病の「皇帝」がんに挑む 人類4000年の苦闘(上) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  •  タイトルの通り、人類とがんの闘いの歴史を紹介した書籍だ。それはまさに闘いと言うにふさわしいだろう。自分ががんにかかったら、変な民間療法や代替医療にのめり込む前にまず本書を読むべきだ。この本を読めば治療法が分かるというわけではないが、まっとうな医療技術というものがどのように作られていくかが分かる。

     工業技術の世界では、問題を解決するためにはまず原因を究明することから始める。解決策の検討は原因が分かってからの話だ。しかし医療の世界では違う。原因が分かろうが分かるまいが、患者を前にした医者は治療法を探さなくてはならない。

     薬が効く理由が分からなくても、実際に効くなら(かつ副作用が十分少なければ)それでいい。幾多の医者たちが幾多の薬物を試してきた。効くか効かないかの判定方法も同時に発展した。長い間有効と思われてきた治療法が、ちゃんと統計的に調べたら全然効いていなかったという悲劇もあった。

     本当に苦しく、長い間まったく勝機の見いだせない闘いだったと言っていいだろう。

  • 絶望を希望に変える経済学より

  • がんについての歴史と人類とがんの戦いが書いてある。自分が、新聞を始めとするメディアの記事の聞きかじりで何も理解していないというのがよく分かった。きちっとした知識と理解がないのに、がんにかかり治療した人を見舞ったり会話をしていたが、コミュニケーションが成り立っていなかったというのが分かった。今後話をする場合は、何事によらず自分が無知であるということを踏まえ真摯に相手の話に耳を傾けていきたい。

    〇がんは単一の疾患ではなく、多くの疾患の集まりである。われわれがそれらを一緒くたにして「がん」と呼ぶのは、そこに細胞の異常増殖という共通の特徴があるからである。
    〇がんというのは一個の細胞の無制御な増殖から始まる病気だと知っている。そのような増殖は、無限の細胞増殖を煽動するような遺伝子変異によって解き放たれる。正常細胞では、強力な制御装置が細胞分裂や細胞死をコントロールしているのに対し、がん細胞では、それらの装置が壊れてしまっているために、細胞は増殖を止められなくなってしまう。
    〇がん遺伝子の突然変異は老化とともに蓄積していく。すなわち、がんは本質的に老化と関係した病なのである。
    〇成長する人体組織では必ず、肥大か過形成のどちらかが起きている。動物の成体では、脂肪と筋肉はたいてい肥大で大きくなる。反対に、肝臓や血液や消化管や皮膚は過形成によって成長する――細胞が細胞を生み、さらに多くの細胞を生むのだ。
    〇がんというのは細胞が自発的な意志を獲得して分裂増殖する病的過形成である。この常軌を逸した無制御の細胞分裂はやがて組織の塊(腫瘍)をつくり出し、それが臓器に浸潤して正常組織を破壊していく。さらに腫瘍は、ある場所から別の場所へと広がる性質を持っていて、骨や、脳や、肺といった遠隔臓器にも病巣―転移巣―をつくる。
    〇人生はどこまでも続くのだという考えに心安らいだ彼らは、耐久性のあるものを次から次へと買った。
    〇貧血とは赤血球の不足した状態であり、なかでももっとも多いのは、赤血球をつくるのに欠かせない鉄の欠乏によって起こる病型だ。
    〇これもまた植民地の魅力の一つだったというわけだ。ある集団に悲惨な状況をつくり出したあとで、その集団を社会学的、医学的な実験対象にしたのだ。
    〇生物学者はクローンと呼ぶが、がんは今日、クローン性の疾患だと判明している。現在知られているほぼすべてのがんが、一個の細胞―どこまでも分裂しつづけ、生きつづける能力を獲得した結果、かぎりない数の子孫を生み出せるようになった細胞―に由来している。
