NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2013年 12月号

制作 : ナショナル ジオグラフィック 
  • 日経ナショナルジオグラフィック社
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  • Amazon.co.jp ・雑誌 (148ページ)
  • / ISBN・EAN: 4910068471239

感想・レビュー・書評

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  • 今回も興味深い記事が沢山でした!

    何と言っても「全長3万3000キロ 人類の旅路を歩く」。
    人類の拡散ルートをたどって、
    3万3000キロを7年かけて、「徒歩」で旅をするという無謀な試み。
    す、すごいですねこの人……ラクダもそりゃぐったりするでしょう。

    時には一日ヌードル1杯とビスケット少々という食事。
    水の事しか考えられなくなるほどの喉の渇き。
    行く先々で目にする、行き倒れた何十もの遺体。

    アフリカから始まり、南米チリで終わるとんでもない長旅。
    終着点では一体どんな思いを抱くのだろう。

  • 全長3万3000キロ 人類の旅路を歩く

    ピュリツァー賞を受賞したジャーナリストが、人類の拡散ルートをたどる徒歩の旅に出た。アフリカから南米最南端まで、全長3万3000キロの道のりだ。

    文=ポール・サロペック/写真=ジョン・スタンマイヤー

     私は旅に出た。
     人類の拡散ルートをたどって、アフリカ大陸から南米大陸の最南端まで、全長3万3000キロを7年かけて踏破する旅の始まりだ。

     今から6万年前、あるいはもっと前に、人類誕生の地である東アフリカの大地溝帯を出て、初めて未知の世界に出合った人類の祖先たち。その数はせいぜい数百人だったとみられるが、彼らの遺産は計り知れないほど大きい。

     人間に特有と考えられている複雑な言語や抽象的な思考、芸術を生む衝動や技術革新を実現する創造性は、すべて彼ら人類の祖先から受け継いだものであり、世界中の多様な民族はすべて彼らの子孫である。
     にもかかわらず、彼らのことはほとんど知られていない。彼らがアフリカ大陸とアラビア半島を隔てるバブ・エル・マンデブ(嘆きの門)海峡を渡ってからわずか2500世代の間に、人類は地球上の最果ての地まで進出した。

     何万年も出遅れたが、私はこれから一歩一歩大地を踏みしめ、彼らの後を追う。

     考古学調査と、世界中の人々のDNAから推定された人類の拡散ルートを参考に、アフリカを北上し、中東へ向かう予定だ。そこからアジア大陸を横断し、中国を経てシベリアへ。その後、船でアラスカに渡り、米大陸の西海岸に沿って南下し、人類が最後に到達した南米大陸の最南端ティエラ・デル・フエゴを目指す。全長3万3000キロの道のりを踏破する旅だ。

    「アウト・オブ・エデン・ウォーク」と名づけたこのプロジェクトの目的はいくつもある。時速5キロという歩行速度で世界の地理を改めて体感すること、ペースを落とし、じっくり考え、書くこと。誰もがそうするように、行く手に何が待ち受けているかを確かめるために歩く。そして、祖先の旅を振り返り、記憶にとどめるために歩く。

     エチオピアの砂漠にかすかに続く道は、人類が残した最も古い痕跡かもしれない。今でも人々はこの道を歩いている。飢えた人、貧しい人、干ばつや戦火を逃れてさまよう男女。

     地球上では今、1日に10億人近い人々が移動している。人類がこれまで経験したことのない大移動の時代だ。ジブチの首都ジブチ市では、携帯電話を手にした出稼ぎ労働者たちが、ごみの散らばる夜の海岸に集まってくる。隣国ソマリアの基地局を経由して安く通話するためだ。会話からはオスロ、メルボルン、ミネソタといった地名が聞こえる。最初の冒険から6万年経った今でも、人々は外へ出た先達の導きや救いの手を求めているのだ。

    ※ナショナル ジオグラフィック12月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     人類が世界の各地へ拡散したルートをたどる旅と言えば、日本では、「Webナショジオ」でも連載していただいた関野吉晴さんの「グレートジャーニー」がよく知られています。南米からアフリカまで、人類の拡散ルートをさかのぼる旅ですね。
     今回、特集の筆者ポール・サロペックが挑んでいるのは、それとは逆で、アフリカから南米最南端をめざす徒歩の旅です。旅の始まりは「珍道中」の様相を呈していますが、実際、アフリカの酷暑の砂漠を歩いて横断するのはかなり大変だったようです。過酷な体験をしながらも、東アフリカの現実を鮮やかに描き出すその筆致は、さすがピュリツァー賞受賞者。7年がかりのこのプロジェクトでサロペックがどんなレポートを届けてくれるのか、今後も楽しみにしていてください!(編集T.F)

    復活するピューマ

    物陰に身を隠し、足音一つ立てずに獲物を狙うピューマ。絶滅の危機を乗り越え、米国でひそかにその数を増やしつつある。人間は彼らと共存できるのか?

