モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

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感想・レビュー・書評

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  • 児童書なのだが、大人こそ読むべき物語。

    時代の流れはますます速くなり、高速のベルトコンベアーに乗せられているかのようだ。
    そんな今だからこそ、この物語をもう一度噛みしめたい。

  • 巣ごもりを余儀なくされている昨今、時間について書かれたこの本を読み返したくなって、久方ぶりに本棚から引っ張り出してきた。数十年前、小学校のときに買ってもらった本だから、かなり色あせ、古びているが、捨てることができずにとっておいたものだ。
    灰色の男たちは会議で以下のように述べる。「…モモは完全にひとりきりになってしまいます。そうなったら彼女にいかに時間があろうと、なんになるでしょう。そんなものはもてあます、いや、のろって捨てたくさえなるでしょう!…」
    なんとも、今の状況と照らし合わせると身につまされる。いかにたくさんの時間があろうとも、他者と共有できなければ、また自分のなかの時間が縮まっていては、それは持て余すものでしかなくなってしまう。
    大人になって読んでみても、深い寓意性と示唆に富んだ本だと思う。むしろ、子どもの頃には理解できていなかったかも。良質な児童文学は大人が読んでもすばらしいものであることを実証する1冊。

  • ぼくの課題図書、ようやく読み終えた。当時のドイツの環境や子供たちに対する考え方など、たくさん考慮しながら読むととても深いし、いまの日本の子供たちにもたくさんのメッセージにつながる。

    それを話すためには、まずおまえの中でことばが熟さなくてはいけないからだ。

    この日から、ジンはじぶんじしんにたいする尊敬をすっかりなくしてしまいました。

    円形劇場あとに帰って寝る?いま、じぶんにも友だちにもすべての望みが消えうせたいま、そんなことができるでしょうか?モモにはよくわかっていました。もうむかしのようには二度となれない、もう二度と・・・・・。 やっと少しずつ自分を取り戻してきて、わずか2週間ぐらいから、自分が自分でなくなっているのがわかる。君はちゃんと答えてくれているのに、なに一つ見ようとしていない。しかも、それについても、もう一度見てほしいとメッセージをくれている。なぜ、あんな風な見方をしてしまったんだろうと、自分を責める毎日。ただごめんなさいと思う。失った時間はもう戻せない。ごめんなさい。ぼくがわるい。

    時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語。勧善懲悪ものというより、そのなかでどう生きるかが描かれている。カシオペアとのやり取りがとてもいい味を加えている。児童文学の傑作だと思う。

  • 古典となった物語。いつの時代になっても変わらないものを教えてくれます。

    モモという主人公がとても不思議です。あまり多くのセリフを語りません。しかし彼女には誰もが心を開いて自分のこと、自分の好きなことを話します。それを全部ふむふむと聞いてくれるモモ、自分もそんな親しみをいつの間にか抱いていました。

    そして突然現れる、灰色の男たち。時間泥棒。とても不吉な雰囲気のある敵でしたが、正体が分かればなんとも哀れな存在。でもきっとこうやって生きている人間もいるはず。時間を盗んだ方も盗まれた方も幸せにならない。そのことが印象的でした。

    一方でゆったりと鮮やかでカラフルなモモの時間。

    音楽とお話と詩に満たされた時間は計測できない時間でしょう。人々が「時間あたりの生産性」なんてものに追われず、仕事に愛情をこめる。そんな世界。
    忙しい、時間がない、そんな世界は灰色。どんなに灰色の時間をたくさん持っていても、大切なものを失うばかりです。

    詩と音楽にあふれ、光のなかでカラフルに生きたい。そんな気持ちにしてくれました。

  • 娘と少しずつ読んだ。
    振り子が近づくとともに花が咲き、離れるとともに散る。この、モモが自分の心の奥にある「時間の花」を目撃する場面がもうすばらしかった。
    世界の中に多くの人や物が存在しているのではなく、各人がそれぞれに壮大な宇宙を抱えている。その生の豊饒さが、余すところなく伝わってきた。

