生きる[東宝DVD名作セレクション]

監督 : 黒澤明 
出演 : 志村喬  小田切みき  伊藤雄之助  小堀誠  金子信雄  千秋実  田中春男 
  • 東宝
3.79
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  • / ISBN・EAN: 4988104095794

感想・レビュー・書評

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  • 長年無難に仕事をこなしてきて、ある日突然、余命幾許もないことを知った男が一念発起。
    命の炎を燃え尽くさんと働き、住民のための公園を完成させてこの世を去ります。
    男の気概に感銘を受けた同僚達はやる気になりますが、翌朝にはいつもの形式仕事に戻りました。

    主人公は住民の要望だった公園を完成させ、
    雪の降る夜、その公園のブランコに揺られ歌を口ずさみつつ、息を引き取りました。

    いのち短し 恋せよ乙女
    あかきくちびる あせぬ間に
    熱き血潮の 冷えぬ間に
    明日という日の ないものを

    役所では相変わらず形式主義が蔓延り、世の中は何も変わっていません。
    しかし新しく完成した公園は、子供たちの笑い声で溢れていた、というお話でした。

    命の炎を燃え尽くさんとする志村喬の鬼気迫る迫真の演技
    主人公のみならず作品全体に「生きる」ことの素晴らしさを感じさせる、小田切みきの天真爛漫の演技
    素晴らしかったです。
    (小田切みきは、チャコちゃん(四方 晴美)の実母です。顔も天真爛漫さも母娘そっくり。)

    目を背けたくなるテーマなのに、人の滑稽で共感の可笑しみを漂わせ、一方で流され易い人間の弱さを激しく批判し、最後は真に「生きる」ことへの感動と憧れを描きました。

    流石、稀代のエンターティナー黒澤明と感じ入ります。
    冒頭のイントロダクションから、「共感」で引き付けられました。

    今この男について語るのは退屈なだけだ。
    何故なら彼は時間を潰しているだけだから。
    彼には生きた時間がない。
    つまり彼は生きているとは言えない。

    意欲や情熱は少しもない
    そんなものは役所の煩雑極まる機構と
    それが生み出す無意味な忙しさの中で
    全く擦り減らしてしまったのである。

    「忙しい。まったく、忙しい。」
    この男は本当は何もしていない。
    この世界では地位を守るためには
    何もしないのが一番いいのである。
    しかし一体これでいいのか。

    一体これでいいのか。
    この男が本気でそう考え出すためには
    この男の胃がもっと悪くなり、
    もっと無駄な時間が積み上げられる必要がある。

    …「共感」の可笑しみで引き付け、問題提起をし、主人公に起こるドラマを感じさせ、物語に引き込みます。

    物語が進み、絶望した主人公は、若い娘の何気ない一言で一念発起します。
    「いつやるか?今でしょ!」です。

    ……気力も希望も失った主人公が元部下の若い女性にばったり出会う。
    彼女は全く対照的に活気と希望に満ち溢れた人物。

    主人公は彼女を御馳走で釣って、毎日彼女の他愛のない話を聞くことを生きるよすがとする。
    流石に人のいい彼女も付き合いきれなくなり、もう会いたくないと断る。
    主人公が思いを吐露すると、何か作ってみたら?と提案するのです。

    わしは この30年間 役所で一体何をしたのか
    いくら考えても思い出せない
    覚えているのは つまり ただ忙しくて
    しかも退屈だったってことだけだ

    なぜわしがミイラになったかというと
    それはつまり…みんな
    せ…せがれのためを思って…
    ところが せがれは全然そんなことは
    少しも その…

    でも その責任を 息子さんに押し付けるのは無理よ
    だってそうでしょう?
    息子さんがミイラになってくれって頼んだなら別だけど
    …フフフッやっぱり息子さんが一番好きなくせに

    (男手一つで育ててきた、息子を想う親の気持ち。グッと来ます。)

    どうしたら君のように 活き活きと!

