友だち幻想 ――人と人の〈つながり〉を考える (ちくまプリマー新書) [Kindle]

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  • 本書は現代社会における適切な人間関係と「親しさ」のあり方を改めて提起するものです。

    筆者はニーチェの言葉、「愛せない場合は通り過ぎよ」を引用しつつ、「親しさ」「敵対」の二者択一ではなく「態度留保」というもう一つの道を繰り返し強調します。それは時によっては濃密な関係から、あえて距離を置くことで「気の合わない人間とも併存する」ことの重要性を説くもので、「同調圧力」という言葉に代表されるような息苦しい関係性を予防しつつ不要な争いを避けるための工夫でもあります。そして少しでも違うと感じるときに関係を保つ努力を放棄するのではなく、「自分というものをすべて受け入れてくれる誰か」は幻想であるという醒めた意識を持ちつつ、全て受け入れてくれるわけではなくても、自分のことを理解しようとしてくれる人と出会うことを、人間関係における現実的な希望として提示します。

    漫画的な挿絵が随所に添えられていることからも、主に中高生を対象とした形式となっていますが、集団におけるルールのあるべき姿や、「生徒の記憶に残る先生を目指す必要はない」といった教師への過度な精神的関与に釘を刺す助言なども含んでいます。大人になるために必要な人間関係についての考え方の見取り図を標榜する本書は、当然同時に大人はどのようにあるべきかも示唆しており、社会人を含めたそれ以上の年代も意識した、装いよりずっと射程の広い著書といえます。

  • 全てを共感しあう人間関係など築けない。お互いを尊重し、分かり合えないコトを互いに理解するのが大人

    ●感想
     友達なんて要らない、と主張する本かと思ったら、違いました。一人でも生きていくこと自体はできるこの社会において、どう人と付き合っていくのかを真面目に論考している本です。人間関係は、喜びの源泉であり、かつ悩みの源泉でもあります。人とは適切な距離を保ちつつ、いいバランスで付き合っていきたいものです。

    ■本書を読みながら気になった記述・コト
    ●>>「一人でも生きていくことができてしまう社会だから、人とつながることが昔より複雑で難しいのは当たり前だし、人とのつながりが本当の意味で大切になっている」ということが言いたい

    ●>>「幸福」の本質的なモメント
    ①自己充実
    ②他者との「交流」
    (イ)交流そのものの歓び
    (ロ)他者からの「承認」

    ●私たちにとって「他者」という存在がややこしいのは、「脅威の源泉」であると同時に、「生のあじわい(るいはエロス)の源泉」にもなるという二重性

    ●>>人びとは一方で個性や自由を獲得し、人それぞれの能力や欲望の可能性を追求することが許されているはずなのに、もう片方でみんな同じでなければなrないという同調圧力の下に置かれているというあり方に引き裂かれてしまっているのです

    ●>>「子どもの世界はおとなの世界とは違う。子どものころはどんな子どうしでも仲良く一緒になれるはず」というのは、子どもの世界にあまりにも透明で無垢なイメージを持ちすぎなのではないでしょうか。

    ●>>「やりすごす」という発想――無理に関わるから傷つけあう
    「もし気が合わないんだったら、ちょっと距離を置いて、ぶつからないようにしなさい」と言った方がいい場合もあると思います。
     これは、「冷たい」のではありません。無理に関わるからこそ、お互いに傷つけ合うのです。

    ●>>「ルール関係」と「フィーリング共有関係」を区別して考え、使い分けができるようになること。これが、「大人になる」ということにとっての、一つの大切な課題だと思います。

    ●>>ルールというものは、できるだけ多くの人にできるだけ多くの自由を保障するために必要なものなのです。なるべく多くの人が、最大限の自由を得られる目的で設定されるのがルールです。ルールというのは、「これさえ守ればあとは自由」というように、「自由」とワンセットになっているのです。

    ●>>要は、「親しさか、敵対か」の二者択一ではなく、態度保留という真ん中の道を選ぶということです。

    ●>>先生というのは基本的には生徒の記憶に残ることを求めすぎると、過剰な精神的関与や自分の信念の押しつけに走ってしまう恐れがあるからです。だから、生徒の心に残るような先生になろうとすることは無理にする必要はなく、それはあくまでラッキーな結果であるくらいに考えるべきで、ふつうは生徒たちに通り過ぎれられる存在であるくらいでちょうどいいと思うのです。
    →、これ、会社における先輩、後輩の関係にもいえるとおもいます

