道徳の系譜学 (光文社古典新訳文庫) [Kindle]

  • 光文社
3.59
  • (4)
  • (6)
  • (4)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 125
感想 : 13
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (290ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 序章と解説だけ読んだ。

    結論としては、「問い」を用意していたり、筆者や本の主張に「特別な関心」を持っていない場合においては、数十年以上前の名著については要約された入門書で十分だと思った。

  •  『善悪の彼岸』に苦戦したが、とりあえず論文形式のこの本も読んだ。
     論文形式であるが故に『善悪の彼岸』よりは自分は理解しやすかった。結構女性に関する偏ったものの見方をお持ちなのだが、ショーペンハウアーより偏ってる気がする(個人の感想です)。

    ”人間は何も意欲しないよりは、むしろ虚無を意欲することを望むものである…。”
    ”「わたしは苦しんでいる。そしてそれは誰かのせいでなければならないはずだ」ーこれがすべての病める羊の考えることである。”
    この後に羊の牧者である禁欲的な司牧者が、「誰かというのはお前自身のことなのだ。お前がこうなったのは、お前だけのせいなのだ」とルサンチマンの方向を転換するとある。鼓舞しているのね。ようやくニーチェの「意図」がわかってきた感じがする。わからないなりにも『善悪の彼岸』で得たイメージを土台にすると確かに理解は進む。それでも自分にとっては読みにくい...。
     ときにギラッとしたものを放ってくる文章なのだけれども。
     驚いたことに、この後直ぐに『ツアラトゥストラはこう言った』(岩波文庫)を読み始めたら、めちゃめちゃ面白い。

  • うーむ
    ツァラトゥストラを読んだのは高校か大学生の時だったか
    檄久で読みましたがちょっと入り込めなかった
    一旦評価なし
    時期とかもあるよね読む

  • 先の衆院選の結果を受けて、twitterに呪詛の言葉が飛び交った。特定政党や特定政党に投票した有権者を誹謗中傷するツイートを読んでいるうちに、これってルサンチマン?という疑問が浮かび、ルサンチマンの本家を読むことにした。
    ルサンチマンやユダヤ・キリスト教の分析は現代日本にも通じるところがあり、興味深く読めた。

  • 中山元氏の解説で本書の理解は事足りる。

    そのうえで、
    哲学や芸術だけでなく科学も形而上学的な信仰に依拠していると語っているのは、まさに科学信仰が跋扈している現代に生きる者として最も脳天を打たれたことである。

  • ユダヤの民の道徳的な価値観を引き継いだ、キリスト教的な価値の転倒を狙っている本。人が当たり前に持っている、弱さの裏に隠れた真実の追求をしている。洞察が深くて読んでいる途中気持ち悪くなる。

    詳細は下記。
    https://note.com/t06901ky/n/n2f0a5ba1df32

  • ニーチェの作品。
    非常に熱烈で面白い。

    ルサンチマンという、現代にも通用する言葉を、興味深く読んだ。
    自分も含めて、他者との比較において物事を決めている。
    相手と同じようなレベルの洋服を着なくてはとか、高級な腕時計がほしいとか。そういうものはルサンチマンによるものが大きい。

    先祖と言うものが神聖化され、現代の私たちは圧迫すると言う考え方、例えばスティーブ・ジョブズがいることで、アップルと言う会社はその後もスティーブジョブスを神聖化して、ジョブスの精神を汚さないように恐れおののいて仕事をしていくと言うことだろうか。

    3つ目の論文、芸術に対するニーチェの意見は、芸術家は本人と彼が作り出す作品は関係がないとしているが、その点は個人的には納得ができない部分だった。芸術家は自分自身の中にあるものを表現するのであり、全く関係がないものを作るとは考えられない。

