宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論 (講談社現代新書) [Kindle]

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  •  人間原理(Anthropic Principle)は、「宇宙がなぜこのような宇宙であるのかを理解するためには、われわれ人間が現に存在しているという事実を考慮に入れなければならない」というものだ(本書まえがきより)。

     「宇宙がなぜこのような宇宙であるのか」とは、簡単に言えば物理定数がその値になっている理由を問うている。例えば光の速度は秒速約30万kmだが、なぜ10万でも1億でもなく30万なのか。同じように、重力定数や陽子の質量など様々な定数についても、値を実験的に求めることはできるが、なぜその値なのか理由がわからない。それに答えようとしているのが人間原理だ。

     物理定数が少しでも違う値だったら、人間が生まれてくることはなかった。人間原理は「神が人間を創るためにこの値にした」と言ってるように見える。物理学の法則は人間とは無関係に決まっているという従来の考え方からすると、人間原理は宗教的な匂いがする。私が最初にその概念を聞いた時の印象は、なんだか胡散臭いな、オカルトっぽいなというものだった。

     本書の著者も同じ印象を持っていたそうだが、著者と違って私はそれ以降真面目に学ぶこともなかったのでその認識のままだった。本書を読んで概ね誤解が解けたと思われる。

     ネタバレに近いが結論だけ言ってしまうと、「物理定数の値は色々ありえて、たまたま私たちはこの値の宇宙に住んでいるだけ」「他の値になっている数多くの宇宙が、この宇宙とは別に存在している」ということになる。

     宇宙がこの宇宙ひとつしかなければ、物理定数の値は必然性が求められる。しかし多数の宇宙の中のひとつに過ぎないなら、「たまたま」であっても良いのだ。そして、この宇宙には人間がいる。たまたま人間が存在できるような値を持つ宇宙だったから人間が生まれたのだと考えることができる。ある意味、疑問そのものを解消するような概念だ。

     最初に人間原理と聞いた時の印象とはだいぶ違うが、それなりに納得できる話だろう。現在は観測不可能だが、いつか、他の宇宙の存在が確認されるかもしれない。広い宇宙は思っていたよりもっと広くて、人間はますます偶然の産物に過ぎない。科学はどんどん人間をちっぽけなものにしていくが、その分世界が広くなっていくのが楽しい。

  • 占星術からインフレーション理論・ひも理論にいたる宇宙論のパラダイムシフト。コペルニクスの誤解、アインシュタインのスキャンダル、エピソードも楽しい。

  • 地球を宇宙の中心から追いやったのはコペルニクスだが彼は人間中心主義だったのか?宇宙は人間がいることを前提としてしか理解できないのか?天文学、数学、物理学の歴史と宇宙論にまつわる知的冒険。スケールでかすぎて目眩が…

  • 天動説からひも理論に至る「人間原理」の歴史。人間原理を当然と思える僕は科学脳でないのか…(+_+;)

  • 副題が「人間原理と宇宙論」。主に扱うのは人間原理。以前読んだ本で気になっているテーマだったので、読む前から楽しみでした。

    まず前半では古代からの宇宙論の歴史を扱います。
    ここは好き嫌いが分かれそうですが、歴史が好きなら読んでて楽しいでしょう。宇宙を理解したり、説明したり、というのは昔っから人をやみつきにさせるものなんですねぇ。

    これ宇宙論の歴史を扱っているのも、後半で人間原理を扱うための布石というか、人間原理が登場したのは宇宙論の歴史の流れも背景にあったというのが大筋で、
    人間原理をテーマとして扱うためのキモになるのが「どういう視点で見ているのか」という部分。

