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Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4988003830649
感想・レビュー・書評
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テオ・アンゲロプロスとタルコフスキーの区別もわからない10代の頃に観て以来の再見。当時はストーリーもなんのことやらわからず、ひたすらまがまがしく、日本の松と尺八の音楽が登場をすることを不思議に思ったものだった。
もう一度観ようと思ったのはたぶん、ロシアによるウクライナ侵攻のせいだろう。タルコフスキーのルーツがウクライナにあったことが頭の片隅にあったから。
そして『サクリファイス』(犠牲)。
これは観てようやく思い出したのだけれど、核戦争の話なのだった。連想はウクライナにあるチェルノブイリに。
調べてみたら原発事故は1986年4月26日。本作の公開は1986年5月9日。何か関連があるのかと思ったらなかった(偶然とは言い切れない何かがあるが)。
さて改めて観てみて、ようやくこれは「贈与」と「犠牲」、「誓い」、「沈黙」(アガンベン的テーマ)、そして「奇跡」にまつわる物語だとわかった。
50歳の誕生日を迎えた主人公アレクサンドルを友人たちが祝いにやってきた日、核戦争が勃発したという放送がテレビで流れる。じっさい、なにかミサイルか飛行機みたいなのが飛んでいく音がし、地響きがなり、陽射しがささなくなる。
アレクサンドルはひそかに、救いの手を差し伸べてくれたら自分の持てるものをすべて捧げると神に誓う。同時にこの誓いを口外しないことも。
この祈りが聞き届けられたのか、事態は好転する。しかしながらアレクサンドルは神に誓った「犠牲」を捧げずには気が済まない。それゆえに人間たちからは狂人と見なされることになる。
このような誓いと犠牲は過去、決して知られることはないが、じっさいにたくさんなされたのだろう、そしてそのうちのどれくらいが報われたのか、その可能性に思いをはせた。
物語がわかった今となっても、昔観た映像は強烈に焼き付いていて、やはりその圧倒的な印象はかわらない。
冒頭の木を植える場面、
薄闇、鏡、
アレクサンドルの妻の叫び、
汚れた手を水で洗う場面、
風にかき消されそうになる火を守る場面、
ちぐはぐな会話、
床に落ちて割れる牛乳の入った瓶、
炎上する家、
湿地を走り回る人物たち、
その中をさっそうと自転車で駆け抜ける、魔女と呼ばれる女……詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
さすがタルコフスキー、全然わからん。ラストの家が燃えるシーンは良かった。
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