    ●>>一生懸命普通にしようとしているんだけど、そこからどうしても力量があふれ出してしまうから個性的な人間なのです。だから、たとえば「ノーベル賞を取れる人材を育てる」といったことを学校が目標し標榜することは、ちょっと違うんじゃないかなという気がします。

    ●>>価値観が百パーセント共有できるのだとしたら、それはもはや他者ではありません。自分そのものか、自分の<分身>か何かです。

  • 1日もあれば読める、人との付き合い方のヒント集。

    「みんな一緒」「話し合えばわかる」「みんな友だち」そんなひと昔前なら重要視されてきたムラ社会的発想が、ひとりでも生きていける現代には通用しなくなっているのではないか?それが逆に人付き合いを苦しいものにしているのではないか?という疑問からスタートする。

    自分以外はみんな他者である。見知らぬ通行人も近所の人も会社の同僚も友人も恋人も伴侶も兄弟も親でさえも。100%分かり合えることなんて不可能である。不和も不一致も理解できない部分も衝突する部分も必ずある。ならばその違いを理解した上で、お互いに配慮したルールを作り適度な距離感を見つけることが大事なのではないか、という考え方に共感する。

    どこにでも必ずいる「自分とは相容れない人」を排除するのではなく上手く付き合っていく方法など、具体的とまではいわないけど、考えるきっかけとしてはちょうど良い内容になってると思う。

  • 自分の素直な意見を主張することが苦手だと感じている人におすすめ。ルールはみんなを束縛するものではなくて、「自由」にするためにある。この言葉が印象に残っている。教員はもちろんのこと、子供への接し方も大きく変わる本だと思う。

  • 【印象に残ったところ】

    「生徒の記憶に残るようなりっぱな先生をめざすことは、必ずしも必要ない」(p97)

    先生というのは基本的には生徒の記憶に残ることを求めすぎると、過剰な精神的関与や自分の信念の押し付けに走ってしまう恐れがあります。
    そのため、生徒の心に残るような先生になろうとすることは無理にする必要はなく、それはあくまでラッキーな結果であるくらいに考えるべきで、ふつうは生徒たちに通り過ぎられる存在であるくらいでちょうどいいと思う。自分が受け持ったいろいろな性とのなかで、とても幸運なことに「ああ、あの先生よかったな」と記憶に残してもらえたならば、それはもうラッキーこの上ない、満塁ホームランみたいなことなんだというくらいの構えでいいいと思うのです。それを、文科省以下世間も父兄も、すべての教師に、人格の高い高邁な資質を求めているようで、それは困るよと言いたいわけです。それこそ金八先生みたいなタイプこそあるべき先生だというのは、ちょっと違うんじゃないかなと。学園ドラマの先生のようなことをやろうとすると、生徒の内面を無理矢理いじることになるから、それはとても危険なことなんだよ、ということを学生たちには伝えています。
     最低限、「ああいう先生にだけはなりたくない」というマイナスの形で記憶に残るような先生、生徒の意識に一生消えないようないやな記憶を残すような先生にだけはならないことの方が、よっぽど本質的で大切なことなのです。(p98)

    第6章 家族との関係と、大人になること
     子どもは親にとって少しずつ他者性を帯びていく存在であり、またそう捉えていかないと、あとあと親子の関係が厄介なものになる危険があるのです。過保護や過干渉、依存をはじめ、いわゆる「親離れ、子離れできない」という問題は、この辺にも原因がありそうです。
     つまり親子は、他者性ゼロからスタートして、やがて少しずつタさy製をお互いに認めるような方向に行かざるを得ません。(p108)

     そして、思春期あたりでぶつかる問題があります。
     このごろはさまざまなケースがあってい違いにはいえませんが、ふつうは思秋期あたりになってくると親の言うことを聞かなくなったり、親の価値観に疑いを持ったり、親とは違う価値規範を洗濯するといった行動をとるようになります。その程度が激しく表れた時に、いわゆる「反抗期」ということになるわけです。親から自立しようという気持ち(=自立志向)が子どもに出てきているのが原因です。(p109)