    文=ダグラス・H・チャドウィック/写真=スティーブ・ウィンター

     チーターでもヒョウでもない大型ネコ科動物、ピューマ。このピューマが今、絶滅の危機を乗り越え、米国でひそかにその数を増やしつつある。

     ピューマはアルゼンチン南部やチリからカナダ北部のユーコン準州まで、米大陸に広く分布するが、目撃されることはめったにない。山に生息しているというイメージがあるようだが、これは本来の生息地に人間が定住し、銃やわな、毒物を使って彼らを追い出した結果だ。

     当初は米政府も猛獣とみなして、駆除を後押しした。このため、かつては本土の48州に生息していた米国のピューマは、20世紀初頭にはロッキー山脈や太平洋沿岸の山地、南西部などの奥地でしか見られなくなった。
     やがて西部諸州でも順次、ピューマの捕獲報奨金の制度が見直され、1960年代までには廃止された。72年には連邦所有地での毒物による猛獣駆除も禁止となった。さらに娯楽目的のピューマ狩りの猟期を制限する動きも広がったことで、ピューマはおよそ300年ぶりに個体数を増やし、以後、順調に復活を遂げつつある。

     ピューマの生息地は、ここ40年で東へと拡大。ロッキー山脈を越えて、グレートプレーンズ(大草原地帯)まで広がった。モンタナ州北部、ノースダコタ州、サウスダコタ州、そしてネブラスカ州西部でも、まとまった数が確認されている。さらには中西部のほぼすべての州や、カナダにも到達していることが、1990年以降200件以上を数える報告例からわかっている。

     目撃されているのは若い雄が多く、繁殖相手を求めて動き回るのか、一カ所に長くとどまることはない。移動の途中で牧場主や警官、密猟者に殺されたり、交通事故に遭ったりするピューマもいて、2011年には、米国東部のコネティカット州でピューマが車に衝突して死んだ事故が話題になった。
     遺伝子を分析してみると、この個体はサウスダコタ州生まれで、3200キロ以上も移動していたことが判明した。米大陸にすむ鳥や魚を除く野生動物では、おそらく最長記録だろう。

     ピューマに人間が襲われた事故は1890年以降、米国とカナダで合計145回とされる。死者が出たのはそのうち20回余り。6年に1回の割合だが、こうした事故の少なくとも3分の1はここ20年の間に起きている。郊外にすむ人間とピューマの数が増え、接触の機会も増えたのだ。

     獲物を待ち伏せて捕らえるピューマは夜行性のため、生態を調べるのは容易ではなかった。だが、科学技術の発達によって彼らの行動を24時間監視することが可能になり、謎に包まれていた多くのことがわかってきた。

    ※ナショナル ジオグラフィック12月号から一部抜粋したものです。

    <訂正>
    12月号「復活するピューマ」の本文および写真説明のなかで、「ヘラジカ」とありますが、正しくは、学名Cervus canadensis、一般的に「ワピチ」や「アメリカアカシカ」と呼ばれている大型のシカでした。お詫びして訂正いたします。
    編集者から

     自然保護でも世界をリードする米国……というイメージがありますが、自国のこととなると、やはりさまざまな思惑がからむようです。環境に巧みに適応するピューマの能力に感動するその裏で、手放しに「自然万歳」と言えない米国の“大人の事情”に、「おいおい」とツッコミを入れたくなりました。でも悲しいかな、これもまた現実なんです。(編集H.O)

    スキーの起源を訪ねて

    中国北西部のアルタイ山脈に暮らす猟師たちは、昔ながらのスキーを駆使して獲物を追う。厳しい雪山でのシカ狩りに同行した。

    文=マーク・ジェンキンス/写真=ヨナス・ベンディクセン

     中国北西部のアルタイ山脈。この地に暮らす人々は、遠い祖先から受け継いだスキーの作り方を守り伝えてきた。
     足には、トウヒの板の底に馬の毛皮を張った手作りのスキー板。手には長い木の棒を1本握っている。とてもスキーを操る道具には見えないが、男たちはタイヤクと呼ばれるこの棒を実に巧みに使いこなし、バランスを保つ。

