論語と算盤 (角川ソフィア文庫) [Kindle]

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  • KADOKAWA
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感想・レビュー・書評

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  • 読み終わったけど9割理解できていない気がする。
    ただ、頑固で芯のある尊敬できるお爺さんから
    「お前の本分を行え!」
    と叱られたようで、たじたじしつつも方向性を真っ直ぐに正してもらえたように感じる。
    ありがたい。

  • 本書の最初の発行は1916年!何と100年以上前!!
    江戸時代の生まれた渋沢栄一だが、この時代からフランスなど諸外国を訪れる機会を得る。
    知的好奇心が旺盛で、ドンドンと立身出世していくのだ。
    政治や軍隊というアプローチでなく、商業によって国家を発展させることが大事という、熱い理念を持つ。
    そして文字通り人生を駆けてそれらを実践していく。
    そんな渋沢の気持ちが詰まったのが本書だ。
    経済発展のノウハウ本でも何でもない。
    結果的には、ただの精神論だ。
    それもあくまで「論語」をベースにしている。
    渋沢にとっては、終生を通じて「論語」が精神の基礎になったからだ。
    経済発展は大事であるが、私利私欲ではいけない。
    あくまでも、国会全体の富を考える。
    そして忠恕そして道理が大事。
    勉強はすごく必要であるが、机上の空論ではいけない。
    実践をやらない限りはダメだ。
    金を儲けるとそれらの点を忘れがちであるが、決して見失ってはいけない。
    この本に書かれている言葉は、今の時代でもそのまま通じることばかりなのだ。
    逆に言うと、100年経っても、人の心というのはなかなか変わらないものなのか・・・
    経営者のみなが渋沢の考えを実践しておれば、こんな世の中にはなっていないし、渋沢の言葉も古く感じただろう。
    しかし今の時代でも通用する渋沢の主張。
    先見の明があるというか、本質が見えているというのか。
    いずれにしても我々は「これからの時代をどうやって作っていくのか?」真剣に考えて実践していかなくてはいけない。
    (2019/11/10)

  • プロ倫に通ずるものがあり、プロ倫より早く出版されているところは興味深い。本来の商売のあり方だが、現代ではなかなか思うようにいかなさそう。

  • 思ったより読みやすく、面白かったです。
    渋沢の問題意識は現代に通じるものも多く、これは今も昔も人間は同じなのか、日本人が進化していないのか分かりませんが、いろいろ参考になります。

  • 現代につながる商業を発展させた方だが、根本の思想に論語があったのだと、よく分かった。
    少し読みづらいが、それが返って時間をかけてゆっくり理解する助けにもなったと思う。

    人生とは成功や失敗、金銭の多寡を基準にするのではなく、人の道(道徳)を大切に勤勉に生きることが重要だと教えられた。

  • audibleにて
    風呂の中で聞いていたのですが、さっぱり頭に入ってこなかった。

  • とにかく誠実な人だということがよく伝わってきた。
    渋沢栄一さんは日本の銀行を設立し、多くの会社設立にも貢献していて、日本経済の礎を築いた方。その方がどのような考えをもっていたのかが気になって手に取った。

    まず、なぜ「論語と算盤」というタイトルなのかというと、論語とは孔子について門人たちが書いた書物であるが、渋沢さんは算盤、つまり商業は論語という道徳によって成り立っていると考えたそうだ。そして、論語という道徳も算盤によって本当の冨が活動されると考えていた。そのため、論語と算盤はとても遠いもののようだが、とても近いものだと考えていたそうだ。そのため、「論語と算盤」というタイトルになっている。

    渋沢さんは実業界の人となってから、様々な人が面会を求めてやってきた。これにできるだけ答えて、会うようにしていたという。また手紙があれば、自分の宛名がある以上読む義務があると思うため、目を通していたという。多くの人に会ったり、手紙を読むことは大変だと思う。しかし、面会を謝絶したり、手紙を見ないと言うことが、渋沢さん自身の主義に反する行為だと考えていたそうだ。このことからも実直な性格が見て取れる。

    話を聞いて、道理がとおっていると思えば。その人のため、そして国家社会のために、自ら進んで世話をしたそうだ。あとになって、あの人は良くなかったとわかることもあるけれど、悪人は必ず悪に終わるものでもなく、善人が善を遂げるとも限らないから、善に導きたいと考えて世話をしたそうだ。寛大な方だと思う。

    冨を増せば増すほど、社会の助力を受けているのだから、救済事業をおこなうのは当然の義務。できるだけ社会のために助力しなければならないという渋沢さんの言葉は、本当にそうだなと思わされる。それでも、自分の冨を考えてしまう人間が多いのだから、こうして社会のことを考えていたのかとただ感嘆する。