     では大人になるということは一体どういうことなのか。
     よく言われることは、一つには「経済的自立」、もう一つは「精神的自立」ですね。経済的自立についてもこのところ難しいことがいろいろあります。学校を出てもすぐには正規の職業になかなか就けなかったりして経済的に自立が難しかったりするのと、そもそも就学期間が以前に比べて格段に長くなって、大学進学はもちろん大学院への進学者も増えている結果、やはり経済的自立がなかなかできないまま大きくなるということもあります。昔なら高校あるいは中学校を卒業してすぐ経済的に自立した人たちも多かったのですが、今は三十歳くらいまで親がかりという人だってそう珍しくはありません。
     また精神的自立についていえば、このごろは、いつまでたっても精神的に大人になりきれていない人も多いようです。精神的自立ということをどのように捉えるかにもよるのですが、私は「自分の欲求のコントロール」と「自分の行いに対する責任の意識」というものが重要な構成要素だと思っているのですが、この二つをキチンと兼ね備えた大人というのは数少ないのかもしれません(じつはかくいう私もこの点に関してはまったく自身がありません)。

    世間でもよく指摘されるこの二つの他に、大人であることの重要な要素だなと私が思うのは、「人間関係の引き受け方の成熟度」というものです。それは、親しい人たちとの関係や公的組織などで、ある役割を与えられた中で、それなりにきちんとした態度をとり、他者と折り合いをつけながら、繋がりを作っていけることだと思います。
     百パーセント完全に大人というのはなかなか難しいことですが、若い人たちも単に経済的自立だけを指標とするのではなくて、精神的自立さらに人間関係の引き受け方の成熟度について自分なりに捉え直してみることも大切かもしれません。(p115)

     大人になるために必ず必要なことなのだけれど、学校では教えないことが二つあります。
     一つは、先に述べた「気の合わない人間とも併存しなければならない」ということと、そのための作法です。
     もう一つ教えないことは何かと言うと、「君にはこういう限界がある」ということです。
     そもそも人間が生きている限り、多かれ少なかれ限界や挫折というものは必ずやってくるものです。
     それを乗り越える丹野心構えを少しずつ養っておく必要があるのですが、いまの学校では、「君たちには無限の可能性がある」というようなメッセージばかりが強くて、「人には誰にでも限界がある」「いくら頑張ってもダメなことだってある」ということまでは、教えてくれません。
     子どもたちを傷つけてはいけないとか、子どもはみんな可能性を秘めているといった考えからなのか、いまの眼光では、むかし以上に競争をさいっ証言に抑えようという雰囲気があるようです。評価も本当はしているはずなのに、それが表からは見えにくいような工夫がなされています。でも、一方で社会はいま、昔以上にものすごく競争がきつくなっている「4評価社会」なのです。
     こうしたずれがあるので、社会に投げ出されたときにものすごいギャップを感じてしまうわけです。挫折や限界にいきなりぶつけられたら、人はどうしていいか戸惑ってしまうでしょう。学校にいる間だけは社会の辛い波風にはさらしたくないというのは、一見いかにも子供たちのことを考えているようで、じつは本当のところで子供たちの将来についてきちんと考えているない無責任なタイトといえるかもしれません。
     このギャップについては、卒業した私の教え子たちも、いろいろな形で行ってきます。だから、学校文化の中でもある程度、どんな人間にも限界があるということ、将来挫折というものを体験した時にどうしたらいいのかということについて、知識としてもあるいは体験としてももっと教えてもいいのではないかと思います。「無限の可能性」だけをあおって、子どものセルフイメージを肥大化させるだけでは、やはりまずいんじゃないかなと言う気がします。
     それは家庭の教育においても同じことがいえると思います。
     こうした問題に関連して、子どもたちにぜひ伝えなければならないなといつも考えていることが二つあります。
     それはどんなにい自分が出来ると思っていることにでも、世の中には必ず「上には上がいる」ということ、そして「どんな活動のジャンルにも、ものすごく努力して一流をめざそうとしている人とそうでない人達がいる、活動のジャンルそのものには貴賤はない」ということです。
     勉強でいい成績を取ったり、何かの活動で優れた評価をされたときには、もちろん褒めてあげることはとても大事なことです。でも折に触れて、世の中にはもっともっと優秀でもっともっと努力している人たちがいろいろな分野で沢山いるということを子どもに教えることも、とても大切なことだと私は考えています。
     自分がどんな狭い世界でもいいからとにかく一番でいたいという気持ちが強い子は確かに向上心があるという良い面がある反面、自分が一番になれない場合、自分より優れた人間の足を引っ張ろうとするような良くない面を持ちがちなものです。勉強が出来る子、親に大事に育てられていそうな子、ちょっと用紙がかわいい子などがいじめのターゲットにされがちな傾向がいま強いのは、こうした自分の限界や挫折を知らない子どもたち、あるいはなかば知っていながらそれを認めたく成子どもたち、教育者の諏訪哲二さんの言葉を借りれば「オレ様化する子どもたち」が増えてきたからでしょう。
     しかし大人になるにつれて、いろいろな挫折を経験して自分の限界を知ったり、自分より優れている人間がこの世にはたくさんいるということを知らされたり、自分が思っているほどには自分は大した人間ではないということをいやでも思い知らされた李します。
     これを私は人生の「苦味」とよんでいます。こうした苦味に耐え切れずにルサンチマンの縁に落ちたまま這い上がってこれないような人間にだけはなった欲しくはないものです。
     苦味というものをどうしてもかみしめざるをえないのが大人の世界なのです。
     でもその苦みを味わおうという余裕が出来てこそ、人生の「うま味」というものを自分なりに租借できるようになるのです。挫折のない人生なんておよそ考えられません。

