え始めると細かい色々な部分が湧き出てくる。

  • 最近読んだUnitedStateOfJapanとはちょっと違ってた。U.S.J.の方がエンターテイメント性が強いと思った。高い城の男は、もっと思索的な感じで、テーマは陰陽、対立、演繹みたいな?。骨がある感じ。ブレードランナーにも近い

  • 二次大戦の結果が逆のパラレルワールドの話。
    ナチスはとりあえずユダヤ人迫害と科学技術の発展、日本は技術の安定を推し進める。

    アメリカ人ビジネスマンが日本人相手に微妙なニュアンスを読み取れずにイライラしているのはすごくリアルな感じがした。

    アメリカとイギリスで人気なのは勝った側だからなのかな?戦勝国国民とでは違った見方になるんだな。

    そして、やはり白人はアジア人を差別するのかな。

  • 第二次世界大戦で日独伊の枢軸国側が勝利した世界線の話。

    国籍、職業が異なった人達の群像劇で、SF感は薄め。

    戦争の結果に関わらず、日本人は日本人らしい生き方をして、アメリカ人はアメリカ人らしい生き方をする。

  • 第二次世界大戦で枢軸側が勝利した世界に生きる人々の物語なので、宇宙が舞台で専門用語が飛び交うガチガチのSFよりは、現実の延長線みたいで読みやすいと感じた。
    人が道標として頼る『易経』が物語を紡ぎたいと意志を持つのはSFらしい真相であると同時に、『易経』ですら明るい未来を思い描けず、フィクションに逃げ込んでいるようで閉塞感があった。

  • 歴史改変モノで「アメリカ太平洋岸連邦」「ロッキー山脈連邦」でおこる群像劇です。第二次世界大戦で連合国側が敗北した時間線で、アメリカ合衆国は東部と五大湖周辺のみと縮小しており、北米大陸は枢軸国の傀儡国家となり分割統治下にあります。このジャンルは改変具合を楽しむものですが、本作では、連合国勝利の『イナゴ身重く横たわる』という作中書物で更に(ねじれた)改変があり、面白みを増しています。プロットが破綻しがちな著者ですが【易経】でプロットを決めているというメタな設定でまぬがれた傑作になっています。(1962年)

  • 登場人物の想像力が微笑ましかった。
    もし戦争で勝っていたのが日本やドイツであった場合、という舞台設定でした。勝利した国、主に米国、の現代の発展をみていると、日本が買っていたらもっと発展していたのかと自分でも思う時はあります。
    それが起こった世界を空想ですが読むことができて楽しめたし、その中でさらに別の世界線に想いを馳せていた登場人物たちの反応が、記憶に残るものである。
    しかし、なぜか唐突に終わる物語。下巻でもあるのか調べてしまうほどでした。終わり方としては残念。

  • オーディブルは今日からフィリップ・K・ディック「高い城の男」。第二次大戦が枢軸国側の勝利で終わったら、という歴史改変SF。

    フィリップ・K・ディック「高い城の男」。
    「あいつらの病根はセックス、と彼女(ジュリアナ)は断定した。1930年代の昔にセックスを変なふうにゆがめたのが、どんどんひどくなっていったんだわ。ヒトラーがまず手始めに自分のーーあれはだれだったっけ? 妹? 叔母? 姪? それに、その前からヒトラーの一家は近親婚だった。父親と母親がいとこ同士だった。あいつらはみんな近親相姦を犯し、母親に欲情をいだく原罪を復活させた。だから、あいつらは、あのSSのオカマどもは、天使のような笑顔、金髪の赤ちゃんそっくりの無邪気な顔をしてるんだ」「近親相姦から得られるものはーー狂気と、無知と、死」

