ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 脇役ながら、ユダヤ人シャイロックの存在感が圧倒的。

    同時代の劇作家フィリップ・マーロウの『マルタ島のユダヤ人』と筋書きが似ているらしい。
    解説には両者の違いについても触れられている。

    まだ二十代後半のシェイクスピアが、同じ題材でも「自分ならこう書く」と挑戦状を叩きつけてみせたものなのだろう。

    こういう古典で若者の「やってやるぜ感」を垣間見ることは、なんだか好きだ。
    とうの昔に年老いて墓の中に入った人物も、かつてはこの世に存在し、若さと創造力を武器にして世の中へうって出たのだ。
    「ヴェニスの商人」にはそういうみずみずしさが残っている気がする。

    迫害を受け続けてきたユダヤ人を代表するように、積年の恨みを語らせる場面が頻出する。
    食事に豚の丸焼きが出てくるだけで気分が悪くなるといった、戒律の違いから来る細かなストレスまで独白されていて、悪役の内面に光を当てている。
    何の役にも立たないアントニオの肉一ポンドにこだわり続ける執念も、それはまあ無理もないか、と納得させられる。

    最終的にはキリスト教徒の慈悲、という名の単なるとんちが勝利し、勧善懲悪的な結末を迎えるので、やっぱりそこは大衆人気を意識して書かれている感はある。とはいえキリストを殺したユダヤ人は差別されて当然という考えが横行していただろう当時としては、思い切った表現だったのではあるまいか。

    またアントニオは愛する友人バサーニオのために身をなげうつ高潔な人物に描かれ、周囲からも有徳の士として尊敬されている。
    ただしその高潔さも慈愛も、相手が白人のキリスト教徒ならばという前提がつく範囲限定のものだ。

    シャイロックのことを野良犬とののしり、おそらく自分の貿易船の運行には有色人種の奴隷を使っている。
    汝の隣人を愛さない偽善を、もろにそれとは言わずにシェイクスピアは書いているようにも見える。

    こうしたアントニオの「範囲限定の愛」や「サクッと人種差別」といった言動は、自分たちこそ世界の覇権をにぎっているという自負がじめじめと培養した傲慢さにほかならない。
    この傲慢さは現代の白人たちにも、遺伝子のごとく脈々と受け継がれているように思う。
    ふだんは表に出てこなくとも、ふとしたことで表出する。

    格闘技の試合会場で黒人選手が出ると、白人の観客席から冷やかすような口笛やヤジが飛んだり、あるいは街のバーで酒を飲んだ白人たちが、たまたま店の前を歩いていたアジア人に下品な言葉をかけたり、喋り口調を真似して笑ったりするような場面だ。

    そういう「サクッと人種差別」をした数分後に彼らは、自分の母親や子供を「愛してるよ」と言って抱きしめていたりするのだ。
    彼らはひとつ愛を積み上げた裏で、憎悪の種をも積み重ねている。
    昔っから、ずっと彼らはこうなのだ。

    「範囲限定の愛」や「サクッと人種差別」をするアントニオを客観視させられながら、言いがかりに近いポーシャのとんちで裁判に勝った結末を見た当時のロンドンの観客たちは、九割七分はスカッとしつつも、残り三分は小さなとげが指に刺さったような、かすかな罪悪感を覚えたのではないだろうか。

    世界劇場を意識した「地球座」とはいえ、そんな観劇体験まで意識して上演していたのかはわからないが。

  • 「ありあまりては老いは早し、足るを知れば命永し」

    ナポリの王様 御自分の馬のことしかしゃべらない
    ドイツの伯爵 しかめっ面のしどおし。ボヤキ専門の哲人
    フランスの貴族 どこの誰でも真似するから、どこの誰でもなくなってしまう
    イングランドの男爵 ラテン語は駄目、フランス語も駄目、イタリア語も駄目。あの服の取り合わせは、いったい何?おまけにお行儀は全ヨーロッパのごちゃ混ぜ製よ。
    スコットランドの貴族 ずいぶん隣人愛に篤いお方らしいわね。
    ドイツの若い方 お昼過ぎると最低のもうひとつ下、だって酔っぱらってるんだもの。