    だって私ただ働いて食べて…それだけよ
    私ただこんなおもちゃ作ってるだけよ
    こんなもんでも作ってると楽しいわよ
    私これ作り出してから
    日本中の赤ん坊と仲良しになった気がするの
    ねぇ課長さんもなにか作ってみたら?

    もう…遅い………………………………………………………………………………………
    ………………………………いや 遅くはない
    いや 無理じゃない
    あすこでもやればできる
    ただやる気になれば!
    わしにも何かできる…わしにも何か…

    思い立ち、祈るように店を出る主人公に「ハッピーバースデー」の大合唱が降り注ぎます。
    まさに、今、生まれ変わったばかりの主人公への賛歌。
    オールド・ハリウッド「素晴らしき哉、人生」「クリスマス・キャロル」の大仰な演出を思い出しつつ、やはり感動するシーンです。


    人生山あり谷ありではあったものの、真面目に30年間働き、事無かれで過ごして来た男が、唐突に自らの余命を知り、これまでの自分の事無かれ仕事の無意味さに後悔します。
    気を紛らわそうと馴れない放蕩三昧をしますが虚しさが残るばかり。
    挙句老いらくの放蕩を、愛する一人息子に叱責され、身の置き場を失う始末。
    仕事も家族も何を残せたのか?結局何も残っていない。
    俺の人生なんだったんだ、と痛感するお話が前半です。

    「なにか作ってみたら?」彼女の何気ない提案に思い当たり、一念発起。
    事無かれ形式主義が横行する市役所で、主人公はなりふり構わず市民公園建設に奔走し始めます。
    面倒くさがる他部署に頭を下げ続け、嫌がらせをするヤクザ者は鬼気迫る目力で退け、組織トップが裁決を放ったらかすと直談判でハンコを押させました。
    結果、役所としては異例の速さで公園が完成し、喜ぶ住民の姿をマスコミも取り上げました。
    ついに住民の要望だった公園を完成させると、雪の降る夜、完成した公園のブランコに揺られて主人公は息を引き取りました。
    ここまでが物語の中盤です。序破急の破です。

    ここからが物語の結論です。
    主人公なきあとの役所の上役、同僚を描きつつ、主人公が成し遂げたことの真実を描きます。

    生まれ変わったような主人公の獅子奮迅の働きで、下水で溢れた土地は市民の憩いの公園となり、役所は世間から称賛を受けました。
    しかしその手柄は市役所の助役が全て攫います。部下も忖度し祭り上げ、主人公を貶めます。

    主人公の通夜に集まった上役達は、遺族の前でも主人公を貶め助役を持ち上げます。
    そこへ公園建設で救われた住民達が焼香に訪れ、感謝の涙を流します。
    雨の日も風の日も現場に足を運んだ主人公を見ていた住人には、功績が主人公にあることは明白です。
    助役はじめ上役達は居心地悪くなって退散しました。

    しかしなぜ。
    主人公だってお役所仕事しかしてこなかったのになぜ急に熱心になったのか同僚は皆疑問でした。
    やがて主人公は余命を知っていたに違いないという結論になり、そうとなりゃやってやるさ、俺だって、あたしだって、主人公の遺志を継ぐぞと息を上げます。

    通夜の翌日。主人公を讃えていた同僚たちは新しい課長の下、相変わらずの「お役所仕事」を続けています。
    主人公の創った新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていたのでした。

    他人を変えることはできない。
    自分の行動で誰かを笑顔にすることはできる。
    「生きる」ということは自分のためだけでなく、誰かのために行動することなんだ。

