永遠の詩02 茨木のり子 [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 30年以上にわたる持論ですが、詩歌は暗誦され、復唱され、引用されてこそ価値を持つ。時々インターネット上で詩歌を紹介すると、著作権法違反になるのでやめた方がいいですよ、と善意から助言してくださる方がいるが、私は訴えられたら対応すると答えている。法律は申告制だからである(貴方の言い分は大きなお世話なのだ)。万葉集からこの方、詩歌は常に開かれた言葉だった。

    詩は難しいという。宮沢賢治の「春と修羅」は難しくてわからないという。中学時代クリスマスプレゼントで買ってもらった賢治詩集を、私は難しいと思ったことは一度もなかった(わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です)。けれども、大人になって読んだ谷川俊太郎の詩は難しかった(現在「図書」に連載中の詩の殆どを理解できない)。それでいいと思う。詩は理知的なものではなく、感性のものだから。でも難しいという思い込みだけで敬遠している人には、茨木のり子の詩を推薦したい。

    茨木のり子は驚くほどの普段使いの言葉で詩を紡ぐ。だから読みやすい。けれども、彼女の言葉は1行たりとも油断できない。全て「真剣」の怖さがある。なぜならば、彼女は何ひとつ「ウソ」をうたっていないからである。(ぱさぱさに乾いてゆく心を/ひとのせいにはするな/みずから水やりを怠っておいて)と言ったときに、これは私たちに言ったのではなく、自らに言ったのではあるが、ホントに人生をかけて茨木のり子はそのように自らを叱ったようだ。何よりも、彼女の詩業がそれを証明している。天皇を叱った時も、電子機器に拒否感を示した時も、その場限りの言葉ではなかった。

    だからこそ、彼女の死から既に丸17年、彼女の詩は、ますます引用され、復唱されるべき時代になっていると、私は思う。『言の葉』全3巻は、全集のない彼女にとって実質的な全集だと思っていた。ところが、今回このセレクト詩集を紐解いて見ると、私の知らない詩(読み落としていた詩?)がこんなにもある。全3巻では彼女の全容は分からなかった、今回の詩集は意義あるものだったという事だ。しかし全ての詩に編者である高橋順子の解説がついていて、玉石混淆、いや無駄な言わずもがなの解説の方が多い。いっそ無い方が良かったと思う。

    今回読み直して発見した詩は以下。
    「ぎらりと光るダイヤのような日」
    「六月」
    「小さな娘が思ったこと」
    「怒るときと許すとき」
    「一人は賑やか」
    「兄弟」
    「隣国語の森」
    「(存在)」

    ひとつここに「引用」する。

    「兄弟」
    〈じゅん子 兄ちゃんのこと好きか〉
    〈すき〉
    〈好きだな〉
     〈うん すき〉
    〈兄ちゃんも じゅん子のこと大好きだ よし それではっと‥‥何か食べるとするか〉

    天使の会話のように澄んだものが聴こえてきて
    はっと目覚める
    夜汽車はほのぼのあける未明のなかを
    走ってる
    乗客はまだ眠りこけたまま
    小鳥のように目覚めの早い子供だけが
    囀りはじめる

    お爺さんに連れられて
    夏休みを秋田に過しに行くらしい可愛らしい兄弟だった
    窓の外には見たことのない荒海が
    びしりびしりとうねりつづけ
    渋団扇いろの爺さんはまだ眠ったまま
    心細くなった兄貴の方が
    愛を確認したくなったものとみえる

    不意に私のなかで
    この兄弟が一寸法師のように
    成長しはじめる
    二十年さき 三十年さき
    二人は遺産相続で争っている
    二人はお互いの配偶者のことで こじれにこじれている
    兄弟は他人の始まりという苦い言葉を
    むりやり飲みくだして涙する

    ああそんなことのないように
    彼らはあとかたもなく忘れてしまうだろう
    羽越線のさびしい駅を通過するとき交わした
    幼い会話のきれはし 不思議だ
    これから会うこともない他人の私が
    彼らのきらめく言葉を掬い
    長く記憶し続けてゆくだろうということは



    いつの時代、何処でも
    ありうる話を
    永遠に通じる言葉に変える魔法
    茨木のり子の詩は、その魔法を駆使する


    • kuma0504さん
      552さん、こんばんは。
      作家の聴く力は、凄いですね。
      同時に、読者の読む力も試されている気がします。
      茨木のり子さんの
      〈自分の感受性くら...
      552さん、こんばんは。
      作家の聴く力は、凄いですね。
      同時に、読者の読む力も試されている気がします。
      茨木のり子さんの
      〈自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ〉は100年後も200年後も間違いなく残ると思いますが、「兄弟」の出来たら会話も残して欲しいな、と私は思います。
      それには、ひとえに読者の復唱、引用が必要です。
      そうやって名詩は残ってゆく。
      2023/02/20
    • まことさん
      kuma0504さん。こんばんは♪

      私も今日、たまたま若松英輔さんの、100分de名著で、茨木のり子さんの詩の授業をレビューしたのですが、...
      kuma0504さん。こんばんは♪

      私も今日、たまたま若松英輔さんの、100分de名著で、茨木のり子さんの詩の授業をレビューしたのですが、茨木さんの詩はあえて載せませんでした。
      Kuma0504さんの、おっしゃっていることと、若松さんのおっしゃっていることの共通性に驚いています。

