- 講談社 (2015年2月20日発売)
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感想・レビュー・書評
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かなり長い間積ん読になっていた一冊。
「アイヌ”学”入門」なんだよなぁ、というのがこの本を読んでの総括。
アイヌについて知ろうとしたとき、
(広く使われた)文字がなかった(あるいは使わなかった)ことと、
和人に差別された経験から諸々が語られない期間が長く続いたことは、正直なところネックになる。
そんなアイヌの歴史とその変化を、「考古学」の手法でひもとこうとするために、どんなアプローチをしどんな解釈が得られるのか、を細かく語ってくれるのがこの一冊。
アイヌが独自を持ち、和人含む周辺の民族との接触を通して、様々な変化・進化をしてきた、それは間違いのない事実で。
ただ、そんな影響を与えてきた周辺民族・文化の少なからずが今につながる何か(文字や民族そのもの)を残していない。
それを周辺国の古文書や地域情勢、そして発掘物からひもとこうとしている。
恐らくその中には、もしかしたら解釈違いの部分も含んでいる可能性はあるのでしょうが…「今のアイヌ」からは想像のしようがない発想や気づきを与えてくれる。
個人的に興味深かったのは
・時代によってアイヌの活動範囲は移動している。例えば、文化的には異質なオホーツク人が北部北海道を支配している時期と、北東北にアイヌの影響が強く出る時期はある程度一致している。
・周辺の文化圏(和人含む)から文化・宗教的影響を受けているのは確かだが、そのどこを受け入れるのかは主体的に判断している。”汚れ払い”的な儀式に陰陽道や日本の山岳信仰の影響などが見られるのは事実だが、それはアイヌの文脈で処理されており、少なくとも江戸時代あたりまでは和人はそれを同じものとは全く思っていなかった。
・和人の北海道への進出は幾度か行われいて、侵略的ではなく共存していた時代も存在する。また、和人との交易を前提として、商品価値の高い獲物の多い地域に移動したりなど、文化そのものが影響を受けている部分もある。
・子熊を捕ってきて育てて皮をいただき「熊送り(イオマンテ)」するものも、擦文時代までは同じことを「内地からいただいてきた子猪」でやっていた痕跡がある。和人との交易が増え、熊の商品価値が上がったことから、その対象がクマに変わった。
・交易が深まるにつれ、交易面での利害からアイヌ内に一定のグループ化が行われていた気配があり、それをアイヌ自身も和人もそれを認識していた。大まかに三分され、「川のことを昔ながらの”ナイ”と呼ぶ日本海側のグループ」「川のことを比較的新しい”ペツ”と呼ぶ太平洋側のグループ」「内地との交流も多い道南・渡島半島のグループ」があった。
・ラッコ(アイヌ語由来)が多くいた北千島と北海道のアイヌの間では防疫的な観点から”沈黙交易”と呼ばれる物物交換が行われていた。なお、アイヌ-和人間の交易は多くあっても、アイヌーアイヌ間の交易は対北千島以外では一般的ではなかった。
なお、最終章は「現代ーアイヌとして生きる」という、アイヌルーツの方への聞き取り。
すごく端的に言えば「アイヌ差別が厳しい中で、いかにアイヌとしてのアイデンティティを確立していったか」という話になるんだろうけど…
形はいろいろ違っただけで、各時代のアイヌは他文化との影響も受ける中で、いかに「らしく」生きるかを模索してきたんだろうな、と思うし、
それはまた形が違うだけで、各時代の和人も同じことなんだろうな、と。詳細をみるコメント0件をすべて表示
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