    歴代の研究者や彼らの宇宙論の説明においても、どのような視点の理論なのか、というところから説明がなされています。これが一貫しているので読み物としてとても面白い。

    歴史部分で個人的に特に面白かったのは、コペルニクスの宇宙論についての捉え方。というかコペルニクスの宇宙観。

    コペルニクス的展開、という言葉が視点転換の比喩の代名詞になっているように、地球中心説から太陽中心説への転換を唱えた一大科学者。彼の業績は今日の一般的な理解では、それまで宗教的発想に基づき地球が中心であると捉えられていた宇宙観に対して、科学的な見地から地球は宇宙の中心という特別な場所にいるのではない、と主張した。宗教(哲学)と科学の分離の代表的なエピソードである、といったもの。

    ところが、実はコペルニクスの地動説は、地球は宇宙の中心という「一番良い場所」にいるという人間の虚栄心を引き下ろす、という類のものではなかった。コペルニクスの認識では、宇宙の中心というのは決して「良い場所」ではなく、むしろ神の住まない劣悪な場所であったのであり、彼の宗教観からすると地動説は神の住まう天空(天球)に地球を近づけるという意味を持つという点から今日のとらわれ方からすると逆の人間中心主義ともいえるものだった。現在のコペルニクス宇宙論の認識が広まったのは後年の別の学閥の解釈によるもの、と。

    これは眼から鱗でした。なるほどー。面白いわ。


    さて、で人間原理の方なんですが、この本を通して読んでみると、
    現状ではこれを否定することはできない。そうはっきり言いたくなるほど、すんなりと入ってくる。

    ど文系人間で、理系的な発想に馴染みが薄いせいか、

    人間原理とは観測選択結果のことである、

    というのはものすごく腑に落ちる。書き方がうまいのかな。
    読む前は、確かに人間原理ってのはまたぶっ飛んだこと言ってるな、それホントに物理学者が本気で言ってるのか、と思ってたから。読んだらなんでそんなこと思ってたのか分からなくなるぐらいです。

    たまたま存在できる場所にいるだけ。存在できる場所にいた自分たちから見てるんだから、宇宙が、地球が生存に適している環境なのは当たり前、と。

    この仮定を裏付ける観測結果とか近い将来出てくるんだろうか。
    出てくるってことはつまり、宇宙の向こう側が見えたりするんだろうか。それってホントに「見える」のかな。頭で理解できんのかな。文字通りに「次元違い」で「認識不能」な世界を「分かる」って一体どんな感覚だろう。

    あー宇宙ってすごい。

  • 私のように、この手の内容に慣れていない人にとっては新鮮かつ読み進めるのに理解をとても求められる本。そして、宇宙には解明されていないことがまだまだ沢山あるのだなと勉強になります。

  • 人間原理。この聞き慣れないこの言葉が宇宙物理学の世界で注目されている。

    人間を存在させる為にこの宇宙は存在している、と受け取られかねない、この宗教的響きを持つ不思議な言葉。
    この言葉に多くの研究者や学者が長年にわたって警戒し、また危険視してきたという。


    本書では、科学や物理学が宗教的束縛から逃れ、近代にいたるまでどのような発見や発展をしてきたか、その歴史をふまえつつ、、それでもなお人間原理が宇宙の真の姿に近づく為に、有効な考え方の一つであると説明している。

    宇宙を成り立たせている様々な物理定数が少しでも違っていたならば、宇宙は存在していなかった事が、最近の研究で分かっている。
    人間がこの宇宙に存在するのに都合の良いと思われる数式や仮説から、実際の宇宙の姿を探る。その成果が続々と出始めている記述が興味深い。

    宇宙には様々な次元構造があり、宇宙は一つではなくシャボン玉のように幾つも存在しているようだ。
    生まれては消え、また新たに生まれているかもしれない宇宙・・・・それはまるで一つの生命のようにも見える。

    解明が進むほど、新たな謎が浮かび上がる宇宙。人間原理ははたして宇宙の真の姿を解き明かす切り札となるのか?

    著者もこのオカルト的響きに嫌悪してきたが、最近多くの宇宙物理学者が注目するにいたって、この考え方を無視できなくなったと語っている。

    はたして人間原理は物理学に神を持ち込む新しい宗教か、それとも最先端の宇宙理論なのか?
    いつの日にかその答えが分かる日が、来るかもしれない。

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