    悪魔も聖書を持ち出して屁理屈をこねる

    ユダヤ人には、目がないのか。ユダヤ人には、手がないのか。胃も腸も、肝臓も腎臓もないというのか。四肢五体も、感覚も、感情も、激情もないというのか。

    もし、ユダヤ人がキリスト教徒に辱めを加えたら、キリスト教徒は何をする?右の頬を打たれたら、黙って左の頬を出したりするか?いいや、復讐だ。

    影にすぎぬこの絵

  • 本編の面白さもさることながら、解説も含めて読むと、シェイクスピア作品がどうして現代にいたるまでの400年という時の流れで生き残ってきたのか、というのがなんとなく理解できた気がしてよかった。
    タイトルになっている「ヴェニスの商人」はアントニオという男のこと。
    彼は、友人のバサーニオのために借金をする。金を貸してくれたのは、ユダヤ人の金貸しであるシャイロック。借金をする際に、返せなかったら、自分の肉を1ポンド与える、という証文を書く。
    アントニオの保証で借りた金を使い、バサーニオはポーシャという女性に求婚する。そして、ふたりは結婚することになる。
    アントニオはすぐに金を返すつもりだったが、思わぬ事態になり、返済期間に間に合わなくなってしまう。
    シャイロックはアントニオに肉1ポンドを求めて訴訟を起こす。
    といった物語。
    疑問だったのは、冒頭でアントニオが「おれの信頼があれば、ヴェニスで金を貸してくれるやつはいくらでもいるさ!」みたいなことを言うのだが、なぜかよりによってアントニオを憎んでいるシャイロックから金を借りてしまう。誰でも金を貸してくれるのではなかったのか。
    また、シャイロックはユダヤ人なのだが、アントニオは思い切り彼を罵倒するし、全体的にユダヤ人の扱いというのが低い。キリストを殺した民族という宗教的な問題があるのだろうが、このあたりはキリスト教徒の闇だなあと思った。
    ちなみに、本作は男性が美女に熱烈な求婚をして射止める、というのが中心になっている。結婚に際して「命を捧げます」みたいな誓いをたてるにもかかわらず、結果としては男の友情が優先される。このあたりの女性の扱いの軽さは時代性なんだろうか。
    本編も面白いのだが、解説も面白い。
    シェイクスピアの作品はいつもネタ元がある。どんなネタ元なのか、というのが書いてある。
    自分の印象だと、シェイクスピアのネタの扱いって、ほとんどパクリとか盗作といったレベルなのだが、長い年月を経て誰もが知っているのはシェイクスピア作品のほうだ。
    なぜシェイクスピア作品が生き残っているのか、というあたりが解説を読んでいるとわかる。つまり、表面的なプロットを追うのではなく、その行動をとる人間の心理を把握しているのだ。
    これは現代におけるクリエイティブでも同じことだと思う。
    うわっつらだけとりつくろっても、人の心をつかむことはできない。魂がこもっていなければならないのだ。
    シェイクスピアはそれができたのだと思う。
    これは大切なことだ。
    シェイクスピアに限らずどの芸術作品でも、作者が生きたそれぞれの時代や場所に、考え方や時代背景といったものがあって、その中でそれぞれの作品が生まれてきた。だから、現代にはそぐわない考え方などはいろいろあって、そういうものに目を止めて、いろいろと考えてみるのも面白い。

  • 中学生の時に読んだこれを読み直し

    どいつもこいつもwww
    というか、キリスト教徒!
    すんげぇヤな奴らばかり!
    そろいもそろってどこまで下劣なんだか!
    それに比べて、シャイロック
    キリスト教徒らに公衆の中で罵られ、唾まで吐きかけられて、
    あげくの果てに改宗まで……
    なんたる侮辱か

    いや、これはシェイクスピアの痛烈な批判かもしれない
    聖書を振りかざして、民衆を脅し、金をむしり取り、やりたい放題の聖職者たちに対する、ね

  • 言わずとシェイクスピアの戯曲。
    途切れ途切れ読んでいては退屈に感じていたが、劇を鑑賞するように一気に読むのが面白い。
    ユダヤ人対キリスト教、高利貸し対義理。中世のベネチアを舞台に喜劇的な様子が散りばめられている。名作というよりかは、一方を辛辣に批判して大衆の喝采を得る、そんなヒット作を狙った打算的な一面が垣間見える。

  • シャイロックが不憫だが、一番人生を感じる。主人公や親友が幸せになる一方、彼らの人生はうわ滑ってる感じがする一方で、人間味を感じるのは悪役たるシャイロックだ。

  • ヴェニスの貿易商アントニオが、
    裕福な貴婦人ポーシャへの恋に悩む友のため、
    ユダヤ人高利貸しシャイロックから、
    自身の肉1ポンドを担保に借金をする。
    商船の難破で財産を失ったアントニオに、
    シャイロックが返済を迫るお話だ。

    物語は見事シャイロックをやり込め、
    アントニオは無事助かる勧善懲悪にも見える。
    でも不思議とシャイロックは憎めない。
    彼には彼の正義があり苦しみがある。
    自分の才覚一つで生きる
    反骨の意地や信念を感じさせる。
    地位ある者びいきの
    社会の不条理さを思わせもする。

    そうなると”持てる者”ポーシャに、
    傲慢さや驕りの気配が漂いそうなのに、
    それもない。
    じゃじゃ馬のような愉快な活躍ぶりに、
    大らかさや伸びやかさを感じさせる。

    まるで入り組んだり別れたりしながら、
    河口に向かう幾筋もの大河のような物語だ。
    さまざまな物語をさまざまな視点から楽しめる。
    それぞれの登場人物の個性が立っているから、
    戯曲だけれど物語がすんなり頭に入ってくる。
    すべての人物が輝き、どの人生にも光がある。
    シェイクスピアのシェイクスピアたる所以だな。

  • シャイロックは確かに悪いけど。。。。でも、アントニオやバルサーニがいい人とも思えない。
    そもそも、ユダヤ人に対する差別的な扱いがあったのなら、そこに問題があると思った。
    また、アントニオはともかく、バルサーニは散財していただけで碌なことはしていない。
    ポーシャとの指輪のやりとりは面白かったが、女は怖いという印象。

  • 「それならば、屈辱を加えられれば、どうして復讐をしないでいえられる。」

    義憤にかられる作品。
    これが喜劇なのか。

    とても面白い。

  • 解説もよかった。

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著者プロフィール

1564-1616。イギリスの劇作家・詩人。悲劇喜劇史劇をふくむ36編の脚本と154編からなる14行詩(ソネット)を書いた。その作品の言語的豊かさ、演劇的世界観・人間像は現代においてもなお、魅力を放ち続けている。

「2019年 『ヘンリー五世 シェイクスピア全集30巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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