     私は最新式のスキーとストックを使っていたのだが、彼らのペースについていくのは大変だった。猟師たちの肺や脚は、空気の薄い高所での運動に見事に順応しているようだ。どんなに急な斜面でも楽々と登っていく。

     男たちは皆、腰のベルトにナイフを差し、馬のたてがみで編んだ縄を肩にかけている。ヤギの皮を張ったそりには、馬の毛で織った毛布や、中国軍からの払い下げ品のオーバーコート、乾パンなどの補給物資が積まれていた。
     そのほかの荷物も、皆で分担して運んでいる。2本の斧とブリキの鍋、縁の欠けた陶製の茶わん5個、ブリキのやかん、それに馬肉の塊だ。この旅がいつまで続くか、誰にもわからない。ワピチという大型のシカを追って何日も山奥で過ごすことも珍しくないという。

     猟師たちの祖先について、確かなことはわかっていないが、彼らはアルタイ山脈の各地に暮らしていた半遊牧民の末裔だと言われている。

     アウコラム村の猟師たちは中国国民ではあるが、彼らの村から、ロシアとカザフスタン、モンゴルの国境が接する一帯までは30キロも離れていない。さらに、彼らの話すトゥバ語は、現在トゥバ族の大半が暮らす北方のシベリアで生まれた言語だ。

     人類学者によれば、トゥバ族の祖先にはテュルク系民族やサモエド民族も含まれるという。過去数千年の間に、たびたびこの山岳地帯を移動していた人々だ。だが、私を狩りに同行させてくれた男たちは、13世紀にアルタイ山脈を支配したモンゴルの戦士こそが、自分たちの祖先だと信じている。彼らが暮らす丸太小屋の壁に飾られているのは、毛沢東ではなく、モンゴル帝国の初代皇帝チンギス・ハーンの肖像画だ。

     猟師たちは、武勇伝をあれこれ話してくれた。跳ね回るワピチの背に飛び乗って角をつかみ、雪の上に組み伏せたこともあるという。この一帯では何千年もの間、そうした光景が繰り返されてきた。アルタイ山脈では、古代の人々がスキーをする姿を描いた岩絵がいくつか見つかっていて、なかにはスキーを履いて野生のヤギを狩る人間の絵もある。

     岩絵は制作年代を特定するのが難しいため、この一帯がスキー発祥の地と言えるかどうかは、今も議論が続いている。アルタイ山脈の岩絵は約5000年前に描かれたと、中国の考古学者たちは主張しているが、せいぜい3000年前のものだという意見もある。スキーに関する記述が残る最古の文献は中国で見つかった古文書で、前漢王朝時代の紀元前206年に書かれたものだ。

    ※ナショナル ジオグラフィック12月号から一部抜粋したものです。

    <訂正>
    12月号「スキーの起源を訪ねて」の本文および写真説明のなかで、「ヘラジカ」とありますが、正しくは、学名Cervus canadensis、一般的に「ワピチ」や「アメリカアカシカ」と呼ばれている大型のシカでした。お詫びして訂正いたします。
    編集者から

     ドバイに続き、エジプトにも屋内スキー場ができるそうです。千葉にあった「ザウス」には結局行かずじまいでしたが、小学生の時、冬になるとスキー教室に行ったものです。そこで習ったのは「足はハの字、上半身は前かがみに」でした。
     ところがアルタイ山脈の人々は重心を後ろに置いて滑るとか。「一体どうやって滑るのだろう?」と思った方。是非、電子版をチェックしてみてください。実際に滑っている動画を紹介しています。(編集M.N)

    レーザーで遺跡をデジタル保存

    歴史的建造物や遺跡の姿を、永遠にとどめたい――そんな考古学者の夢をかなえる最新テクノロジー、3D(三次元)デジタル画像の作成現場を取材した。

    文=ジョージ・ジョンソン

     歴史的建造物や遺跡を永遠に保存しようと、最新テクノロジーを用いた3Dデジタル画像の作成が進められている。精緻な3Dデータは研究に役立つだけでなく、貴重な文化財に万が一のことが起きた場合に、復元する際の力にもなるのだ。