    〇抗がん剤や免疫システムががんを攻撃すると、その攻撃に耐えられる変異クローンだけが増殖し、その結果、環境にもっとも適応したがん細胞だけが生き残る。
    〇もっとも注目すべき点はしかし、がんがはるか昔に存在していたという事実ではなく、きわめてまれな病だったという点である。
    〇乳がんや肺がんや前立腺がんといったごく一般的ながんですら、その不在が目を引くほどに記録が欠如している。
    〇がんは老化に関係した病気であり、なかには加齢によって指数関数的に増加するタイプのがんもある。
    〇文明化はがんの原因ではなく、ヒトの寿命を延ばすことで、がんを覆っていたベールを取り去ったのだ。
    〇平均寿命の延びは確かに、20世紀初頭にがんの罹患率が増加したもっとも大きな要因だったが、おそらく唯一の要因ではないはずだ。がんをより早期に発見できる能力と、死因としてがんを正確に特定できる能力もまた、20世紀に劇的に進歩したからである。
    〇ヒポクラテスがカルキノスと呼んだ病気と、われわれが知るところのがんとは、大きく異なっている。
    〇子宮がんや卵巣がん、乳がんや前立腺がん、大腸がんや肺がんが含まれ、ほかの臓器に転移する前に腫瘍を摘出すれば、かなりの確率で患者は完治した。
    〇晩年の彼を魅了したさまざまなもの―純血種のイヌや馬、糊のきいたテーブルクロス、リネンのシャツ、パリの革靴、完璧な手術縫合―への関心と同じに、強迫観念に駆られたような探求へと変わった。
    〇がんの最終的な生存率というのは、外科医が乳房をどれほど広く切り取ったかではなく、手術前にがんがどれほど広がっているかにかかっているということだった。
    〇手術可能かどうかは、〝取り除けるかどうか〟にかかっていて、〝取り除いた結果、患者を完治させられるかどうか〟は考慮されなかった。
    〇患者を大勢殺したことのない者は医者ではない、という古いアラビアの格言があるが、胃がんの手術をおこなう外科医たちは、このことばをしばしば思い出すにちがいない。
    〇ハルステッドの自信に鼓舞されて、ヤングは泌尿器系のがん―前立腺や腎臓や膀胱のがん―の手術を徹底的に研究し、1904年にはハルステッドの力を借りて、前立腺全体を摘出するという、前立腺がんの手術法を編み出した。
    〇ハルステッドの伝統を受け継いで、その手術には根治的前立腺切除術という名がつけられたが、ヤングの手術はハルステッドの手術と比べてより温存的だった。彼は筋肉やリンパ節や骨を取り除かず、臓器をまるごと摘出するという根治手術の概念は維持しつつも、骨盤内容全体を摘出したり、尿道や膀胱を取り除いたりはしなかった(この手術を一部変更したものは、現在も限局性前立腺がんの手術として用いられており、それによって多くの患者の命が救われている。)
    〇ごくかぎられた症例で、転移性がんの拡大を抑制したり、苦痛を緩和したりする目的で放射線治療が用いられるが、そのような場合には治癒はほとんど望めない。
    〇問題は、 選択的な毒、すなわち、患者の命を奪うことなくがんだけを殺せる薬を見つけることにある。
    〇なぜなら科学者という仕事は他に類を見ないほど切実に、過去に依存しているからだ。あらゆる実験が過去の実験との会話であり、あらゆる新説が古い説の反証である。
    〇ファーバーは、がん撲滅キャンペーンというのは政治キャンペーンと同じだと気づいた。
    〇がん撲滅キャンペーンは、科学的な道具だけでなく、偶像や、マスコットや、イメージや、スローガンや、宣伝のための戦略を必要としているのだ。
    〇病気でも、政治的な注目を浴びるためにはまず宣伝が必要だった。政治キャンペーンに宣伝が必要なように。病気が科学的な変貌を遂げるためには、その前にまず、政治的変貌を遂げなければならなかった。