    いのち短し 恋せよ乙女
    あかきくちびる あせぬ間に
    熱き血潮の 冷えぬ間に
    明日という日の ないものを

    いのち短し 恋せよ乙女
    黒髪の色 あせぬ間に
    心のほのお 消えぬ間に
    今日はふたたび 来ぬものを


    生きる (1952、日本)
    監督:黒澤明
    脚本:黒澤明、橋本忍、小國英雄
    製作:本木莊二郎
    音楽:早坂文雄
    演奏:キューバン・ボーイズ、P.C.L.スイングバント、P.C.L.オーケストラ
    撮影:中井朝一
    編集:岩下広一
    製作会社:東宝
    出演:
    渡邊勘治(市民課長):志村喬
    木村(市民課職員)=糸ごんにゃく:日守新一(松竹)
    坂井(市民課職員)=こいのぼり=:田中春男
    野口(市民課職員)=蝿取紙:千秋実
    小田切とよ(市民課職員→おもちゃ工場の工員):小田切みき
    小原(市民課職員)=ドブ板:左卜全
    斎藤(市民課主任)=定食:山田巳之助
    大野(市民課係長→新市民課長)=なまこ:藤原釜足
    渡邊喜一(勘治の兄):小堀誠
    渡邊光男(勘治の息子):金子信雄
    助役:中村伸郎
    しゃべる男(病院待合所の患者):渡辺篤
    医師の助手:木村功
    医師:清水将夫
    小説家:伊藤雄之助
    渡邊たつ(喜一の妻):浦辺粂子
    陳情のおかみ:三好栄子
    陳情のおかみ:本間文子
    スタンド・バーのマダム:丹阿弥谷津子
    陳情のおかみ:菅井きん
    林(家政婦):南美江
    渡邊一枝(光男の妻):関京子
    市会議員:阿部九州男
    新聞記者:永井智雄
    暴力団の親分:宮口精二
    暴力団の子分:加東大介
    土木部長:林幹
    新聞記者:村上冬樹
    新聞記者:青野平義
    公園課長:小川虎之助
    野球場の男:深見泰三
    土木課職員(葬儀の代表参列者):河崎堅男
    公園課職員(葬儀の代表参列者):勝本圭一郎
    総務課職員(葬儀の代表参列者):瀬良明
    焼香する巡査:千葉一郎
    飲み屋の親父:谷晃
    下水課職員(葬儀の代表参列者):長濱藤夫
    総務課長:小島洋々
    キャバレーの女:登山晴子、安雙三枝
    ジャズバー・ピアニスト:市村俊幸(特別出演)
    ジャズバー・ダンサー:倉本春枝(特別出演 N.D.T)
    ヌード・ダンサー:ラサ・サヤ
    土木課長:光秋次郎
    総務部長:牧壮吉
    衛生課受付職員:鈴木治夫
    衛生課環境衛生係職員:長島武雄
    予防課受付職員:今井和雄
    予防課防疫係受付職員:加藤茂雄
    予防課虫疫係受付職員:安芸津広
    道路課受付職員:川越一平
    都市計画部受付職員:津田光男
    区画整理課受付職員:榊田敬二
    消防署職員:熊谷二良
    教育課児童福祉係職員:片桐常雄
    相原(病院の看護婦):吉澤京子
    鈴木(病院待合所の患者・呼ばれる男):夏木順平
    陳情のおかみ:一万慈多鶴恵、上遠野澄代、出雲八重子
    暴力団の子分:堺左千夫、広瀬正一、宇野晃司
    ジャズバーの客:小泉博
    映画館の客:向井淳一郎
    女学生:青山京子
    北見治一
    ナレーター:本木荘二郎
    あらすじ:
    市役所で市民課長を務める渡辺勘治は、かつて持っていた仕事への熱情を忘れ去り、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた。市役所内部は縄張り意識で縛られ、住民の陳情は市役所や市議会の中でたらい回しにされるなど、形式主義がはびこっていた。

    ある日、渡辺は体調不良のため休暇を取り、医師の診察を受ける。医師から軽い胃潰瘍だと告げられた渡辺は、実際には胃癌にかかっていると悟り、余命いくばくもないと考える。不意に訪れた死への不安などから、これまでの自分の人生の意味を見失った渡辺は、市役所を無断欠勤し、これまで貯めた金をおろして夜の街をさまよう。そんな中、飲み屋で偶然知り合った小説家の案内でパチンコやダンスホール、ストリップショーなどを巡る。しかし、一時の放蕩も虚しさだけが残り、事情を知らない家族には白い目で見られるようになる。