  •  小学生の頃、どういった経緯だったか覚えていないけれど、同じクラスのMちゃんからモモを借りた。借りるまではワクワクしていたはずなのに、いざ貸してもらったモモの本はそれまで私が読んできた本に比べて厚いし、字も小さかった。それで結局モモを読み切ることは無く、Mちゃんに返すことになった。
     モモにまつわる記憶といえば最後まで読めなかったということと、Mちゃんの家に行って返すときにひっかかったクモの巣だけである。

     モモのことを忘れて早何10年。
     春に2時間だけ話す機会があった人が、図書館の司書さんだった。「おすすめの本は何ですか?」という何度も聞かれてきたであろう質問をしたところ、「モモです」と彼女は答えてくれた。読もうとして挫折した思い出と、超有名な本だし教養として読んでおこうという思惑もあって、ついにモモを借りることにした。ただし、借りたのは半年後の秋だった…。

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     モモは3部構成になっている。第1部は、円形劇場に住み始めたモモという女の子と、モモと交流することで好転していく近くの住人たち、子供たち、とりわけ親友である道路掃除夫ベッポと観光ガイドのジジのエピソード、そして次章から起こる出来事の不穏な予兆。
     第2部は、街に現れた灰色の男たち、時間銀行、彼らに影響をうけて自分の時間を節約し時間銀行に「貯蓄」している人々、そしてそれによりせわしなく、楽しみもなく生きる人々ばかりの街。モモと子供たち、ベッポとジジは灰色の男たちに立ち向かうものの失敗してしまう。マイスター・ホラと「どこでもない家」で知った時間のこと。
     第3部は、1年後の変わってしまった子供たち、ベッポ、成功したのに幸せではないジジ。時間をとりもどす1回きりのチャンスに賭けるマイスター・ホラと、1人でみんなを救うために奔走するモモ。そして、エンディングへ。

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     私にモモの存在を思い出させてくれた司書の女性は、「モモはどこの図書館にもあります!」と話していたが、モモを読む前、私はなんでそんなに人気があるのか不思議だった。ただ、読み終わったあと、その理由が少しわかった気がする。

     小さい頃の私だったら、たぶん時間についてのくだりは理解できなかったと思う。ただ単に時間が盗まれて、みんなも変わってしまって、もとのみんなに戻ってほしくてモモは頑張った!という、ちょっぴり怖いけどわくわくするファンタジー+冒険譚の楽しいお話で楽しんだはずだ。
     
     一方、大人になって読んだ私がこの本を読んでいる間、ずっと頭の中にあったのは、自分も灰色の男たちが暗躍する灰色になった街で暮らしている人間だよね、ということだった。最近の私が本屋に行き、思わず目にとめてしまう本のタイトルは「●●歳までに××しなさい」やら「時間節約術」やら「効率化」やらを挟んだうえでの「○○で1億円稼ぐ(しかも楽に)」みたいなタイトルである。文字にして並べてみると非常に恥ずかしくて驚いた(照)
     
     モモに出てくる人々も灰色の男たちの暗躍によって、時間の節約の名のもとに余裕を失い、効率優先で生きるようになる。私が一番分かるなぁ、と思ったのが、スピードを売りにしてからのニノのレストランの様子だ。モモがニノにみんなの様子を尋ねようとするのだが、レジで話そうとすると後に並ぶ客がとにかく殺気立った様子で文句を言うのだ。座る席を見つけるのに苦労するほどの混雑に、苛立った会計待ちの客。よくある日本の光景である。そして私も苛立つ会計待ちの客の一人である。

