石狩川 [Kindle]

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  • 2014年6月11日発売
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  •  ぼくは当別に移住を決意し現在当別に生きる者である。当別には幸い当別出身の作家がいる。本庄陸男生誕の地は、ロイズ太美工場の一角にあり、石狩川の四季の中に佇む文学碑とともに、今も生誕の地としての碑が残っている。

     その本庄陸男という当別生まれの作家が残したものは長編一作とその他の短編。最も知られ、かつこの地にとって重要な唯一の長編作品が本書『石狩川』である。

     作品は、当別に移住した岩出山伊達家の者たちの真実を、虚構や想像の中で抉り出そうと試みる。短編集から、プロレタリア作家として知られる本庄陸男だが、本書では真っ向から歴史の真実にできるだけ迫ろうと試みているようにしか見えない。思想や主義を吹き飛ばす勢いの、荒々しい北の大地という未開拓の地に追われたサムライたちとその家族たち。彼らが農民となってゆく以外ない生き方を歴史という時計は、迫ってゆく。

     何もかもが短い間に彼らの運命を変える。幕末。敗戦。収奪。架刑。開拓使という名のもとに天下を手中にした勝ち組による札幌開拓と比べ、石狩川の川向うには鬱蒼とした原野が広がる。さらに北の樺太に露西亜国の人間が踏み込んでくる時期。

     侍であることを捨て、人間であること、いや生き物であることを迫られる状況下で、ともかく衝突し合う、変化を求められる。先達て読んだ『熱源』と同時代、否、少し前の物語である。石狩川を渡りシップ(現・聚富)の丘に向かって藪を漕ぎ、谷に水を求め。

     当別の開拓に道が開けたとき、代表者は郷里に残った者たちを集めに帰るが、郷里では武士たちは既に畑に散り、幕末の暗雲去って平和が訪れている。北に渡ろうと共に船に乗ったのは四十名ほど。一握りの開拓団によって拓かれた土地の物語。

     作者にとって人生を賭けたかのような大作の第一巻だったようだが、この後作者は次作を書き継ぐことなく結核で世を去ってしまう。

     作品は、シップ探検に始まり、彼らの未だ見えぬ将来が、開拓によって徐々に形を整えてゆく様子が描かれるが、その様子はとても順調とは言えず、仲間内での葛藤、開拓使との軋轢、水難事故、等々、忙しく、ゆえに読みやすい波乱万丈の冒険小説の如き。

     ぼく自身は、当別の様々な土地を歩き目にしつつ、この作品によってさらに広大な空と緑の沃野と、海や大河などの水の恵みを、その世界の深みと、時の重みを体感する一助にしたいと思い読み始めた作品である。その序章400頁余の力作で作品は終わったとは言え、その後を継いだ人間の、大自然との闘いや、現在の営みは、今の町民たちの貌に刻まれた皺の深みに、翳となり輝きとなり今も棲んでいるように思えてならない。

     通常の読書体験とは異なる想いで閉じた一冊。何度も読み返すことがありそうだ。

     ちなみに本書は群像小説だが、主人公は、元家老であった阿賀妻という武士であり実在の吾妻健がモデルである。当別歴史ボランティアの会に入れて頂いたことのご利益として、来週は早速、吾妻を主とした一族たちの当別移住の経緯を勉強させて頂くことになった次第。さらに町内会のサロンではこの作品を映画化した『大地の侍』の上映も待たれている。今後、本書が、自分の中で、また当地の人々との交流の中でどのように活き活きと甦ってゆくのかが楽しみでならない。

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