    〇医学の歴史には、治療薬がまず見つかって、それから何年も何十年も、ときに何世紀も経ってからその薬の薬効のメカニズムが解明された例がたくさんある。
    〇好戦的なニューヨーカーのその女性は、自分の個人的使命とは、グループづくりとロビー活動と政治活動によってアメリカ人の健康地図を一変させることだと宣言していた。裕福かつ政治経験豊かで、多くの人脈を持つその女性は、ロックフェラー家の人々と昼食をともにし、トルーマン家の人々とダンスをし、ケネディ一家と食事をし、のちのファーストレディ、レディ・バード・ジョンソンをファーストネームで呼んだ。その女性のことを、ファーバーはボストンの友人や寄付者から聞いており、以前、ワシントンの政界に顔を出した際にばったり出くわしてもいた。
    〇相手を安心させる魅力的な笑みと決して崩れないふっくらとしたヘアスタイルは、ニューヨークの美容院でもワシントンの政界でも注意を惹いた。その印象的な名前、と同様に。
    〇すぐれた広告というのは消費者を誘惑して商品を買わせるための、響きのいい文句やイメージの単なる寄せ集めではない、と彼は説いた。消費者になぜその商品を買うべきなのかを教える、コピーライターの生み出す傑作でなければならない。広告とは情報と根拠の運搬係であって、情報のインパクトを大衆にそのまま伝えるためには、情報はそのもっとも本質的な形にまで純化されなければならない。
    〇委員会に専門家や科学者を四人を超えて入れてはならない。最高責任者は素人でなければならい。
    〇ラスカライツが科学的戦略家を必要としているのと同じくらい切実に、ファーバーはロビイストを必要としていた。半分にちぎれた地図の片方ずつを手に途方に暮れていた旅人同士が、ようやく出会ったのだ。
    〇人の死は強大な国の衰亡に似ている。 かつては勇ましい軍隊と、名将と、予言者と、 豊かな港と、無数の船を持っていたその国はもう包囲された市を解放することもなければ 誰かと同盟を結ぶこともない。 ――チェスワフ・ミウオシュ、
    〇1940年代末、ファーバーは不可解な慢性の炎症性腸疾患(大腸と胆管にがんの発生しやすい消耗性の前がん性疾患である潰瘍性大腸炎と考えられる)を発症した。
    〇がんの治療薬を発見するのに、がんの基礎研究がすべて完了するのを待つ必要はない…………医学の歴史には、治療薬がまず見つかって、それから何年も何十年も、ときに何世紀も経ってからその薬の薬効メカニズムが解明された例がたくさんある。しかし今は事情がちがう。どれほど技術力が高くとも、基礎研究を他国まかせにしているような国は、産業発展で遅れをとり、世界貿易競争で弱い立場に立たさる。
    〇政府の金と科学の独立性をうまく調和させるという(ブッシュの)大構想を文字どおり実現した。
    〇本来闘うべき相手はがんであるということを忘れて、患者やプロトコールをめぐる言い争いや意見の食いちがいにばかり気を取られるようになる。
    〇医者に自由にやらせたら、彼らは必ず(たとえ無意識にでも)、あるタイプの患者ばかりを選び、そうしてできあがった非常に偏ったグループへの薬の効果を、主観的な基準を用いて判定してしまう。つまり、バイアスの上にバイアスを重ねていく。
    〇がん細胞と同じく抗酸菌―結核の原因菌―も、一剤で治療した場合にはその抗生物質に耐性となっていく。一剤のみの治療を生き延びた結核菌は分裂し、変異し、薬剤耐性を獲得し、その結果、もはや薬は使いものにならなくなった。
    〇ビンクリスチンとアメトプテリン(メトトレキサートの別名)、メルカプトプリン、プレドニゾン。そのプロトコールはやがて、それぞれの薬の頭字を取った、新しい頭字語、VAMPと呼ばれるようになる。