      「けれども、彼女の言葉は1行たりとも油断できない、すべて「真剣」の怖さがある」と言うことは、若松さんも、言葉は違いますが再三言っておられたことです。

      100分de名著では、「自分の感受性くらい」の他にも、何篇か取り上げられていましたが、やはり、私は「歳月」が印象的でした。
      2023/02/20
    • kuma0504さん
      まことさん、こんばんは♪
      「歳月」
      〈真実を見きわめるのに/二十五年という歳月は短かったでしょうか〉
      という言葉から始まる詩ですよね。
      これ...
      まことさん、こんばんは♪
      「歳月」
      〈真実を見きわめるのに/二十五年という歳月は短かったでしょうか〉
      という言葉から始まる詩ですよね。
      これは珍しく買ったはず。
      恥ずかしくなるくらいの「凄い夫婦愛」でした。
      若松さんと同じ意見だったとのこと、光栄です。
      2023/02/20
  • 茨木さんとは、初の出会いとなる。1926年~2006年に生きられた詩人ということで、本書掲載の詩は、詩人高橋順子氏の選によるものである。高橋氏が最初に解説もされている。高橋氏との接点も今回初。

    先日読んだ本に、茨木さんの詩の次のフレーズが引用されており、とてもインパクトがあったので電子書籍を衝動的にDLした。

    「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」

    傷つきやすい自身の感受性に対して喝を入れる。
    人のせいにするな。環境のせいにするな。時代のせいにするなと。

    それはわずかに光る尊厳の放棄であるという。

    高橋氏の解説によれば、「茨木詩の特徴は、詩の拠って立つところを、対話に、またメッセージに求めている点である」という。現代詩は孤独な魂のつぶやきであると、信じている人もいるが、茨木はつぶやきにはっきりと声を与える。曖昧なところがない、と。

    上記の詩の最後の「ばかものよ」は、自分への独白であるようでもあるし、同じ思いの中にいる人々へのメッセージのようでもある。

    茨木さんの言葉に、「今に至るまで『モノローグよりダイアローグを』という希求は一貫して持ち続けてきたような気がする」とある。

    茨木さんが送るメッセージをいくつか受け止めた。

    「ぎらりと光るダイヤのような日」-本当に生きた日があれば人生に悔いなし。

    「一人は賑やか」-一人でいるとき、いろいろ考えたり、感じたりで、忙しくてたまらないヤツ、精神的に自立しているヤツである。

    「みずうみ」-人間は誰でも心の底にしいんと静かな湖をもつべきなのだ-人間の魅力とはたぶんその湖のあたりから発する霧だ。

    「倚りかからず」-ながく生きて心底学んだのはそれぐらいじぶんの耳目じぶんの二本足のみで立っていてなに不都合のことやある。

  • 出会ってしまったかもしれない。
    詩なんてよく分からないし今まで1度も読もうともしなかったが、たまたまTwitterで「倚りかからず」を知り興味を持ちKindleで入手。
    茨木のり子さん。いい。

    「自分の感受性くらい」「倚りかからず」の衝撃でビシバシ嬲られたと思ったら「汲む」ではそのままでもいいのよと包まれる。
    のり子ツンデレなの…?

    「知名」で思わずふらついた自分の足下を確認する。「夢」以降の詩は亡き夫への深い愛がしたためられ、それもまた憧れる。
    どの詩も繰り返し読んでしまう。
    20代くらいに読んで感化されたかったな~と思うけど、アラフィフ待ったナシの今だからこそ響いているのかも。

  • しびれました。こういう気丈な女の人、大好きです。「凛としている」と解説にもありましたが、その通りですね。あざやかな閃光のような詩集です。

  • ほんと心に響いてくるので手元においておきたくなり、紙の本でも買いました。可愛いサイズでうれしくなる。

  • 私が気に入ったのは、「知名」「倚りかからず」「夢」です。とくに「倚りかからず」と「夢」は全く違っていて、喝を入れてくれるような詩ばかりでなく、甘い切ない恋の詩もあるんだと驚きました。「夢」は亡くなってから箱に入っているのが見つかったそうで、それを知ってから読むと、さらに切ない気分になりました。

  • 自分の感受性くらい

    ぱさぱさに乾いてゆく心を
    ひとのせいにはするな
    みずから水やりを怠っておいて

    気難しくなってきたのを
    友人のせいにはするな
    しなやかさを失ったのはどちらなのか

    苛立つのを
    近親のせいにはするな
    なにもかも下手だったのはわたくし

    初心消えかかるのを
    暮らしのせいにはするな
    そもそもが ひよわな志しにすぎなかった


    駄目なことの一切を
    時代のせいにはするな
    わずかに光る尊厳の放棄

    自分の感受性くらい
    自分で守れ
    ばかものよ


    最近の、わたしの戒めです。

  • のり子さんの詩は
    背筋と気持ちをシャンとしてくれる警策であり、
    人生のモノサシだ。

    ありがとう、いい薬です。

  • Fbのコミュニティで紹介されていた一冊を読んでみました。詩は正直なところあまり読む習慣はないのですが、「自分の感受性くらい」は好きな詩の一つです。ピシッと茨木さんから気合を入れられるような詩に交じって、青春を送った戦争時代のことや、亡き夫とのことを描いた詩など多彩な内容です。どれも言葉に力があって活き活きとしているのが印象的でした。

  • 教科書に載せてくれ

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著者プロフィール

1926年、大阪生まれ。詩人、エッセイスト。1950年代より詩作を始め、53年に川崎洋とともに同人雑誌「櫂」を創刊。日本を代表する現代詩人として活躍。76年から韓国語を学び始め、韓国現代詩の紹介に尽力した。90年に本書『韓国現代詩選』を発表し、読売文学賞を受賞。2006年死去。著書として『対話』『見えない配達夫』『鎮魂歌』『倚りかからず』『歳月』などの詩集、『詩のこころを読む』『ハングルへの旅』などのエッセイ集がある。

「2022年 『韓国現代詩選〈新版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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