     正直、読んでいて説教臭い雰囲気をなんとなく感じる部分もあったのだけれど、現代を見ていると説教臭いくらいでちょうどいいくらい、みんないかに効率よく生きるかに躍起になっているように思える。
     びっくりしたのが、出版年(ドイツ)が1973年ということだ。40年以上前なのにこんな話を書けるということは、そんな前からみんな時間の節約をし始めていたのだろうか。

     読み終わったあとにモモを読んだことをFBで投稿したところ、ある人から反応があった。以前とてもお世話になっていた、子供を抱えながら忙しく働くキャリアウーマンのYさんだ。彼女は仕事・家事・育児をしながらも、本をたくさん読み、食事に行き、趣味をいくつも持っている。Yさんは今海外に暮らしていて、子供の頃に読んで好きになったモモを持って渡航したそうだ。
     最近目にするのは、ただの「時間節約」から一歩進んで、「時間節約をして色々活動して充実した生活をするのがかっこいい生活だよ!」みたいなものだけれど、後者もモモの世界でいる時間銀行に時間を貯蓄している人と変わらないように私には感じられる。けれど、Yさんを見ていると、少なくとも私が知ることができる範囲内では、彼女は忙しくても時間を貯蓄しているようには見えない。それは、海外に持って行くほどの存在であるモモのおかげなのかなと勝手に想像している。

  • 主題も、描写も、たくさん素敵なところはあるけれど、私は湖の真ん中に咲く花の描写が忘れられない。

    湖の真ん中に、今までに一度も見たことがないほど美しい花が咲いている。
    見とれていると、すぐにその花は枯れてしまう。
    しかし、次の瞬間、さっきよりももっと美しい花が水の中から生まれる。
    またその花は枯れてしまう。
    そして再び、さっきの花よりもその前の花よりも美しい花が現れる。
    それがいつまでも繰り返される。

    この部分を初めて読んだとき、幼いながらに怖かった。無限に触れた気がした。無限なんてありえない。なのに、目の前にこうして見せられて、薄ら寒くなった。

    ところで、この花は恋愛に似ている。以前好きだった人よりも、もっと好きな人が現れる。そしてまた恋をする。短い人生の中での無限。それは絶望であり、希望でもある。

    そんな風に読み換えてみて、少し悲しくなった。そのままで十分美しいものを、自分の人生という有限な枠の中に閉じ込めることで、ばらばらに壊してしまったような気がした。

    恋愛にたとえることで、この無限をどれほど理解できただろう?初めてモモを読んでから今この瞬間まで生きてきて、その無限にどれほど近付けただろう?

    無限とは、恐れおののきながらも遠くから見とれるしかないもの。理解することはできないかもしれない。だけど、感じることはできる。感じさせることはできる。エンデのように。言葉には、無限さえも表現できる力がある。

    今までに一度も見たことがないほど魅力的な表現。繰り返される無限。それを探して、今日も本を読んでいます。

  • ファンタジーに織り込まれた鋭い風刺。
    この作品が約50年前に書かれたのは驚きです。
    もっと、いろいろ、思いやることが大切なんだろうなあと思わせてくれた。自分はまちがいなく灰色の男たちの一味になってしまうだろうな。

  • モモ ミャヒャエル・エンデ 岩波書店

    昔学生の頃読んでいたけれど
    今回は8才の子供が本棚で見つけ出し
    読み聞かせてくれたので
    ひときわたのしめたけれど
    ドイツ語を母国語とする人が
    原語で読んだらどれほどかと思うに至る
    言葉とは難しいものだ
    些細な日本語が流れを乱す

  • ベッポじいさん、ジジ、どちらも
    「生きること」を真剣にしている人にも関わらず
    時間どろぼうには抗うことができなかった。

    まるで現代社会の構造をそのまま予言するかのような精緻な描写。
    今こそ世界中の人々が再読する必要を感じる。
    何度読んでも決して古びることのない名作。

    生きることの本質を問う珠玉の一冊。
    自分の生きかたを見つめ直すのに、これほど適した本を他に知らない。

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