    〇科学の歴史には、めったに記録されることのないもう一つの発見の瞬間―前者のアンチテーゼ―がある。失敗の発見である。
    〇脳と脊髄は、外部の化学物質が脳に容易にはいり込んでしまうのを防ぐ、血液脳関門と呼ばれる厳密な細胞のシールによって守られている。それは脳に毒を到達させないために進化した、太古からの生物学的な機能なのだが、その機能のせいでVAMPは中枢神経に達することができず、結果として、脳はがんにとっての体内の「聖域」になってしまったのだ。
    〇医学の歴史というものが医師の物語として語られるのだとしたら、それは、医師の貢献が、より本質的な患者の英雄的行為を反映しているからにほかならない。
    〇初期の抗がん剤のほとんどが細胞毒性―細胞を殺す―薬剤で、治療域と中毒域がきわめて近かった。薬効に密に絡みついた副作用を避けるため、医師たちは細心の注意を払いながら調薬しなければならなかった。
    〇1960年代に化学療法専門医になるには昔ながらの勇気が要った。がんはいずれ薬に屈するはずだと確信する勇気が。
    〇オーマンのリンパ腫もソレンソンの膵臓がんも、もちろん、「がん」、すなわち、悪性細胞の増殖にほかならなかったが、その二つの病気は予後という点においても、性質という点においても、これ以上ないというくらい異なっていた。両者を「がん」という同じ名前で呼ぶこと自体、時代錯誤のように感じられた。脳卒中から出血から痙攣にいたるまで何もかもひっくるめて「発作」と呼んだ中世の習慣と大差ないように。ヒポクラテスと同様にわれわれも、あらゆるしこりを未熟にも一緒くたにしてしまっているのではないか。
    〇その想定―単一のハンマーが単一の病を叩きつぶすはずだという考え―こそが、医師や科学者やロビイストにバイタリティーとエネルギーを注ぎ込んでいた。
    〇リニアックがそのキラービームを照射できるのは局所にかぎられていたため、標的は全身に広がるがんではなく、局所的ながんでなければならなかった。白血病は論外だった。乳がんと肺がんも重要な標的だったが、どちらもいつのまにか全身に広がる先の読めない移り気ながんだった。
    〇自分の治療法に病気を合わせようとするのではなく、自分の治療法を適切な病気に合わせようとしたところに、カプランの勝因があったのである。このシンプルな原則―ある特定の治療法を特定のタイプのがんの、特定のステージに綿密に合わせること―は、やがて、がん治療に充分な恩恵をもたらすことになった。
    〇がんには気性があり、人格があり、習性がある。その生物学的な多様性は治療の多様性を要求する。
    〇宗教活動やカルトはたいてい、四つの要素を土台としている。預言者、預言、本、天啓。1969年の夏までには、がんの十字軍はその四つの基本的要素のうちの三つを手に入れていた。預言者はメアリ・ラスカー。がんの十字軍を闇に包まれた1950年代の荒野から導き出し、わずか20年間で国民的存在にした人物だ。預言はボストンのファーバーの臨床試験に始まり、メンフィスのピンケルの驚くべき成功で終わった小児白血病の治療。本はガーブの『がんの治療――国家目標として――』。唯一欠けていたのは四番目の要素、天啓―未来を垣間見せ、大衆の想像力をわしづかみにするようななんらかのサイン―だった。
    〇あらゆる時代が、その時代固有のイメージに病気を投影する。社会は、まるで究極の心身症患者のように、医学的苦悩を自らの心理的危機とする。
    〇「がん対策に大金を出すのに反対するのは、母親とアップルパイと国旗に背を向けるようなものある」とオブザーバーは歴史学者のジェームズ・パターソンに語っている。
    〇「スタッフや患者は〝がん〟ということばを意図的に避けていた」患者はルールに従って生きていた―「決められた役まわりや、あらかじめ定められた日課や、絶え間ない激励」のつくりなす日常の中で。
