それでも夜は明ける(マイケル・ファスベンダー出演) [DVD]

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感想・レビュー・書評

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  • (DVDでなく映画のレビュー)
    こういう社会的に重要なテーマを扱っていて悪口を言いにくいような映画を絶賛するのって何となく口幅ったいのですが、ものすごくいい映画でした。奴隷制を扱っていることを抜きには絶対に語れないし、語ってもいけない映画だとは思うのですが、それはとりあえず脇に置いておいても、人間を描いた映画として見ごたえがあります。説明的でなく余白を持たせた表現といい、美しい映像いい、そういう表現に耐えるだけの俳優陣の演技といい、最近見た中で圧倒的にベストの映画でした。DVDも買おうかと思っています。
    以下ものすごく長文です。

    主人公は北部で自由人(非奴隷)として生まれ育った黒人男性。誘拐までは(おそらく差別はあるにしても)意外なくらい中流の知的で幸せな生活をしていて、観客にすごく近い存在。彼にとって奴隷制に放り込まれることは、エイリアンに誘拐されたような、思っても見ない不条理な体験だったでしょう。主人公と生まれたときから奴隷としての人生しか知らない南部の黒人たち、北部の都市と南部の農園、(一見)優しい最初の主人フォードと残酷な次の主人エップス、という対比が効果的ながらやりすぎになっておらず、実話をベースにしていながら脚本が巧みであることに驚かされます。色々な白人を描くことで「いやあ、優しい主人だってたくさんいたし」という言い訳を封じ、主人に「愛され」ることで何のメリットもなく不幸が増すばかりのパッツィを描くことで「うまくやった黒人だっているし」という言説を封じてもいると思います。
    Everymanとしての役割をチュイテル・イジョフォーがきっちり果たし、その周りに新人離れした(それとも新人だからこそ?)驚異の演技を見せるルピタ・ニョンゴ、人間の弱さや醜さを繊細に演じたマイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、サラ・ポールソンたちがいて、脚本のポテンシャルと監督の期待に見事にこたえています。正直言ってブラッド・ピットはスターのオーラが消し切れていないように思いますが、彼が奔走して自分も出演するといったからこそ資金繰りができたのだろうし、フォードやエップスの役をやると言い張らなかったことも立派だし、そこは大目に見ないといけないでしょう。
    白人たちが理解を越えた邪悪な存在としてではなく、醜さも含めてとても人間的なのが却って怖い映画でした。自分より下と信じている生き物に間違いを正されて逆恨みをする人、一見優しいけれど自分が不都合をこうむってまで他人の権利を守る気はない人、物質的に不自由はないけれど愛も目的も自由もない人生でその鬱屈を自分より弱いものにぶつける人など、奴隷制という特異な状況下にあるとはいえ、根本的に自分と全く切り離された怪物ではなく地続きの人間であり、自分の持つ醜い部分との共通点も感じるからこそ、そんな人たちがそこまで残酷なことをすることが恐ろしい。一番の「悪役」であるエップスさえ、「ジャンゴ」のディカプリオのような突き抜けた悪役ではなくて、弱くて自分に自信がないから周囲に当たるひどい人なのだけれど、多分奴隷の主人という立場でなければここまでの被害は出さなかったというか、善人ではないけど別にそこら辺にいる程度の人で、だからこそそういう普通にある人間の醜さを、制度が増長させたらここまで行ってしまうのかという恐怖がある。

    フォードをはじめとする「優しい」奴隷の主人たちを見ながら”feeling guilty or “being nice” is not enough to combat racism”というネットで見かけた引用を思い出したり、エップスのエスカレートぶりにスタンフォード監獄実験の話を思い出したりもしました。日本の差別の状況と簡単に引き比べられるような映画でもないのですが、制度的に差別を容認してしまうことがどんなに恐ろしいか、ということは肝に銘じるべきと思います。

    「社会的に重要」というところに話を戻すと、当事者であるアメリカ人にとっては、特に白人と黒人(奴隷主の子孫と奴隷の子孫と、もしかしたら奴隷主と奴隷の間に生まれた子供の子孫)にとっては、映画館で並んでこれを観るのは直接的な痛みを伴う経験だったのではないかと思うし、そんな映画を作って配給した製作者の勇気と映画人として意気に感動します。「この映画にアカデミー賞をあげて、それで満足してしまっている人たちがいる(現在実際にあるレイシズムの解決につながっていない)」という批判も目にしましたし、それも一理あるとは思いますが、恥ずかしい過去をなかったことにせずきちんと受け止めようとする作業は大切だし、誠実な態度だと思います。最近実話の映画化を続けてみましたが、こういう「実話を切り口にある時代を映画化することで物語として共有していく」文化がアメリカにはあるなあと思います。もちろんそれには危険な面もあるわけですが(映画が正確とは限らない)、多くの人に感情面も含めて共有される方法としては効果的ではあるなと。
    真面目な映画だけに、黒人が自分の手で悪い奴らを皆殺しにして彼女を救い出したジャンゴのようなカタルシスはなく、だから見たくないとう黒人がいるというのもそうだろうなあと思います。主人公が自分で逃げたのではなく、理解のある白人の登場を待たなくてはならなかったのは黒人の弱さではなく、抑圧があまりにも体制的で個人の才能や努力でひっくり返せるようなものでなかったということなのだけれど、映画としては主人公が力を取り戻して終わる、ヒーローもののパターンではない。主人公が12年たって救われるシーンでも他の人には救いは来ないし、帰還後の主人公もエンドノートによると晩年の様子が分からないそうで、不吉な予感が残ります。実際の歴史が惨いので、こういう描き方は誠意があると思いますが、つらい映画ではあります。
    単純に暴力描写がどうこうではなく、精神的体力がないとみられない映画。それでも、題材が重要だということを離れても、映画好きなら見て損はない映画だと思います。★5つ。

  • 感動作ではありません。
    ワリと淡々とストーリーは流れ、そうね、それでも夜は明けるんです。
    黒人の奴隷ものストーリーといえば、思い出すのは、むかーしむかしのTVドラマ「ルーツ」ですねぇ(古っ!ははは)
    この映画を観て、「自由黒人」という人たちがいたことを知りました。
    でもね~、肌の色が違うだけど同じ人間なのに、奴隷を私有物、私的財産ってどうして思うことができるんだろう。
    人は時として、他の人を見下すことで自分の存在位置を認識しようとします。それがいじめであったりするわけで。
    それにしても酷すぎる話です。
    今でもその差別は残っているのも信じられない。
    ブラピが出演していると聞いたんだけど・・・いつでるのかな?って思っていたら・・・ちゃんとおいしい役をしていました!ははは
    それに主役を演じたキウェテル・イジョフォーって・・・「キンキーブーツ」でドラッグクィーンを演じた人じゃないですかぁ!!あの映画もよかったけどね^^
    出演者全員がいい演技をしていました。憎々しい残忍な農場主、奴隷制に疑問を持ちながらも流れにのってしまう気弱な農場主。サディスティックなレッドネックたち。
    あーーこの人!って素敵な俳優勢ぞろいでしたねぇ~。
    アカデミーで作品賞を受賞するのにもうなずけれます。
    ラストでは、感動するべきところなんだろうけど、なんかモヤモヤが残りました。
    この話は本人が書いた自伝です。こういうこともあったということを知るべきだと思います。

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