- 文藝春秋 (1989年9月1日発売)
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みんなの感想まとめ
家族愛とその裏に潜む恐怖が交錯する物語が展開されます。上巻の穏やかな日常が、下巻では悲劇的な運命へと一変し、予測可能でありながら避けられない結末に向かって進んでいきます。登場人物の深い描写がリアリティ...
感想・レビュー・書評
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個人的にはキング作品の中でトップクラスに恐ろしいと同時に、トップクラスに好きな作品。
上巻の平和と幸福が下巻では一気に覆り、予想できるのに避けられない悲劇的な結末に突き進んでいく。作中を通してずっと感じられる家族愛とそれによって起きる悲劇が切なく悲しい詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
畏れながら初キング作品。
登場人物へのこれでもかという肉付けのしかたはあり得ないような物語なのにすごくリアリティを感じさせるという点でさすがだなあと感心。
とは言いつつ主人公の狂気に辟易しつつもあり。邪悪で強力な力をもつなにかは、彼の深い家族愛を利用して一体何をしたかったんだか。よみがえったもの達の振るまいの意味が全くもって不明。
まあ最終的な感想としては、「土葬はよくないな」ですかね。 -
すごいなと思ったのは、悲劇が悪意ある形のない存在に導かれたものなんじゃないか、と思わせるようになるあたり。その存在の意思はあくまで結果から類推させられるだけで、実際の描写はなかったことだ。
小説やドラマほどじゃなくてもさ。悪いことが続いたり、うまくいかないことがあると、どっかで誰かが陰謀を巡らせてるんじゃないか、なんて思いたくなるものだ。
ふだんは安全運転のトラックの運転手が急にアクセルを全開にしないではいられなくなったり、過去の逸話を知っていて霊園の秘密を葬るべきと思っていたチャドが、ルイスにそれを伝えたくなったり、あるいはすぐに転ぶようなごく幼い子どもが親もおいつけないくらいの速度でトラックに向かって突っ走ったり、ありえない不幸の連鎖は誰かの意思によるものだったのだろうとは思わないではいられない。
それでも、その誰かが「イッヒッヒ、うまくひっかかったぜ」なんていう場面はどこにもない。
そのあたりの描かない部分が、闇の奥深さを感じせる。
一方で、クライマックスからの破局はある意味、これでもかというほどに書き込まれててさ。
いやぁなんとも、すごかったね。
もともとこの話を読み始めたときに、古典的な恐怖小説の『猿の手』が思い出されることはあった。この物語の中でも、語られる場面があるし。
『猿の手』は短編であり、語られなかった空白に、恐怖をかきたてるうまさがあると思う。だから、あの作品は古典として残っているのだ。
そこを下手に書き込んで行ったら、興ざめで、多少うわぁとなったとしても、長くは残らないと思う。
そこを本書『ペット・セマタリー』では、下手な書き込みどころか、濃厚な書き込みで圧倒してくれた。
うわぁ、ここまで行っちゃうんだ、と。
なまじ、主人公のルイスやチャド、その家族に感情移入していただけに、その後の悲劇が自分のことのように迫ってくる。
あぁ、そうか。
だからこその、前半のあれほどの日常の描き込みがあったのだろうな。それでこそ、そこまで出てくる人物に感情移入できたのだ。
その反動で、いっしょに狂気の世界に落ちていくような感覚があった。
いやぁすごかったね。
下巻を読みながら、この物語は子どもが帰ってくるかどうかではなく、そこに至る葛藤と、その結果を描くことを主眼に置いているんだろうな、と気づいた。
それと同時に、頭に浮かんだイメージがあってさ。
昔、原書で読んだとき、最後の数行で子どもが帰ってきて
「Dad・・・」
と、言ってたような記憶が出てきたんだよね。
物語の後半はルイスが子どもを生き返らせるかどうかの葛藤と、それをとどめようとするチャドや、わけを知らされないなかで不安を感じ、夫を助けようとする妻の物語になっていくという印象だった。
下巻を読んでいる途中で、おぼろな記憶がよみがえり、物語の結末は、子どもが帰ってくるところで終ったんだっけ?という気がし始めたんだよね。
30年近く前の記憶だから、記憶ちがいもあるだろうと思いながらね。
そして最後まで読み・・・。
記憶のとおりではなかった。
でも、自分がそのように結末を記憶した気持ちはわかる。
狂気の行きつくところまで行きついた、ある種の余韻の残る結末だった。
最近、小説ってあまり読んでなかったんだけど、こういう体験は小説ならではの愉しみだった。
2024年度上半期ベストの読書体験かな。
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