    〇もっとも重要な任務は一人一人の患者を救うことではなかった。確かに医師たちは、患者の命を救おうと、少なくともできるだけ長く患者の命を引き延ばそうと精いっぱい努力していたが、彼らの根本的な目的は、目の前の患者の命そのものを救うことではなく、別の患者の命を救う方法を見つけることだった。
    〇1973年の転移性精巣がんの生存率は、五パーセント以下だった。
    〇副作用は耐えられないほどのものではない、と医者が言うとき、彼らが問題にしているのはその副作用が命にかかわるかどうかという点だけだ。たとえ目の血管が切れるほど患者が激しく嘔吐したとしても……そんなことはいちいち報告しなくてもいいと医者は考える。それに、断言してもいいが、患者が禿げになろうと医者はまったく気にしない」と彼女は皮肉たっぷりに書いている。「笑みを浮かべた腫瘍医は、患者が吐いているかいないかも知らない」
    〇ハギンズはかくして教科書一冊を約六週間で丸暗記し、大慌てで泌尿器科学を学び、そして意気揚々とシカゴに赴任した。
    〇医学の専門分野を選ぶということは、その主要な体液を選ぶことでもある。血液専門医は血液を、肝臓専門医は胆汁を学び、そしてハギンズは前立腺液―精子の運動を潤滑にして栄養を与える、糖類と塩類の混じった淡黄色のどろりとした液体―を学んだ。その供給源である前立腺は会陰部の奥深く、男性の尿道を取り囲む形で存在する(最初に前立腺を同定して人体解剖学アトラスに描き込んだのはヴェサリウスだった)。クルミのような形状で、大きさもクルミほどしかないにもかかわらず、前立腺は恐ろしいまでのがんの好発部位だ。前立腺がんは男性のがんの実に三分の一を占め―罹患率は白血病とリンパ腫の六倍だ―60歳以上の男性の剖検では、三人に一人の割合でなんらかの前立腺の悪性所見が発見された。 一般的ながんである前立腺がんには、臨床経過が症例ごとに大きく異なるという特徴がある。たいていの場合、進行はとても遅いが―高齢男性は前立腺がんで亡くなるのではなく、前立腺がんとともに亡くなる―なかには爆発的に進行して激痛を伴う骨転移や、リンパ節転移をきたす例もある。
    〇ハギンズは、前立腺がんのなかにも、そんな生理学的な「記憶」を失っていないものが存在することを発見する。前立腺がんのできたイヌの精巣を摘出し、がん細胞へのテストステロンの影響をいっぺんに取り除いた結果、腫瘍が数日で消失したのだ。実際、正常な前立腺細胞が生存のためにテストステロンに依存しているとしたら、悪性の前立腺細胞は、テストステロン中毒といっていいほどだった。その依存の程度はあまりに激しく、テストステロンからの急激な離脱は、考えうるもっとも強力な治療薬と同じ効果をもたらした。「がんは必ずしも自立的に増殖するわけでも、本質的に永続可能なわけでもない」とハギンズは書いている。「その成長は宿主のホルモン作用によって維持され、促進されているのだ」正常細胞の増殖維持とがん細胞の増殖維持のあいだの関係は、それまで想像されていたよりもずっと近かった。がんは、われわれ自身の体によって養われているのだ。
    〇まず第一に、ホジキンリンパ腫の臨床試験でカプランが発見したように、乳がんの臨床試験も、がんは非常に多様な病気であるというメッセージを浮き彫りにした。乳がんにも前立腺がんにもさまざまなタイプがあり、それぞれが独特の生物学的特徴を持っている。
    第二に、そうした多様性を理解することは、大変意義深いことである。「汝の敵を知れ」という格言があるが、フィッシャーとボナドンナの臨床試験はまさに、慌てて治療を始める前にできるだけ深くがんを「知る」ことが重要であると示している。
    〇皮肉にも、圧倒的なまでに過剰な情報によって。どんなに小さな歩みも、どんなにささやかな前進もメディアによってことごとく過剰に報道されたために、がん医療の進展具合の全体像をとらえるのがほぼ不可能になった。