     インド北西部、サラスワティ川の近くにある井戸の名は、ラニ・キ・バブ(女王の階段井戸)。11世紀後半にウダヤマティ女王が亡き王をしのんで建造させたものだが、度重なる洪水により、14世紀にはすでに土砂に埋もれていた。
     インド政府の考古調査局がその発掘に着手したのは1960年代に入ってからのこと。地中に眠っていた、見事な装飾の施された階段井戸を発見した人々は、驚愕したという。

    「写真で見るのと、実物を目にするのでは大違いです」と、英国グラスゴーの考古学者リン・ウィルソンは言う。
     彼女の職場は歴史的建造物などをデジタル情報として記録したり可視化したりしている研究センターで、政府機関ヒストリック・スコットランドと、グラスゴー芸術大学のデジタル・デザイン・スタジオが共同で運営している。

     ウィルソンらは、世界遺産などのデジタル化を手がける非営利団体サイアークと連携し、あるプロジェクトに取り組んでいる。
     最新のデジタルスキャン技術を駆使して、ラニ・キ・バブ遺跡を3D画像として保存するのだ。

     ラニ・キ・バブの壁にはヒンドゥー教の神々や精霊たちをかたどった精緻な彫刻が、幾層にもわたって施されている。貴重な彫刻を守るため、専門家たちはデジタルデータの作成と保存を進めている。

     彼らはこれまでに、スコットランド・オークニー諸島の立石群や米国のラシュモア山などさまざまなプロジェクトを手がけてきたが、ラニ・キ・バブは特に困難な案件だという。

     正午過ぎには機材が届いた。これから2週間、作業は暑さとの闘いになるだろう。各種の電子機器には日除けをさしかけ、強烈な日差しから守るよう気を配る。そのうえで、邪魔なやじ馬を追い払いながら、階段井戸の表面にレーザー光線を照射し、3Dスキャナーによる計測を進めなくてはならないのだ。

     今回のインドでの現地作業は、世界的に価値の高い文化遺産10カ所を仮想空間に再現するプロジェクト「スコティッシュ・テン」の一環として実施された。サイアークはこのプロジェクトに不可欠な存在で、各地の組織と協力して、世界の遺跡をデジタルスキャンしてきた実績をもつ。
     そのなかにはイタリアのポンペイ遺跡や、メキシコの都市遺跡チチェンイツァも含まれている。

     スコティッシュ・テンは最近、中国にある清東陵(清の皇帝陵墓群)での作業を完了。サイアークは今後5年間で500カ所の文化遺産をスキャンする予定だ。

    ※ナショナル ジオグラフィック12月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     文化財の保存以外でも、医療や映画製作の現場など、身近なところで活用され始めている3Dスキャン技術。3Dスキャナーと3Dプリンターを使って自分や家族のフィギュアを作れるサービスも生まれているようです。人間もいいけれど、家族同然のペットを3Dデータで残したいと思う人もきっと多いはず。わが家のセキセイインコもスキャンしてみたいものです。(編集M.N)

    ちょっと意外な、セイウチ

    巨大な体に長い牙をもつ海の哺乳類、セイウチ。実は見た目によらず、賢く、愛情深く、音楽的なセンスもある生き物だ。

    文=ジェレミー・バーリン/写真=ポール・ニックレン

     セイウチは、ビートルズの『I Am The Walrus』や童話『鏡の国のアリス』でもおなじみの動物だ。だが野生の群れを見たことのある人は、めったにいないだろう。

     体重1トン超、体長3メートル余りの大物もいて、漢字で書けば「海象」というのもうなずける。しわの寄った皮膚は傷だらけ。血走った目に、突き出た牙とひげの持ち主だ。セイウチたちはそこかしこで、うたた寝し、げっぷをし、小競り合いをしたかと思えば、大声でほえ立てる。

     口元には、淡い黄色の太いひげが何百本も密生している。セイウチのひげは、人間の指のように鋭い触覚を備えていて、海底に埋もれた貝も見事に探し当てる。貝の肉を外すには、口で吸い出す。その真空掃除機のような吸引力は、アザラシの皮膚をはぎ取ってしまうほど強力だ。

     象牙質の牙は、長さ50センチを超えることもある。セイウチは海からはい上がるとき、その牙をピッケルのように氷に突き刺し、体を引き上げるのだ。牙はライバルとのこづき合いや、捕食者を撃退する際にも使われる。

     3週間にわたってセイウチの撮影に挑んだ写真家のポール・ニックレンは、こう語る。
    「海岸にいると、好奇心旺盛なセイウチが近寄ってきます。彼らは牙でつつかないと目の前の物体が何だかわからないんです。でも、その牙で一撃されたら、人間は命を落としかねません」