     例えば難しい仕事を何とかやりとげた喜びや、組織の中でそれなりにストレスなどを感じながらも評価されるとか、最初は自分には全然向かないと思った仕事がこなせたときに、「あ、自分って案外こういう分野でもできるのかな」というような知らない自分に出会ったりとか。そういううま味は、苦味の先にあるのです。一言でいうと「苦味を味わうことを通して味わううま味」というものを経験できるようになることこそが、大人になるということなのだと思うのです。

  • 人と親しくなったり、つながりを持つのは大切だが、そのことで傷ついたり、人に追い詰められた気分になることも多いのが悩みだったので読んでみた一冊。無理に関わらず、どうやり過ごすかのヒントをいくつか得られたように思う。

  • 「自分を全て受け入れてくれる友だちなど幻想である」「自分以外の他者は皆他人で、必ず自分とは違う部分も持っている」そう言った前提に立ち返る事で、コミュニケーションについての再考を促す書籍。

    人間関係、特に友だちとの関係性やクラスでの関係性に悩む中高生に良い。

    また内容としては中高生向けに書かれたのだろうが、成年でも十分に役に立つ。

  • 日頃から感じているもやもやにこたえてくれるかも?!
    ―N.S.先生

  • 同調圧力 ネオ共同性
    リースマン 孤独な群衆 他人指向型
    .
    「愛せない場合は通り過ぎよ」ニーチェ ルサンチマン
    あえて近づいてこじれるリスクを避ける
    .
    竹田青嗣 自分探しの哲学
    .
    最大限の自由のためにルールを作る

  •  「ともだち100人できるかな」童謡『一年生になったら』の歌詞だ。100人で、富士山の上で、おにぎりを食べたい、と続く。私が入学した小学校は、1学年の児童数が90名程度であった。100もの友人関係を築くには、同級生だけでは足りなかったろう。ましてやその全員と富士登山を果たすだなんて。

     現実社会には、「一年生になったら」の友だち意識が根付いている。学校でも会社でも「みんな仲良く」「ひとつになって」と、ことさらに同調を求められてはいないだろうか。

     無理なことを当たり前のことのように言えば、それは「幻想」に他ならない。著者は本書を「友だち幻想」と題した。人と人とのつながりの常識に無理が生じていると指摘しているのだ。社会にでれば、どうやったって価値観の合わない人はいる。同調することなどできなくて当然なのだと。その上で、わかり合えない他者とどう過ごして行くべきかを問う。

     「ほらね そっくりなサルが僕を指さしてる」辻仁成さんが作詞・作曲した『ZOO』の歌詞だ。街で出会う人々のことを、人間以外の動物に例えている。ニワトリ、ウサギ、ペンギン、ナマケモノ、ライオンにハイエナ。それぞれ異質で、触れ合いたいと強く思うものもいれば、興味はあるが近づきがたいものもいる。人と人とのつながりのあり方も、同じなのだろう。異質性を認めながら、価値観の違いに親しみを感じられる関係が理想なのだ。そう感じた一冊であった。

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著者プロフィール

1960年生まれ。東北大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程単位取得。東北大学文学部助手などを経て、現在、宮城教育大学教育学部教授・学長特別補佐。専攻は社会学(社会学思想史・コミュニケーション論・地域社会論)。著書に『友だち幻想』『教育幻想』(ちくまプリマー新書)、『ジンメル・つながりの哲学』(NHKブックス)、共著に『社会学にできること』(ちくまプリマー新書)などがある。

「2018年 『愛の本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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