    その翌日、渡辺は市役所を辞めるつもりの部下の小田切とよと偶然に行き合う。何度か食事をともにし、一緒に時間を過ごすうちに渡辺は若い彼女の奔放な生き方、その生命力に惹かれる。とよは公務員を辞めて、玩具会社の工場内作業員に転職した。自分が胃癌であることを、とよに伝えると、とよは自分が工場で作っている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」と勧めた。その言葉に心を動かされた渡辺は「まだ出来ることがある」と気づき、次の日市役所に復帰する。

    それから5か月が経ち、渡辺は死んだ。渡辺の通夜の席で、同僚たちが、役所に復帰したあとの渡辺の様子を語り始める。渡辺は復帰後、頭の固い役所の幹部らを相手に粘り強く働きかけ、ヤクザ者からの脅迫にも屈せず、ついに住民の要望だった公園を完成させ、雪の降る夜、完成した公園のブランコに揺られて息を引き取った。役所の助役ら幹部が渡辺の功績を低く貶める話をしている中、新公園の周辺に住む住民が焼香に訪れ、渡辺の遺影に泣いて感謝した。いたたまれなくなった助役など幹部たちが退出すると、市役所の同僚たちは実は常日頃から感じていた「お役所仕事」への疑問を吐き出し、口々に渡辺の功績を讃え、これまでの自分たちが行なってきたやり方の批判を始めた。

    通夜の翌日。市役所では、通夜の席で渡辺を讃えていた同僚たちが新しい課長の下、相変わらずの「お役所仕事」を続けている。しかし、渡辺の創った新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていた。

  • いのち短し恋せよおとめ

  • 死に直面することで、これまで自分がまるで生きていなかったことに気づく

  • 『ゴンドラの唄』

    いのち短し 恋せよ乙女
    あかき唇 あせぬ間に
    熱き血潮の 冷えぬ間に
    明日の月日は ないものを

    いのち短し 恋せよ乙女
    いざ手をとりて かの舟に
    いざ燃ゆる頬を 君が頬に
    ここには誰れも 来ぬものを

    いのち短し 恋せよ乙女
    波にただよう 舟のよに
    君が柔わ手を 我が肩に
    ここには人目も 無いものを

    いのち短し 恋せよ乙女
    黒髪の色 褪せぬ間に
    心のほのお 消えぬ間に
    今日はふたたび 来ぬものを

    ーーーーーーーーーーー

    作中に度々主人公が口ずさむこの曲を聴く度に
    胸が締め付けられた。



    胃がんの宣告を受けた主人公が、それまでいかに自分は「生きて」いなかったかを思い悔やむ。

    30年以上も市役所に皆勤で勤め上げたにも関わらず、
    自分はまるで生きていなかった。
    自分でなくてもできる仕事を、ただ黙々とやり続け、
    情熱のないままに過ごした膨大な時間を振り返る。