    「しかし、と彼(バイネス)は考えたーーどういう意味だ、狂気とは? 法律的な定義は? おれのいう意味は? おれはそれを感じ、それを見ているが、つきつめたところ、それは何なのか?
     それは彼らのしているなにか、彼らがそうであるなにかだ。それは彼らの無意識だ。ほかの民族に対する彼らの知識の欠落だ。ほかの民族になにをしているかに気づかないあの態度、彼らがひきおこした、そしていまもひきおこしつつある破壊だ。いや、と彼は思った。そうじゃない。おれにはよくわからない。それを感じはする、直感的にわかる。しかしーー彼らは無意味に残酷だ……それかな? ちがう。ちくしょう、と彼は思った。うまい言葉が見つからない。はっきりさせたいのに。彼らは現実の一部を無視する? そう。だが、それだけじゃない。彼らの計画。そう、彼らの計画だ。諸惑星の征服。彼らのアフリカ征服が、そしてその前のヨーロッパとアジアの征服がそうであったように、逆上したなにか、狂乱したなにか。
     彼らの視点ーーそれは宇宙的だ。ここにいる一人の人間や、あそこにいる一人の子供は目に入らない。それは一つの抽象観念だーー民族、国土。民族。国土。血。名誉。りっぱな人びとに備わった名誉ではなく、名誉そのもの。栄光。抽象観念が現実であり、実在するものは彼らには見えない。”善(ディー・ギーテ)はあっても、善人たちとか、この善人とかはない。時空の観念もそうだ。彼らはここ、この現在を通して、その彼方にある巨大な黒い深淵、不変のものを見ている。それが生命にとっては破壊的なのだ。なぜなら、やがてそこには生命がなくなるから。かつて宇宙には微塵と熱い水素ガス、それしかなかった。その状態がまたやってくる。いまはただの幕間、ほんの一瞬間にすぎない。宇宙的過程はひたすら先を急ぎ、生命を粉砕して花崗岩とメタンに還元していく。すべての生命は運命の車輪から逃れられない。すべてはかりそめのものだ。そして彼らはーーあの狂人たちはーー花崗岩に、微塵に、無生物の渇望に応じている。彼らは造化(ナトウール)を助けようとしている。
     その理由は、おれにはわかる気がする。彼らは歴史の犠牲者ではなく、歴史の手先になりたいのだ。彼らは自分の力を神の力になぞらえ、自分たちを神に似た存在と考えている。それが彼らの根本的な狂気だ。彼らはある元型(アーキタイプ)にからめとられている。彼らの自我は病的に肥大し、どこでそれが始まって神性が終わったか、自分で見分けがつかない。それは思い上がりではない、傲慢ではない。自我の極限までの膨張だーー崇拝するものと崇拝されるものとの混同。人間が神を食い尽くしたのではなく、神が人間を食い尽くしたのだ。
     彼らが理解できないもの、それは人間の無力さだ。おれは弱くて、小さい。宇宙にとってはなんの意味もない。宇宙はおれに気づかない。おれは気づかれずに生きている。だが、どうしてそれが悪い? そのほうがましじゃないのか? 神々は目につくものを滅ぼそうとする。小さくなれ……そうすれば、偉大なものの嫉妬をまぬがれることができる」


    ウィンダム=マトスン「ある品物の中に歴史があるってことさ。この2つのジッポライターの片方は、フランクリン・D・ルーズヴェルトが暗殺されたとき、そのポケットに入っていた。もう一方は入っていなかった。つまり、片方には史実性がある。どっさりある。品物としてはこれ以上は持てないぐらいにある。だが、もう一方はなんにもない。それが感じられるかね?」「感じられはせん。どっちがどっちか、見分けもつかん。そこにつきまとう”神秘なプラズマ的存在”や”霊気”ーーそんなものはなにもない」
    「なにもかも金儲けの種なのさ。みんなが自分をだましとるんだよ。つまり、ある銃が有名な戦い、たとえばムーズ=アルゴンヌの戦いをくぐってきたとするわな。ところが、銃そのものにはなんの変わりもないーーこっちがそのことを知らなきゃな。すべてはここにあるんじゃよ」「頭の中にあって、銃にはない」

    リタ「わたしは信じないわ、この二つのライターのどっちかがフランクリン・ローズヴェルトの持ち物だったなんて」
    ウィンダム=マトスン「そこじゃて! わしがきみにそれを証明するには、なにかの書類がなくちゃならん。真実性を保証する文書が。だから、つまりはなにもかもインチキ、集団幻覚ってことさ。品物自体じゃなしに、一枚の紙切れが値打ちを証明するんじゃから!」
    「この紙切れとライターには一財産かかったが、それだけの値打ちはあるーーなぜなら、この二つが彼の持論の正しさを証明してくれるからだ。”本物”という言葉に実はなんの意味もない以上、”偽物”という言葉もまた無意味だ、と」
    この議論は、仮想通貨やNFT(非代替トークン)、さらには通貨そのものが成り立つための「真実性」と「信用」の問題と思い切り重なる。多くの人が信じているから信用できる。それ以上のものではない。

    ホーソーン・アベンゼンの発禁書『イナゴの身重く横たわる』。第二次大戦に枢軸国が勝利したという歴史改変世界にあって、連合国が勝利したという歴史改変をテーマにした架空小説。架空の世界の中にある架空世界が実は真実だったという入れ子構造。