     1月から4月の繁殖期は、セイウチにとっては音楽の季節だ。
    「雌の気を引くために、雄たちが歌ったり、カスタネットや鈴やギターや太鼓のような音を立てたりするんです」と、グリーンランド天然資源研究所の科学者エリック・W・ボーンは言う。
     求愛が成功すれば、15カ月後に体重45キロの赤ん坊が誕生する。それからの2年間は、子ぼんのうな母親がわが子を抱きかかえ、時にはおんぶし、栄養たっぷりの母乳を与えて育てる。

     セイウチは何事もなければ40年ほど生きるが、かつては天寿を全うするものは少なかった。9世紀には北欧のバイキングが脂肪と毛皮を狙い、中世のヨーロッパ人は牙でチェスの駒を作った。16~20世紀には商業捕鯨船団がセイウチも捕獲し、カナダのノバスコシア州まで広がっていた生息域は大幅に狭まった。

     セイウチ狩りを続けているのは、今日ではイヌイットにほぼ限られる。食料や衣料、生活用具や牙を使った工芸品の材料として、さらには燃料用の油脂として利用されている。その生息数を調べるのは困難で、たとえば大西洋に暮らす亜種のタイセイヨウセイウチは、かつては数十万頭が生息し、現在の数は2万~2万5000頭とみられるが、いずれの数字も確かとは言えない。

    ※ナショナル ジオグラフィック12月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     セイウチといえば以前から気になっていたのが、びっしり生えた、太くて立派なひげ。おかげで鼻づらは剣山のようにごわごわに見えますが、意外にも敏感なこのひげを駆使して、セイウチは大好物の貝を探したり、風のにおいからさまざまな情報を読みとったりするそうです。
     さらに求愛の季節になると、音楽的な才能も披露するとは驚きました。セイウチが奏でるという、カスタネットや鈴やギターや太鼓のような音に、求愛の歌声。いつか聴いてみたいものです。(編集H.I)

    米国西部にはびこる 転がる雑草

    西部劇でおなじみの、風に吹かれて転がる枯れ草。実はロシア原産の外来種だが、迷惑なほどの繁殖力で各地にはびこり、人々を困らせている。

    文=ジョージ・ジョンソン/写真=ダイアン・クック、レン・ジェンシェル

     西部劇などで無人の路上や空き地を、一陣の風とともにコロコロと転がっていく枯れ草を目にしたことがあるだろうか。タンブルウィード、すなわち「回転草」と呼ばれるこの雑草は、米国の西部ではよく目にする植物だ。

     分類上はオカヒジキ属の一種(学名Salsola tragus )で、ハリヒジキとも呼ばれる。もともとはユーラシア大陸の植物で、ウラル山脈の東に広がる草原地帯に生えていた。

     だが、外来種としてよその土地にいったん持ち込まれると、この草は驚異的な繁殖力を示し、分布域を広げていった。冬が来て枯れると茎がもろくなり、風のひと吹きで根元から折れる。あとは風に吹かれて転がり続けるうちに、トゲだらけの茶色い塊と化し、時に民家を埋もれさせ、牧場では激しい火災の元になる。文字通りの厄介者だ。
     小型車ほどの大きな塊になるものもあり、何キロも移動する間に最大25万個もの種を至るところにまき散らす。その種は、次の侵略に向けて地中で待機するのだ。

     この雑草には葉らしきものが見当たらないが、実際には苞(ほう)と呼ばれる小さなとがったうろこ状の葉をつけている。そして、苞と茎の間のくぼみの中に咲く、やっと見えるくらいに小さい花が、種を実らせる。
     一つひとつの種の内部には、らせん状の胚が潜み、昼間の気温が0℃を超えればすぐに発芽しようと準備している。周囲にごくわずかでも水分があれば、回転草は成長を始め、最大で地下2メートルの深さまで根を張る。

     晩秋になると、十分に成長した回転草は大量の種をつける。そこへ晩秋の西部に特有の強風が吹きつけると、回転草は根元から折れ、地面を転げ回って種をまき散らす。豊かな土壌でもやせた土地でも、湿った場所でも乾燥地でも、粘土質でも砂地でも、土壌がアルカリ性でも酸性でも、この雑草はチャンスを逃さない。すきやシャベル、牛のひづめで地面が耕され、緩んでさえいれば回転草は発芽する。