    そして、他の富豪に対して「貴方がたがもう少し社会に口を出して下さらなくては困る」と声かけしている。活躍している方として「岩崎さんや三井さん」と名前が出てきていることから、交流があったことを感じられる。

    渋沢さんの姉は、脳を患って発狂したと記述がある。家庭で大変なこともあったのだと思った。

    個人の冨は、国家の冨。論語を商売上の「バイブル」とし、孔子以外の道には一歩も出まいと努めてきた。一個人に利益ある仕事よりも、多数社会を益していくのでなければならぬと。すごく社会意識の高い方だとわかる。

    海外にも多く渡っている。大統領ルーズヴェルト氏、ハリマン、ロックフェラー、スチルマンなどの有名な人々にも面会している。

    また、女性教育にも言及している。女子を道具視してよいものだろうか。男子同様に重んずべきものではないだろうかと説いている。女子教育も力を入れるべきとおっしゃっているところが素晴らしいと感じた。

  • 端的に言えば、論語と同様、ややまとまりに欠けた箴言集、というのが率直な印象であります。

    ・・・
    手に取ったきっかけはKindleのセールで激安だったことはもとより、世の中全般にゆるやかに浸透する金銭至上主義への自分の中での違和感が本書により裏打ちされるのではとの期待があったからです。あるいは自分が金銭的な十分さに至らないでいる現状へのルサンチマンが自分をして本書を取らしめたのかもしれません。

    ・・・
    いずれにせよ、本書の展望しているところは、私のような卑しい視点とははるか隔たりがありました。

    曰く、商売においても論語で語られるごとくの仁義道徳が必要、喜怒哀楽をよく制御し気概をもって商売に臨む、与えられた仕事にその時の全生命をかけて真面目にやり通す、等々です。うーむ、喜怒哀楽や与えられた仕事云々については、おっさんながら読中も反省することしきりでありました。

    さてこの渋沢氏、江戸末期から明治、大正、昭和を駆け抜けた方であり、21世紀の現代のからすると、どうもくどく感じられ、理念理想も強く表現されており、私個人にはややうるさく思えました。もし、渋沢本人の体験が語られ、さらに論語の理論的背景もあり、その結果やはりこうだ、と論じてもらえていたならばより説得感もあ
    たのかもしれませんが。

    他方で、Kindleに毎回表示される類書や解説の多さを見ると、単なる通読一回で判断する類の本ではないであろうことが類推されます。否、解説書による周辺情報を読み込んで初めて味わうことができる至宝であるかもしれません。その点では、再読・解説書の購読等を経て再度自分の中での感触を確認してみたい本です。

    ・・・
    ということで、初回通読だけではおじいちゃんの説教話、の感触の域を出ませんでした。自分の感受性の低さが悲しいですが、機会があれば中国古典を学習の上、再チャレンジしたいと思います。

  • しっかりと骨のある一冊。言葉の積み重ねだけの空虚な内容でなく、血肉の伴った体験から感じ、考え、しみじみと見えて来たことを書いている。ビビビとくる本だった。
    たくさんの人に読んでほしい。

  • 「論語と算盤」とは即ち「道徳と商売」。商売は私利私欲に走ってはならず、そのためには平等な教育の機会が必要とされる。74歳の渋沢は若者に語りかけるように説き、その言葉は今を生きる私たちにも響いてきます。

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著者プロフィール

渋沢栄一:1840(天保11)年2月13日、現在の埼玉県深谷市血洗島の豪農に生まれる。幕末はのちの将軍・徳川慶喜に仕え、家政の改善などに実力を発揮し、次第に認められる。 27歳のとき、慶喜の実弟・昭武に随行し、パリの万国博覧会を見学するほか、欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会の内情に広く通ずることとなった。帰国後は「商法会所」を静岡に設立。その後、明治政府に招かれ、のちの大蔵省の一員として国づくりに深くかかわる。1873(明治6)年に大蔵省を辞した後は一民間経済人として活動。第一国立銀行の総監役(後に頭取)として、同行を拠点に、株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れた。また、「論語と算盤」として知られる「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業にかかわった。さらに、約600の教育機関・社会公共事業の支援や民間外交に尽力。実業家のなかでは最高位となる子爵を授爵する。1931(昭和6)年11月11日、多くの人々に惜しまれながら、91歳の生涯を閉じた。

「2024年 『渋沢栄一 運命を切り拓く言葉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

渋沢栄一の作品

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