    神に判断を委ねるのをやめた人たちが『易経』に判断を委ねるというのは皮肉だが、人間はなにかを信じることによって自らを律していないと不安で生きていかれない生き物なのかもしれない。常識も社会的規範もルールも法律も宗教も全部しりぞけて、完全な自由を与えられると、一歩も進めなくなる人もいる。科学や真理に対する「信頼」も、人間社会に対する「信頼」も、生命進化に対する「信頼」も、自ら寄って立つ基盤となりえるが、それさえ信じられない人にとっては、カリスマ的な誰かに決めてもらうことが幸福につながるというのは、十分ありえる話だ。厳しい神をもたない日本で占いが流行るのは、ある意味、必然なのかもしれない。いや、むしろ、占いですんでいるくらいのほうが、狂信的な何かが流行るよりもずっと健全なのかもしれない。

    ドイツ第三帝国内では『イナゴの身重く横たわる』が発禁になったのに、大日本帝国内ではふつうに出回っていて日本人も喜んで読んでいる、というのは、たしかにありそうな設定で笑ってしまった。コロナ禍でも、合理的な意思決定、あるいは、非合理的・感情的な好き嫌いによって、よくも悪くもトップダウンで物事が決まっていく欧米あるいは中国をはじめとする独裁国家に対して、誰も責任をとりたがらない日本はのらりくらりと意思決定を先延ばししつつ、神風が吹くのを誰もが待望している。が、出る杭を打ち、お互いの足を引っ張ることに長けた社会は一方で、誰も専制的になれない、カリスマ的な指導者(権力の座に長くいれば、どんな人格者でも容易に独裁者に堕ちるのは歴史が証明済み)を必要としない社会でもあり、明確な中央監視システムがなくても、つかみどころのない空気のような相互監視システムが自然と働く息苦しい社会でもあり、それゆえに、一風変わった「自由」を謳歌できる社会でもある。

    コロナによって個人情報が国家監視システムに紐付けられ、どこまでもトレーサビリティが働くような社会は、戦争や大災害、パンデミックのような国家存亡の危機には有効かもしれないが、有事が終わったからといって、国家は一度手にした特権を手放したりはしない。それはどんどん強化されるだろう。一方、危機においても誰も決断できず、対応が遅れがちな日本は有事に弱いが、時間稼ぎによってそこをなんとか乗り切れば、また真綿で締め付けられるような、ゆるやかな相互監視社会が続くだけ。それは、核戦争やパンデミックを乗り越え、効率性と合理性によってがんじがらめにされた世界にあっては、おそらく、表現の自由が唯一残るサンクチュアリになるのではないか。という妄想を最近抱いている。

    フィリップ・K・ディック「高い城の男」。

    ジョー「そこがアメリカよりイギリスのシステムのすぐれたところなんだ。アメリカだと、8年ごとに指導者の首をすげかえる。どんなに優秀でもな。しかし、チャーチルはどんと居座ったままさ」「チャーチルは、イギリス人が戦争中に持ったかけがえのない大指導者だった。もし、イギリス人がチャーチルを首相の座にとどめておいたら、いまよりはましな日を見ているはずだ。いいかい、国家はその指導者以上のものにはなれない。それがヒューラープリンツィープ、ナチスのいう指導者原理さ。ナチスのいうとおりだ」

    絶望的なまでに間違ってる。指導者のレベルが低いとしたら、国民がそのレベルだからであって、指導者のレベルが国民を規定するわけじゃない。それに、どんなに優れた指導者であっても権力の座に長く居座れば腐敗する。「原理」という意味では、これ以上正しい「原理」もなかろう。定期的かつ強制的に首をすげかえるシステムを持った国のほうが暮らしやすいんだよ。

    フィリップ・K・ディック「高い城の男」。

    ルドルフ・ヴェゲナー大尉。「われわれの人生という、この恐ろしいジレンマ。なにが起こるにしても、それは比類のない悪にちがいない。では、なぜじたばたあがく? なぜ選択する? もし、どの道を選んでも、結果がおなじだとすれば……。
     それでも、われわれは進んでいく。これまでずっとそうしてきたように。いまこの瞬間、われわれはタンポポ作戦に抵抗している。もっと先になれば、こんどはSDの打倒を目ざしているだろう。しかし、それを一度にやることはできない。物には順序がある。これは徐々に展開していくプロセスなのだ。一歩一歩を選択していくことによってしか、結末を左右できない。
     そんなふうに希望を持つしかない。そして努力するしかない」

    オーディブルのフィリップ・K・ディック「高い城の男」は今日でおしまい。最後はちょっと呆気なかったね〜。

  • 第二次世界大戦で勝ったのがドイツと日本だったら?という設定の物語。舞台となるアメリカは敗戦国としてドイツと日本に統治されていて、火星に行っているのにテレビはなかったり、いろいろチグハグ。全体を流れるストーリーはあるような、ないような…。40年近く前の作品であるということも踏まえ、この不思議な世界観を楽しむ話なのだと思う。個人的には没入できず細切れに読んだのでおもしろい!と言うには至らずでした。

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