     その広がりを食い止めようと、米農務省の科学者はロシアやウズベキスタン、トルコの研究者の協力を得て、ダニ、ゾウムシ、ガ、菌類など、もともとの生息地で回転草を食べていた生物を使った実験を何年も続けている。天敵を活用したこのような「生物的防除」の仕組みを導入すれば、「広い地域でこの雑草の数を無害なレベルにまで減らす効果が期待できます」と、研究者の一人リンカーン・スミスは強調した。

     もっとも米政府はまだ、これらの天敵を野外に放つことは許可していない。このような政府の慎重な姿勢は、間違ってはいないだろう。
     ただ、もっと早く適切な手段を講じていれば、回転草の広がりを阻止できたのではないか、という思いはある。今のところ、連中の真の敵は私たち人間だけだ。

    ※ナショナル ジオグラフィック12月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     タンブル・ウィード。別名、回転草。聞き慣れない名前かもしれませんが、写真を見れば「ああ、あれか」とわかる人は多いでしょう。枯れた後に根元から折れ、風に吹かれてコロコロ転がり、分布を広げていく雑草です。米国西部のイメージを体現する存在ですが、実はほんの150年ほど前にロシアの草原地帯から米国に入ってきた植物なのだとか。その類いまれな繁殖力に翻弄される人々の姿を記事は伝えます。大きいものは小型車ほどにもなる丸い塊が、何十、何百も積み重なるのだから壮観です。
     掲載した10枚の写真が映し出すのは、すべて枯れた雑草。茶色っぽく生気をまったく感じさせない姿であるにもかかわらず、なぜか強烈な存在感をもって迫ってくるから不思議です。129ページに掲載したモニュメント・バレーの写真など、プリントして壁に飾りたいなとさえ思いました。砂紋の刻まれたオレンジ色の砂丘と、幾層にも重なる雲の間で、ただそこにあるだけの回転草。どうにもならない不条理さを感じさせる風景を見ていると、小さい頃に読んだ手塚治虫の『火の鳥』のワンシーンを思い出します。(編集N.O)

  • 初めての購読。これから毎月の楽しみの一つになった。

  • こういう写真いっぱいのやつ見てて楽しい。

  • 回転草(タンブルウィード)の記事が一番印象に残った。学名salsola tragus、オカヒジキ属の一種でハリヒジキとも呼ばれる。西部劇でもおなじみの風に飛ばされて転がってる枯草、とのことだが西部劇あんまり見たことないし、自分は昔読んだブラックジャックの中に出てきてたのを思い出した。「雑草界のチンギスハーン」のような存在とも形容されており、繁殖力、成長速度、大きさ、動き、いずれも相当に厄介。火も着きやすい。農作物はもちろん被害を受けるし、住宅を手放す人もいるとか。アメリカ西部の強風もあるんだろうけど、身近になくてよかった、と思ってしまった(アメリカの人ごめんなさい)。
    でもアメリカ原産ではなく、ウラル山脈の東に広がるユーラシア大陸の草原地帯に生えていたのが、他の植物を輸入する際種子が紛れ込んだのをきっかけに爆発的に増殖したものらしい。
    そのうち日本でも問題になる時が来るんだろうか。おそろしや。

    これで2013年のナショジオを全部読んだ。125周年でいろんな企画があって一年間非常に楽しめた。

  • 人類の旅路を歩く
     -文:ポール・サロペック(Paul Salopek)
     -写真:ジョン・スタンマイヤー(John Stanmeyer)
    この単語、いつから英語に?
    “呪われた”子どもを救え
    復活するピューマ
     -文:ダグラス・H・チャドウィック(Douglas H.Chadwick)
     -写真:スティーブ・ウィンター(Steve Winter)
    スキーの起源を訪ねて
     -文:マーク・ジェンキンス(Mark Jenkins)
     -写真:ヨナス・ベンディクセン(Jonas Bendiksen)
    レーザーで遺跡保存
     -文:ジョージ・ジョンソン(George Johnson)
    ちょっと意外な、セイウチ
     -文:ジェレミー・バーリン(Jeremy Berlin)
     -写真:ポール・ニックレン(Paul Nicklen)
    転がる雑草
     -文:ジョージ・ジョンソン(George Johnson)
     -写真:ダイアン・クッック(Diane Cook)・レン・ジェンシェル(Len Jenshel)

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NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2013年 12月号はこんな雑誌です

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