八甲田山死の彷徨 [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 八甲田山に遭難した隊と生きて帰った隊が対比で描かれており、教訓譚のように感じられました。指揮系統の混乱や雪に対する準備不足、進行のボトルネックを作ってしまった事や根拠の薄い事象を頼った意思決定など、プロジェクト管理の失敗の事例集として良い教材になると思います。

    とは言え生きて帰った隊も紙一重であり、撤退を選べない境遇に陥った者は、運を天に任せるしかないのだろうと思いました。

  • 良きリーダーとは。

    職場上司に勧められて読んだ本。
    これが読書を始めるきっかけになった一冊。

  • 1902年1月23日、青森第5聯隊は、日露戦争を見据えた軍事演習のため、極寒の八甲田山に雪中行軍へ赴く。
    想像を絶する寒さ、猛吹雪のため隊員たちは、次第に狂気へといざなわれてゆく。
    手足の凍傷、幻覚、幻聴、疲労、人間の限界まで達した隊員たちが見たものとは。
    これは、まさに人体実験。
    読んでいて手に汗を握るどころか、手や足、背筋に凍えるものを感じた。

  • 世界山岳史上最大と言われる犠牲者を出した、1902年の青森県八甲田山における山岳遭難事故を題材として新田次郎が執筆した山岳小説だが、リスクマネジメントやリーダー論などのケーススタディで用いられることもあるという。しかしわたしの入り口は「低体温症」であり、先日読んだ『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』の低体温症の章の中で、この八甲田雪中行軍遭難事件を亜急性低体温症の例として取り上げていた。
    手足の凍傷、幻聴・幻覚、眠気、意識レベルの低下、発狂…。次々と倒れていく兵士たち…。猛吹雪の中地図とコンパスを用いてルートファインディングを試みる神田大尉は無謀でありながら、確実さを求めるその姿に生への活路を見出そうとする行軍責任者としてのひたむきさを感じた。
    歴史的な背景もリーダシップ論的な面でも、わたしには何も語れることはないが一つだけ。部下にとっての上官への尊敬の念、この人について行けば大丈夫だという信頼感が揺らぐとき、支えを失った部下たちはたちまち倒れていく。リーダーという立場にある以上、適度な自信を持ちそれを周りに示すことは、人を引っ張り組織を動かす上で必要だということ。
    私的に新田次郎は初読。本書はいろんな視点から読めて、いろんな考えが浮かんでくる不思議な小説だった。山に興味がなくても十分読む価値がある。おすすめ。
    161129

  • 上に立つ者の人間性によってこんな大変な事態に陥ることと、雪の恐ろしさを感じました。話には聞いたことがあるもののどういった状況だったのかよく知らなかったのですが「死の彷徨」題字に相応しい内容でした。

  • 一気に読む.史実を基にしつつも,著者が脚色した山岳小説になっているという.そうではあっても,この悲劇が一般に知られることとなったのは,この作品によってであり,記録小説としての価値は十分に認められるべきものであろうし,自分もまたそう思う.
    「人間実験」と表現されるこの悲劇は,そもそもなぜやらなければならなくなったのか.日露戦争を見据えて軍首脳部の短絡的な発案と,階級による絶対的な権力構造とが生み出したと言えようか.その組織の脆弱さと責任者の不在(誰も処罰されなかったという)を目の当たりにする.これに参加することを余儀なくされた人々はなんとつらい思いをしたことであろうか.合掌.

  • 八甲田雪中行軍遭難事件を描いた作品。

    遭難中の描写が思いの外淡々としていて、悲惨ではありますがグロくはありません。
    寧ろ組織の在り方や問題点を描くことがこの小説の主眼なのかな?
    組織=明治の軍隊を題材にしていますが、書かれたのが昭和の高度成長期末期なので、企業に勤めるサラリーマン達が共感できる内容となってます。
    組織の体面、危機管理、絶対的な序列、部署間の対立、上層部と現場との齟齬、不祥事発生時の世論対策などなど、それらが二人の大尉、所謂中間管理職の在り方や行動に影響し、結果として彼等を含む多くの隊員達の運命や評価を左右してしまう。
    色々考えさせられますね。

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著者プロフィール

新田 次郎(にった じろう)
1912年6月6日 - 1980年2月15日
長野県諏訪郡上諏訪町(現:諏訪市)生まれの日本の小説家、気象学者。本名は藤原 寛人(ふじわら ひろと)。電機学校(現:東京電機大学)卒業。次男に研究者・作家の藤原正彦。
終戦後で生活が困窮しているところ、作家である妻の兩角(もろすみ)ていの刊行した『流れる星は生きている』がベストセラーになったことから作家を志し、執筆活動を兼業する。
1956年『強力伝』で第34回直木三十五賞受賞。1966年に専業作家。1974年に吉川英治文学賞、1979年に紫綬褒章。
気象職員としても富士山気象レーダー建設という大きな業績で名を残しており、退職時には気象庁から繰り返し強い慰留を受けた逸話が残る。

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