    命の灯火がいま消えようとするとき、今から何かを始めても遅いと思いかけたものの、主人公は落ち込む暇もなく最初で最後の大仕事に挑む。


    決して動くことの無かった役所の要所を次々と頷かせ、粘り強く、プライドも捨て、決して多くは語らなかったが、ただその存在と行動に多くの人が心を動かされた。


    最後のシーン。

    主人公の死に対し、「我々も続け!」と涙を流しながら杯を交わした職員たちは、日常に戻ればまた元通りの働き方を続けることが滑稽で、かつ痛烈な皮肉だった。


    人はこういうものなのか。
    組織におさまると、人間らしさは奪われるのか。


    いかに皆が「死んで」いるのか。



    シンプルな映画のタイトルに全てが込められてる。

    この作品を見ていて、キルケゴールの「死に至る病」をやたら思い出した。



    自分はいま本当に「生きて」いるのか?
    失った時間の気配を感じて、恐怖で答えられないかもしれない。

  • ☆☆☆☆☆
    よい映画でした。
    http://booklog.jp/users/tesa0819/archives/1/B00R4LP6DO

  • なんと1952年の映画らしい。終戦が1945年だから、そこから7年後。そういう時代に、こんな映画を作っていたことに度肝を抜かれた。

    テーマは普遍的なものだけれども、白黒が逆に新鮮。古びないというか、むしろ新しい。

    お役所仕事の体質に染まっていない、バランス感覚を持つ女性との交流を通して、ハッピーバースデイとともに生まれ変わる。

    そこはわかりやすいターニングポイントだが、面倒見の良い物書きと酒を飲んで遊びまわったのも、堅実一筋の主人公にとっては得難い経験だったと思われる。遊びまわっていた時に歌っていた歌を、ブランコのシーンでも歌って、噛みしめるように生を謳歌していたから。

    もしエンドマークが出て「私は生きた。君はどうなんだ?」と問われたとしたら、思わずうつむいてしまうことだろう。しかしながら、そんな押しつけがましさは全くなくて、病苦の重苦しさもない。後からじわじわくる映画だと思う。

  • いきなりNHKで放映されていたので、
    いきなり観た。無理せず字幕付きで。
    期待通り感動。評判通りだった。
    最初のナレーションから面白かった。
    単純じゃないその展開に、
    観終わってから勇気をもらえました。

  • カズオ・イシグロ脚本の”生きるLiving”を近々観る予定なので、その前に本家に”生きる”を視聴。
    昔の(l952年)映画だけあって音声が聞き取りずらく(字幕も出なく)志村喬のハスキーな声も胃がんが進行してからの更に弱々しい声も聞き取りづらく難儀したわ。
    これ、亡くなってからお通夜の席で上司、同僚たちがあの公園を作ったには渡辺さん(志村喬)の尽力があったからこそ、いやあれは彼に力ではなく偶然だよとお酒が入って喧々諤々、言い争いが始まってからが本編のような気がしたわ。
    あのおわまりさんの登場で、収まるとこに収まったけど。
    とにかく長尺。
    リメイク版はもっと、コンパクトにまとまっているとのこと、イギリス版笠智衆ことビル・ナイの演技も楽しみ。

    1952年 143分 東宝 BSプレミアム
    監督 : 黒澤明
    出演 : 志村喬 小田切みき 伊藤雄之助 小堀誠 金子信雄 千秋実 田中春男

  • 黒澤の「七人の侍」「赤ひげ」に並ぶ不朽の名作。多分4回目の鑑賞。棺桶に半分足を突っ込んでからは観てなかったが、若かりし頃に観た時とどう気持ちが変わっているかを確認したかった。時代背景や露骨過ぎる官僚主義描写はこの際置いておく。志村喬が不治の病を宣告されてからの逡巡は手に取るように実感できたが、そこから生きる意味を見出して突進する姿には、自分には絶対真似できないという気持ちとこれが出来る勇敢さに限りない羨望を覚えた。伊藤雄之助と放蕩最中に呆然と落涙しながら唄う「ゴンドラの唄」と、公園完成後の雪の深夜にブランコに乗りやり遂げた感慨を胸に唄う「ゴンドラの唄」の比較をじっくり味わってほしい。間違いなく志村喬のベストアクト。

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著者プロフィール

(くろさわ あきら 1910−1998年)
日本を代表する映画監督。1943年『姿三四郎』で監督デビュー。生涯30本におよぶ名作を監督した。『七人の侍』(1954年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞)など海外の映画祭での受賞が多く、映画監督として初めて文化勲章、国民栄誉賞を受賞し、1990年には米アカデミー名誉賞が贈られた。

「2012年 『黒澤明脚本集『七人の侍』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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