    〇アメリカでマラリアやコレラや発疹チフスや結核や壊血病やペラグラといった過去の苦しみの原因が減少したのは、人間がこれらの病気の予防の仕方を学んだからだ……治療にばかり気を取られるのではない。
    〇高齢化の進んだ国ではそうでない国に比べて、がんによる実際の死亡率は変化していなくとも、がんの死亡率がより高く見えてしまう。
    〇がん戦争の進展具合を評価するのに、たとえ別の方法を用いたとしても、ある事実だけは疑う余地なく明白だと。すなわち、治療法の探求にばかり取り憑かれていた国立がん研究所(NCI)の戦略のなかに、予防が含まれていなかったという事実である。
    〇がんは単一の疾患ではなく、疾患群である。その疾患群に含まれる疾患には、共通の根本的な生物学的特徴がある。すなわち、細胞の病的な増殖という特徴です。
    〇前立腺がんや乳がんや白血病には根本的な共通点がありますし、どのがんも細胞レベルではつながっているが、すべてのがんが異なる顔を持っている。
    〇本書の目的の一つは、がんがいかに複雑な疾患かを読者のみなさんに理解してもらい、発見という形でもたらされた知識がいかに巧妙で弾力性のあるものだったかをお伝えする点にあります。
    〇あらゆる時代ががんをそれぞれのイメージにあてはめてきて、今はたまたま遺伝学の時代だというわけです。
    〇われわれは今、がんを理解するために遺伝学を用いていますが、ウイルス説が大流行した時代もあって、その時代には、がんを理解するためにウイルス学のレンズを使わなければなりませんでした。次の飛躍的な進歩はがん遺伝学の向こうにあるいくつかの分野を巻き込んだものになると予想しています。
    〇ほんとうに助けになるのは、これから悪い知らせを伝えなければならない相手の話をよく聞くことです。
    〇マンモグラフィーの技術には、40から50(歳)の女性の乳房にできる小さな腫瘍をつかまえるのに必要な解像度がないから、スクリーニング検査としては役に立ちそうにない。
    〇なぜ前立腺がんは骨転移するのでしょうか。
    〇この分野にはおおざっぱなコンセンサスがあって、一年間の延命効果のある薬に三万ドルから四万ドルを払う「価値はある」と考えられています―しかし、これもそれぞれの状況ごとに異なる決断であって、絶対的な考えでは決してありません。
    〇強力な国際的反たばこキャンペーンをおこなったなら、何万例、いや何十万例ものたばこ関連疾患の発症を防げるはずです。がんの原因となるウイルスの感染をワクチンで予防すれば、がんの発生が減る可能性があります。性行為によるヒトパピローマウイルス感染が原因となりうる子宮頸がんは、性教育とワクチン接種によって劇的に減少させられるはずです。
    〇ある種のがんのありふれた犯人をわれわれは知っています。悪性黒色腫やその他の皮膚がんを誘発する紫外線。肺、口唇、咽喉頭、食道、膵臓のがんを誘発するたばこ。肝臓がんや食道がん誘発の補助因子として働くアルコール。
    〇たばこへの暴露を避け、アルコールへの暴露を避けるか減らすべきです。肉の摂取量を減らし、高繊維食を摂るようにし、紫外線と電離放射線への暴露を避けるべきです。

  • 概要: がんの治療法の発展と解明の歴史。抗がん剤の話が多く出てくる。単なる毒から分子標的薬へ。
    感想: **ものすごく**面白い。基礎研究と短期主義のトレードオフについても考えさせられる。原著が書かれてから少し時間が経っているようなので最新情報が加筆されるとうれしいが、著者は臨床家のようなので難しいかも。

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