    ぼくらは自らを磨き、高めていくことを目指す必要がある。

  • ”良心”というものは、本能を生きていた時代から、社会に閉じ込められた際に発生した、人間の<深い病>である。国家等の社会は、苦痛を伴う法を制定することで、債務を約束できる人間とさせた。本来もっていた野性的な本能が外部に捌け口を見出すことができず、人間の内部に刃向かうこととなった。欲望を満たすことのできる、かつての”よきもの”を悪い人間とみなし、その反対の自分たちこそ善い人間であるとみなすことで道徳的概念が生まれた。反動と怨恨の本能こそが、文化の真の道具である。このような人間は自らに向けた拷問をさらに鋭いものとし、その究極として「神」に姿を変えるようになった。人間の問題は「何のために苦悩するのか?」という叫びに答えがないことである。宗教上の司牧者は、弱い人間の怨恨の方向を変える者であり、苦悩の原因を弱い人間自身のうちに求めさせた。そのため自立した個人とは、自己の欲望を否定できる人物となっていった。

  • ツァラトゥストラのほうがなれると彼の言うところを読み取りやすいかもしれない。

    簡単な例えで、彼の言葉を代弁してみたい。
    例えば、ハリウッド映画とキリスト教、どちらがマシだろうか?キリスト教は、貧しいもののための天国を説く。彼らの天国に行くと貧者や奴隷だけがいるらしい。ハリウッド映画は恐ろしく単純で、最後は正義が力をふるい、悪を倒す。キリスト教は彼らの敵に破れ、泣きながら行進する。ハリウッド映画は正義が最も力を持つ。どちらがマシだろうか?ハリウッド映画の主人公達は強く正しいからこそ、単純なのだ。

    力あるものにとっては、争い、戦いもそれらを生かす環境条件。

    p60.
    (騎士的な、貴族的な人々は)能動的な人間だったから、幸福と行動を区別する必要もなかったのである。...行動することを幸福であることの一つとしてみなした...
    (対して)無力なもの、抑圧されたもの、...における幸福は...休息、平和、「安息日」...受動的なものとして訪れる。

  • 原題: Zur Genealogie der Moral: Eine Streitschrift (1887)
    著者:Friedrich Nietzsche(1844-1900)
    訳者:中山元(1949-)

    ※原文(独語)
    http://www.nietzschesource.org/#eKGWB/GM

    【版元】
    2009年6月11日発売
    定価(本体780円+税)
    ISBN 978-4-334-75185-2
    古典新訳文庫
    判型:文庫判ソフト
    https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334751852

    【抜き書き】
    “節のサブタイトルはすべて訳者によるものである。”(3頁)

    “ 刊行された『善悪の彼岸』を補足し、説明するための書物として ”(8頁)

    【簡易目次】
    凡例 [003]
    目次 [005]

    序(オーバーエンガディンのジルス・マリアにて 1887年7月) 009
      一 自己意識という難問
      二 認識の樹
      三 アプリオリな問い
      四 道徳の系譜学の前史
      五 同情の哲学
      六 道徳の危険性
      七 道徳の歴史の重要性
      八 読解の習練

    第一論文 「善と悪」と「良いと悪い」 029
     
    第二論文 「罪」「疚しい良心」およびこれに関連したその他の問題 095

    第三論文 禁欲の理想の意味するもの 183

    訳注 [329-345]
    解説――『道徳の系譜学』の方法(中山元) [347-368]
      系譜学の方法の目的
      社会契約と刑罰の役割――第二論文
      第一の逆転:良心の発生
      第二の逆転:ルサンチマン――第一論文
      二つの道の統合:司牧者の役割――第二論文
      哲学と学問の批判 
    ニーチェ年譜 [370-375]
    訳者あとがき 中山元 [376-378]

全13件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)
1844年10月15日 - 1900年8月25日
ドイツの哲学者、古典文献学者。近代がはらむ問題を一新に受け止め、古代以来の哲学との対決に挑み、実存主義の先駆者、生の哲学の哲学者として知られる。その思想は20世紀に続く様々な思想に衝撃と影響を与えた。
代表作に『悲劇の誕生』『道徳の系譜』『ツァラトゥストラはこう言った』『善悪の彼岸』など。

ニーチェの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ヴィクトール・E...
リチャード・ドー...
サン テグジュペ...
ミヒャエル・エン...
リンダ グラット...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×