俘虜記(新潮文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 名作と名高いので『レイテ戦記』に続いて読んでみた。
    意外に長くて読むのが苦しいところもあったが、読み終えて感じるものがあった。


    ■大岡昇平について

    筆者の大岡昇平は当時において大卒(しかも京大出身)であり、特殊な人間であることは差し引く必要はある。が、軍や軍事政権を深く憎みつつも、自分たちがその利益に浴していたことも同時に評価し、客観的に見る眼差しは、当時戦争に参加した人の一次資料としても考えさせられる。

    しかし、35歳で招集され(42歳で招集された人も登場)、しかもwiki見ると当時2人の子どももいて、それで当時のフィリピンの最前線に送られるというのは恐ろしすぎる。現在のウクライナ戦争のロシアが戦時日本に近いという話があるが、まさにそんな感じか。

    ともかくも、異常な時代に巻き込まれた人の手記として、おもしろかった。


    ■米兵の俘虜に対する紳士的対応について

    俘虜を集め、治療し、衣食を与え、のちには仕事に対して俸給まで与える米軍。圧倒的な紳士的対応に驚かされる。筆者自体も、祖国が植える中で2700kcalの食事を得ることについて思うところを書いているが、あの時代においては天国のような対応ではなかろうか。

    『レイテ戦記』で描かれた、あるいは太平洋戦争の前線全体における殺戮(火炎放射器なり焼夷弾なり機関銃なりで焼き払う)や、当時山中で仲間を食っていた情景とのギャップも大きい。

    また、現代におけるロシアの非道とも隔絶している。
    日本が戦った相手が米国だった、というのは本当に幸運だった思わされる。

    戦争においては、想像を絶する光景の断片がいくつも折り重なっており、本当に奇妙で、そして劇的だと思う。

    最後に大岡昇平は、帰還が決まった下士官から住所をもらう。彼は自分を「ミスター●●と呼んでくれ」と言い、気持ちが市民に戻っている。
    戦場で殺し合った兵士たちが市民になり、市民になれば友好もあり得るということの、戦時と平時の転換が印象的だった。


    ■人を殺すことについて

    大岡昇平は捕まる直前に米兵を撃たなかったことについて紙幅を割いている。
    祖父の手記にも、銃の一発を打つか撃たないか、というところを描写していたが、最初の一段、最初の殺人というのは、それだけ人間にとって衝撃のあるイベントなのだろう。


    ■日本兵について

    様々な人間模様がつづられていたのが面白かった。(大岡昇平の目線もあるかもしれないが)胡散臭い人間ややくざ者もものすごく多い。詐欺師みたいのも多い。

    明言はしないが実際には積極的に投降しただろう推測は、戦場の命の瀬戸際での人間の判断としておもしろい。

    大岡昇平は日本兵たちの愚かさを指摘しつつ、しかし愚かであることを否定はしない。この眼差しも客観的に人間を捉えていて面白い。


    ■俘虜の社会について

    収容所の人数は2000人(終戦後の投降兵が増えた際には3000人)。
    そこに「社会」が登場していることにおどろく。

    囚人でありながら、食料を盗み、蛮刀まで隠し持ち、酒を密造して飲む。
    春画や春本が流通している。
    炊事員や通訳が特権階級として権力者然と振る舞い、幾人かは女装し、権力者は女装した者を囲う。
    演芸大会があり、やくざ組織が出現する。

    終戦で登校した「新しい俘虜」に対する苛烈さもまた、人間社会の浅ましさを思わせる。
    「古い俘虜」たちは、戦い抜いた彼らに対し、食料を分けず、物資の差により時計など金品を収奪した。


    ■原爆について

    8/6の原爆投下について、当時の人たちが原爆についてきちんと知識を持っていたのが少し意外だった。
    大岡昇平は新聞のATOMICの文字を見ただけで戦慄し、被爆者が苦しんで死ぬことを即時に把握している。また、これが火の発明に次ぐ文明的飛躍であるとも捉えている。
    周りの俘虜たちも「マッチ箱ひとつで戦艦をやれるやつか」と威力を知っている。
    米軍下士官は「自分たちは罪を背負わねばならない」という言い方をしており、これも原爆の何たるかをきちんと知っていないと出てこない意識ではないか。

    つまり原爆は新兵器として登場以前からその概要がある程度正確に知られていた。
    とすると、戦後にグランド・ゼロに突撃させた米軍は頭おかしいことにはなる。

  • 俘虜になった大岡昇平は37歳だったそうだ。召集は35歳であまりに高齢、それほど戦況が逼迫していたということか。なんと今の私と同い年、とても軍役に耐えられようにない。しかしながらインテリで、若さゆえの強い感情もなくひたすら分析した記録書というのも、奇跡的であろう。

  • 順次発表された文章をまとめた本で、はじめから一冊になることを想定していなかったため、内容が重複したり、前後したりする。文章自体も分かりやすくもないし、親切でもない。殆どノンフィクションで、物語性も薄い。『野火』よりずっと読みにくい。
    しかし、読み終わって、これほど考えさせられた本も少ない。
    実際に体験した、冷徹な目と冴えた頭脳を持つ人間だけが書き得る戦争の実態。
    日本の兵隊は立派だったとか、南京大虐殺はなかった、従軍慰安婦はいなかったとか、行ってもいないのに寝ぼけたことを言っている人は、読んでないんだね。
    戦前の日本の人権意識のなさ、女性蔑視は目を覆うばかり。衣食足れば礼節もなく、保身と私腹を肥やすことに懸命。
    シベリアに抑留された兵隊の体験記とは全く違うが、同じく戦争の真実を克明に描いた、必読の書。
    読みにくさに耐えて、読んでほしい。

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著者プロフィール

大岡昇平

明治四十二年(一九〇九)東京牛込に生まれる。成城高校を経て京大文学部仏文科に入学。成城時代、東大生の小林秀雄にフランス語の個人指導を受け、中原中也、河上徹太郎らを知る。昭和七年京大卒業後、スタンダールの翻訳、文芸批評を試みる。昭和十九年三月召集の後、フィリピン、ミンドロ島に派遣され、二十年一月米軍の俘虜となり、十二月復員。昭和二十三年『俘虜記』を「文学界」に発表。以後『武蔵野夫人』『野火』(読売文学賞)『花影』(新潮社文学賞)『将門記』『中原中也』(野間文芸賞)『歴史小説の問題』『事件』(日本推理作家協会賞)『雲の肖像』等を発表、この間、昭和四十七年『レイテ戦記』により毎日芸術賞を受賞した。昭和六十三年(一九八八)死去。

「2019年 『成城だよりⅢ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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